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第二章 決別

            1


「‥‥‥‥」


両手に持った料理の数々を置いたお盆を持ち、朔刃はその部屋に入る前にそこにいる人物の様子を伺った。


その人物はいつもと変わらず、自分の体のことを気にすることもなく仕事に浸かっていた。


男が書類の上で筆を走らせるその机の周りには、汚れたままの食器や出前を取っていた時の丼が雑にそのまま置かれていた。


だが、それ以前に彼女には気になる事があった。


「あの‥‥‥春野さん」


思わず、部屋の前から問いかけてしまった。


頭を書類に向けていた春野は首と視線を僅かに上に向け、筆を置いた。


「‥‥今日の飯のリクエストでも聞きに来たのか?」


「違います!私が聞きたいのは‥‥‥‥このままこの街にいても、大丈夫なのですかーーーそういうお話です」


「‥‥‥‥」


龍剛組の襲撃から一週間がたった今、春野は全くどこかの街なり何なりに身を隠す様子を見せないのだ。


あのラベスタントだとかと名乗った少女のあの戦力と意志は朔刃でもわかる、あれは生半可のものではない。


更にはその正体は《国の懐刀》というのだ、今も、その権力を使って春野だけでなくその周りを狙っているのかもしれない。


「‥‥‥なら、こっちからも聞こうかよ」


いつになく、その愛らしい顔を固めて自身を見続ける朔刃に対し、春野は問う。


「俺がいなくなったら、あいつらはこの組をどうすると思う?」


「‥‥‥‥」


「長引かせんな。答えは炙り出しだ」


「炙り出し‥‥‥?」


自然と、その眉間にシワを寄せていた朔刃はその眉間を緩め、春野の次の言葉を求める。


「あんな目を食らったくせにわからねぇのかよ。お前、あいつらに情報力づくで吐き出されそうだったろうが。それと同じ事を組全体でしやがる」


書類を雑に横に退け、春野は二日前に入れていた緑茶を飲み干し。


「それに、俺がこの組いなくなったら、あの一年間のように大混乱を起こすことになるからな」



『拳怒の大渦』ーーーそれは彼、川尻春野が刑務所に投獄され、拳怒組から離れたその一年という間に組内で起こった問題の数々のことである。


川尻春野が居なくなったことで起こった問題は主として三つ。


組員の裏切り、他の組の爪伸ばし、幾つかの店舗の破産だ。


その一度に流れ込んできた雪崩に拳怒組は崩壊寸前まで進んでいたのだとかなんとか。


その点は、他の会社に対する投資でなんとか成功したらしいがーーー。



「帰ってみたら悲惨も悲惨、もう後始末したくはねぇ」


背を重く椅子の背もたれに預け、後ろに垂れた頭の上に左腕を乗せた春野はまるで何かを諦めたかのように笑った。


それを見て、どう反応すればいいのかわからないと身を縮め、視線をそらした朔刃ーーーー瞬間、深めたシワを寄せた眉間を上げた春野の視線が突き刺さった。


「分かったな。もう、分からせないままではいさせねぇからな」


「‥‥‥‥」


自然とためていた息を飲み込み、朔刃はそのまま冷めてしまったお盆の上の料理と共に、部屋を去るーー。


「兄貴!!」


直後、ドアノブに手をかけていた朔刃を押しのけるように、外側から勢いよくドアが開かれ、ドアノブを掴んできた朔刃は床で腰を打ち、もう片方の手に乗せてあった料理が派手に床の上で散った。


