復讐に萌える
まずは祟り目をなんとしても見つけ出さなければいけない。
あのような奇っ怪な存在に出会うというのは、相当レアな出来事に違いなかった。
復讐をするためには、なにはともあれ再びあいつと相対する必要がある。
まず、手始めに俺は例の公園で待ち伏せを行った。
夜中の2時から朝にかけて、フラッシュバックするあの夜の出来事に吐きそうになりながらも、というか時々吐きつつ、物陰から奴が現れるのを待った。
一人暮らしということで、毎夜家を出ていくこと自体にさほど問題はなかったが、夜中活動した分昼間寝ることになってしまい、不本意ながら大学の講義をサボりまくった。
単位と睡眠時間を削り、それでも己の中の復讐の炎が弱まることはなく、ほぼ毎日張り込みを行う俺だったが、残念なことに収穫はゼロ。
あの公園が奴のテリトリーであったというわけでもないらしく、数週間が経っても一向に祟り目が姿を現すことはなかった。徒労というやつだ。
「仮に葛籠先生が言ってることが本当だとすればよ、弱ってねえと現れねえんじゃねえの。」
目の前の肉を蓄えた男は、教室の机上に近くのコンビニで俺が買い漁ってきた食材を広げ、そのうちの惣菜パンを口に押し込みながらそう言ってきた。
「弱ってねえと、って俺が?」
「そりゃあそうだろ。その妖怪はお前が弱ってたから、美味そうだって思ってノコノコ現れたんだから、お前の話を聞く限りでは。」
話しつつ、次の食品に手を伸ばす。おにぎりか肉まんで一瞬迷いを見せたが、次の瞬間にはおにぎりを口に放り込んでいた。
俺を先生と呼んでいるが、目の前に座るデブ男は俺の生徒でも弟子でもない。唯一といっていい、学友である。名前は赤染衛。その見た目を裏切らず四六時中、常に何かを口に運んでいる。スポーツや学業を嫌い、とはいえ何か別の事をやっているわけでもなさそうで、友人とはいったが詳しいことは俺もよく知らない。あれ?俺は本当に友達なのか、こいつと?
大学デビューに見事失敗した俺は、基本的に一人寂しくキャンパスライフを送っているのだが、重なる講義が多かったこともあり、この男とは何故か自然と話すようになった。
暖色の衣服を好み、本日は真っ赤な姿がサンタクロースを彷彿とさせる。
「確かに、あいつは食事のために現れた。なるほど。再び精神的に打ちのめされた状態で呆けていれば、それに釣られて現れる可能性があるわけだ。これは試す価値があるな。」
「盛り上がってるとこ悪いけどさ、もうやめといたほうがいいんじゃねえ?」
やめる?これまた聞き捨てならないことを言う。
「やめるって、深夜の張り込みを?」
「それもそうだけど、復讐自体を。俺は葛籠先生が気軽に嘘をつかねえやつだって、短い付き合いながらなんとなく分かってるけどさ、傍から見たらやっぱりやばいって、最近の言動。夜中に化け物に切り刻まれて、それでもピンピンしてて、復讐のために講義サボって徘徊してるって、普通の人は異常者だと思うし、何なら俺もちょっと嘘なんじゃないかって思ってるよ。まあ、飯を奢ってくれるんならでき得る範囲で協力するし、今日みたく必修授業のノートでも何でも見せるけどな。」
赤染はそう言って俺が買ってきたドーナツをアイスティーで胃に流し込んだ。
赤染の言うことはもっともだ。馬鹿げたことをしている自覚はある。それでも、俺はあの祟り目のスカした笑い顔に一発食らわせてやりたかった。
その時。
俺の視界にあの、最高の青色がうつりこんだ。
俺を一目惚れさせた何より美しい青。
俺を振ったあの女が、教室に入ってきたのだ。
「あ、あの子って、お前が告白した···」
「行ってくるわ。」
俺は迷わず立ち上がる。
「はあ?行ってくるって、何しに?」
「告白。」
そう言い残して、彼女のもとへ突き進んでいく。
背後で赤染の「先生、薄々気づいてたけど、馬鹿だろ」という弱めの罵声が聞こえたが、無視した。
俺は彼女に再び告白する。
そして再び振られた俺は必ず絶望し、そこには祟り目がアホ面下げて寄ってくるはずだ。
俺は完璧な算段にほくそ笑みながら、美しい色を放つ彼女の前に立ちはだかった。