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第三章 貴方に、静かな決別を

            1



「‥‥‥ここを、戦場とするのかね?」


「えぇ、そうよ。ーーーあんたを、絶対に始末しないといけない」


輝きが二人を連れ込んだのは赤く、怪しく照らす日光に染められた岩場ーーラベスタントの、故郷だ。


「ーーー」


紫のドレスを剥ぎ脱ぎ、その内に着ていた戦闘着を露わにしてラベスタントはゼットに魔力、否、魔素を纏わせた拳を向ける。


ただの素人ならそれだけで浮足立つほどの殺意と魔素を受ける中、ゼットは不敵な、そして嘲りを含めた笑みを、拳や魔素の代わりにラベスタントに向けて。


「今なら、まだ分かり合える。春野のためにも、戦うのをやめにしよう」


「さっきの言葉でわかるでしょ?あんたを、春野に近づかせるわけにはいかないってね」


ウィンクを飛ばし、ラベスタントは交渉決裂の意を表した。そして、ゼットの瞳、それが冷酷なものとなりーーー。


「そうか」


ただ一言、そう言い残してーーー姿が変わった。



「がっ‥‥ぅぐ‥‥」


衝撃に弾き飛ばされ、ラベスタントは荒々と聳え立つ岩山にその身を叩きつけられた。


その衝撃に内蔵は散り散りなものとなり、彼女は肉片混じりの鮮血を吐血する。


それを垂れ流したまま、ラベスタントは連鎖的に目前から放たれ続ける衝撃を氷盾で受け流し、粉砕し、躱すことに躍起になる。


ラベスタントをジリジリと追い詰める衝撃を、突き出した両手から展開するゼットは静かに嘲笑った。


「どうしたと言うのかね、数十秒前までの強気は?やはり私と君とでは格が違うため話にならないというのかな、ラベスタント嬢!!」


「っ‥‥‥!」


瞬間、轟きを立てて放たれた衝撃を見たん這う形で躱したラベスタントは、そのまま一直線に突き抜ける衝撃が岩山を粉砕する様を目の当たりにする。


「《根絶イレイス輝斬リッパー》!」


手刀の形とした右手を左肩に当て、振り下ろすと共にラベスタントはその手刀に纏わせていた魔素を斬撃として放った。


ラベスタントは春野のことなら何でも知っているつもりでいた。ラベスタントは春野を人生たたかいの教訓ともしていた。いつでも、想い人に合わせられるように。そうした教訓の中で、彼女は春野特有の技も習得していた。


そして、それは確かに結果を残した。


「っーーー!!」


飛び込んできた斬撃、それに胸板を削られゼットは口端から血をこぼした。彼女残した即席の魔術、拳では傷一つ付かなかったゼットの身に、傷は刻まれた。


だが。


「真似の一つで、いい気にならないでほしい」


「ーーー」


直前まで、そこにいなかったゼット。距離を掻き消したゼットの拳撃がラベスタントの腹部に突き刺さった。


純粋な、力だけの拳。それを受けてラベスタントは力が霧散した体を支えきれずに、そのまま前のめりに倒れ込む。


行動自体が困難となる。それでもラベスタントは目前に立つゼットを睨み上げた。


「洒落になってないわよ‥‥‥その《能力》‥‥

!!」


「ーーー諦め時だろう?ラベスタント嬢」


彼女の恨み節には答えず、ゼットはラベスタントに降伏を迫らせる。


それに仕返しの如くラベスタントは何の一言も答えず、必死に立ち上がりーーーゼットに向けて両手を突き出した。そして。


「破壊光線」


「デストラクション」


冷気を纏った橙色で波状の光線、剣気を宿した無色の衝撃、その二つが激突し、破壊を存在とする理由とするそれは轟きの後に、噴火を上げた。


       

           2



「ーーー」


「よしてくれ、春野。いくら私といえど君ほどの実力者の破壊光線を受けてはただではすまない。ーー最も、君の仲間が巻き添えを喰らわないためにも」


春野が突き出した片手ーーそこから溢れ出る橙色の輝きに肩をすくめ、首を横に振ったゼットは、その両手に抱きかかえる少女、ラベスタントをベンチに腰掛ける春野に手渡した。