「兄貴!一大事でブェホォ?!」


部屋に飛び込んできた安っぽいスーツを着た下っ端の額に、春野が投擲した空の丼が突き刺さった。


「確認してから入らねぇか、床汚れただろうが」


「私の心配じゃないんですね‥‥‥」


「あ、姐さん!?す、すいませんっ!」


床に散らばった料理の具材を元の容器に戻し始めた朔刃の元へしゃがみ込み、下っ端も具材を片付け始める。


ーーーその肩を、後ろから伸びた腕が掴み思わず振り返った下っ端の顔を至近距離から睨みつけた。


「で、何のようだ?あまりにもくだらねぇ用だったらさまぁやらかしたケジメ取ってもらうぞ」


そう言い、春野は床に転がっていた紙を切り取る用に使っていた小刀ドスを目で指した。


「そ、そんなつまらないのじゃないです!こ、これが‥‥‥!!」


汚れた床に両膝をついたままの下っ端は、ふるふると震えながらも一つの封筒を取り出した。


受け取り、バッと封を引きちぎり、中に入ってあった手紙を引っこ抜いて中に書かれてあったことに目を通した。



川尻春野殿へ。


先日、貴公は【神話ノ鎧】を倒し、国都を危機から守り抜いたということを耳にいたしました。是非とも貴殿のご活躍を伺いたく。つきましては我が娘、ラベスタントの誕生日に足をお運びください。


         ブラギルス=スペルチールス



「‥‥‥春野さん‥‥これって‥‥」


「ーー罠か本音か、そのどっちかだろうな」


その手紙が入っていた封筒、それに付けられた龍の家紋を見て、春野は目尻を下げたのだった。


           2


「あと三分ほどで到着します」


真夜中。月明かりが地を照らすなか運転を続ける覇武から声を掛けられ、軽い睡眠を取っていた春野は幾度か瞬き、白染めのシルクハットを被る。


馬車に揺らされて既に半日が経っており、馬車は断崖絶壁の谷の中へと入っていった。


まるで、谷の中と外では結界が貼られているように雰囲気の違いがよく分かった。


谷の中は、虫や鳥の鳴き声の一片すら聞こえず、どこかおどろおどろしい。


そんな気味の悪さに浸らされていると、手綱を操り、覇武に指示を叩きつけた馬車が動きを止めた。


座席の横に置いておいた幾つかの荷物が入った鞄を手に取り、先に外に出た覇武が開けたドアから外に出た。


ーーーその視界に広がった『世界』は、なんと禍々しいのだろうか。


空は赤黒く染め上げられており、その空に浮かぶ満月の光はその赤黒さと入り混じっている。


少し強張らわせた面持ちで、目の前に聳え立つ宮殿の入り口へと向かう。  


宮殿の周辺を見渡してみると、春野と同じように招待客として呼び出され、馬車だけでなく、自前のドラゴンに乗ってやってきた人など様々だ。


そしてその敷地内には軽く見ただけでも百を超える警備員が配置されており、その気配からも厳重な警備だと春野は思う。


そんなことを思っていて、足が止まっていると。


「‥‥‥お客様。本日はお嬢様のご生誕祭となっております。大変失礼でありますが、招待状はお持ちでしょうですか?」


入り口にただ立っていた執事風の少女が二人の警備員を連れてこちらにやってきたのだ。


確か、見ていた限りではだが、他の招待客にはそんな確認は取っていなかったはずだが。


「ーーチッ、そんなに俺が信用できねぇか」


「‥‥‥」


不愉快そうに顔をしかめるのを見て、女執事が顎を引いた。


「ほらよ、これでいいんだろ!俺だって、来たくて来たんじゃねぇ!」


女執事にあの招待状が入った手紙を押し付けた。


「‥‥‥失礼いたしました。どうぞ、宮殿内へ」


春野は、女執事と側にいた警備員を押しのけて、宮殿内へと姿を消した。



‥‥‥信じられねぇ。


豪華で派手な装飾が施された屋上の会場、そこで踊ったり軽い食事を取る他の招待客とは紛れず、テラスで一人、タバコを吹かす春野は思った。


先程までのここまで来るまでの時間と距離の間で、なんと春野は六回も警備員か執事に止められては確認を受けた。


(いつものコートと帽子被ってるだけだってのに、ふざけやがって)


