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エピローグ 二つの輝き

            1


二人が姿を消した山の最奥は、彼女らが今まで見たことのないような破壊術、人類がたどり着ける最高峰、それを遥かに上回るような噴火、そう言える爆発の連鎖が引き起こされていた。


「春野‥‥‥」


「‥‥だ、大丈夫だよねぇさん!春野が自分で撃った魔法だよ、きっと生きてるよ!」


「いえ‥‥‥期待を裏切るようで悪いけど、魔法は当たりさえすればどんなものでもその効果を発揮するわーーーたとえ、それが発動者自身だとしてもね」


「そんな‥‥‥っ」


悲痛に顔を歪め、どうしようかと頭を降り始める禍緒州に、ただ顔を俯かせることしかできない希石、何が起こったのかも分からずただ苦しく呼吸を続けることしかできない朔刃、人が生きれるはずのないここにまで我々に火傷をさせるかと言えるような熱波を吹き荒らす、あの山の最奥を見るその目の奥に何かが溜まりそれひくつかせて、ついに涙をこぼす柚果霊。


ーーーそして、獄炎の嵐が吹き荒れる山奥そのものを突き破ってその身を膨れ上がらせるインフィンテの姿だけが、この獄炎の地獄の中にいた。


『ーーーーー!!!』


その咆哮、その目に宿るそれは完全に正気を失っているものであり、その膨れ上がった巨体も理を超えたと言ってもいい。


四肢含めたその体に纏わりつくその鎧のような鱗はさらに密度を増し、体に焼き付こうとする獄炎の全てを弾き飛ばしていた。


四肢を乾ききった燃え盛る大地に着くその体からは四十を超える、あのゴキブリにもついていた尻尾が鞭のように伸び、しなっている。


今まで開かなかった口から正気を失った咆哮を上げ二十メートルを超えるその体を使って暴れまわるその姿はまさに狂気そのものと言ってもいい。


それを目の当たりにする柚果霊たちの中に恐怖が生まれたのはもちろんだか、それ以上に彼女らが恐怖したのはーーー。


「あいつ‥‥が街の方に向かっていってるよ!」


禍緒州の言うように、インフィンテはその移動こそは遅いが、辺りを爆散させる光線、雷撃、光弾を撒き散らしながらその体を山の下に存在するニュートレードに向けていた。


あれが街に突っ込めば、ものの数十秒、最悪十数秒で街全体が消し飛ぶだろう。現に、流星群のようにたまたま降り注いだ光線などのいくつかが街に激突し、柱のような炎を吹き上げていた。


「まずいわね‥‥‥貴方たち、朔刃ちゃんの看病をお願い私はーー」


「一人で戦うとは言わせません。私も、剣術を学んだ一人の女です」


「わ、私も‥‥!おばあちゃん一人じゃ無理だし、私も拳銃の一つは使えるよ!」


そう宣言し、自分自身が最も手の馴染む武器を手にした姉妹を見て、柚果霊は僅かに見開いた目を彼女らに向けたあと。


「ーーーわかったわ。希石ちゃんは朔刃を抱えながらの戦闘をお願い。禍緒州ちゃんは私のサポートをお願い」


「はい!」「うん!」


そして、柚果霊の呼びかけに応えた希石たちは進み続けるインフィンテの背を追うようにして空を飛び、真っ先に柚果霊がその前額部に回り込んだ。


『ーーーーー!!』


本来、主人の命令で殺すように命じられている獲物が目の先にいるというのに、インフィンテは彼女に目を向けることはなく、ただ暴れまわる。


「三十式破壊光線ーーー!!」


手慣れた手付きで空中に術式を編み、呪文を唱えきった柚果霊は橙色に輝く術式から三十という数の光線を撃ち放ち、押されを感じさせない勢いで一気に迫り続けるインフィンテの前額部に叩きつけた。


その巨体から自然に放たれる続ける暴力は、狙いが定まっていないだけあって柚果霊が放ったそれを殆どうち弾くことはなかった。


その代わり、その全てが命中しておいてその巨体になんの変化もないことを考えると嬉しくもないが。


「フルーレスパーク!」「喰らえっ!」


顔を顰める柚果霊の左右から、希石が突き出したフルーレから渦巻いた閃光が、禍緒州が引き金を引いた拳銃から放たれる数発の弾丸が一直線にインフィンテの顔面に突き刺さるが、鉄に弾かれたように一瞬だけ甲高い音を立てて消滅、または地に転がった。