「残念ながら、私は回復魔法の一つも学んでいなくてね、治療は君に頼るしかない」


「‥‥‥」


そのゼットに頷くことも返声することもなく、ただ春野は寝かせられたラベスタントの頭を膝に乗せ、その額にかざした掌から魔力マナを注いだ。


一瞬、痛みに疼くように小さくラベスタントの体が跳ねるが、すぐにその表情が安らかなものとなり、傷が縮んでいく。


「流石だ。仲間のために自身の才にも柄にも合わない治療術を学んでいたとはね」


「‥‥嫌味を言ってんのか?」


「いや、純な褒め言葉だがね」


肩をすくめ、ゼットは春野の治療術を受けるラベスタントを細めた目で見据えた。


その口調,仕草は先刻までのとは幾分かの違いが見られる。もしかしたら、ラベスタントだけに見せたそれこそが本当のゼットなのかもしれない。


「‥‥‥ラベスタント」


今や、膨れる七色の輝きに体を直し終えたラベスタントに魔力を注ぐのを止め、春野は彼女を自身の背に回して立ち上がった。


そして、ゼットに一言もかけることはなく、ただ三人大通りを歩き始めた。



「用件は済んだのかい?」


「‥‥あぁ」


事務所でただ一人、遅めの昼食を取っていた朔刃にラベスタントを預け、春野は街灯にもたれ掛かる形で缶コーヒーを飲んでいたゼットの元へ歩み寄りながら、返声を飛ばした。


口につけていた缶コーヒーを下ろし、ゼットは余っていた右手からもう一つの缶コーヒーを取り出し、それを投げ渡した。


「君の分だ。遠慮なく飲むといい」


「‥‥‥こいつはどうも」


プルタブを弾き、春野も同じように口付けながら、後ろーーー事務所前で不安げに春野の事を見送る朔刃の姿を見据え、その鋭い目を更には研ぎ澄ませた。


「あいつ‥‥‥ラベスタントの治療をしろってあれほど根押ししたはずだが‥‥」


「羨ましいものだよ。それだけ君のことを他の物より大切に思っているということだ」


そう言って、ゼットは缶コーヒーを持っていなかった方の手で笑みを浮かべながらそれを振るうが

、それを朔刃は顔を背けて無視した。


「悲しいな。これほど親愛的に関わろうとしているのに‥‥‥」


「相手が目の敵の第二位、しかも小さなとはいえ、関係を持つやつを傷つけられたらな」


長くため息をつき、春野は握り潰した空の缶コーヒーを、残念そうに首を振っているゼットの横に設置されていたゴミ箱に投げ入れた。


「‥‥で?もう夕方だが、まだ何かあんのか?」


「ーーーはっきり言えば、あの言葉の後に君の真意を聞きたいところだったが、今それを聞いてもいい返声は言わないだろうし、貰えないだろうからね。‥‥‥もう少し、口直しとして付き合ってもらおう」


同じように、ゼットも空となった缶コーヒーを投げ入れ、そのゴミ箱に一瞥くれてから早足に大通りを歩き始めた。


その背をしばらくの間、春野は追うこともできなくて。


「春野さん」


「ーーー」


背後から、聞こえるはずのない声が聞こえた。振り返れば、先程と同じように事務所前で朔刃が不安げに春野の事を見守り続けている。


ここから事務所まではそれなりの距離があるのに、確かにはっきりと彼女の声が聞こえたのは何故か


ーーーーきっと、自分が親バカならぬ、仲間バカだからなのだろう。


「春野さん」


「‥‥‥あぁ」


また聞こえてしまった声に、返声と微笑を返した。


そして、彼女に踵を向けて春野は少し離れたところで待ってくれているゼットの元へ歩み寄る。


ーーーあの返声が届いたのなら、彼女はきっと微笑みを浮かべているだろう。



            3



「春野、これから私の行きつけの店に行かないか?」


「‥‥‥お前に、行きつけなんてあんのか?」


「先も行ったとおりだが、私は人に化けて活動している。それ故に様々な所や店を出歩くことになるのだ」


えっへん、と言いたげにどこか誇らしく胸を張り、足を早めるゼットに春野は細めた目を向けた。


「‥‥なぁゼット。今更ながらだが、第一入るかどうか分かんねぇ奴を信用してべらべら喋っていいのかよ」


「問題ない。今までに話したことは君に正しい判断をさせるためにあったものだからな。ーーー最も、私を裏切ったとしても、君は情報これらを国の上層部に伝える気はない。違うかい?」


