第二章 イレイスロイド
1
「‥‥お出迎えはなし、か」
明かりを全て消された自宅、もとい事務所に着いた時には街の明かりも全て消されていた。
出迎えの一人ぐらい、欲しかったが早朝直前のこのときに他人に無理は言えない。そんな無理を自らしかねないのが朔刃だが、彼女はこの事務所の家事の大部分を支えている。仕事に支障をきたしかねないために、遅くとも彼女は一時には寝ていた。希石や組員はそれよりも二時間は早く、禍緒州なんて時には半日以上を夢の中で過ごしている。
「‥‥‥まぁ、俺みたいなやつには一人がお似合い、か」
諦め、春野は脱ぎ捨てたローファーを玄関に並べ置き、それから春野はニ階にある自室に向かった。
とりあえず、一時間だけでも睡眠を取らなければ。そう春野は僅かに感じる睡魔と倦怠感をそのままにして手に馴染んだドアノブで扉を開けてーー
(おいおいおい)
眼前に広がった光景に、思わず春野は口をモゴモゴとさせた。
一定の寝息が掠れ響く自室の中で、できる系と堕落けの仲間が睡眠を取っていた。
ベッドの中にくるまり、愛くるしい体勢で寝転ぶ朔刃ならまだ分かる。きっと、無理して春野の帰りを本当に夜遅くまで、場合によっては先程まで待っていたのだろう。
だがもう一人の柚果霊はどういうことか、よだれを口端から垂らしながらベッドにつっぱしるその姿は堕落のそれだ。
‥‥‥よく見たら、彼女の腰元に数本の酒瓶ーーおそらく『狭間』からは持ってきたであろう日本酒が転がっていた。
それから考えるに、帰ってくるのを期待して春野と飲み交わそうとしていたのか。
「ーーそうだ」
困ったように目を細めていたその目を見開き、春野は腰にあるポーチから封紙を取り出して、それをつっぱしる柚果霊と見比べるように一定の間隔で視線を移し換える。
この『世界』に力を封じる方法がないなら過去、もしくは別世界に存在するかもしれない。その可能性は非常に高い。ーーだが
「ぅい〜‥‥‥」
「‥‥‥‥」
ベットから滑り落ち、まだ中身が入った酒瓶を倒して柚果霊は酒に濡れた床にそのまま寝転がった。
問題は、この女が知っているかどうかだ。
別に、彼女が知っていなくても調べてもらえれば分かることだろう。だが、封紙は時間の問題であるように春野は感じていた。
「‥‥‥皇帝、一体何がしたいんだ?」
自分自身に向けた、そう思えない口調で春野は手の内にある封紙、その内に存在する皇帝に返ってくるわけもない質問を掛けた。
国都アンジギリスに出入りするには、唯一存在する大正門を通る事が不可欠となる。
大正門を通る時、ただの一般車が通ることには大した検査は行われない。だが、それが商隊や貴族が乗る馬車であれば大袈裟ともいえる検査は必須となる。
「‥‥ラベスタント=スペルチールス様とその御一行様、確認が取れました。どうぞ国都ヘ」
「ありがと」
初老の作業員が深々と頭を下げるのを一瞥もせずに彼女、ラベスタントは改めて自家の馬車に乗り込み、それを確認してから行者は馬車を走らせた。
目的は観光などではない。国の上層部の座を持つ者たちがここに集められるのだ。それは、王令によるものであった。
《能力》を一時的に解放し、遙か先にある王城、その聖門に目を凝らした。すでに五十を超えるそれぞれの家紋を付けられた馬車が並べられており、そこから降り立った貴人たちが聖門を通して王城の中に入っていく。
それに揃えるように行者は馬車を扱いこなし、馬車の車輪に鍵をかけた所で客車の扉を開けた。
外から入り込む強風にラベスタントはその黄金の髪をたなびかせ、高く聳え立つ王城を細めた目で見上げた。
「‥‥‥ずいぶん古臭くなったわね」
口紅を塗った唇を舌で小さく舐め、ラベスタントは心から溢れ出そうな緊張感を緩和させた。その彼女の前に、一人の制服を着た青年が整った足取りで歩み寄った。
「ラベスタント=スペルチールス様でよろしいでしょうか?」
