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第三章 絶望を貴方に差し上げたい

           1


「‥‥‥‥そんな」


想い人に抱かれ、命の冒涜から逃れた朔刃は、目前で砕け散った事務所を焦点揺らぐ目で見つめ、小さく呟いた。


命震える気圧の直後の不可解な暴力ーーそれは、これだけでは終わらない。


辺りの全てからとも言えるほどにあちらこちらから悲鳴が上がり、瞬時に発生した降り注ぐ暴力の威力と轟音に、無惨に引き裂かれた。


爆炎と噴火が立て続けに引き起こされ、その反動で街を支えていた道路に派手な亀裂が刻み込まれた。


「‥‥‥地獄のようね」


街を暴力に呑ませた姿現さぬ元凶に柚果霊は言葉を漏らし、その隣で春野は朔刃を地に降ろし、二人にアイコンタクトをとる。


いつでも、襲撃と暴力からの蹂躙があっても回避するように、と。


ーーそして、元凶は瓦礫混じりの白煙を上げる建物の跡から不意に姿を現した。


「ぁ‥‥‥!?」


喉が固まり、春野だけでなく仮の親子二人も驚きを隠せずにいられなかった。


白煙を散らせながらこちらに歩み寄ってくるのは紛れもない、三つの人影だったのだ。普通の生身の体を持つ。


ーーただ、『彼ら』には同じ装備、鋼鉄のゴーグルとジョッキ、そして四肢にだけ存在する鎧がつけられていた。


鎧たちーー『鎧人』としておこう。彼らは内側の体は男女それぞれので、生命の一つであるハズなのに、息遣いや体温を感じない。


不気味な睨み合いが続く中で、三人の『鎧人』の中心に立つ一人が僅かに口元を動かした。


ーーその声は、小さく開かれた口から漏れたものであるのに、三人の耳にははっきり聞き取れていた。


PRプロトロイドハルノより発信、川尻春野とその仲間二人ーー神華鏡朔刃と神華鏡柚果霊の存在を確認」


「PRハルノ‥‥!?」「どういうことよ‥‥」


愛人の名が入り込まれている『鎧人』の発言に、朔刃と柚果霊は声を出して驚き、ただ一人、己の名が付けられたそれに春野は敵意と警戒を緩めない視線を『鎧人』に突きつけたまま、懐から一本の小刀ドスを指先で摘み出し、構える。


しばらく、『鎧人』たちは銅像のように動きを止めたままでいたが、やがて中心格の『鎧人』が発信を受け取った。


「命令を確認ーー瞬時に、排除せよ!」


『ーーー!!』


不気味な動作音を立てて『鎧人』たちはそれぞれの構えを取り、それらを正面に春野は小刀を強く握りしめ、朔刃は手の内から生み出した『鏡』を盾のようにして身構え、柚果霊は指先から生み出した小さな魔法陣を両手の前に浮かべる。


ーー先手を取り、『鎧人』の三人はそれぞれに相手決めた者と死闘を繰り広げた。


「ラァアア!!」


「ーー」


前蹴りが『鎧人』の一人、中心格の黒髪の青年の腹部に突き刺さる。威力は抑えても衝撃は強く届くそれを生身のままで受けたというのに、『鎧人』は数歩退げられるだけで、依然人間らしさや反応を見せない。


「やぁあ!せやっ!」


「ーー」


小柄な身で使いこなす身さばきで朔刃は、不気味なそれを立てながら打撃、斬撃、突撃を繰り出してくる『鎧人』の組み合わせを、手の内に生み出した『鏡』で確実に受け切り、防戦を主体とする中で瞬間的に発生するスキを突いて生身の部位をなぞるようにして刃状にした『鏡』で切り刻む。


「朔刃ちゃん!」


「お母様!」


母の意図と計画を含めた呼びかけに短く応じ、朔刃は両手で生み出した大盾とも言える『鏡』を真正面に構え、その娘の後ろに柚果霊がついた。


「「ーーー」」


直後、二人の『鎧人』が共に撃ち放った緑色の閃光が一直線に朔刃が己の身で支える大盾に突き刺さり、甲高い音と共に弾かれて『鎧人』の胸部に突き当たって小さく爆炎と煙を上げた。