「圧倒的すぎる‥‥‥!」


自身の攻撃が通じていない事実に顔に脂汗を滲ませる柚果霊たちの後ろから、街の存命と迫りくる暴力に危機を感じた街の戦闘職の人々が立て続けに魔法を撃ち放った。


無論。《魔女》とも恐れられる柚果霊の魔術が通じいないのだ。素人より一段上にいるだけのような魔術師が撃つ魔法など、奴には気にもならないだろう。


「皆逃げて!もう街は捨てるしかないわ!!」


「今からじゃ無理ですよ柚果霊さん!このままじゃこいつは数十秒で街に突っ込みます!!」


負けじと魔法を放ち続ける柚果霊が下で奮闘する街の戦闘職の人々に声を掛けるが、それは無茶だと諦めを交えた答えを返した。


『ーーーーー!!!』


そして、街の存在に気づいたインフィンテが一際高い咆哮を轟き上げ、鋭利な牙がぎっしりと並ぶ口を目の前に存在するもの全てに食らいつくように大口を開き、その体から吹き上がるようにして発生していた攻撃の数々を全て街の中心にーー。


ガァアアアアアアアアア!!!


『ーーーーー!!?』


「え?」


横殴りに顔面の側部に橙色の閃光が突き刺さり、そこから膨れ上がり破裂した爆炎がインフィンテの顔面全体に包み込まれ、インフィンテが初めて苦痛を含めた咆哮をあげた。


体勢が崩れたことで街を狙っていた攻撃の全てが右上にそれ、街を囲むようにして存在する山の頂上部を削り取り、やがて爆炎と共に大気を轟かせた。


何が起こったのかと柚果霊はその閃光の発生源をたどり、こちらに向かって走りくる存在に気がついた。


「春野ちゃん!!」


思わず柚果霊が上げた声に希石や禍緒州だけでなく、ここにやってきた戦闘職の町人たちもその姿に目を見開いた。


そのやってくる存在に遅れて気づけたインフィンテはその重々しい体を背後に振り向け、木々を割ってやってくるその姿に咆哮を浴びせた。


そこで春野は血を派手に流していた足を止め、真正面その巨体を顰めた顔で睨みつけた。


「‥‥‥‥一撃か」


血が多く混じった唾を吐き捨て、春野は頭上に浮かぶタイマーを確認してから右手に握る《大剣》に宿る全ての輝きに目を向けた。


それを戸惑うような目で見据えた春野は、再び浴びせられた咆哮とその気迫に決意を表した顔で再びインフィンテの狂顔を睨みつけた。


「朔刃、希石、禍緒州、白蓮、婢女華、そんで破壊の神様。ーーー頼んだぜ」


そして、春野は右手に突き出した《大剣》、その刃を目の先のインフィンテに向けることはせずにーーー己の胸部に向けたそれを躊躇いを残して突き刺した。


「春野ッ?!」


彼の仲間だけでなく、自身の胸部に《大剣》を突き刺して尋常じゃない量の血反吐を吐き始めた春野の姿に街の戦闘職らはどよめき始めた。


ーーー瞬間。《大剣》に宿る六つの輝き、否、破壊だいだいいろの輝きを含めた七つの輝きが胸部から広がるようにして春野の全身を伝い、やがて赤黒い稲妻を周囲にほとばらせ始め、光線を撃つ構えを取った春野の両手に集中した。