「えぇ」
初対面の人間にもこうして作りの余裕さと笑みを返すのも、彼女にとっては簡単な事だった。それを特徴のない青年は小さな笑みで受け取り、頭を下げる。
「国王より、貴方様には特別な歓迎をするように命されております。どうぞ、王城ヘ」
「‥‥‥スペシャルな?」
別に、『特別な歓迎』辞退は《国の懐刀》である以上幾度も受けてきた。だが、『スペシャルな』とはどういうことか。
スペシャルは特別という意味と変わらないという事は、柚果霊がそれは別世界の言葉であると一緒に教えてくれた事があった。
ーーー眼の前の青年は、何故その言葉を。
「ねぇあなた」
「時間がありません。どうぞ中へ」
会話を打ち切るように青年は広々と開けられた聖門を掌で指した。それにラベスタントはこらえるように、否、堪えさせられる事で僅かに数本のシワをその整った顔に浮かべ、しばらくそのまま佇んでからラベスタントはまるで邪悪そのもののように感じる、『形だけの聖門』を通り過ぎた。
王城ヘ入ると広がる一直線の廊下を渡り、その果てに存在する魔法陣に身を置くと、自動的に貴人、大臣が集う会議室ヘ着く。
それが本来のルートだ。
「ねぇあなた、いったいアタシをどこに向かわせる気?」
「全ては、王令ですので」
そのルートから『外された』ラベスタントは薄暗く、『永遠』に感じる長さを持つ廊下を歩き続けながら、さらにその前で共に歩みを続ける青年にこうして問いかけていた。
そして、青年はこうして同じ答えを幾度と返していた。
ここは貴人や大臣、そして国王の親族らが集う事となった王城だ。広大な室数と階を持つのは当然だが、数百人の集められた者たち、そして王城で仕事をこなす作業員らがここには存在するのだ。その者たちの気配、存在の証拠を、ここは感じさせない。
「ーーハメられた。そういうことなのかしら?」
「ーーー」
歩みを止め、余裕をあえて崩さずに掛けた質問と求めに、青年は顔を見せぬままにその足を止めた。
十歩程の距離が二人の間に存在し、顔も顔を向き合わないままに二人は緊迫感を生み出した。
「王は‥‥‥いいえ、ここはあなたとしておきましょうか。あなたの目的は、何?」
「いいえ。貴方の最初の考えでも後の考えでも正しいですよ」
「え‥‥‥?」
「我々はーー俺等はただ、この国の王の考えに協力したまでだ」
ーー瞬間、永遠を果てとしたその先からうち放たれた橙色の輝きを、ラベスタントは身を横に弾くことで避け切った。
意図が分からぬままに襲撃を受けたラベスタントは身に纏った紫のドレス、その裾を大胆に引き裂いて、自身が持つ長い足を解放した。
戦闘態勢に入ったラベスタントと対面する青年を避けるように更に廊下の先から数々の攻撃が向けられてきた。
炎の斬撃、輝きの突撃、氷と弾丸の礫、全ての魔族の光線ーー。
「ーーッ!」
無数全種類とも言える攻撃の全てを、ラベスタントは床から盛り上げた氷の壁で受け止め、それが砕け散れば指先からなぞる形で生み出した氷の武器で弾き飛ばし、防御が間に合わなければ弾くような勢いで躱すことに専念する。
「っーー攻撃ばっかしてないで姿を見せなさいよこの卑怯!早くしないとアタシの王子様が来るんだから!」
「俺等としたら、早くきてもらいたいんだがな」
目を瞑り、青年が広げた右手を何気ないように上げると、嵐のように飛びかかってきた攻撃は嘘のように鎮まった。
そして、
『ーーー』
蒸気が吹き上がる音が変に耳の中に入り込み、ラベスタントは嫌な脂汗を一筋流した。
「‥‥‥春野?」
煙と熱、そして蒸気を体の所々からたなびかせるそれは、ラベスタントには想い人である春野のように見えた。
顔のパーツが口、鼻と分かるもの以外存在しないその顔でも、その厳しげに硬そうな口と鼻はまさしく春野だ。
髪を彷彿とさせる重ね合わされた銀の板も、形だけは春野のようだ。