その瞬間、空に舞い上がった柚果霊は両手にある魔法陣ーー赤く染まったそれから極太の炎柱を巻き撃ちて、『鎧人』二人の上半身に浴びせた。


爆炎が包み込み、瓦礫がまたも散り惑う中でそれを突き破り、二人の『鎧人』が親子から距離を取った。


血を所々から撒き散らしながらも痛みに呻く姿も見せぬその有り様に、二人は少なくとも恐怖を感じていた。


「‥‥‥どういうメカニズムよ」


頭を横に振り、柚果霊は手の内の、色をなくした二つのそれに今度は橙色の輝きを宿す。


殺すつもりはない。ただ、生命がないようなそれに対応するにはアグレッシブな戦い方が求められる。 


「ーー」


「ァア!」


依然変わらぬ態勢を見せる、『鎧人』の一人の腰に両手を回し、春野が己の身とともに『鎧人』を宙に回し、その途中で勢い付けて亀裂の刻まれた崩壊目前の建物に叩き込んだ。


投げ飛ばされた『鎧人』はその建物の崩落に巻き込まれて、瞬間的に戦場に復帰はできない。


「「ーーー」」


「オォオ!」


上からと下からとそれぞれから飛び込んできた残りの『鎧人』を、身を屈めた春野が同時に見据える。下から飛び込んできた方の『鎧人』の右肩に素早く左足を乗せ、バランスを崩し重さを加えられた事で『鎧人』は地面に叩きつけられる。そのままその『鎧人』を踏み場として春野は勢いのままに上から襲いかかった方の『鎧人』の胴を振り上げた拳で打ち弾く。腕部から放たれた緑色の閃光を崩した態勢のまま放ち続ける『鎧人』の体を、春野は上から振り下ろした小刀の刃で右肩から左腹部にかけて一閃、傷を刻み込んで地に転がった。


「春野さん!」


「っーー」「ーー」


直後、瓦礫の山から突き破って先程地べた投げを食らった『鎧人』が熱を纏わせた両腕から撃つ打撃を、背を向ける春野に突き込む。


「《根絶乃輝斬イレイスリッパー》!」


赤黒い光を宿した指で宙をなぞりながら背後に振り返り、宙に浮かび上がった一直線を刃として春野は目前に迫る『鎧人』の両足に叩き込んだ。


両足に爆発と新たな傷を負い、それによってバランスを崩さざるを得なくなった『鎧人』は屈めた春野の頭上を通り過ぎ、ヒビ割れた路上に転がる。


「「ーー」」


踏み場にされた『鎧人』と、胴に斬撃を刻まれた『鎧人』が再び飛びかかってきたのは、まさしくこの瞬間だった。


「《捕身輝波紋キャッチウェーブ》!!」


両足を軸として一回宙に舞った春野の身に一瞬で疾風が纏わり付く。その次の瞬間にはその疾風に代わるようにして三つの赤黒い輪が生み出され、春野が回転を止めた瞬間、それぞれの位置に断ち切られ、弾き飛ばされた。

 

『ーーー』


断ち切られた輪が纏わりつき、そこで再び輪となった輝きに行動を奪われ、ついに『鎧人』は活動を停止した。


その成果を上げた春野の後ろ姿を見据え、柚果霊は呆れと感嘆を混じえたような口調で届くか分からぬ問いを投げ掛ける。


「春野ちゃん、いつの間にこんな技術を身に着けていたのよ?」


「独学」


吐き捨てるように答え、春野は人形のように転がり、もはや抵抗の意志すら見せない三人の『鎧人』の内の一人、中年の男の顔に付けられたゴーグルを掴み取った。


「あんた、気はあるか?」


「    ーーっ、あ、アンタはあの川尻ッ‥‥‥痛ぇ!痛ぇえ!!」


目の焦点が合わなかった顔から体全体に意識が行き渡ると、中年は縋るような表情と声を漏らすが、すぐにその胴に刻まれた傷が己の存在を訴える事ですぐに言葉を中断し、痛みに喘いだ。


