第四章 命に迫るタイムリミット
1
飛び込んできた爪撃を屈めて躱し、お返しに放った足撃は同じくして放たれた蹴撃に受け止められる。
そのまま弾かれた体を石畳に足を叩き込むことで踏み砕き、その反動で勢いを殺した。
前に突き出した魔力を纏った右手をゼットの首元に向けて放つが、それをゼットは太い血管が異様に浮き出た左腕で勢いと衝撃を完全に受け止めた。この瞬間に、全ての攻撃を失った春野の顎が、蹴り上げられる。
打ち上げられた春野の体を、横に薙ぎ払う爪撃が散り舞った鮮血と共に弾き飛ばす。
殺し合い、そうとは言えないーーーこれは闘争だ。
「チッ!」
舌打ち、わざと体を石畳に叩きつけた春野は転がる形で姿勢を立て直して再びゼットに鋭い視線と剣気を当てた。
四肢を付けた石畳に干渉し、内からの爆発が引き起こした爆風に乗って春野は前に飛び込んだ。
その首を、鋭い鉤爪が掴んだが、痛みも血が流れることも無視して春野は突き出した右手と勢いで前に建て並ぶ店舗の一つにゼットを叩きつけた。
苦鳴を上げるその静顔と胴を、余った手と足で殴り、蹴りつけて春野は勢いを途絶えさせない。
「「ーーーォオ!!」」
直後、春野が放った拳撃、ゼットが放った爪撃が互いの中心で激突ーーー発生した膨れる衝撃がそれぞれを後方ヘ吹き飛ばした。
ゼットは店舗を完全に破壊して街の中心にある大通りに。春野は、そのまま抗うことも叶わずに弾き飛ばされ、別の店舗に体を叩きつけられる。
その瞬間を狙い、両爪を突き出してゼットは春野の元へ突っ込むーーーその目前に、橙色の輝きが迫りきた。
咄嗟に突き出していた鉤爪を交差させる形でゼットは橙色の輝きーー破壊光線の術式を受け止めた。
「これが《根絶者》ので破壊光線か‥‥‥!!」
押し込まれる形で叩き込まれるきょうれつな熱量と威力は、ゼットがそれを受ける爪と踏み込んでいた石畳を溶かし、砕く。
「っあぁ!!」
輝きを横に引き裂くことで消滅させ、ゼットは発射の姿勢を取ったままの春野に向けて変形した爪を向けた。
立て続けに放つ爪撃を受け、春野の胸板が縦横斜め問わずにに引き裂かれる。
それを放ち続けるゼットの顎を今度は春野が膝で跳ね上げさせ、地から浮いたその体を両手から放った波状の光線が、ゼットを押し込むように暗雲へと吹き飛ばす。
姿勢を崩された状態で光線を受ければ、流石のゼットも対処のしようがない。
ーーーその光線を放つ両腕を狙って、二つの刃が飛び込んできた。
「っお!?」
発動を止め、腕を咄嗟に引っ込めることで皮一枚の犠牲で済ませた春野は、二つの刃と共に飛び込んできた少女を目前で睨む。それを受けても、少女の表情が揺らぐことはない。
「ーーなら喰らえやアマぁ!!」
「ーーーッ!?」
その表情が、揺らいだ。
先刻、刃から逃れるために引っ込めた腕、それによって突き出た肘。それを少女の横腹に突き刺し、少女は血反吐と骨が軋む音を撒き散らしながら石畳に転がった。
「ーーー短い間だったが、よくやったユラン」
「くっ」
目前、爪を構えるゼットと目が合い、コンマ遅れて春野は拳を放つ。
風に唸る爪と拳が激突し、互いの動きが止まった。ーーー直後、放たれた爪撃は春野の右肩に、放たれた蹴撃はゼットの腹部に突き刺さった。
「ぅ‥‥‥」「ぐぉ‥‥‥」
互いに、数歩分後ろに下がり、荒息を立てて膝をついた。
傷の数はゼットのほうが少ないが、奴は回復魔法は使えない。このスキをついて自身に回復をーー。
「‥‥‥んだと?」
右手から注ぎ込む淡い光を受けても、その傷は一切の変化を行わない。ただ、血が流れ続けるだけ。
瞠目する春野の目前で発生したのは、喉を鳴らす音ーーー笑声だ。
顔を持ち上げ、春野は立ち上がるゼットの笑みを睨み上げた。
「そういえば、私の《能力》を教えていなかったね。ーーー私の《能力》、《死刑執行》は、この《能力》を発動している間に相手に与えた傷を癒やさせぬ力。ーーーいずれにせよ、この戦いは勝敗が必ずつくものとなっていたのだ」
「ーーー‥‥‥流石は第一幹部‥‥いや、《死行人》だな」
今、彼の銘の意味がはっきりと分かった。まさしく彼は死神ーーーその部下としての素質がある。
皮肉を交えたかのように嘆息にゼットは胸のを傷口を押さえながら瞠目し、やがて微笑みを浮かべた。