「‥‥‥」


ゼットの考えは正しい。あんな奴と手を貸したり借りたりするつもりはない。そもそも、情報を伝えようものなら魔王軍に狙われることは目に見えている。


それが顔に出ていたのか、ゼットは微笑みを深いものとし。


「やはり、君は私の相棒パートナーにふさわしいよ」


「‥‥勝手に話を進めるな」


拒むかのような言葉に一層楽しげに笑みを浮かべたゼットはその顔で春野に笑いかけた。


それを同じくして笑うのではなく、顔をしかめてみせて春野は顔を反らした。


「悲しいことはしないでくれ。それでは一層この重苦しい空気は酷くなる。ーーーそれに、目的の場所についたぞ」


肩を叩き、人差し指をその方向に向けるゼットの顔を一瞥し、春野もその方向に顔を向けた。


「‥‥大、アイドル?」


派手なイルミネーションを装飾に持った中規模の店に取り付けられた看板の名を見て、春野は慣れぬような口調でそう呟いた。


そんな春野を見てゼットは心底意外そうな顔で。


「いわゆるキャバクラというものだが‥‥君の組ではやっていないのかい?」


「その手の店は全部部下が勝手に経営してる。‥‥‥担当してると、朔刃あいつに刺されかねん」


「‥‥魔王軍でも彼女の情報は入っていたが‥‥‥彼女、そんなに症状おもいこみが酷いのかね?」


「‥‥‥」


返されぬ返答にゼットは口を尖らせ、指を鳴らした。


なんだよと顔を向けた春野に、いたずらげな笑みを浮かべたゼットは、一歩早く店の中に入っていった。その背を見て春野は力なく首を横に振り、その背を追うためにさらに早足で店内に足を運んだ。



外と同じように中もイルミネーションが激しい店内では、二十を超える大テーブルにそれぞれ置かれた注文品であろう高そうな酒を嗜みながら、女性の客は美男と、男性の客は美女と楽しげに話していた。