その傷に右手を添え、そこから流し込む淡い光を傷口に当てながら春野は再び中年に問う。


「あんた、どこのもんだ?こいつらは何だ?」


「‥‥‥お、俺は国都に住んでるただの市民だ。そ、そいつはーーーーっ気をつけろ!そいつは俺らだけじゃねぇ、国都にいた街の奴ら全員をこうしやがった!それで」


「っ春野さん!!」「春野ちゃん!!」


直後、背後から悲痛な二人の叫びが掛かる。瞼を弾いて振り返るが、そこにはその表情を浮かべた朔と、その隣で何かを叫ぶ柚果霊しかいない。


ーー本命は、春野の横から音もなく駆け寄り、二抱えもある瓦礫の塊を春野の頭目掛けて振り下ろした。


「ーーーさぁあ!!」


空気を裂き、風と炎を纏った刀を横薙ぎの斬撃として放ち、春野の短い銀髪に膨れた塊を切り砕いた。


両手に持っていた莫大な重量がなくなった事で新たな『鎧人』がよろけ、無防備となったその顎に、色の抜けた長髪をまとめ流した侍の足先が突き刺さった。


体を勢いのままに弾き飛ばされた『鎧人』だったが、顎から流れる血もそのままに、両手と膝を地に叩きつけることで勢いを殺した。


「ーー白蓮」


「間に合ってよかった。ーーこれは、『神話乃鎧戦あのとき』の返しとしておくぞ」


この惨状の中で侍、白蓮は警戒を改めて強めた春野に小さく笑い掛け、それに仕方なく春野も苦笑を浮かべた所ですぐさま彼女もその刀を構える。


ーー直後、睨み合いを続けていた『鎧人』の背後から三つの人影が飛び掛かり、気配に気付いた『鎧人』は振り返ったその先で即座に固めた防御も虚しく、三つの銃撃、刺撃、爪撃をその身に浴びた。


「‥‥‥ちょっとだけ気が軽くなったな」


合流するだろうと言うことを予測していたらしい白蓮の横で、春野は遅ればせながら集まった禍緒州と希石、獣となった婢女華の姿に首を唸らせ、この街で有数の実力を持つ『仲間』は一箇所に身を固め、相手の様子を伺う。


炎を染まる空から降り立ったものも含めて、今の相手の数は十四。己の身で陣を作り上げた春野たちを囲むようにして、ジリジリと歩み寄ってくる。


その中で、刀を握りしめる白蓮が小さく肘で隣に立つ春野の横腹を突き、聞いた。


「《大剣》は使わないのか?」


「‥‥‥さっき正気を取り戻した奴から聞いたが、どうも黒幕は国都にいるらしい。ーーそのために使う」


「‥‥‥分かった。だがひとまずここをある程度片付けるぞ」


白蓮の呼びかけに春野だけでなくそれを耳にしていた『仲間』たちが応じたその瞬間、『鎧人』たちはそれぞれ異なった構えを主軸として彼らに襲いかかった。  


「おぉおお!!」


「なっ、は、春野!一人で行くな!」「無駄よ、あの子は昔からあーいう子だから」


『仲間』の陣から真っ先に飛び出し、その『仲間』の幾人から声が掛かる中で春野は視界に移った五人に狙いを定め、またその『鎧人』たちも彼に狙いを定めた。


「ーー」


突き出した左手から放った連鎖的な衝撃波で、目前に突っ込んできた五人の内の一人の『鎧人』にたたらを踏ませ、まずそこで連携が崩れた。


素早くその残った四人の内の一人の懐に飛び込み、僅かにスキ生まれた『鎧人』の右腕に両腕を回し、ゴーグルを付けられたその顔から地面に叩きつけた。その仲間の身もかえりみずに他の『鎧人』たちはあらゆる方向から突き出した腕から閃光を放つ。それを地に叩きつけられて力抜けた『鎧人』ーー肉体に付けられた鎧部分を使って受け流す。


閃光を放つのを止めた瞬間に春野は宙に身を置いていた一人の『鎧人』に飛び掛かり、棒立ちに等しいその『鎧人』の首を食らいつくように右手で握りしめる。握りつけたまま自身の体を捻り、『鎧人』の首を捻じ曲げた状態で勢いのままに後方に投げ飛ばした。


背後、掴みかかった春野を狙って身を弾き飛ばした二人の『鎧人』の姿があった。


その二人は、投げ飛ばされた同士の激突を浴びて、まるで砲撃を受けたかのように身を弾き返された。


「はっ!!」「ガルルッ!!」


「「ーーー」」


火花があらゆる所、方面で散り鳴らされ白蓮は手の内にある宝刀を軋ませ、婢女華は自身の爪で薙ぎ裂き、二人の『鎧人』は二人の攻撃を受け切る鎧部に小さく傷跡を残した。


「フレイムスラッガー!」「ーー」


白蓮が斜めから振り降ろした極熱の斬炎を一人の『鎧人』が突き上げた膝を彼女の腹部に打ち込むことで狙いを逸らさせた。瞬間、刀を捨て置いた白蓮がその『鎧人』の右手に手を回し、痛みを訴える腹部に力を込めてその力を込めてそのまま『鎧人』を背負い投げで叩きつけた。