ズングリとした太い胴につけられた四肢の作りも、春野そのものだ。
全てが鉄骨でできた身体でありながら春野を感じさせるそれはーー。
「《川尻春野抹殺計画》」
「え?」
「王国が持つ奴の戦闘データ、俺と魔王軍が持つ科学力によって生み出された人工生物兵器ーー名付けて、IRハルノ!」
青年ーーリージュが張り上げた声に応じるように兵器、IRハルノは腕から生え伸びた鋼の刃に炎を纏わせ、体を作る所々に開けられた穴から蒸気を噴き出して、目の先に立つラベスタントに斬り掛かった。
横薙ぎに放たれた炎撃を、ラベスタントは両手には握りしめた氷塊のハンマーを振り上げることで互いを激突させた。
『ーー』
「あの人もちーふのくせに、表情の一つも作れないのかしらぁ!?」
唸りのようにも聞こえる体内からの動作音に、負けじとラベスタントは罵倒を飛ばし掛け、蒸気を滲みあげる氷鎚で炎の刃を力尽くで押し返したラベスタント、態勢を崩したIRハルノの左胸に右手を当て、その内から橙色のーー、
「Iナックル、過度乃火球」
鋼鉄の胸部、その間に埋め込まれた極小の赤の結晶、それが内側から膨れ上がらせた発光に塗りつぶされ、驚愕と痛みに見開くラベスタントの体を廊下の遥かに吹き飛ばした。
「リージュ殿!」
「何でしょうか?」
「何でしょうかって‥‥もう時間ですよ、早く大会議室に!」
王城の中で迷路のように存在する廊下、その壁に一定の間隔で貼り付けられた窓から外の風景を楽しんでいるようであったリージュの姿を見つけ、彼ーーアンジギリスの側近の一人は呆れたように疲れと安堵を込めた息を吐き出した。
それにリージュは思い出した顔で笑みを浮かべて頷き、その側近と共に魔法陣を果てとした廊下を歩き始めた。
「IRハルノの調子はどうでしょうか?リージュ殿」
「少し、動かしてみましたら、光線も魔術も、格闘技も問題なかったですよ」
「あまり目立たせないでください。暗殺が完了して魔王軍対抗兵器として実用するまでは、存在しないものとしているんですから」
貴人、大臣、その他この国に大きく関わる者たちが集まってから三十分が経った。
彼らは今宵、何が故に集められたのかはラベスタントと同様に知らされていない。
「お前もか‥‥」
「全員に知らされていないのか」
「噂によれば春野に関することらしい」
彼らの殆どは、春野を冤罪として擦り付けようと動いた者達だ。地方各地で噂を広めることで奴の味方と信頼をなくす。ーー今では、その噂を疑う市民が殆どだ。
上に立つ者にとって、信用は何よりも大事な事だった。それが失われるという事は、没落の道を辿るということだ。すぐさま、その芽を摘まなければならない。
「ーー誰か来たぞ」
小太りの男がある方向で目を釘付けたままでポツリと言葉を漏らした。それに周りの人間が反応し、またその周りにいた人々がその方向に目を向けた。
魔鉱石の光がステージに灯され、白光の輝きが膨れる中で一人の男ーーリージュが自身に向けてくる貴人たちに頭を深々と下げながら、そのステージの中心に身を置いた。
「はじめまして皆さん。今回、私めのような者がこの場に置かせていただいていることに感謝致します」
挨拶を終え、周りから困惑と疑問の声が聞こえる中でリージュは自ら手を挙げる事で鎮静させた。
「失礼いたしました。私、本作戦兼会議の末席に座らせていただいておりますリージュ=ストルムでございます」
名乗り終え、再び頭を深々と下げたリージュに周りの貴人たちは戸惑いながらも拍手を乱れて浴びせた。
それを満足気に、嬉しげに笑みを浮かべながらリージュは頭をゆっくりとねぶるように持ち上げ、握りしめていた左手を上に広げ、そこから分子で構成された計画書ーー『川尻春野抹殺計画』をまとめ上げたものを広々と浮かべ上がらせた。
計画の名を目にして、この王城に呼び出された彼らは、何故この場に集まることになったのかをそれぞれのタイミングで察し始めた。