「いったい‥‥春野は何を‥‥?」


「ーー無茶なことするわねぇ。貴方はいつでも」


「ッ柚果霊!春野はいったい何を‥‥!?」


「簡単だけど残酷よ。ーーー《大剣》を突き刺すことで自分の体を術式そのものとし、より強力な光線を放つ。それが春野ちゃんの考えよ」


「ああああああぁぁああああ!!!」


悶え苦しむように構えた体を固める春野の口から上げられる絶叫、否、悲鳴は人間から出しているものとは考えられない程に残酷で、人間離れしていて、無慈悲だ。


傷口から滴る血が血煙となり、稲妻と七つの輝きを体に纏う春野の体に新たなるものとしてさらに渦を巻き始めた。


その悲鳴と纏わりつくものの奥に宿る暴力の全てにインフィンテも気付き、吹き荒れていた攻撃の全てを春野に狙いを定めた。


だが、コンマ早く春野が己の体全てを使った術式を完成させた。


「《絶対根絶(アブソリュートイレイス皇帝(カイゼル)光線(バースト》ーーー!!!」


全身に宿り、新たな暴力を作り出していたその全てを突き出した両手、それを食らいついてきたインフィンテの首元ーーーそこに存在する赤黒く輝く器官に向けて、撃った。


ーーその時に発生した、彼女らが感じたそれはなんといえばいいのだろうか。


一瞬だけ、体、場所、空気、次元、あらゆるものが捻れ、砕け、散り、吹き飛び。


直撃。


金属を持てる力で引き裂いたかのような音を立ててインフィンテの体が徐々に千切れ、砕け飛び、消滅していく。


『ーーーーー!!』


大口を開けてインフィンテが輝きの隙間から覗かせた顔から何かを叫び上げるが、断末魔を上げることさえ破壊の神は許さない。


朔刃の鏡が、希石の刃の渦が、禍緒州の銃撃が、白蓮の炎の剣撃が、婢女華の爪撃が、春野の破壊だけを求む光線が鎧の外部を突き破り、春野の内側で術式を溢れるばかりに作り出したようにその攻撃全てが痛みに暴れるインフィンテの体で術式を作り、発動させーーーー。


『』


何も残す事を許されなかった狂獣は内側から溢れ出た輝きに纏われるように包まれ、輝きの渦に巻き込まれて『無』となった。最後に、全てをやり遂げた七つの輝きの爆発となって。


「ーーーーーー!!!」


爆発したかのように歓声を思い思いに叫び上げた戦闘職の街民たちが互いに喜び合い、時には抱き合ったり肩を叩きあったりしている。


その中に、彼の仲間の姿はなかった。


            2


「」


「春野さん‥‥‥‥春野さん‥‥‥‥」


最後の爆発に山に立ち並んでいた木々はなぎ倒され、地面は掘り起こされていた。その中で、《大剣》を自らに突き刺し、気を失ったままその傷口から鮮血を噴き流す春野の元に歩み寄り、柚果霊たちが治療を施す中に涙をポロポロと流しこぼす朔刃が膝を地面についた。


「泣かなくても大丈夫よ朔刃ちゃんッ、絶対に助けるから!」


「わ‥‥私にできることは‥‥‥」


「水を頼む!もう汲んできた水が血に染まった!早く代わりのを!」


そうやって慌ただしく朔刃たちが治療を続ける中で、春野は目覚める様子を一向に見せなかった。


「なんでよ‥‥‥春野ちゃん!貴方まだ生きないとだめでしょ!?貴方にできることは仲間わたしたちを生きさせることでしょ!?貴方がいてくれたから今の私達はいるのよ!?貴方がいなかったら、貴方が助けた人とっくに死んでるわよ!!」


叫び、訴えかける柚果霊は体力切れを起こした希石に己の魔力を受け渡しながら春野の胸部を赤に染まった布で抑え込む。


その布の上に、涙をこぼしながら思わず柚果霊は悲痛に歪むその泣き崩れた顔を春野の首元に押し付けた。


「馬鹿‥‥‥馬鹿‥‥‥‥‥馬鹿‥‥‥‥‥‥」


命が消え逝こうとする荒れ地の中心で、彼の仲間たちは彼との思い出を思い浮かべ、その思い出は顔を徐々に悲しみに歪ませて泣き崩させた。



泣き崩れた仲間に囲まれて、息を途絶えさせた彼の血に濡れた胸の奥には一枚のカードがあって。


            3


「奇跡的な復活としか言いようがありません」


インフィンテの激突がなかったとはいえ、攻撃の一部を受けたニュートレードは街の修復に追われていた。その中で街に唯一存在する病院、その診断室にて柚果霊たちは驚きを隠せずにいた。