「ーーー」「ガァア!!」


直後、緑閃が僅かに婢女華の体を撫で切った。それに『鎧人』は僅かに脱力し、気を緩める。その瞬間に婢女華は己の焼け焦げた獣毛を散らせながら『鎧人』の首元に喰らいつき、その皮を食い破った。


「禍緒州!」「ねぇさん!」


「ーーー」


赤髪の姉妹が互いに呼びかけ、応じ、駆け迫ってくる一人の『鎧人』を相手取った。地に亀裂が残るほどの脚力で迫りくる『鎧人』の懐に飛び込み、希石の突き上げた右肘が打ち込まれた事を痛みとともに無視し、『鎧人』は組み上げた両手を振り下ろした。それを、二人の間に飛び込んできた禍緒州が銃身で受け止め、その後ろから希石が『鎧人』の露わとなっている生身に刺撃を浴びせた。


「ーーー」「ちゃ!」


だが、それらを躊躇う様子も見せずに『鎧人』は右腕ーーそこにある小さな砲口を希石の額に向けた。そこから打ち放たれた緑閃を禍緒州が真正面至近距離から撃ち放った弾丸が火花を上げて緑閃を散り散りに無力化させた。


「しぃ!」「や!」


生命知らずの『鎧人』の胴を希石が撫で切り、最後に禍緒州がその両足に弾丸を撃ち込んだことでついに『鎧人』は血を撒き散らして血染めの地に転がった


「お母様!」「ーー!?」


「ーーー」


別の方角にて二人の『鎧人』を相手取っていた柚果霊。その彼女に無音で一人の『鎧人』が踏み込み、固く作り上げた拳で彼女の頭を砕かんと狙い定める。


偶然、その気配に気付いた朔刃が己の身ごと母の体を地に転がした事で拳撃はその先に存在した建築物を衝撃だけで粉砕しただけで終わる。


三人の『鎧人』たちに視線を向けられる中で、娘に抱き転がされた柚果霊は場に似合ず小さな笑みを浮かべた。


「ありがと朔刃ちゃん、また長生きできたわ」


「そういう事を言うのは後にしてください!ーー来ますよ!!」


直後、互いに身を離れさせ、瞬間に直前まで二人が転がっていた路上を三つの閃光が砕き焦がした。


それを同じ構えで撃ち放った『鎧人』たちの身に左右からそれぞれ異なった魔術が浴びせられ、金属の破片から散々と舞った。


爆煙から傷を目立たせる『鎧人』たちが砕き出て、その向こう側に立つ朔刃の整えられた顔を叩き潰しーーー。


「十式魔術光線」


その三人の背後から柚果霊が指先で術式を作り上げ、『狙いを朔刃に向けて』十の異なる魔砲が撃ち込まれた。


魔術が横から身を掠める感覚も置き去りに『鎧人』たちはただ狙いを外さぬことだけを念頭に頭を振るいーー朔刃が展開した大盾に十の魔術は真正面に弾き飛ばされ、甲高い音を塗り潰す爆音と爆炎が『鎧人』たちを吹き飛ばした。


春野たち七人が次々と打ち倒していく中で、街の惨劇を引き起こした『鎧人』たち、軍とも言えるその数が彼らを囲むように降り立つ。


「オラァ!」


「ーーー」


両肩を真正面から掴まれ、一人の『鎧人』が春野と共に身を宙に置かれ勢いのままに渦巻いたその体を左肩から離されてそのまま腰の急所に打ち込まれるようにして路上に叩きつけられた。


辺りを見渡し、それに悪態をついた春野は大振りになぞった指先から斬撃を打ち放ち、『鎧人』たちの足元に打ち込む事で侵攻を一時的に喰い止めた。


身を弾くように飛び込み、春野はどこから奪い取ったのだろう大剣を朔刃に狙い定めた『鎧人』の太い首に剛腕を叩き込んだ。


哀れ、『鎧人』は手の内の大剣を取りこぼし、爆音を首元で轟きあげて路上に転がり、動かなくなる。


拳撃、蹴撃、緑閃、いずれの攻撃が届くよりも前に春野が跳躍し、路上で五つの攻撃が爆発を噴き上げた。


それを上から塗り潰すように春野は下に突き出した左手から波状の輝きが降り注ぎ、鮮やかな爆炎に五人は身を包まれた。


一瞬で五人の『鎧人』を再起不能にさせた実績よりも、まるで流れるように迫りくる『鎧人』の軍力ーー終わりない戦いにしびれを切らす方が強かった。


『ーーー』

 