一見するとそれだが、よく見ればその美男美女の顔に浮かぶ笑みが作られたものであることを、春野はなんとなく感じ取っていた。


「いらっしゃいませ。お二人様でよろしいでしょうか?」


そうどこからか現れたドレスを着取った美女店員の問いにゼットが頷き、春野と共に二人はその店員に空いているテーブルに案内された。


そして去り際にその店員から注文表を渡され、ゼットがそれを開いて春野がそれを覗き込む形で注文欄を見た。


そこに載ってあったのは、美女の顔が載った写真の下に値段が書かれた配列だ。


「‥‥ここって人を買える場所なのか?だったらこいつらがこの値段で買えんのなら全員買い占めて鉱山にでも働かせるが‥‥‥」


『ーーー!?』


おそらく素であろう春野の言葉に、周囲のホステス等はビクついて、おぞましいものを見るかのような目を注文欄を見る春野に向けた。


「違う違う。ここは見る目麗しい方々と食事をしながら話す場所だ。そこのところ、注意してくれ」


「‥‥‥‥つまり、ほんの数十分の会話のために三、四万トぶのか?」


「美女と話せる、そういう利点があるがね」


「‥‥‥帰っていいか?」


手荷物をまとめ、立ち上がった春野の左腕を握ってゼットが引き止めた。


「待ってくれ。これは組を支える君のためにも、自身の部下が経営する店の一種を知ることで万一の対応ができる」


「‥‥‥」


コートのポケットから財布を取りだし、その口を指先で弾いてから春野は席に再び座った。


「意外とは思っていたが、君はちょろいね。その調子だといつか誰かにこき使われるぞ」


「‥‥本当にお前は口うるさいやつだな」


罵声を飛ばして鋭く細めた目で、目の前にいるゼットを睨みつけてそれから開いた注文欄に目を向けた。


「そういえば、女とは関わりをできるだけ持たない君だが、一体どんな女性がお好みなのかな?」


「‥‥妻が浮気してからそんなこと考えたこともねぇ」


妻は、春野が元いた世界で二十のときに結婚し、半年で別れた。


理由は前文のとおりだが、ついでに言うなら相手の子も授かっていた。相手の方は仕事はクビになり賠償金で無一文、共に苦しんでいるだろう。


ザマァ見ろ、とでも言いたげに口端を上げ、遠い目をした顔で春野は鼻で笑った。


「‥‥それでは、私が適当に選んでおくぞ」



ゼットが『注文』してから数分後、二人の『相手』がやってきた。


一人は年齢が女子高生ほどの、どことなく禍緒州の如くの雰囲気を感じる女子。もう一人は年齢が二十後半ほどの、緑の長髪を伸ばしたおしとやかそうな雰囲気の女性だった。


女子のほうがゼットと、女性のほうが春野と会話する形だ。ただ、春野はゼットに支えられ形で『相手』と話すこととなるが。


「春野、次は何かしらの料理なり酒なりを注文してから会話に入ることをオススメする」


そう耳打ちをし、ゼットは注文欄から適当な品を『相手』に注文していく。


「‥‥ほら、春野も何か注文するのだ」


「‥‥‥はぁ。しゃあねぇか」


注文欄を持ち、一通り中身を見終わったところで春野は『相手』を見据えた。


それを相手の受けて、『相手』はニコッと笑い掛けて。


「どの注文にいたしますか?」


「梅酒と塩辛はないのか?」


『ーーー』


ちなみに、この店にある酒はウィスキーといったものしかない。


「‥‥ありません」


「‥‥‥‥ならハイボールとウインナーひと皿」


渋い顔で注文を言い、春野は再び『相手』を見据えた。そうして『相手』は僅かにその美しい顔にシワを寄せて、近くを通りかかった店員に注文を伝えるのだった。



「もっと、深いの知らねぇか?鉄根組の裏施設だとか関わりを持ってる企業だとかな」


「そ‥‥そうはおっしゃられても‥‥私はただの店員ですから‥‥」


「店の一角背負ってんならなんかしら知ってんだろ」


注文から数十分が経った頃。


とあることでこの店が鉄根組の経営する店舗の一つであると分かった春野は初めとは一変し、こうして『相手』に一方的に質問を浴びせていた。


その光景を見て、注文品を運ぶ男性店員がこちらを睨みつけていた。