「嬉しいな。初めてだよ、友情を感じるものとはいえ、敵からその名で呼ばれるのは。嬉しいな‥‥‥本当に」
「‥‥へっ」
口端を上げ、春野も止め所なく血を流し続ける体を起こし、構えを取った。それを受けて、ゼットも構えを取り。
「‥‥‥消滅まで、あと四分といった所だ。それまでに、決着をつけたいなーーー春野」
「俺は勝つぜ。あんなこと言ったあとに負けんのは、『お前』に申し訳ねぇ」
心は分かりあえ、事は分かり合えぬ二人は互いに笑みを浮かべて、己を鼓舞した。
「《死行人》、ゼット」
「《根絶者》、川尻春野」
互いに呼び合い、吠え、戦いは次のステージに進んだ。
2
皮膚は、鱗は互いに攻撃を叩きつけた瞬間に飛び散り、鮮血が空と石畳を赤黒く染めあげる。
爪撃を放つその先に、厳顔がある。
拳撃を放つその先に、静笑がある。
狙いは、同じだ。
「ぶぁ!?」「ぐぅあ‥‥!?」
互いの打撃が相手の顔面を同時に打ち抜き、距離は弾かれることで離された。
「破壊光線!」
「デストラクション!」
かつての再現が行われ、激突した輝きと衝撃は共に霧散する。
爆煙に飛び込むゼット。爆炎を掻き消す春野。ーーー両者は、爆発の中心で激突を止めない。
散々となる爆煙は新たに発生した爆炎に内側から吹き飛ばされ、それが連鎖的に発生する。
それだけに留まらなず、爆風は丁寧に並べられた石畳を粉々に吹き飛ばされ、爆炎は互いの身を焦がし、爆煙は肺を染めた。
「デストラクション!!」
「《障壁》!!」
ゼットがその両手から撃ち放った濃密な衝撃波を、同時展開した二十の《障壁》で弾き飛ばし、激突した一つの店舗を粉々に、そしてその余波は二人の周りに存在するものを全て吹き飛ばした。
「形勢は変わらぬものだな春野ーーー!!」
「変えれるんなら変えてぇなぁーーー!!」
一瞬のズレも、一ミリのズレもなく、同時に放たれた打撃が合わされ、街中に轟いた。
衝撃と意力が轟く街の上で、《最新兵器》はその三つの結晶ーーそれが作り出す三角形の術式に、その三つの輝きを宿した熱量を作り続けていた。
意識も心もなく、ただ滅すことしか与えられていない《最新兵器》は、ただ熱球を作り続ける。
時間は、迫り続ける。
3
「ガァア‥‥‥っクソ!」
「ハァッ‥‥ハァ‥‥‥全くだ」
互いの攻撃によってまたも弾き飛ばされた二人は荒息をつき、春野は吠え、ゼットは嘆息する。
ゼットはその顔に余裕を混じえる中で、春野は焦りをその顔の一切に宿した。
傷と流れる血は格段に増え、抗えぬ『死』が迫りくる。
「私が与える死か、あの兵器が与える死‥‥‥どっちも、君にとっては絶望なものだろう?」
「‥‥‥あぁ。だから、どっちもお断りだ」
背中から崩れた体を起こし、春野は笑みから嘆息をこぼした。
こちらを見据えるその春野の視線を受けて、ゼットは笑みを消した顔、その目を細めて。
「先に言っておこう。私はデータから君のことは知り尽くしているつもりではあるが‥‥‥《大剣》は、使わないのかね?」
「‥‥‥《大剣》は、使わねぇ」
「‥‥舐められたものだ」
「‥‥‥‥」
僅かに苦笑を含めた哀しみを浮かべるゼットに強く握りしめた拳、そして顔を向けた春野は口に残っていた血塊を吐き捨てた。
「‥‥‥春野、もう私達は分かり合えないのだ。ーー容赦は、必要ない」
「‥‥‥‥‥‥‥‥そう、かよ」
肩を回し、僅かに身を捻って骨が軋む音を立てた春野は指先が散々になった右手を暗雲に掲げた。
「ーー《極み》」
自分に課せられた封印を、解く。
呟きの瞬間。暗雲を突き破って現れた《大剣》を握りしめ、そこに付けられた十の輝きを順になぞるように指を滑らせた。
二つの時が迫る中で、春野は天に突き上げた《大剣》の先端に、その剣身に宿った力を集中させた。それを目の先としたゼットは両手を大きく拡げ、そこに己の内に宿る魔素を集中させた。
その身から溢れ出る魔力を凝固させ、その全霊をーーー相手に向けた。
「《根絶ノ皇帝ノ大剣》ァーーーーッッ!!!」
「《最後ノ死刑執行》ッーーーハァアッ!!」
八つの輝きを宿した輝きそのものの光線。黒と紫に染まった大波のような衝撃波。
激突の瞬間に輝きがほとばしり、辺りの全て、魔力と暴風が叩き込まれた。
春野の視界には中心に虹色の輝き、周りには邪悪な魔力があり、ゼットの視界には、中心に邪悪な衝撃、周りには八つの輝きがある。