瞬間、身をかがめて警戒を緩めない春野の視線とその隣で肘付いていた柚果霊の視線が交差した。


「‥‥‥何だよその目」


「‥‥‥‥。ーー春野ちゃん、本命の相手を、一人でお願いできる?」


「ーーー」


縋られる言葉とその内容に春野は徐々に目を開き、やがて、怒鳴った。


「馬鹿言ってんじゃねぇ!ありきたりな事言うのは嫌いだが、お前ら俺なしで良いのかよ!?離れられる訳ねぇだろう!!」


ーー現に、膝を付く柚果霊の胴には斬撃が刻まれており、朔刃は外された右肩を垂らし、姉妹は所々に打撲の跡が見られ、婢女華は両手の爪から血を流しているーー。


「‥‥‥‥‥‥っておいおい‥‥‥勘弁してくれよ‥‥‥」


そういう泣き出したいとでも言いたげな口調と言葉で春野は『彼女ら』を見返した。


気付いてしまった。気付くべきではなかった。



ーー彼女らは全員、春野に託してしまったのだ。



「大丈夫だ!私は仮にも騎士の身、この場の統制は任せろ!」


「春野!あたしたちにかまってないで‥‥‥!」「早く行け!」


「行ってくれたほうが、私にもいいので」


「ーーー春野さん」


全員、思い思いに春野の心に訴え掛け、それらを浴びた春野は思わず退きーー


「死ぬんじゃねぇ!!」


一瞬、大気を纏った春野は辺りの全てを豪風で吹き飛ばし、炎と煙が染め上げて、包み込む暗雲の中に突きこみ、思い残しと『仲間』を街に残し、飛び去った。



           2



一人の少女を肩に担ぎ、国都から大きく離れた荒れた山の中部、無数の岩が形造る大地に辿り着いたリージュは、肩から黄金の少女ーー網で縛り付けたラベスタントをそこに転がした。


彼女が負った火傷は《能力》の事もあって今では殆ど目立たない物になっていた。その痛みとは別に、屈辱の苦しみは彼女の身を蝕んでいたが。


「離しなさいよこんの変態っ!こんなこと、春野にしか許さないんだから!」


「なんであいつには許してるんだよ‥‥‥」


若干呆れと引きを含めた言葉を漏らして、リージュは懐から一本のチョークを取り出して、この荒々とした大地に魔法陣を描き始めた。


本来、術式は魔法が使えない一般市民にも扱えるように、即座に作れないというデメリットはあるが、自身が描いた魔法陣にマナを込めることで発動出来る物が存在する。


そして、今リージュが描いているそれには、ラベスタントは幾度か見覚えがあった。


「《転送テレポート》っ‥‥‥!」


「これからお前を魔王城に送って人質になってもらうぜ。ーー殺しはしないが、覚悟しとけよ?」


あぁ魔王様が怖い怖いと嘲笑し、リージュは大地に当てていたチョークを離し、投げ捨てた。


「諦めろよラベスタント。ーーあいつが、街で戦う多くの仲間を見捨てて、自分を物にしようとした女のことを助ける訳ないだろ?」


「‥‥確かにアタシはあの人にすごく酷いことをしたわ。ーーでも、それとあの約束は違うわ!あの人は、アタシを助けに来てくれる!」


縛られた体のままでラベスタントは強気な、否、確信的な発言をリージュに飛ばした。


どういうことなのかな、と笑ってリージュは力を込めた左手を描いた魔法陣に当て、徐々にその内から青白い光ーー。


「《根絶乃断頭雨イレイスシャワー》ーーー!!」


瞬間、空を包み込む雨雲を突き破って、二十を超える円状の、輝きで構成された斬撃が一斉に、それぞれの方向から大地に描かれた魔法陣ごと切り砕かんとリージュに飛び掛かった。