流石に分が悪いと言いたげにゼットは『相手』との会話を中断し、春野のアシストに入っていた。


「春野、ここは自身が楽しむ所でもある。ほら、あそこにカラオケがあるだろう?そこで歌ってきたらどうだ?」


そうゼットが視線と指先を向けた所では、ちょうど一人の客人が歌を歌い終え、拍手を浴びている所だった。


「‥‥カラオケなんて、俺の柄じゃねえ」


「良いではないか、これも体験の一つだ」


半ば強制的に送るようにゼットは春野の手を引き、ステージにまでのぼらせた。


注目の視線を浴びながら、春野は頭を掻きながら曲が登録された魔導具をいじり始めた。


「とは言っても、俺がここで知ってる曲ほとんどねぇぞ」


「春野、今はなんでもいいから歌ってくれ」


どこか疲れた様子のゼットを一瞥し、春野は迫られた数曲の中の一つに指を当てた。



場は、酷く悲しくーーーそして、静まり返った。


〰馬鹿なのね〜アタシ〜


ある曲を熱のこもった声と威勢で歌い始めた春野の横で、ゼットは完全に固まった表情で無表情に見ていたが。


「よそう、春野。このままではーー」


〰あんた〜浮気してから五年立ったけどぉ〜


そのボイスと歌詞を聞く客の表情がどんどん悲痛なものへとなっていき。


〰アタシぃ、未だあんたのことが忘れられない〜


帰る支度をその場でし始めた。


『相手』たちが客を必死に引き止めようとするが、客はそれに向き合うつもりはない。


それらに目を向けることもなくそのまま熱唱していると、一人のホステスがステージに上がってきて春野の元へ駆け寄り。


「おおお、お客様。その、お客様は大変歌が上手であられるので他のお客様が帰られてしまいます。幾分かの礼金をお渡ししますので‥‥」


「だめなのねぇ〜アタシぃ〜あんたみたいな人がぁ〜忘れられな」


「ーーーおい野郎ども!相手は拳怒組の川尻春野だ!やっちまえやっちまえ!!」


そんな物騒な叫びが聞こえた直後、調理場出入り口から鉄根組組員と思われる男性店員が憤激の面持ちで駆け寄ってきた。


「ハッ。ここは拳怒組の領地シマだ。異物はさっさと出ていきな」


「‥‥‥本当に、この男は平和を望んでいるのか?」


額に揃えた指先を当て、ため息混じりの疑問を吐いたゼットには目もくれず、春野は怒り混じりの静笑の表情で鉄根組組員の元へ飛び込んだ。



           4



イルミネーションが激しかった店の明かりは全て消え、中に誰もいなくなったキャバクラを見て、ゼットはシワを深めた顔で。


「春野、私の同僚として働くよりも前に捕まるというのは勘弁してもらいたい。平和にいくことが、ベストな考えだ」


「‥‥うるせぇ」


あの後、襲いかかってきた(同時に襲われた)組員を返り討ちにした春野だが、出てきたオーナーが閉店宣言をしたことで戦いは終わり、幾人かは病院ヘ送られる事になった。


そんな中で、最後まで無傷でいた春野は閉店するまでの数十分間、ずっとその過程を見続けていた。


そんな春野を見て、ゼットは苦笑い気味な顔で頷き。


「本当‥‥君は筋者と聞いていたから多少なりクセがあるのだろうと思ってはいたが‥‥それを知れて、良かったよ」


嘆息し、ゼットは告白のように言葉を続けた。


「春野、『話』のーーー最後をしよう」



ゼットはつぶやきのような話を続けていた。


「魔王軍の幹部となった者は、それぞれ魔王様に願いをたくしているのだ」


「願い?」


「そうだ。その願いは、戦争すべてが終わったあとに叶えると約束されたものだ。ある者は、永遠の命を。ある者は、富を。ある者は想い人に愛を伝えることをーーーそして、私は平和を」


言葉を止めて、ゼットは長く吸い込んだ息を吐き、向かい合う春野の顔を見据えた。


「私は現代様‥‥‥いや、初代様の時代から幹部として生きていた最古参でもある。だからこそ、私は平和がどれほど人々にとって望ましいものかーーー戦いがどれほど残酷なものであるかを知っている。‥‥‥君に、この論を押し付けようとは思わない。ただ春野、君に一つ問いたい」


