第一章(前半) これは転生か?それとも転移か?
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ザワザワと耳障りな笑い声に包まれながら、青年は目の前で広がっている『世界』に呆然となっていた。
目の前で広がっている『世界』とはまるで昔,皆が聞く童話のような、漫画やアニメ、ラノベにありそうな世界ーーその中から、一つのキーワードを青年は頭の中で絞り込んだ。
「ーー異世界転生、か」
そう呟いたと同時、街の市役所らしき建物についてあるベルが重く、長く音を響かせた。
ーーーまるで、彼を歓迎するかのように。
「‥‥いや、姿とかは変わってねぇから、こいつは転移の方か?」
それは彼には届かなかったようだ。
異世界に転生し、召喚先であった明治時代あたりの風景の街(世界)を探索し始めて三十分ほどが立った頃。
街の大道りを歩いていると、「誰?あの人‥‥」「変わった姿ね」「どっかの国からでも来たんだろ」といった控えめの声で交わされる会話が耳に入ってくる。
「新手のヤクザかな?」
どうやらこの街(世界)ではヤクザは珍しくないらしく、周りにいた人々は彼に珍奇な目でしばらく視線を向けた後は元の会話を続ける。
青年ーー川尻春野は日本の国会議員家庭生まれかつ育ちでありながら関西で勢力を広げていて、巨大暴力団の中でも随一の力を誇る火の怪の若頭であった。
彼について最も特筆したいのはその姿だ。
彼は日本人でありながらその身長は日本人の平均身長を優に超えており、その髪はボサボサとした銀髪、一般人ではビビり上がりそうな鋭い目、ボクシングプレイヤー並の筋肉質の体、その身を包む服は白いロングコートと、ヤクザにしても心身共に変わった青年であった。
「‥‥あぁクソ、ここで悩んだって意味なんかねぇ、行動するか」
やっとの思いで現実を受け入れた春野は、先程まで気晴らしとして行っていた街の観光をやめ、ここは異世界ではお約束の冒険者ギルドか、市役所、もしくは自分を召喚(もしくは転移)させたかもしれない美少女的存在を探すことに。
「‥‥だが、夜中飯なしでカチコんだんだから腹減っちまったな‥‥確かポッケに」
そういう訳でコートの中にとっておいたチーズバーガー(賞味期限一日切れ)を取り出して、どこかに座れる場所はないかと、
「何だよあんた!!放せよっ!!」
大通りの方から飛んできた女の子らしきものの怒号が耳の中に飛び込んできた。
春野だけでなく、それを耳にした周囲の人々もその飛び込んできた方向に目を向ける。
おそらく、あの怒鳴り具合からして何かしらのトラブルがあったのだろう。
「ーーチッ、飯の邪魔をしやがって」
どんなトラブルが起こったのか気になってしょうがないので、口の中に入れかけたチーズバーガーを引き戻し、それをコートの中にしまってその声がした大道りに向かうことに。
目の先、春野が通っていた大道りの中心で、見た感じ春野より四つぐらい歳下の赤毛の少女が四人の男の内の一人に左肩を掴まれていた。
「ーーんだって言ってるだろーがてめー!脳みそぶちまけられてぇのか!!」
「うるせぇ、このアホ女!お前ら拳怒組が邪魔しやがったせぇでこちとら店一つ潰されたんだぞ!女だからって容赦しねぇ!!」
そう言い切るが早かったか否か、その男は木の幹とも言える拳を振るい、その軌道に立つ少女はその腰に付けられたポーチから拳銃をーー
「お前ら、ヤクザでも複数で一人の女を襲うのは預けられねぇな」
その二人の間に割って入るように春野は二人の間に駆け寄る。
「関係ねぇヤローは隅で縮こまってろ!」
「いや、このまま複数でこの女に戦うってんなら、俺はこの女につくぜ」
振りかぶった男の拳を開いた右手で受け止め、驚きを露にする男の顔を至近距離で睨みつける。
その春野の隣で、少女は、
「‥‥あ、あんた‥‥?」
「ーー大丈夫だ。俺もヤクザだし、殺し合いぐらい、何回も体験してる」
困惑する少女にそう返答し、春野は突き放す形で握りしめた男の拳を放す。
「チッ、ヤローが‥‥!」
拘束から抜け出した男を中心に残りの三人もその横に並び、明らかにこちらに攻撃を仕掛ける姿勢でこちらを向いた。
「‥‥女、何かしらの戦術は持ってるか?」
「えっ‥‥‥ま、まぁ拳銃ぐらいは‥‥」
「なら、俺のサポートだけを考えてろ」
そう言い切ると同時、春野に最も近かった中心の男が拳を再度振るう。
だが、春野は掌を前に突き出し、その突き出してきた拳を横にずらす。
そんな簡単な動作で攻撃を躱されたことに驚く男の顔面は、次の瞬間には春野の拳によって鼻血が吹き出る平面顔に変貌する。
ものの数秒の間に仲間の一人が倒され、残った三人は驚きを隠せていない様子。