「お客様ーー」


「うるせぇ!もう身分証明はコリゴリだ!」


突然、横から声を掛けてきたメイドに思わず怒号を飛ばした。


それを間近で浴びたメイドは怯みながらも。


「あ‥‥あのですね。パーティーが始まりましたらそれと同時にダンスパーティーも行われます。お客様は如何がなさいますか?」


「‥‥‥‥あぁ、そういうね」


このメイドから聞く前にも、あの手紙にダンスパーティーが行われるとは書いてあったため、ダンスの練習も朔刃、白蓮を相手にそれなりにはしてきた。


「心配はいらねぇ帰んな」


と、言葉を返したその直後、会場内にざわめきが生まれ、そしてすぐ消えた。


何事かと視線を会場入り口に向け、目を見開いた。



赤と紫が目立つドレスを身に包み、ココロと呼ばれる執事を連れ、衆目を集めるその少女、今宵の主役ーーーラベスタント=スペルチースルがそこにいた。



皆、華やかさとどこか不気味さを兼ね揃え、着飾った黄金の少女に視線を向ける。


だが、その視線の数々を受ける少女は臆した様子はない。


そしてラベスタントはドレスの裾を摘んで一礼し、会場内へと踏み入り歩を始める。


そんな少女の動きの一つ一つに会場内の人々は釘付け。


その中でもただ一人、そんな少女を見る春野は憎悪だけを彼女に向け、そんな彼女を見る観客に嫌悪感を向けた。


やがて人だかりの一人とラベスタントはダンスを踊り始め、春野は対象的に席についてつまらげに軽食を口にしながら彼女の行動を鋭い視線で監視し続ける。


それから何曲ぐらいが流れただろうか。


続けて何十という人々とのダンスで踊り疲れたのだろう、ラベスタントはダンスを中断し、春野も含むテーブル席へやってくる。


春野は目を帽子で隠し、背を向ける。


それにラベスタントもこちらに気づきもせずーー


「あっ‥‥‥!」


おそらく、使用人とぶつかったのだろう。


ワイン入りのグラスをタワー積みにしていた使用人の体勢が崩れ、グラスがガシャガシャと派手な耳障りな音を立てながらラベスタントの頭部に向かって落下する。


「ーーーっ!」


思いもせず、春野は腰を下ろしていた椅子を蹴り、風のように抵抗なく人々の間をすり抜け、彼女に向けたその手の内ニコニコ《大剣》を生み出し、赤の輝きを押した。


「《赤炎斬鋭大剣ブレイズスラッガーカリバー》!!」


春野の言葉を引かれ、大剣は赤炎を纏う。


その持ち手を両手で握りしめ、滝のように流れたワインの波を振り上げた斬撃でかき消した。


『おぉお‥‥!』


それを見ていた他の招待客が歓声を上げ、手を叩く。


「ーーーぁ」


極力、目立たないように努力していたのに、自らその人物の前に行き、周りのさらしとなった。


助けたメリットもないのに、なぜ助けた。


ーーそこで春野は、さらに致命的なミスをしていたことに気づいた。


猛スピードで彼女の元に向かい、助けたために帽子が吹き飛んで足元に転がっていたのだ。


と、早々春野のことを話題にする声が上がってくる。


「ねぇあの人誰?」「芸能人か?」「あの人が呼んだぐらいなんだから騎士とかなんじゃない?」

「違うよ。ほら、川尻春野だよあの」「川尻春野!?」「ここ一年近くを消していたと噂には聞いたことがあるが‥‥‥」


「ーーーまずいな」


反応は様々ではあるが、大半ほどの他の招待客が春野のことを知っているらしい。


「‥‥‥ありがとうございます。もし、あのままでしたら私は情けない姿を皆様にお見せるところでしたわ」


「ーーー前会った時と比べてらしくねぇ口調使いやがって」


どうしようかと脳内でフル回転していると、腰を上げたラベスタントは以前会った時とは違った丁寧な言葉で礼を言ってきた。


そんな春野が嫌悪感を隠さずに飛ばした言葉、を周りにはかき消すようにまたドレスの端をつまみながら頭を軽く下げた。彼女の思惑通り、その動作に釘を打たれ、誰も春野の嫌味に気付くことはなかった。