「‥‥‥言え、ゼット」



「ーーー川尻春野。君は、私に会えたことを嬉しく思うだろうか?」



微笑とは違う、自嘲を含めた静かな笑みを受けて、春野は奥の歯を強く噛んだ。


魔王軍とは、ただ野望な望みのために命を奪うことさえ方法とする集団。


そう思われていた者たちは、意外と自分に共感するもの達で、必ずしも誰もが戦いを望んでいるというわけではなかった。


そしてーーー今、目の前にいる男は、誰よりも自分のことを理解し、共感してくれる者であった。


「嬉しくない訳、ねぇだろうが。会えてよかったぜ」


「‥‥フッ、そうか」


息を抜くような笑みを浮かべ、ゼットは春野を見据えるその視線をやわらげた。


もしかしたら、ゼットは無理に自分のような者と合わせたことを心配していたのかもしれない。


「不思議なものだ。私は『運命』という者は非情なものであると嫌っていたはずなのに、今では感謝さえしている。そのおかげで、私は君に会えたのだから」


言い終え、微笑みを浮かべたゼットは最後にーーーその右手を差し出した。



「川尻春野。私に課せられたーーー最後の質問だ」



「ーーー」



「君は、今いる組を脱退し」



「ーーー」



「魔王軍の幹部となって、平和を望む日々を望むかね?」



本命。


告げられた問いは、瞠目する春野にために溜めた生暖かい息をつかせ、答えを出させた。



「俺は、魔王軍には入らねぇぜ」



            5



右手を差し出したままのゼットに、春野は言葉を続けた。


「俺は、仲間のことを第一に考える男だぜ」



「ーーー」



「魔王軍は俺にとって最高同等のところってことはよく分かった」



「ーーー」



「だが、その価値感をわかってくれるやつは、俺の仲間にはいない。ーーーゼット、だからこうしようぜ」


ニヤリと純粋な楽しみを表した春野は笑みを浮かべーーー左手をゼットに差し出した。



「ゼット。お前、俺の仲間になれよ」



無言のまま、互いに譲れぬ物を発し続けた空気を破ったのは、力なく首を横に振ったゼットであった。


「互いに、譲れないものあり。語ること、全てなし。交渉は、受けず」


友と友は、ここに完全に決裂なものとなった。


大幅に距離を取り、立ち据えたままでいるゼットに構えた体を向け、春野は問う。


「‥‥‥戦わないのか、ゼット」


「ーーー私は、どうしても君傷つけたくない。故に、今は魔王様の答えを待つとしよう」


つま先で地を叩き、足元に輝きを宿したゼットは宙に浮き、春野を見下ろした。


「また必ず会おう、川尻春野。ーーーどうか、その時までに考えを改めてほしい」


それだけを忠告、言い残しとし、構えを解いた春野が見送る中でゼットは暗闇の街奥に消えていった。



「春野さん!」


「‥‥‥朔刃」


時はすでに深夜となり、市民街の中で唯一光がついている事務所に帰ってきた春野を真っ先に迎えでたのは朔刃であった。


朔刃は駆け寄ってきたその勢いのまま顔を春野の胸元に押し付け、音を立てて強く顔をこすり付けた。


「本当‥‥っ、心配しました‥‥‥春野さん‥‥春野さん‥‥‥ッ」


顔を埋める胸元で、大粒の涙を流し始めた朔刃は体を支える力を持てず、姿勢を崩すが、それを春野が両手で支え、抱きしめた。


「大丈夫だ、朔刃‥‥‥しっかり、断ってきたからな」


「ーーーっ」


胸元で感じる熱がさらに熱くなり、抱き返すその力が強くなった。


そして、朔刃はその顔を見上げる形で春野に向けた。


「春野さん‥‥ここから逃げましょう!きっと魔王軍はあなたの命をーー」


「俺は逃げねぇぜ」


瞳震える顔で告げた朔刃の提案を、春野は真正面から突き放した。


突き放した春野を見る目が、凝然ぎょうぜんと見開かれていき、朔刃はその唇を弱々しく小さく震えさせた。否、止められない。


「そ、な‥‥‥春野さん‥‥」


「ーーー朔刃、俺はやるときはやらねぇといけねぇ人間だ」


膝を床に付け、春野は朔刃に視線を合わせる形で彼女の目を見据えた。


「俺は、友人のように思えるあいつと約束しちまった。‥‥‥また、会おうってな」


「‥‥そんなの‥‥‥さん‥‥」


「約束を守るために、お前の提案は受けれない」


未だ、状況をわかっていない、否、分かりたくない朔刃に告げた想いを最後に、動けずにいる朔刃を横目に靴を脱いだ春野は廊下を歩き始めた。


ーーーその途中で、一歩足を止め。


「それが終わったら、いつものように戻ろうぜ」


それだけの言葉を言い残した。


「‥‥‥‥」


足元が遠ざかる中、しばらくの間、朔刃は動けずにいたがーーー目端から、一滴の涙をこぼした。



ーーー心の底から、嬉しそうな顔で。



「‥‥何よ、二人してイチャイチャして。あれはアタシに言うべき言葉でしょうに」


その二人のやり取りを、リビングから見続けていたラベスタントはどこか忌々しげに、そして羨ましげに呟いた。


ラベスタントは、自分の右手に巻かれた包帯ーー傷跡を見下ろして。


(‥‥でも、こんな惨めなアタシに、掛ける言葉はあるの‥‥‥かしら)