その報告をしたアフロ毛の老医師も興奮を隠せない様子で続けた。


「先程確認したところ、非常に高度で精密な術式が体内に編まれておりその術式が徐々に春野さんの体内にある傷ついた内臓を修復していったのです。ーー今日診断したときには殆ど完治していました」


話を聞き終えて、白蓮と婢女華を含めた仲間たちはドッと肩を下げてその場にへたり込んだ。


その中でも腰を抜かしたかと言わんばかりに立ち上がろうとして足を大きく震わせる柚果霊は呆れた口調で。


「ほんっっと心配かけるようなことしかしないわねぇあの子はッ!」


「ま、まぁ生きてるだけよしということでだろう《魔女ヘクサ》」


恥ずかしさを混ぜた怒りを露にする柚果霊を白蓮が隣でなだめ、その先に彼が眠る病室がある扉の方向に目を向けた。


「厶‥‥‥なら見舞い品の一つでも持ってくるべきだったな‥‥」


「ぁ‥‥‥それもそうですね」


「なら皆で春野が喜びそうなものでも買いに行こうよ!」


禍緒州の満面の笑みから出た提案に全員(婢女華は渋々)が頷き、立ち並ぶようにして診断室を出ていった。



物置の一つ装飾品の一つもないただ二つの丸椅子と、春野が寝転ぶ白色のベットだけがその病室に置かれていた。


音の一つもなく、それだけで人気を好まない彼にとっては休みやすい環境となっていることだろう。


ただ、あまりにも静か過ぎてそこで眠りにつく彼が生きているかは少し見ただけでは生きているか確認できないだろう。


「目を開け、目を開け川尻春野」


「   ーーー」


だが、そう声を彼に掛けた主は迷いの一つもなく彼のように低い、否、彼と同じ低い声で彼を呼び覚ましす。


目を浅く開け、視界が開けた春野はその声をたどり、その姿を見た。


「んだぁ‥‥‥不思議なもんだな。俺に似たやつがここにいるだなんてな」


「似たやつ、ではない。私は君だ」


「‥‥‥‥‥は?」


バッと掛け布団を払って身を起こし、春野は右隣にただ経ち続けている『自分』に様々な気持ちを込めた視線を向けた。


「そうなるのも無理はない。ーーーただ、私は君で、君は私だ」


「‥‥んなら『俺』に聞くぜ、お前はどうここにいる?」


目の前にいる『自分』は幽霊体というわけでも幻覚だとかそういうたぐいではない。そこに肉体が存在しているのだ。


ただ一つ、違和感がある。「自分」に淡々と言葉を話す『自分』の表情が、「自分」が恐怖を感じる程に無表情なのだ。


「答えに困るな。ーーその質問はなしとさせてもらおう」 


「なしに、か。‥‥それにしても俺にしては随分格好と口調が紳士的じゃねぇか」


淡々と述べるその口調に合わさり、禍々しく、それでいて繊細さを欠かさないその洋服に近しいその服装は不自然そのものとも言える『自分』とはあまりにもかけ離れていると思った。