「「ーーーァああッッ!!」」
吠え、暴風を受ける体から威力を注ぎ、互いが放つ技の中心に、打ち込まれた。
威力は増し、被害は増大する。決着はーーー。
4
街の中心で発生した戦いの衝撃の数々、そして空高くで圧倒的な熱量と質量を宿す熱球の光によって、街の人々は何が起こるのかと見上げることしかできない。
「春野さん‥‥‥」
「‥‥‥」
その中で、朔刃とラベスタントだけはあれが何なのかを理解していた。ーーーあれが落ちたら、自分もろとも街は消滅する。
自分だけが逃げる、それはできない。逃げたら、何も知らない街の人々を見殺しにすることになる。ーーー何より、ここで逃げたら春野に合わせる顔がなくなる。
だから、二人はただ祈ることしかできない。全てを自分一人で背負い、戦い続ける春野の無事を。
「あ‥‥‥」
だが、世は無情。《最新兵器》が作り上げた熱球が、スッ‥‥と揺らいだ。重力に従い、それは徐々にスピードをつけて街の中心へと落下していく。
街の人々も、あれの危険性に気づいて逃げ惑うが、もう遅い。
「ぇ‥‥‥」
それは、隣で外の様子を覗いていたラベスタントの口から漏れたものだった。
終わりに絶望したか。せめてでも朔刃はどうかこの命が一瞬で終わるようにーーー。
「朔刃!あんた、あれ!」
「え?」
ラベスタントがそう願おうとした朔刃の体を揺さぶり、熱球の方へ指さした。
何事かと朔刃はラベスタントの顔を一瞥してからそこに目を向け、見つけた。
「ーーー春野さん!!」
迫る熱球に向けて全ての《障壁》を展開し、その右手に虹色の輝きを宿す《大剣》を持った春野が一直線に向かっていった。
瞬間、熱球と輝きが激突。僅かに崩れた熱球が輝きを包み込むが、輝きは隕石のように熱球を突き破り、遅れて熱球全体に亀裂のようなものが走り、膨れて四散した熱波を残して消滅した。
直後、一直線に伸びた輝きが《最新兵器》を薙ぎ、一閃。小さな爆発が上がった。ーーー間に合ったのだ。街の人々は、命が救われたのだと歓声を思うがままに上げた。ラベスタントも、その輝きーーー春野に向けて歓声を上げて。
「春野‥‥‥まだ、お仕事があるの?」
軌道を変え、街の正面門の方へと方向を変えた春野に向けて、そう言い放った。
輝きは、そこに何かがなるかのようにどんどん速度を上げ、姿を消していく。
「絶対に帰ってきなさいよ、春野。貴方にしたいことは、たくさんあるんだから」
5
「ぅ‥‥‥くっ」
肩を後ろから斬撃に削がれ、桃色の少女は必死に苦鳴を上げながら逃げ惑っていた。
後ろにいるのは、虹色の輝きを宿す《大剣》を持った《根絶者》ーーーそこから飛んでくるのは、橙色の光線に斬撃。更にはその《大剣》から放たれる八つの力だ。
徐々に体の一部分が削がれていき、少女はその高度とスピードを維持できなくなる。
少女から滴る血を浴びながら、春野はその追跡を止めない。
ーーーとはいえ、時間は目前となった。勝負の決着は、今しかない。
「ーーーえ?」
斬撃を飛ばしていた《大剣》、それを地上に投げ捨てたのだ。瞠目する顔で振り向く少女に向けて、春野は一気に速度を上げた。ーーー直後、少女と身を僅かな距離をおいて重ね、春野はその背に肘打ちを叩き込んだ。
血反吐を吐き、少女の体は崩れて落下したまま春野と体を無意識下に向き合った。
手刀に込めた魔力、それを一閃として放つ。
《根絶ノ輝斬》。
技の名を叫ぶこともなく、ただそれを春野は少女に刻み込んだ。
「ーーー」
胴を斜めに切り捨てられ、内臓と血を散布のようにばらまく少女はその瞳に力をなくし、ボロ布のように街の大通りに落ちた。
「ぅ」
直後、意識が霧散とした春野は術式を維持できず、そのまま活動限界を迎えた。
風を巻き、切り裂く音を纏いながら、春野は一直線に落下していく。頭から、真っ逆さまにだ。
力尽き、意識をなくした春野はその落下を止められない。
ーーー故に。
「本当、春野ちゃんは最後の最後まで無茶するわねぇ」
その体を、金色の長髪を持った《魔女》が指先から作り出した術式で、空中に留めさせた。
力なくその首と四肢を垂れさせる春野を見て《魔女》ーー柚果霊は嘆息した。
そして。
「‥‥‥ま。奇跡待ってる奴らなんかよりは、カッコよかったわよ。春野ちゃん」
そう友を称賛したのだった。