心の奥底で呟いたラベスタントは、瞬時に驚愕の表情を浮かべた。


あんな惨めな言葉を、自分が思った事に対して。それでは。何故。まるで。


眉を釣り上げ、ラベスタントは力を込めて首を横に振った。


(違う。あれはただアタシがあの場にいなかったから。アタシも、同じようにいれば、きっと言ってくれたはずよ)


自信ありげに笑みを浮かべて、ラベスタントは先刻までの恐怖や震えを忘れた。否、忘れさせた。


それを終えたことで、ラベスタントはゆっくりと口元をほころばせーーー。


「‥‥‥‥一度ぐらい、優しい言葉をかけてほしいなぁ‥‥‥‥」


「ーーー何陰でゴソゴソしてんだ、ラベスタント」


「ひぅっ!?」


裏返ったかのような声を鳴くように上げ、ビクついたままラベスタントは後ろを振り返った。


そこでは、ラベスタントに顔を向けながら、『冷蔵庫』ーーー春野が作った魔導具ーーーから幾つかの食材を取り出す春野がいた。


そのことに多少慌てながらもラベスタントはいつもの不敵な雰囲気を醸し出して、即席の笑みを春野に向けて。


「べ、別にちょっとしたことよ?」


「‥‥‥」


「そ、それより春野は何しにここに来たのよ?」


「‥‥‥‥‥見りゃ分かんだろ、飯作るんだ」


事実、キャバクラで喰ったのは最初に注文したウインナーひと皿分のみ。それで一夜分しのげというのは正直厳しかった。


料理は多少也とも技を持っているので何か軽食でも作ろうと思ったのだが。


「えっと‥‥‥その、アタシ‥‥邪魔よね?」


「ーーー」


「ご、ごめんなさい。すぐ出ていくから‥‥」


ーーーなぜ、そんな弱気な事を言うようになったのか。それは彼女自身にも分からなかった。


喪失感と失望感に肩を落とすラベスタントは、その震える瞳で春野の顔を一瞥し、その場を立ち去る。


涙を流し、叫び声を上げてしまいそうだった。


胸の奥で空となった心が悲痛を伝え、理性がそれを押し込める。そのままラベスタントはーーー。


「‥‥ラベスタント」


「ーーーっ!‥‥な、何‥‥?」


震えそうに、幼い子供のような悲鳴をあげてしまわないように、ラベスタントは息を整えてから春野の方へ顔を向けた。


もういいから。これ以上は。何がいけなかったの。過去のことを責めないで。アタシはーーー。


「今日、夜飯食べたか?」


「え‥‥‥い、いいえ。‥‥さっきまで寝てたから‥‥」


そんなラベスタントの返声に春野は鼻から長いため息をつき。


「んなら、そこで待ってろ、夜飯作ってやる」


「‥‥ほら、食えよ」


「い、いいの?」


「‥‥‥さっきも思ったが、いじいじするのは珍しいな」


それを聞いて、顔を俯けるラベスタントの前に置かれたのは、三種類のサンドウィッチであった。


また、春野の顔を盗み見るように一瞥し、それからラベスタントはその内の一つであるタマゴサンドを手に取った。


意を決するかのようにラベスタントはそれに小さく、控えめに齧り付いた。


「‥‥‥意外と美味しいわね」


「一言余計だ」


吐き捨てるかのように言い、春野はラベスタントから顔を背けて別のサンドウィッチ、ミックスサンドを口に含んだ。


彼自身は何事もないかのように食べているが、その味は確かに絶賛されるべきほどのものだ。


もしかしたら、このサンドウィッチは春野の得意料理であるかもしれない。


あれだけの醜態を、罪悪感を持った自分のために、春野は手料理を振るってくれたのかもーー。


「勝手な想像よね」


「あ?お前なんか言ったか?」


「いえ、何も?」


ーーーそう言い返すラベスタントの顔は、いつものいたずらげな笑みへと戻っていた。



「春野ハン!少しいいっすか?!」



そう廊下の方から飛び込んできた声に、二人して瞠目し出入り口の方へ顔を向けた。