「私は君であり君は私であるが、私達は二人で本来のあるがままを存在させる」


「ーーーー結局の所何が言いたい?」


「君はこのままでは私と共に死ぬことになる」


欠かさないその無表情さから出たその言葉はあまりにも残酷で非現実的だった。


だが、いつしか春野自身もその話を前に無表情に等しいものとなっていた。二人で本来のあるがままというのも間違いではないのかもしれない。


「君はこれからの未来に備え、心を変えた方がいい。世界は、やり直せない」


「‥‥‥なんでお前がそんなことを知ってやがる?」


その問い掛けに押し黙り、『自分』は「自分」の傷跡残る胸部に手を当てて、冷酷ひょうじょうを初めて露わにした。


「それは君が、いや、私と共に一番理解しているはずだ」


それに今度は春野が押し黙り、自身の胸を押さえつける左手に細めた視線を向けた。


やがて、「自分」の傷跡に触れていた『自分』は「自分」の顔を見据えて、最後に言葉を残した。


「君が一度死んだことで『私』はいつでも『私』と融合できるようになった。だが、私から融合しようとは思わない。ーーー今は、『私』は融合すべきではない」


「‥‥‥‥‥」


瞬きの直後、『自分』は気配と共に静かに包まれる病室から消え去り、春野は『自分』が立っていた床に敷き詰められた一つのブロックに目を向けた。


その時、胸に一つの温かみを感じた。


それに遅れて気付き、春野は自分が着ていた寝巻きの中を弄り、やがて一枚のカードを見つけ出した。


      【カイザーハルノ】


先の『自分』が載ったカードの下には何か古代文字のような文字が書かれてあったが、春野にはそのように書かれてあると感じ取った。


皇帝(カイザー)‥‥‥」


『自分』は紳士的ではなく、皇帝的な存在なのかもしれない。


不思議な体験をしたものだな、そう割り切って春野は胸元にカードを戻していると。


「あぁ!!春野もう起きてる!」


「あ?」


いつの間にかーーおそらく音を立てずに入ったのだろうがーー禍緒州が心底残念そうな声を雑に上げ、そのまま彼女に続くように柚果霊たちが廊下のほうから何かプレゼントのような物を持って入ってきた。


「春野さん、お体が治ってよかったですね」


「お前も、体治ったんだな」


そう笑い返し、春野は片肘をベットにつけて寝転がるようにやってきた見舞客(なかま)を見渡した。


その中で柚果霊は何か言いたげにこめかみをひくつかせながら春野の元に歩み寄り。


「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥なんだよ」


「‥‥‥‥どうやって術式を‥‥‥」


「あ?」


「あ‥‥‥い、いえなんでもないわ」


彼女自身も、思わずの行動だったそうで上げた両手を振りながら後方に下がっていった。その行動に春野たちは怪訝な表情を浮かべるが、すぐに会話を始めたのだった。


そこには、昔の面影があってーーー。



何千年という果てしない年月が過ぎても変わることのない禍々しい雰囲気と生命の一つを感じない岩山の最奥に存在するこの場には似つかわしくない宮殿。その最上階の端に彼女はいた。


「‥‥‥‥春野」


すっかり冷めきった紅茶が置かれたテーブルの隣に置かれた椅子に深々と腰掛けた令嬢、ラベスタントは数時間前から目を話さない新聞、その片隅に釘付けになっていた。


川尻春野、第二幹部を突破。英雄瀕死の状態か。


人類の脅威となる魔王軍、その主力の一つが倒されたことは実に喜ばしいことだ。だが、彼女にとってはそのあとが問題であった。


思えば、本来は毎日にでも来るべきであったのになぜ自分は彼のことをほったらかしにしていたのだろうか。


宮殿では実権を握る自分がいなくては宮殿の修理はおぼつかないものになるからとふんだからだろうか、それとも彼に怒られることが怖かったからだろうか。


きっと、後者なのだろうなとラベスタントは自嘲すると共に悲しみにふけた。


助けてもらえる前であればこんな思いしなかったであろう。だが、今はこれを感じずにはいられなかった。


明日、もし彼が生きていたら怒られよう。そして本心を伝えよう。


目を伏せ、新聞紙をそばのテーブルに投げおいたラベスタントは明日の準備に備えた。


「‥‥‥‥」


荷物を詰め込んだバックの中に、最後にナイフを入れてーーー。


            4


「おい俺ー。ちょっくら出でこいよ」


昨日の晴天はどこへやら、暗雲包み込み、大粒の豪雨が降り注ぐその下で、春野はたったの『二人』の病室の中で手の内に話しかけていた。


だが彼が話し掛ける人、『自分』は已然、カードのままでいてなんの反応も示さない。


「つまんねぇなぁ‥‥‥‥本当に俺そっくりでいやがる」


吐き捨て、春野は諦めて再びベットで寝転がりながら読書を続けることにした。内容は、『神の力、神話』についてだ。あの力を示された以上、神様の力だとか存在だとかを信ずる他ない。


