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三条寧夢の観る創作  作者: 徳島静
一章「創作出会い編」
7/29

夢があります

 あんまりにもあんまりな言い方にわたしは言葉を失ってしまいます。


 うつむくわたしなどお構いなしにデリカシーのかけらもない勇者さんはつらつらと意見を述べるのです。


「プロ目指すんだったら、読者のことも考えないと。流行とか、読みやすさとか、最低限の文章作法、キャラクターの魅力に一本筋の通った世界観。そして一番大事な面白いストーリー! どれかひとつでも完璧にできているか?」


 そう言われてしまうと反論できません。たぶん何ひとつ出来ていないのは自分でも薄々わかっているのです。


 でも仕方がないじゃないですか。


 素人の小説ですよ。最初からそんなに完璧に書けるわけないじゃないですか。


頭に思い描いている自分の気持ちを文字に起こすって、とてもとても大変なことなのですよ。


 それに、それに……


「楽しいのでしょうか? そんなことばかり考えて書くお話って」


 誰に言うでもなくポロッと呟きます。


 楽しい。

 それはわたしが創作で一番大事にしたい気持ちです。

 

「わたしがラノベ作家になりたいってぼんやり思い始めたのは、楽しいっていう気持ちが原点です。とてもとても心を動かされる作品に出会ったのが書きたいという気持ちの原点です。あの作品は……わたしに楽しい気持ちをいっぱいくれました」


 人生で運命の一冊を決めるならわたしは迷いません。

 市川詩音いちかわしおんのライトノベル『聖剣の転生』一択でしょう。


 聖剣の転生は、彗星のように業界に現れた新人作家の作品でいわゆる異世界転生ものというやつです。


 現代からファンタジー色の強い異世界に『伝説の聖剣』として転生した主人公と何世代にも渡る歴代の持ち主の交流を描いたお話です。


 なんと作者はデビュー当時まだ高校生だったそうです。

彼(彼女でしょうか?)の作品を初めて読んだとき、わたしは涙が止まりませんでした。

 

 図書館に置いてあるお高く止まった文庫本とは違って、こんなに読みやすい文章があるのかと驚きました。


 展開は王道ながら主人公が剣という変わり種の設定がスパイスとなっています。


 モノでしかない主人公が現代知識を駆使して持ち主と親交を深める様子はバディものとしての要素も含みます。


 相方として登場する歴代の持ち主たちも魅力的な方ばかりです。


 時には戦いの末に命を落としたり、完全に悪としか思えない人物が剣を手にしたと思いきや、でもでもその持ち主にも譲れない正義があってみたいな心をくすぐる展開が盛りだくさんです。


 脇役含め、登場するキャラクター全員がわたしの心をつかんで飽きさせません。


 本にあるのはただの文字の塊と少しの挿絵のはずです。 

 けれど確かに生きている人間がそこにいる、そう思わせてくれるお話でした。


 そのリアルな人間性には誰しもが共感できるでしょう。


 楽しい。とても楽しい。

 わたしの中の感動が、憧れに変わってゆくのに時間はかかりませんでした。


(わたしも……こんなお話を書きたい。わたしの書いたお話でわたしがそうだったみたいにみんなにも楽しくなって欲しい)


 作者がそう年の変わらない方であるということもわたしの憧れに拍車をかけたのでしょう。

 

 そうしてわたしは『楽しい物語』を創る創作という趣味を始めたのです。


「わたしは楽しい物語を書きたいです。だから作者のわたしが一番に大事にしなくちゃいけないことは楽しんで書くことなんだと思います。完璧じゃなくてもいいから……自分で自信を持って楽しいって言える話を書きたい。少しでも楽しいって言ってもらえる話を書きたい。そして……」


 ずっと夢のない人生でした。

 小学校の低学年の頃、学校の課題で将来の夢というものがありました。


 ただ職業の名前を書くだけの簡単なものでしたが、わたしにはとても苦い思い出です。


 周りの子がお花屋さんとかケーキ屋さんとか書いている中、わたしはずっと何も書けませんでした。


 夢なんて、無かったからです。


 書くまで居残りと告げられ、誰もいなくなった教室で課題の紙を睨んでいました。夕焼けが照らす少し薄暗い教室の風景をわたしは忘れません。


 嘘でもいいから何か書いて終わらせれば良かったのでしょう。

 けれどもそんなことも出来ないくらいわたしは不器用でそんな自分が大嫌いでした。


 結局、どうしようもなくてわたしは自分に嘘をついて無難な夢を書きました。


 ずっとずっと……その体験は心にひっかかっていて苦しみました。


 夢なんてきっとこれからも見つからないんです、そう思っていました。

 

 でもわたしは出会うことができたのです。

 人生を変える一冊に。


 ただ感動するだけでは終わりませんでした。

 書きたい、読んでもらいたい。


 そんな夢をわたしにくれた一冊に出会えたのです。


「いつかわたしの楽しいを顔も知らない誰かに届けたい。わたしが夢をもらったように今度はわたしが楽しい夢を見て届けたい。それがわたしの正直な気持ちです!」


 目の前にいる主人公さんはわたしの創ったキャラクターです。

 だからこの言葉は自分で自分に言い聞かせているようなものです。


 けれど思いのたけを吐き出して感じたことは……なんだか心を許せる友達が出来たような、そんな不思議な感覚でした。


「ならなおさらだ」


 勇者さんはどこか優しさを含んだ調子で話します。


「もっともっと楽しい話を創る努力をしなきゃならないぜ」

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