まさしく国家の奴らがやるようなやり方だ。


「俺はあんたみたいなやり方を好む奴を知っているーーー俺の母親だ」


「‥‥‥」


続けた嫌味は彼女にとっては幸いか、その言葉は周囲には届かなかったようで、春野が放つおぞましい気圧にただ周りはザワザワと騒ぎ出す。


こうなっては、ここにはいられないだろう。


床に落ちた帽子を拾い、頭に被った春野は再び彼女に本来あるべき視線の数々を戻そうとその場を立ち去り、出入り口へと。


「少々、よろしいですか?」


「あ?」


ラベスタントはその場に留まり、再び話し掛けてくる。


ーーその両手をこちらに向けながら。


「何が言いてぇ」


「川尻様、先程はありがとうございました。宜しければ、私と踊って頂けませんでしょうか?」


「‥‥‥‥悪いが、そういうのは嫌いだ。特に、あんたとやんのはな」


そうしてそのまま会場を出ようとする春野の手をラベスタントの細い指先が掴んだ。


「これは些細なお礼なんです、どうか踊ってください」


「‥‥‥‥‥勝手にしろ」


根負け、ロングコートのポケットに両手を突っ込んで、春野は渋々ラベスタントの元に歩み戻った。


「ふふっ、ご了承してくださりありがとうございます」


再び似つかわしくない礼をする彼女に春野は重々しく息を吐いた。


彼女の手を取ると、中心の広場へと歩み出て、その細いラベスタントの腰に手を回し、曲に合わせて踊りだした。



「結構上手だったじゃないの」


「‥‥‥‥」


やってくる客減ることを知らずの広場から離れ、テーブルについた二人、そのうちのラベスタントはバスケットの中に入れられたビスケットをつまみながら春野の顔に言葉を浴びせ続けていた。