「だが参ったな‥‥‥現実味なさすぎて頭に入って来ねぇ」


今度白蓮に神様のことだとかを直接聞きに行こうか。ーーーそう思った矢先であった。


コッコッ。小さく短く向こうから扉を叩く音が聞こえ、春野は反射的にその方向に目を向けた。


「失礼するわよ」


そして、開けた扉の先から現れたのは、派手な金髪を長く伸ばし、素人であれば誰であろうとその心を無意識に奪い去る美貌を持った彼の友人。


「春野ちゃん、どう体調は?」


「できることならさっさと退院したいな」


「仕事に戻ることが理由ならだめよ。朔刃ちゃんにも止められているのに‥‥‥」


ベットの側に置いてあった丸椅子に腰掛け、柚果霊は持ってきた籠の中に入れてあった一つのりんごを春野に小さく投げ渡した。


それを難なく受け取り、軽くそれに齧り付いた春野はそれをしばらく堪能してから。


「‥‥‥うん。そういやお前家事とかどうなんだ?千年生きてるくせにまだ慣れねぇのか?」


「それは言わないお約束でしょ春野。‥‥別に、人は冷凍食品(じんるいのみかた)があれば生きていけるでしょ」


「確かに」


別に面白みのない会話を交わしながら、暇でしかなかった時間を潰していると、また一つのノック音がした。


「失礼‥‥するわよ」


「あ?」「うん?」


どこか記憶の片隅から伝わってくるようなこの声、それを放った主はどこかオドオドとした心持ちで病室に入ってきた。


「‥‥‥お前か」


「‥‥えぇ。久しぶりね春野、結構大変だったそうね」


クリーム色に近いその髪を腰部にまで伸ばした柚果霊に次ぐ美貌を持つ令嬢、ラベスタントの姿がそこにあった。


その姿を見て柚果霊がどういうことなのだという視線と顔を向けてきたが、それを受ける春野はどこか不機嫌さを宿した顔で彼女に問うた。


「なんでここに来やがった」


「‥‥‥お見舞いと、その他諸々よ」


「その他、の方を雑に話したがそっちの方が本当の用だろ?」


「‥‥‥‥」


前にはなかった暗さを宿した顔をそらし、ラベスタントは話を続けた。


「謝りに来たのよ」


「謝りに、か」


冷たく返す春野の言葉にラベスタントは心の奥に苦いものを浮かべたような表情を浮かべ、あの招待会(パーティー)と同じ口調と共に彼に頭を下げた。


「前はあんなことを言ってごめんなさい。あなたの、大切なものだったのに」


謝罪の中で、春野は何も言わずにただ彼女の事を見据えていた。きっと、顔を上げてはならないと思いラベスタントは言葉を続けた。


「初めはあなたの心は嘘だと思ってた。だからそんなあなたをアタシのものにできるんじゃないかって、アタシが慰められるんじゃないかって、思い上がってた。ーーーーでも、あなたの心は本物だったわ」