「現在、この国家は転覆の危機となっているということは貴方方一人ひとりがそれぞれの形で感じていることだと思います。転覆するという事は貴方方のこれからだけでなく、国家の安定を崩すことなのです」
堂々とした声であるのに関わらず、耳に流れるように入ってくる口調、そしてそれから伝えられる内容にいつしか集められた貴人だけでなく、この計画に始めから関わっていた大臣、そして国王も彼に意識を向けていた。
「その、この事態の引き金となった男ーー川尻春野を秘密裏に暗殺する。‥‥‥それが本計画の目的です」
口端をいやらしく持ち上げて、リージュは横から片手を挙げて歩み寄ってきた初老の男、国務大臣に場を渡し、ステージの端に置かれていた木製の椅子に腰掛けた。
綺麗に整えられた頭髪を撫で、国務大臣ーーイラムは一度周囲を見渡した。
計画と事態を知り、彼らの意識はどことなく鈍く、薄い。
当然か、とイラムは長くため息をつき、手を高く叩くことで彼らの意識を整わせ、注目させた。
「話の続きは私が続ける。‥‥君たちにしてもらいたいことは二つだ。一つはこの計画を《最重要機密政綱》として誰にも話さぬ事、もう一つはこの計画が完遂した後に、川尻春野の噂を引き続き広めること。‥‥‥気をつけたまえ、これらが破られたら自ら命を断つものと思え」
『ーー』
いつしか、誓いを託された彼らは黙り込んでしまった。だが、イラムが言った事が本当に『命に下された令』であることに、彼らは受け入れる他になかった。
「ーー全員、呑み込んでくれたな?‥‥‥リージュ氏」
「えぇ」
目配りを受け、腰をゆっくりと上げて再びステージの中心に歩み戻ったリージュは安っぽいスーツの懐から一つの厚本を取り出し、重い響音を立てて複雑な魔法陣が描かれたページを弾き飛ばした。
その厚本を乗せる右手、そして余った左手でリージュはズボンのポケットから一枚の封紙ーー《鋼鉄乃根絶者》を宿したそれを、怪しく紫と黒を浮かび上がらせる魔法陣の中心に、先端を当てた。
「闇と破壊によりーー全てを征した全次元制圧兵器、IRハルノォオオオ!!」
魔法陣を力の解放とした封紙は、リージュの手によってその身を宙に舞わせ、十一のそれぞれの輝きを周りに撒き散らしーー
3
「‥‥‥‥」「‥‥申し訳、ありません」
「ズゥ〜‥‥」
場面は変わり、ここでの主人公ーー川尻春野の視界に広がっていたのは、堕落性がなければ絶賛の美女として崇められるであろう《魔女》ーー現実は家事をする技術と経験、そして周りを気にする目をどこかに捨てた、シワだらけの軽装とボサボサの金髪を目立たせてしまっている柚果霊の姿だった。
結局、朝まで起きていた春野に、今から一時間程前に目を覚ました朔刃は手際よく朝食を作り、それに遅れた形で春野の事実から出てきた柚果霊が、朝食を物静かに食べていた春野と朔刃が座る同じテーブルで、『狭間』から取り出したカップ麺を今こうして啜っているのだ。
あまりにも馬鹿馬鹿しい光景に思わず春野は視線を冷まさせ、その横で朔刃が羞恥に耐えきれないように料理に手を付けず、ただ俯いていた。
やがてそれらに気づいた柚果霊はスープに沈ませていた割り箸を掴み上げ、それで二人のもとにある食べかけの料理を指した。
「どうしたの?春野ちゃん朔刃ちゃん、食べないの?」
「‥‥‥食べてぇけどよ、呆れて口が動かねぇんだよ」
「動いてるじゃない?」
「うるせぇ」
スープと同じように、口臭まで豚骨臭くなった柚果霊から顔をそらし、嫌になったと席を離れて早足に自室に戻った。
「待ってください春野さんーー春野さん!!」「ーー?どうしちゃったのよ」
「‥‥‥‥」
背後から掛かってくる言葉を無視し、春野は自室に入り込んですぐに鍵を掛けた。
コートを剥ぎ脱ぎ、投げ捨てた春野は僅かに自分の匂いとは異なる香りを宿したベットに倒れ込んだ。