そこにいたのは、春野の舎弟を名乗る部下、賦巳であった。


多少その息を荒らげているから、何かあったという事だろう。


「どうしやがった。鉄根組の奴らに襲われたのか?だったらまぁ確かにさっきケンカふっかけたからな‥‥」


「違うッス!それもそれで気になるっすけど、別のことっス!」


息を整え、最後にスゥッと息を吸ってから。



「ーーー市役所前で、魔王軍の第一幹部を名乗る奴が」



           6



「‥‥‥考えは、改めてくれたかね?」


歩いて向かい、そこでは朝と同じようにゼットがベンチに腰掛けて新聞を読んでいた。


ゼットはそれだけいうと持っていた新聞を折りたたみ、春野が歩み寄るより前に腰掛けたままのその体を春野に向け、その顔を見据えた。


「魔王様からは、二つの言葉が託されている。一つは、願いを拒まれて残念だということ。そしてーーー考えを改めなければ、排除するようにと」


「‥‥‥‥そうか」


僅かに前に傾けていた帽子を戻し、春野もゼットの顔を見据え返した。


ゼットは新聞をベンチに置き捨てたまま、通りの中心に立ち、再び問う。


「春野。君はたとえどこへ行こうが優れる人材となれる男だ。そして、君は私と同じ想いを持つ『運命』ーーー君を殺したくない、考えを改めてくれ」


「‥‥惜しいぜ、ゼット。もう、俺とお前はわかり合えねぇんだ。ーーー俺は、変えねぇ」


被っていた帽子を投げ捨て、春野はその鋭く細めた目に、決意を表した。


「全て、俺が決着つける。俺の仲間にしても、この街にしてもーーー全員、俺が守る」


「‥‥なら、この戦いは絶望そのものとなるだろう」


持ち上げた右手、その指を鳴らしたゼットは顔を後ろに向けた。


それらを見計っていた者は、ゼットの後ろから静かに姿を現した。


少女だ。革鎧を纏い、その両手に双者剣を持った桃色の短髪の少女だ。


見た限りでは体の付き具合では中二ほどのものだった。整ったその顔立ちを無表情としている。


「私の側近であるユランだ。今回は今回は私のサポート役となってもらう。ーーーそして」


天空より現れた『それ』は、ゼットの右肩の側で浮き留まった。


金の枠組みだけで作られた『それ』は、周囲に三つのそれぞれの輝きを宿す結晶を持ち合わせている。


『それ』を撫でるようにように指掛けたゼットは、再び春野を見据え、紹介した。


「これが、国都消滅計画で使用される《最新兵器》ーーーダイナニングだ」


紹介を終えると、ゼットの側から離れ浮かぶ《最新兵器ダイナニング》は暗雲並ぶ空でその中心に輝きを宿し始めた。


「私を倒せず、またはタイムリミットを過ぎたその瞬間、この街は大地ごと消滅するーーー君の仲間を含めて、全員塵もなく消える。勿論、君もね」


「‥‥‥‥そうかよ」


「‥‥‥最後のチャンスだ。春野、考えを改めてくれ」


「ーーー見せな、お前の本当の姿ちからを」


揺るぎない声、それを受けてゼットは《最新兵器》浮かぶ暗空を見上げた。そのまま、ただ何も言わずに時は流れる。ーーーそして。


「残念だ、春野。‥‥‥‥君とは、親友でありたかったーーーあり続けたかった」


ゼットの姿が、変わった。白髪の一つもなかった黒髪は全て色が抜け落ち、まとまったものになる。服は散々に千切れて、その奥にあった肉体が徐々にまるで鎧が敷き詰まったようなものへとなった。


今まで、春野が見てきた中では幹部の中でも数多く人間の要素を残したものとなった。


その身から出る気も、剣気も一切の無駄がない。幹部の中で間違いなく完全体。


そして、変身を終えたゼットはその変質した鉤爪のような手を春野に差し出し、言った。


「さらばだ、川尻春野ーーー友よ」


激突が、始まった。





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