その言葉の数々に春野は何一つとして答えることはない。


それでも質問を続けるラベスタントのメンタルも、中々なものだなと春野は細めた目の中で思った。


「‥‥‥タバコ、吸ってくる」


彼女から離れる策として、春野はコートからタバコを取り出し、テーブルから身を離すが。


「付き合うわよ。アタシ、タバコは吸わないけど」


「‥‥‥‥」


タバコの入った箱を持っていない方の腕に抱きつくラベスタントから視線をそらし、タバコをしまった。


「帰らしてもらう」


ラベスタントの身を払い、春野は人波を掻き分けて出入り口に向かった。


瞬間ーー。


『お知らせいたします!本日のメインイベント《欲望の聖戦》が外会場にて行われます!招待客の方々は城前の広場に集まってください!!繰り返しますーー』


城中に大音量のアナウンスが響き渡ったのだ。


「《欲望の聖戦》だと‥‥‥?」


確かそんなもの、招待状にも書かれてなかった。


どういうことなのかとあたふたとしていると、こちらに気付いた一人のメイドがこちらに歩み寄り。


「お嬢様は大の戦い好きでして、ご生誕祭ではご自身が決めた大物ゲストと戦うのですよ」


大物、ゲスト。


「‥‥やべぇ」


これ先の展開、それを察し、春野は答えてくれたメイドや他の招待客に背を向け、出入り口の扉にーーー。


ガチャ、ガチャガチャ。


開かない。


「お客様、《欲望の聖戦》は万が一ゲストが逃げてしまわないように全ての鍵を外側から閉めています」


「ーーうるせぇ」


‥‥この後、アナウンスから自分の名を上げられ、春野は思わず扉を拳で殴った。



大勢の招待客が囲む広場に建てられた格闘場の端で、春野は黄金の少女を待つ。


もうとっくに予定開始時間より十分が経過している。


自由奔放なお嬢に春野の堪忍袋は爆発寸前。


待つ、とは前文に書いたが、正しくは止められているといったほうが正しい。


「お客様、もう少しだけお時間を‥‥」


「お客様、お失礼していますがそれでも‥‥」


「うるせぇ!そこをどけ!」


腕を掴んで春野を引き止めようとする執事たちをぶん殴り、他の招待客たちの期待を置き去りに会場を去ろうとしていた。


その時、ついに黄金のお嬢が姿を現した。


「ごめんなさい、少し気合を入れていて」


「‥‥感謝すんなら、俺にぶん殴られても止めようとしていた執事たちにすんだな」


そうして振り返って見たラベスタントの姿は、学生のような服を身に着け、鳩尾に付けられた赤に輝くバラ、そして特徴的な膝あたりまである赤いコート。


「‥‥ずいぶん変わった姿だな」


「あら、あなたに言えたことかしら?」


お互い悪口を言い合い、お互いが意地悪そうな顔をする。


春野は右手を突き出し、腰だめを右拳を構える。


対するラベスタントは腕を組んだままだ。


身に気迫を纏い、それを白いオーラとした春野はラベスタントを睨みつけた。


「さぁどうした?俺が言えないが《能力》は使わないのか?」


「もう使ってるわよ」


「‥‥‥何?」


見るが、いぜん腕を組んだままの状態だ。


だが、彼女は勝ち誇った笑みを浮かべて。


「アタシの《能力》は《吸血鬼ノ恩恵バンパイヤリカバー》。あなたにこの力を抑えられるかしら?」


そう言い終えると同時、常人では目でも追うことのできない速さで春野に襲いかかった。


            2


吸血鬼は驚異的な身体能力と魔力を誇り、準備歴千年を超える大木を片手で掴んで持ち上げ、瞬きする時間で世界を駆け抜け、一声掛けるだけで大量の悪魔を召喚し、自らを霧状にまで細かくし何処にでも入り込み、体が吹っ飛ぶ怪我を負っても一晩で元通りになるという。