心から込み上げてくる怒りに唸り、春野は何度も頭を小さく打ち付けた。
怒りの原因は分かっている。精神が今までと言えるほどのものではない歪になってるからだ。
命が狙われている。その状況に耐えられる奴は全ての『世界』にいるはずはない。それが二十年近くを裏社会で過ごした春野の自論であった。
命が狙われている。この『世界』で言うと、『暗殺』だ。暗殺自体、幾度か体験した春野には、その『危険性』と『被害』を充分理解していた。
暗殺の際、的確に相手の急所を突き、瞬時に終わらせることは当然の事だが、仮にもそのターゲットが名や脈を持つものであれば始末が悪い。そのターゲットが人気あるところにしか身を置かなければーーその周囲にいる者も『対象』となる。
「‥‥‥‥クソっ」
寝返りを打ち、春野はベットの上で小さく悪態をついた。
今、彼は『対象の中心』となっている。自分の命がいつ失われているか分からないこの状況は、いつ『仲間』が死ぬか分からないと同じなのだ。
『仲間』は巻き込ませない。巻き込まれはしても、巻き込ませないのが春野の思いだ。それに、矛盾が生まれるとは思わなかった。
『仲間』を守れて、それでいて自分から遠ざけられる方法とはーー
「ーー春野さん」
「‥‥‥朔刃か‥‥何だ?」
扉の向こう側から聞こえてきた控え目な声とともに渋々春野は入室の訳を扉越しで問う。だが、それを朔刃は無言でやり過ごし。
「大丈夫‥‥ですか?」
「‥‥‥‥どうだろうな」
皮肉を込めたような口調で言い返し、春野は何かおぞましい物を見る目で扉を見据えた。
扉越しであるため、彼女の表情は見えないのだが、春野にはその向かいにいる朔刃が悲痛な顔を浮かべていることはなんとなく感じ取っていた。
「お母様には注意するように言っておきました。少し慎んでくれるはずです」
「少しは、か」
今度は素っ気ない様子で返声し、春野は彼女との会話を中止するために、何度も眠りに就こうと寝相を変える。
ーー春野の事は全て知り、察せると自称している朔刃だからこそ、口調の一つで気づかれているかもしれない。その前に。
だが、元々の心情故あって、どうしても寝付けないーー。
「何か、気に触るようなことが起こったのですか?」
「ーー」
問い掛けにしてはどこかに確信的な想いが込められたそれに、春野は無理に作った寝相を見開いたものとし、ガバっとベットから起き上がった。思わず、苦笑を浮かべて。
「‥‥‥わかったか」
「分かりますよ。どれだけ貴方の声、仕草、クセ、態度、考えを見てきたと思うんですか?」
流石は行き過ぎた想い、と春野は固めた顔で扉の向こう側にいる朔刃を評価した。久しぶりに何気ない病みを聞いて、小さく身を震わせた。
あの調子では何をしてくるかわからないので、春野は自ら部屋を出ることにした。
ロングコートを纏い直した春野の顔色を見て、朔刃はその眉間に可愛らしくシワを刻んだ。
「‥‥‥春野さん、私含めて仲間の方たちを想っての行動はいい事とは思いますが、私達も貴方を信じ返し、恩を返したいのでどうか気を緩めてください」
「ラベスタントみたいな事を言うな‥‥‥まぁ、お前もよく俺を見ていて、知っているから察してるんじゃないか?俺は」
瞬間。肌が粟立つ感覚に瞼を弾いた春野は身を屈め、目の前にいた少女を抱きしめる。
突然のことに朔刃はその顔を一瞬にして顔に染めたが、自身の目前にある愛人の顔ーー死を覚悟したその表情に、羞恥と動揺を消し飛ばされた。
「春野ちゃん!」
「分かってらァ!」
下から聞こえてきた柚果霊が張り上げた声に春野は上ーー天井に目を向けて応じ、柚果霊はキッチンに貼られた窓から、春野と彼に抱かれる朔刃は廊下にあった換気用の窓から身を外に投げ出した。
直後、彼らの憩いの場と思い出の場としての役割を果たした事務所は、上からの暴力に叩きのめされ、瓦礫として散らばった。