「ウヌぅ!?ッグ!」


目前で光を宿していた魔法陣が消し飛ばされ、何が行われたのかも分からないままにリージュは必死に跳躍し、迫り来る数々の斬撃を飛び越え、駆け抜ける。


攻撃から逃れるためにリージュは大きく魔法陣があった場所から大きく距離を取った。ーーつまり、人質を放してしまったという事。


轟音を立てて雨雲から一つの人影が降り立ち、白煙たなびく中で、ラベスタントはその背を呆然と見上げた。


「ーー春野」


「‥‥‥‥。‥‥‥‥‥‥‥‥。‥‥‥‥‥‥‥おいおいこいつは驚いたなぁ!極悪非情で知られる天下の春野様がお仲間を捨ててこの女のために来やがったよ!!」


「くだらねぇ事並べんな平凡野郎。ーー『仲間あいつら』に本命をるように頼まれたんだ。ついでにこいつも返してもらうぜ」


縛られたままのラベスタントの姿を一瞥し、春野は雨に濡れた拳を構え、リージュに向けた。


「イんだろ?本命が。八つ裂きにされたくなかったら出しやがれ」


「ーーどうやら、PRは相手にすらならなかったようだな」


小さく持ち上げた指を鳴らし、応じた兵器がまた戦場に降り立った。


姿を完全に見せぬままに、それは変形させた鋼鉄の腕ーー銃口をこちらに構えたまま、見据える春野に向けて響音と共に弾丸を連射する。一瞬、身を覗かせる弾丸の大きさは砲撃のよりも一回り小さくなったものではあるが、それが抱きかかえたラベスタントと共に飛び上がった春野の下を引き裂く音をも掻き消して通過し、露出した岩肌に大穴を開けるほどに砕き散らせたその威力とは割に合わなかった。


再び荒れ果てた大地に降り立ち、今度こそ春野はそれの姿を捉えた。


「ーー趣味悪いの作りやがる」


あくまでも己がモチーフとされたそれはその姿に春野は嫌気を隠さない様子でそれを睨みつけた。


ーーまるで、その目が自己嫌悪そのものであるようにラベスタントには見えた。


「ふふっ、そんな顔が見たかったぜ!紹介してやる、こいつはIRハルノ。てめぇと同じ《根絶者》だ!!」


「くだらねぇ、それと俺とを同じ扱いしてんじゃねぇぞ」


懐から抜き取った小刀を構える春野に対立し、IRハルノは右腕から熱波を纏った長刀を生やし、《根絶者》は共にゆっくりと歩む。


互いに手に持つ刃の威力に合わせるように、その持ち主から噴き出る濃密な鬼気はなんとおぞましいことか。


既に三つの内の一つは儚く哀れに崩れ、今、この場に残るのは二つの思惑だ。


「川尻春野、テメェは知り過ぎたんだよ。ーー死にやがれ」


「そっちが勝手にやっただけだろうが、クソ喰らえだな。ーーぜひとも、お断りするぜ」


ただ、相手の『根絶』のためだけに身を捨てた《根絶者》二人は示し合わせたかのように一度、距離を置いた状態で刃を振るいーー剣舞が、鳴り上がった。


 

          3



「‥‥‥こんな、ことになるとはな」


自嘲のように言葉を漏らし、大穴開けられた会議室の上座に腰置いていた人物ーーアンジギリスは己の下に転がる華、頭部を握り潰された大臣や貴人から噴き出たものーーを見て、生き残った自分の事をむなしく思った。


この惨状を引き起こしたのは、彼自身が下した命令故からでもあるのだから。


「私自らこの地獄を作り上げてしまった。‥‥だが、私には止められない」


王座から立ち上がり、血のカーペットの上を歩み続けるアンジギリスは言葉を紡いだ。


「国民は死に、私だけが残る‥‥‥あまりにも、馬鹿馬鹿しい話だな」


会議室ーーもとい王城に突き破られた形の大穴が作り上げられ、そこから見える戦火を見下ろしてアンジギリスはそれから目を瞑り、見えぬ宿敵ーー否、勝手にそう思っていた『英雄』の姿を思い浮かべた。


「頼む、川尻春野。‥‥‥頼む」


自らに科せられた責任を、身勝手に未だ奮闘しているであろう英雄に託し、アンジギリスはーー死に、落ちた。



「るぁあぁああーー!!」


「ーー」


心の底から高ぶり上がるような唸りと感情、生命を感じさせぬ唸り、横薙ぎで放たれる小刀の斬撃と上から叩き切らんとする炎刃、その二つが両者の間で交差し、互いの刃と体が軋みを上げる。