「はぁああ!」


「オラァあ!」


ラベスタントに遅れて地に踏み込み、前に飛んだ春野は格闘場の中心で閃光としてぶつかりあった。


春野が放ったラリアットを背を屈めることで躱し、がら空きとなった春野の背中に蹴りを叩き込む。


それを受け、僅かに前のめりになるが、即座に春野は右手から背後に向けて光線を放つことで反撃。


だが、既にラベスタントは春野の頭上に飛び舞っていた。


「だぁああーー!!」


両手を組み、ラベスタントはその両手をハンマーの領域で振り下ろし、春野の後頭部に叩き込み、それを受けた春野は顔面をそのまま地面に叩き込まれた。


それを利用し、春野はその反動で浮き上がった両足をそのまま踵蹴りとしてラベスタントの背中に叩き込んだ。


岩をぶつけたかのような鈍い音と共にラベスタントは苦痛に体を沈めた。


一瞬の隙、春野は一度距離を取り、格闘場の端で足を止めて顔を上げた。


「‥‥‥ちょこまかと動きやがって‥‥」


口の端から流れ出した血を腕で拭い、春野は目の先で構えを取るラベスタントを睨みつけた。


ーーそのラベスタントの中心から、水色の光が膨らんでーー。


冷凍魔法こおらせんのかよ!」


瞬間。身を横に弾くことで直前までいた地を穿った水色の閃光を躱すことに成功。


だが、それだけで終わらず水色の閃光はさらに多くの数を揃えて一斉に放たれる。


「クソっ‥‥もう出さねぇといけねぇのか!」


舌打ち、握った拳のうちで生み出した《大剣》を持ち上げ、春野は桃色の輝きを叩くように押した。


「《獣爪大剣ビーストクローカリバー》!」


桃色の輝きを纏った刃に並ぶように新たに形成された光状の二つの刃、それを嵐のように振るい、風のように走らせることで十を超える数あった閃光をかき消した。


水色の粒子が散り散りとなる空間の中で、肩で息を吐く春野の頭上には、【残り四分】と告げるタイマーが活動を続けていた。


「あら、そのタイマーの事は知らないわね。《大剣》を発生させてそこから色々出せるっていうのは学習済み何だけどね」


「偉そうにぶってんじゃねぇぞ、女。新聞に載っていたような文をそのまま読み上げたような言葉をどうも」


直後、互いが放った閃光が格闘場の中心で直撃、光が連鎖的に爆発を膨らませた。


凶悪に笑みを浮かべるラベスタントと苛立ちに顔を歪める春野はいまだ爆発と爆炎が残る中心部でぶつかり合いを再開した。


彼女がその手刀に纏わせた振り下ろした氷の斬撃を、侍の獄炎を纏った《大剣》が受け止める。


そして、隙を生み出させた瞬間に春野は《大剣》の持ち手から離した左手を彼女の前に突き出した。


「ちょっ!?」


じりじりと手刀が押し戻される中で、目前で橙色に輝く火球を見て、ラベスタントは即座に頭を横に傾けた。


その首筋の真横を橙色の閃光が通り抜け、格闘場の一角を吹き飛ばした。


「女相手に容赦しなさいよっ!」


ドゴッ 鈍い音が細い蹴りを叩き込まれた春野の腹部から鈍く響き、その反動でラベスタントは大幅に距離を取った。


衝撃と威力をもろに受け、膝を付いている春野を見て、即座にラベスタントは片手に一つずつ光弾を生み出し、咳き込む春野に向かって投げ飛ばした。


迫るそれを見て、春野は本能的に拳を繰り出すが光弾はそれを掠め、一直線に彼の胸部で爆炎を炸裂させた。


「‥‥‥お嬢なくせに技に芸のねぇやつだ」


吹き上がる爆煙を振り払い、口元を腕で押さえて出てきた春野は、既に別の光弾かえだまをその両手に浮かべているラベスタントに嫌味を味わったかのような表情を浮かべた。


「そんなこと言ってるヒマ、ないんじゃないの?」


「‥‥‥それも、そうだな」


ラベスタントの僅かに春野の目より上に上げた視線、それで察した春野は【残り一分】を表示したタイマーを見上げた。


「どうやら、堪忍袋の緒が切れる時が来たらしいな」


《大剣》を持ち直し、その刃を目先のラベスタントに向けた春野は『極』の輝きを囲む全てのボタンを指先で撫で、五つの輝きが刃にまどわれた所で『極』のボタンを叩き押した。


それを迎え撃つラベスタントは、突き出した両手ので内に水色の輝きを溜め込み、そこから溢れ出る冷気を波動とした。


「《女王ノ絶対零度アブソリュート・エクストラクイーン》!!」


両手のうちから放たれた水色の光線、その反動は彼女自身を格闘場端にまで吹き飛ばし、それを放ち続ける両手を不安定に震わせた。


格闘場の床に丁寧に設置されたタイルを吹き飛ばし、その軌道にあったものを凍りつかせながら光線は一直線に春野に向かっていった。


「たく‥‥‥当たったらどうするつもりだったっていうんだ」


六つの輝きを宿した《大剣》を腰だめに構え、地に足を踏み込んだ春野はーーーそのまま真っ直ぐにラベスタントの元に飛び込んだ。


「ーーちょっと!?」


「俺は予想を上回ることをしてくる人間っていうのを教えてやるぜ」


ただ真正面で迎え撃つつもりであった光線は、ただ横に体をずらされただけでそのまま春野の横を素通り、その後ろにあった湖をギザギザに尖る氷像へと一変させた。


急に光線を止めることも、躱すことも叶わず、水色の光線を放ち続けたラベスタントは、目前まで接近した春野に《大剣》の側面を叩き込まれ、その振りと輝きの威力で場外に吹き飛ばされたのだった。