この世界の戦闘技術はどのようなものであるかは未知数であるが、これぐらいなら死ぬ前と変わりない。
「さぁどうした?四人掛かって女一人しか倒せねぇ実力しかねぇのかよ?」
「ーーっ鉄根組をなめんなゴラァア!!」
春野の挑発に乗ってしまった残りの三人も、一斉に春野に飛びかかる。
だが、アドレナリン溢れる状態で攻撃するものだから精密な動作もできるはずはなく、三人一斉で攻撃を放つも、春野の体に当たることもなく、毎回攻撃を外した後は大きなスキが生まれてしまっている。
「組の名ぁ名乗っときながらケンカの仕方もなってねぇなんてな、火の怪の若頭として仕方を叩き込んでやらぁ!!」
新たに放たれる三人の攻撃を躱した所で、春野は即座に三人の内の一人に攻撃を仕掛ける。
二人が反応しきる前に、その残りの一人に曲げた膝を向ける。
突然の攻撃に反応しきれず、飛び膝蹴りを受けた男が鈍い音を短く響かせ、春野と少女、そして男たちの戦いを見物していた人々が、自然に作っていた輪の外野へと、それを受けた男が吹っ飛んでいく。
さらには飛び膝蹴りで突き出した右足を後ろに戻す反動で、背後にいた男の顔面に踵蹴りを叩きつけた。
勿論のこと、その威力はしれたもので、それを受けた男の前歯が宙に舞い、その体は地面に叩きつけられノックアウトだ。
そして残すは後一人ーーー飛び膝蹴りを喰らい、男たちの中心格だ。
他の男たちは急所を受けた上に、赤毛の少女の遅れた弾丸を四肢のどこかに喰らい、動けない状況。
そして残ったこの男も、そのまま近接戦闘に持ち込むーー
「っ炎玉ぅ!!」
武器も何も持たないその春野に向けて突き出したその掌から、熱量と業火が溢れだし、それは一つの火球となって春野に向けて放たれた。
「うおっ?!、こいつが魔法ってやつかよ!?ーーっと」
それを迎え撃つ形で、春野はそばにあった速度制限を伝える看板を柱の中心あたりからへし折る。
男の火球が春野の腹部に直撃するまであとニ歩といった所で、春野は看板を力強く振るう。
火球が砕け散り、それを気にするまでもなく、春野は踏み込みを地に叩き込むのと共にその看板を男の顔の側面に叩きつけ、男の足から力が抜ける。
それによってその男の体がよろけ、続けざまに春野は男の体中に看板をテンポよく叩きつけ、それを遠くから見物する市民の目からも、その男の体が赤く腫れていくのがわかった。
「ォオオオラァアア!!」
最後のトドメとして看板で男の顎をアッパーカットの量粋で跳ね上げた。
無傷で勝利を勝ち取った春野を見て、「すげぇ」と少し心外そうに言う市民たちの声が聞こえてくる。
「‥‥あ、ありがと。助かったよ‥‥」
「‥‥‥さっさと帰ったほうがいいぞ。デコ助が来るかもしれねえからな」
シッシと少女にそう言い払い、春野は倒れる男たちの元ヘ歩み寄る。
「‥‥くそ‥‥何者だよ、オメーはよ‥‥」
一番最初に春野に敗け、鼻が裂けるわ歯は折れるわで散々な目にあった男が憎しみさも込めて春野に問う。
春野はその男の側に倒れている別の男の懐から財布を抜き取った所で岩のように男の前に聳え立ち、
「ーー強いて言うなら、この世界にきた風来坊って所だ」
大道りの一件から二時間程が過ぎて、現在は夕方時。
やっとの思いでお目当ての建物を発見することに成功した。
レンガで作られた壁に出入り口から行き来する重装備の人々、屋上に付けられたベル。
ーーそう、市役所だ。
異世界ラノベでは勇者に魔王軍についての情報を伝えたり、仕事を紹介したりと、重要な施設となっている。
市役所は西洋風のレンガ造りとなっていて、中にはラノベ系のアニメで出てきそうな、大剣を腰に掛けているイケ顔の勇者に、ガラが悪そうなゴツゴツしい鎧を着た冒険者など、異世界として有りげな場所になっていた。
十分程勇者たちが並ぶ列にいて、しばらくすると俺の番がやって来る。
「ーー!? お客様、どのようなご要件でこちらに‥‥?」
「職を探しに来たぜ」
若干、俺に怯え気味の受付の女に要件を伝える。
この世界では、この市役所を探している間に街の市民から聞いた話だが、ここ最近魔王軍の活動が活発化しており、勇者、冒険者の数が圧倒的に不足しているらしい。
普通は特別な許可をもらっていない一般市民が戦闘職に転職することは許されない、ということに法律が定めているらしいが、今では諸手を上げて歓迎するようになっているとのことだ。
だから,その前者か後者になれれば良いかと思った次第だ。
「で、では職につく前に一つ伝えておきますが、『商人』や『勇者』などの正式な職に付きますと、その職以外の仕事を掛け持ちすることは不可ですのでご注意を」
「そいつはわかったが、今はどんな職がある?」