「‥‥‥‥」


「これだけは言わせて」


そこで、ラベスタントは下げた頭を持ち上げて春野に見つめ返した。異様な緊張が走り春野は眉間に寄せたシワをより深めた。


「アタシもあなたの仲間に入れて!」


「ーーーえ?」


ラベスタントから発せられた願い、それに思わず

春野は間の抜けた声を漏らし、顔を僅かに突き出した。ーーー数秒が流れ、そこで春野は小さく笑いを上げた。


「面白え事言うなぁ。俺は復讐者だぞ?お前ら国の関係者を狙うヤクザものだぜ?」


「アタシはあなたの想いを知った。それにアタシは包まれたいだけよ」


「‥‥‥‥‥」


「それに、アタシが仲間になったらとアタシに復讐なんてできないでしょっ♪」


そう言ってここで初めて悪戯気な笑みを浮かべて、それを前にした春野は一本取られたと言わんばかりに頭を抱えた。


「クソっ、本当にこいつは狡猾さだけは根強いな‥‥‥」


「‥‥ま、いいんじゃない?彼女、反省はしているようだし」


振り向くと、自分が持ってきたもう一つの林檎齧りながらそう考えを加えてきたウィンクを飛ばす柚果霊の姿があった。


‥‥‥皮肉だが、こいつも、令嬢(あいつ)と同じような性格を持ってるから、よくわかるんだろうな。


「そうだな、あの喧嘩は水に流すとしようぜ。だが、火事場から助けたことは借り一つな」


「うぐっ‥‥‥貴方も人のこと言えないのね」


そう言い返すが、彼女はすぐ本来あるべきである明るげな笑みを浮かべて春野と握手を交わした。


その二人の横で柚果霊がパンッと手を叩いて二人の事を祝福したのだったーーーー。


「あ、そういえば貴方にしてもらいたいことがあったんだったわ」


「いきなりかよ。‥‥‥内容によっては借り二つになるぜ」


嫌な物をみたかのような目で彼女を見返し、春野は背を曲げて聞く姿勢を作った。


そんな春野にラベスタントは自身の背中で両手を組み、前屈みの体勢で内容を告げた。



「アタシを惚れさせた責任を取りなさいってことよ♪」



場が静まり返り、しばらくの間春野と柚果霊はただ呆然と彼女の顔を見つめることしか出来なかったがーーー。


「はぁあああああああああああああああ!!?」

「えぇえええええええええええええええ!!?」


絶叫を上げる中で、その内の春野はベットを一度拳でぶっ叩いてからその満足気な笑みを浮かべているラベスタントに怒号を浴びせた。


「てめえいったい何考えてやがる!?」


「逆に聞くけど、命の危機から助けてくれた中々にいい男に惚れないと思う?」


「あー、確かにそうねぇ」


「納得すんじゃねぇ!?」


ーーーその時、阿鼻叫喚とかす病室の中に、二つの輝きが灯された。


「‥‥‥え?」


「あら?」


「あ‥‥‥‥?」


怪訝に目を細める春野の視界には、ラベスタントの胸部には青の輝きが、柚果霊の胸部には紫の輝きがその内にから輝いており、その二つが風にそよがれるように春野の胸の内に宿り込んだ。


「‥‥‥ッ《大剣》か!」


その意味とあの現象にいまだ理解が追いついていない二人を差し置き、春野は突き出した左腕から

溢れ出る黄金の炎を一つの大剣と化した。


前には六つの輝きが宿っていたーーーそこに、あの青と紫の輝きが宿っていた。


「‥‥‥‥一人、セレクト間違い、か」


「多分だけど今アタシのこと馬鹿にしたでしょ」


そして、ぎゃあぎゃあと喚きを辺り構わず上げ始めた病室の内側には、幼稚な暴力を振るうラベスタントとそれを顰めた顔のままで受け流す春野、そして喧嘩に巻き込まれて涙を浮かべる柚果霊の姿があったのだった。



時は長く流れ、すっかり騒がしかった病室には誰もいなくなった。


そこに先程までいた人物の一人、ラベスタントは人気のない裏路地の壁に背をもたれながら、その手に握った獲物ーーナイフに細めた視線を向けた。


「よかった‥‥‥」


ただひたすら、気を狂わせたかのようにそれだけを呟き、彼女は思いにフケた。


(もし、彼が私の望みを断っていたら、これでどうしていただろうか)


この鉛色に鈍く輝くナイフは『どちらに』向けられていただろうか。


「怖いわね、アタシ」


それを考える必要なないんだとばかりにラベスタントは手に握っていたナイフを投げ捨て、裏路地を出たのだった。




どうもお久しぶりです。自慢職の名のものです。

本業のほうが本格的な動きを見せてきまして中々こちらの方を進めることができませんでしたが、やっとこの作品全体の序章とも言える二巻が完結いたしました。

あまり面白いことはかけないので伝えたいことだけをパパッと話そうかなと思います。

この作品を続けることは勿論ですが、これから私は別の、つまり新規小説を作成いたします。

できんのかよという質問にはあえて答えを控えさせて頂きます。

内容としては、学生に失敗した青年が死を迎え、転生した先で得た魔導具を使って魔物(モンスター)たちの力を混ぜ合わせて戦うというちょっと他とは違うかもしれないこの作品と同じハイファンタジー作品の予定です。

そしてもう一つは他の活動についてですが、twitter様の方で公式アカウントを制作いたしました。

そこで他の報告や作品の豆情報、あと中途半端なものではありますがイラストや漫画で送るコメディなどを掲載しています。ぜひそちらの方も!

最後にはなりましたが、この作品はまだ序章を終えたばかりです。私の夢はこの作品を祖国の日本を中心にいろんな人々と共にこの作品を語り合うことです。その夢を叶えていくためにこれからも頑張らせて頂きます。どうか、最後まで応援のほどよろしくお願いします!ではまた次の作品で!

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