「大丈夫か?輝きの威力は抑えておいたが」


他の招待客が集まる広場の一角で、仰向けに倒れ、治療を受けるラベスタントの元に春野がしゃがみ込む。


「まったく‥‥‥手加減したって本当なの?死んじゃうと思ったじゃない」


だが、さすがは吸血鬼の力を持つだけあって傷の回復が非常に早い。


体の所々にあった火傷は身を隠すように消え、他の外傷は瘡蓋になりつつある。


「‥‥たく、何で俺がこんな目に合わないと行けなかったんだよ」


頭を掻き、立ち上がった春野は自身に笑みを浮かべてくるラベスタントに鋭い目を向けた。


こちらを見るその目からでも伺えるーーー諦めていない、春野のことを。


「自分勝手やろう、俺のことは諦めるんだな。俺には仲間を支える義務がある、目の敵そのもののようなやつに着くほど堕ちてねぇ」


「‥‥‥そんな言葉だけでアタシが諦めると思う?」


「ーーそういうとは思ってた」


目立った傷を隠したラベスタントは立ち上がり、真正面から春野のことを見据える。


肩をすくめるようにして、両手を広げたラベスタントは。


「アタシはその気になったら、どんな方法を使ってでもそれを成し遂げる女よ。あんたを金で買おうと思えば買えるし、あんたのことを社会的に殺してアタシのところにしか居られないようにもできるし、あんたの大切な仲間を人質に使えばあんたはーー」


「ーーーッ!!」


余裕そうに夢と考えを話すその顔に、春野の拳が叩き込まれた。


衝撃、威力に右頬を赤く染め、腫れたラベスタントはその頬に手を当てていたが。


「あんたの親父はお前をろくに育てなかったようだな。人の大事なものを人質に使うだなんて‥‥‥これは復讐がどうだとかの話じゃねぇ。国の上に立つものとしての話だ」


いまだ、呆然とするラベスタントと他の招待客、彼女の配下を押し退け、春野は覇武が運転席に乗った馬車に乗り込み、春野は宮殿を後にした。


            3

       

「春野さん、後悔はないんですか?」


「あ?」


明かりが夜空に浮かぶ満月と、馬車の側面に付けられたランプの灯火しかない中で、春野は運転席に座り、運転を続ける覇武に質問を掛けられた。


「《国の懐刀》の願いを断り、挙げ句の果にその女に喧嘩を売るーーそんな結果で」


「‥‥‥‥」


ソファのような座席の上で足を組み、背もたれの上に両腕を置いた春野は、物思いにふけるような顔を浮かべ。


「あの女の言葉はお前らを侮辱するような言葉だったんだ。この俺が許せる訳がねぇ、あの言葉はあの女の人間性を示す言葉としてピッタリだ」


「‥‥‥あの女の事、嫌いなんですね」


「そうじゃねぇよ」


「え?」


覇武が予想だにしなかった春野の口から出された答え、それに覇武は思わず座席にいる春野の顔を運転席から覗いてしまった。


「あの女は、あの人間性を克服さえできれば‥‥

‥‥なんでかは知らねぇが、仲がよくできそうなんだ」


「‥‥‥‥どうなんですかね」


ーーーーその瞬間だ。


カッ!! 馬車の背後から押し寄せてきた膨大な量の暴風と熱波、それを全体に浴びて車体が吹き飛んだ。


「な‥‥!?」


「バカ!外に出ろ!!」


座席を蹴り、春野は運転席に飛び込み覇武を抱きかかえ、地面に転がった。


その横で、暴風と熱波に巻き込まれた馬車が木の幹に叩き込まれて粉々に砕け、馬はその体から骨が砕け、肉を飛び散らせる音を鈍く響かせた。


「ーーー春野さん!」


その馬車の凄惨な最後を見届け、口を半開く春野に覇武が横から声を掛け、後ろに聳え立つ宮殿の方向を指差した。



ーーー宮殿が、爆発炎上するのを春野は見た。


ラベスタント=スペルチールス 破壊力「A」・スピード「A」・スタミナ「A」・攻撃距離「B」

・知力「A」・魔力「A」・精神力「B」・防御力「B」・耐久力「B」・体力「A」

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