直後、鋼鉄の蹴りが腹部に叩き込まれ、春野は血反吐を口端からこぼしながらその威力に身を任せて兵器から距離を置く。


それが運命であったのかはどうなのかも考える暇もなかったが、途中で四肢を大地に突き立てて威力を殺した春野は、拘束されたままのラベスタントと身を並べた。


「春野っ‥‥!」


「お前からの心配なんざいらねぇ。日頃心配掛けやがる奴からの心配なんざ」


「‥‥‥」


腹部を僅かな時間だけ、気休めとして手で押さえ、すぐに春野は取りこぼした小刀に代わって両方の拳を構えた。あまりにも無理をしている。その姿を見上げたラベスタントは、己の体を縛る縄から覗かせる右手をできる限り春野に近づけ、振るう。


「春野、せめて治癒魔法だけでも‥‥‥!」


「あいつらが許すと思うか?考えもなく口を叩くな。ーー俺と一緒に戦う意味を、今は持つな」


「え‥‥‥?」


確かに意図が込められた投げかけであった。だが、それをラベスタントは理解できなくてただ呆然と見上げることしかできなかった。


ーー事態は、動く。


「そうだ。テメェにはこいつの力を見せてなかったなぁ。ーーIRハルノ、《根絶者乃仲間イレイスジャーズ》の技を使え」


「ーー」


瞬間、肌を戦慄が通り抜け、春野は生存本能に従って跳躍する。宙を舞う白い影にIRハルノは右手から生やした三本の刃、否、『爪』と再び変形して銃口としたその左腕を向けた。


振るわれたことで生み出された爪撃と連鎖的な弾幕が春野の急所目掛けて放たれる。体に迫る威力に春野は左手ーーそこに渦巻いて姿を現した《大剣》の刃を向けた。


「《輝鏡衝撃大剣ミラーショックカリバー》!」


刃先から展開された鏡が弾幕と爪撃に激突。弾かれた弾丸はその周囲にその矛先を向けたまま飛び散り、爪撃は鏡に痛々しい跡を残すことで終わった。


宙をから舞い降り、春野は頭上に現れるタイマーを一瞥もせずに目前ーー銃口であった左腕を一本のフルーレへと変形させるIRハルノに血香込もった息を漏らした。その春野の様子を見て、IRハルノの後ろで見物するリージュは嘲笑した。


「こいつはお前の戦闘技術、持つ力全てが組み込まれ、体の全てがかつて恐れられていた《古代兵器》ーー『神話丿鎧』の゙一部を練り込ませた鋼鉄、そして第二幹部、インフィンテ様の゙《能力》を持たせた《最新兵器》ーーこれがIRハルノの実力よ!!」


「ーー」


緑色の輝きを宿したフルーレを振るい、IRハルノは春野に飛び迫る中で、顔面に孤を刻む針撃を裂き放つ。それを獣爪纏う《大剣》で弾き飛ばし、春野は即座に纏っていた獣爪を獄炎に塗り替えて、目前にあるIRハルノの右肩を切り捨てた。


体液を表したかのような重油が撒き散らされ、IRハルノは自ら大幅に距離を作るために後ろに飛んだ。


その途中で重油撒き散らす傷口が内部から鋼鉄の塊が蠢き、直後形造られた右腕を生やした。


その事実に悪態をつく春野を見据え、リージュは己の身の安全のために後ろに突っ切った。


イレイスナックル、破壊光線!」


「ーー」


命令を受けたIRハルノは曲げた腕を胸部の前で両方共に構え、その中心に生み出した橙色の輝きを膨らませ、一直線に撃ち放った。


視界を輝きに染めるそれを、春野は下から振り上げた斬撃で掻き消し、その先にIRハルノがいない事に気付く。


判断と状況の変化は一瞬もなかった。


「Iナックル!兆超過火球ッ!!」


「《絶対冷凍大剣アブソリュートフリーズカリバー》ーーー!!」


背後に姿を現すと同時にその広げた胸部から極熱の熱波を纏わせた、鮮やかな火球を撃ち放つIRハルノ。それごと撃ち抜かんと春野は両手に握り締めた《大剣》から辺りを凍て付かせる青白い冷砲を撃ち放った。


蒸気が掻き消される音が鼓膜を掻き毟り、そこから発生する威力のぶつかり合いはこの場にいる全ての者の身を削るようでありーー遅れて飛び込んできた威力の爆発に《根絶者》たちは身を弾かれた。