「現在は『勇者』、『冒険者』、そして『フリーター』があります。『フリーター』は他の職業とは違い、多数の職につくことができる唯一の職です。ですが、収入が不安定なのが難点なので不人気ではありますが‥‥」
(‥‥なるほどな、『フリーター』は俺がいた世界ではロクな職じゃなかったが、こっちだと流行に乗って儲けられるかもしれないな)
「‥なら、『フリーター』でよろしく頼む」
「‥‥わかりました。では、一応『フリーター』は戦闘職に関わる職なので《ステータス》と《能力》、《特性》、そして《ランク》を調べますので、こちらの書類等に個人情報の記入をお願いします。」
「‥なぁ、《ステータス》だとかなんとか言ってたが、そいつはどんなもんだ?」
俺の問いに受付の女はパソコンらしき物で何かを打ち込みながらそれらの解説をしてくれる。
「《ステータス》はそのままで、自身の力を知れるものです。そのくらいは低い順にE→C→B→Aーーそして稀にSがあります。次に能力は戦闘職に付きますと、一人に一つ付いてくるものです。《能力》はその持ち主が精神的、肉体的に進化、成長すると、《能力》もより力強くなっていきます。《特性》は《能力》と同じように戦闘職に付きますとこれも一人につき一つ付きます。基本的には相手の能力を下げたり、自身の力を上げたりというものばかりです。そして、最後の《ランク》ですが、例えば《能力》同士のぶつかり合いが起こったとします。その《能力》二つは矛盾するものだとして、そこで《ランク》が高い方が低い方の《能力》を弾けるのです。《ランク》の高さは《ステータス》と同じです。」
(‥なるほど、よくできた設定だな。ラノベに出てくるようなロクでもない世界じゃなくて良かったぜ)
受付の女の説明を受け、内心感動しながら俺は渡された書類に個人情報を記入していく。
身長186cm
体重79kg
年齢26の大学生ーーっと
「‥‥すみません。この大学生というのは‥‥?」
「ーーあぁ、この世界じゃ大学はねぇのか」
そして、一番後ろの書類にサインを書き込み、受付の女に全ての項目を埋めた書類を渡す。
と、
「ーー!?」
突然、書類が黄金の光を放ち、そして俺の足元に暗黒色の魔法陣が現れたかと思うと、受付の女の横にある機械に表示されている数値が上昇していく。
(おぉこれだ、こういうのが異世界ってもんだな)
そう思う俺の前で、書類から溢れて出いた黄金の光が薄れていき、足元にあったはずの魔法陣もいつの間にか消えていた。
受付の女の横にある機械のモニターを見てみると、様々な文字が表示されている。
「‥‥何を表してるんだ」
「《ステータス》についてのものですね、一から説明いたしますと、まず破壊力『A』は主に近接攻撃などの力、もしくは破壊エネルギーを中心とした遠距離攻撃の力となっております。次にスピード『A』ですが、これは移動速度だけでなく、溜め技を早く放つ速さも関係しています。次に攻撃距離『E』ですが、これは主に魔法の遠距離攻撃の射程の長さのことですね。次に知力『B』ですが、これはただの知識の量だけでなく、判断力などもこれに当てはまります。次に魔力『C』ですが、魔法攻撃の威力、もしくは魔法攻撃の耐性を指します。次に精神力『A』ですが、これは《ステータス》や《能力》、《特性》、《ランク》の成長のしやすさのことです。次に防御力『A』ですが、これは戦闘で使用するいわゆる障壁ーー『ウォール』の頑丈さ、多さ、大きさを表しています。そして次に耐久力『A』ですが、これは肉体の頑丈さのことです。そして最後に体力『A』ですがこれはHPの多さ、回復速度を表しています。」
そんな長い《ステータス》の説明が終わり、次に《特性》が何なのかを受付の女が調べている。
「‥‥っと、《特性》が何なのかが出てきました。」
そう言いながら、《特性》の内容が書かれている書類を渡してくる。が、その受付の女がなんだか気まずそうな表情を浮かべている。
俺は嫌な予感を覚えながらも、渡された書類を手に取り、目を向けた。。
ーー怒り狂った後にーー《能力》を出した時点で五分後にその体がしばらくの間、只人となる。
「「‥‥‥‥」」
「これってあれか?日頃は《能力》を使えないことになるのか?」
「‥‥そういう、ことになりますね」
(‥‥‥マジかよ、今まで見てきた物語の中でも抜けないクソ特性かよ)
そして、肝心の《能力》。
これで俺が最弱系かチート系かが決まる。
覚悟を決め、俺は《ステータス》の下に表示されている《能力》に目を向けた。
ーー《極み》ーー効果:不明(ランク・A)ーー
「「‥‥‥‥‥」」
十秒ほどの沈黙が続き、その重苦しい空気を破ったのは受付の女であった。
「‥‥‥こういう事例は、始めて見ましたよ」
「‥‥‥」
ーーこうして、主人公こと川尻春野のハンデありまくりの異世界生活が始まった。