春野の体は吹き飛ぶ途中で身を大地に叩きつけられ、そのまま何もできずに転がった春野は苦鳴を漏らしながらもその手に持つ《大穴剣》を持ち直した。


だが。


「ーーー」


無音の空白、それはどちらの《根絶者》が生み出したのかも分からないまま、その瞬間が流れーー極炎の爆発の中に、春野は消えた。



ガァアッ!! 荒れた大地を派手に、空から突き刺さった《大剣》が削り取り、それを目の当たりとしたラベスタントは、悲痛に愛人の名を叫んだ。


「春野ーーー!!」


高熱が辺りに吹き散り、爆発を浴びた周囲の岩肌が赤く熱を帯びる中で、徐々に爆発を上げた黒煙が晴れていきーー血と火傷にまみれた春野が、膝を付いていた。


垂れる顔にある目はまるで生気を感じず、その体からは動く気配も見られない。


残酷な一撃を浴び、春野は破れたのだ。


その春野の元に歩み寄り、そばにIRハルノを従えさせたリージュは彼を見下して、問う。


「瀕死だな?」


「」


その問いに、深い意味など隠されていない。ただ、春野が生きているのかを確認したいだけの。


それに、春野は答えなかった。


彼の体からはたなびく白煙は、彼自体の消え去った灯火のようにラベスタントには見えた。


「ーー死んだか」


IRハルノはその言葉に応じるかのように、彼に向けていた銃口を下ろして、《根絶者》に背を向けた。そして、それに続くようにリージュも踵を彼に向けてここから立ち去ろうとした。それは、彼のーー愛人の、尊厳を踏み躙る醜悪だった。


「っリィイイジュゥウウウーーー!!」


目をガッと見開き、地に転がっていたラベスタントを殺気が動かしていた。背を大地から弾くことで足を地に立てれたラベスタントは覗かせていた左手、そこに溢れていた魔力を無防備に背を向けるリージュに叩き込もうとーー。


「そう言えば、お前を人質にしていたんだったな」


「‥‥‥ぁ‥‥‥‥‥‥ご」


手の内の魔力が霧散し、腹部に鋼鉄の拳撃をめり込まれたラベスタントは、呆気なくそのIRハルノの足元に崩れ去った。


内臓の破壊から噴き出るようなあまりにも痛みにラベスタントは小さく喘ぐことしかできなくて、震える事もできなかった。


愛人と同じように、命を消されようとするラベスタントの元に《根絶者》が歩み寄り、緑閃が滲み出る銃口を向けた。その決着をリージュは見据え、漏らす。


「《根絶者》、《国の懐刀》の戦死、国都の壊滅ーー全て、予定通りだ」


ーー場に、変化が訪れないのであれば。


「‥‥‥?」


《国の懐刀》の死をこの目で確認しようとしたリージュの耳に、背後から吐瀉音が飛び込んできた。


そして、それに遅れて地がこすれる音と咳き込む音に弾かれたように、リージュは自らがそこに目を向けると同時にIRハルノを自身の前に移動させた。


ーー口下の、白色のロングコートを血に染め上げて、春野が震える身をこらえさせて立ち上がっていたのだ。


ラベスタントを助け、守るために立ち上がり、戦おうとしているのだ。


「‥‥‥《根絶者》あろうものが、こんな無様を晒すとわね」


「ーー」


嘲りの口調とは裏腹に、リージュは懐から取り出した拳銃を、僅か震える拳を構える春野の額に向けた。


「今のお前は《根絶者》を使うまでもねぇよーーー死ね」


銃声が、轟いた。



パキッーー



銃声の轟きを塗り潰し、一つの砕け散る音が響いた。


砂のように砕けた銃弾が風に消え、春野とリージュの間に立つ中年の前を通り過ぎた。


「‥‥‥アンタは」


呆然という表情しか出せずにいられなかったラベスタントは、その姿に驚愕ーー信じられない者を見る目を向けた。


中年は、色抜けた短髪をさらし、歪に変化した鎧とも言える鱗状の四肢を持っていた。


「遅れながら、恩は返させてもらおうーー春野」


その凄惨な姿とは裏腹に、僅か安堵のような顔を作る春野に、『親愛なる目』を向けた。



ーー《死行人》、ゼットが《根絶者》と向き合った。



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