未来2
ずっと静かだった場所に声が響きました
その声は私達の言語とは違うようで、何を言っているのか分かりませんが確かに人の声です
でも、私には見ることも、触れることもできないのです
お嬢様とここに封印されてからどれほどの月日がたったことでしょう
私の意識がはっきりしたのはここ数十年のこと
それはまだ十四年ほどしか生きていなかった私にとってはとても長い年月でした
お嬢様は私の隣で眠っています
鼓動が聞こえるので死んではいませんが、私が目覚めてから一度もお嬢様が目覚める気配はありませんでした
暗く孤独な今までを、お嬢様がきっと目覚めてくださることだけを考えて精神の崩壊を免れてきました
絶対にこの封印を解き、元の、楽しかったあの日々を取り戻したい
だから、人の声が聞こえて来た時私の胸は高鳴りました
お嬢様とまた暮らせるのです
そして今度こそはお嬢様の思う平和な世界で、お嬢様のお世話をしながらのんびりと暮らすのです
カチリと、鍵が開くような音が聞こえました
これはきっと誰かも知らない人たちが私達の封印を解いてくれている音なのでしょう
私はその時を今か今かと待ちわびます
「システムオールクリア、解凍開始・・・完了、これより封印解除シークエンスに移行します・・・20%・・・33%・・・52%・・・重篤なエラーを発見、魔王メナリア・エストハートの大幅な弱体化により世界の根幹へのアクセスができません。このまま解凍しますか? Yes or No」
「なんてこと、なぜなの? ディスの封印は完璧だったはず。まさか、ここに隔離したことで世界とのつながりが!?」
先ほどの声とは別の、可愛らしい少女のような声が聞こえました
その言語は理解できます
私達が使っていた言語と同じだからです
「取りあえずさ、解凍しようよ。そしたらつながりも元に戻るかもしれないし」
「ええ、そうするほかないでしょう」
「じゃあ解凍するよ」
「お願いします」
「あ、あの」
「何ですか? 邪魔しないでもらえませんか?」
「いえ、その、そちらの子が、私の娘に、瓜二つで」
「は? この魔王がですか?」
「はい、その、どうも他人とは思えないのです」
何を話しているのでしょう?
全く分かりません。先ほどの少女の声も別の言語を話しています
「お待たせしました~。連れてきましたよ~」
「パパ!」
「エミリア!」
「良かった、無事だったんだな」
「パパこそ、この遺跡おかしいよ。急にいろんなものが動き出すし、さっきなんて変なロボットが襲ってくるし。そこの人が助けてくれたからここまで来れたけど」
「私~人じゃないですよ~。ワールドシステムZシリーズ335号、個体名エニーだよ~」
「人じゃない? いやその質感、瞳、どう見ても人でしかないのですが…。機械なのですかあなた方は」
「機械? そのような低文明のテクノロジーと同じにされては困ります。私達ワールドシステムは超高度知的生命体により作られた人工生命体です。ちゃんと魔法なども使えるのです」
「めったに表情を崩さないゼアを怒らせるとは君、中々度胸があるね」
声はずっとしているのですが、中々封印は解除されません
目が開かないので何が起こっているのかもわからないのです
それに、お嬢様の力がどうとか聞こえました
少し不安ですが、お嬢様が弱くなっているのら私が守るまでです
それから数時間ほどでしょうか?
私の感覚なのであっているかは分かりませんが、そのくらいだと思います
突如体が宙に浮くような感覚がして、私は体を包んでいた何かから放り出されました
すぐに目を開けて、いまだ眠るお嬢様を抱きかかえて地面に着地します
そして声の主から飛びのいて腰に下げていた短刀を抜きました
「お前たちは何者ですか! お嬢様をどうするつもりなのです!?」
「まさかもう目覚めているとは…。個体名ハクですね? 魔王の側近にして妖怪族最後の生き残り」
「最後? 何を言っているのですか! 妖怪族の国になら多くいるのでしょう?」
「いえ、妖怪族はおよそ七千七百万年前にあなたを残して絶滅しました。妖力を維持するためのシステムが破壊された為と思われます。それに、それだけではありません。貴方がたを知る者は、誰一人としてこの時代には生き残っていません」
「そ、んな…。私はまだ、家族にも、会えてないのに…。誰にも、私は、私、は」
「個体名ハクの感情の高ぶりを感知、このままでは心が壊れてしまいます」
何もわからない場所で、目覚めないお嬢様と共に放り出され、知っている人たちは皆死に絶え、探そうとしていた家族は種族ごと滅んでいました
もう、私は限界でした
数十年の孤独が、私を蝕んで、頭が、真っ白に
「大丈夫、大丈夫だから、もし行くところがないならうちに来なさい」
その時私を抱きしめてくれる人がいました
最初に聞こえた声の主です
何を言っているのか分かりませんでしたが、彼からは精いっぱいの優しさが伝わってきます
その大きな手に抱かれ、私は泣きだしました
「可哀そうに、まだエミリアとそう変わらない歳だろう」
「ねぇパパ、こっちの寝てる人、なんだか私に似てる」
「ああ、それは私も思っていたところだ」
「ともかく言葉が伝わらないのは不便かもしれません、あなた、少しこちらに来てください」
白い髪の少女が私を呼びました
恐る恐る近づくと、手が伸びてきます
驚いて目をつむりました
「大丈夫です、怖がらないで」
その手が頭に置かれ、温かい何かが流れ込んできました
「今あなたに翻訳プログラムをインストールしました。これで言葉が通じるはずです」
「言葉、が?」
「おお、分かる。君の言葉が分かるよ」
「言葉、同じになって…」
「どうだい? 君たちさえよければうちで暮らさないか? 行く当てもないのだろう? それに、私は考古学者だ。もしかしたら何か分かることがあるかもしれない」
「それは願ってもないですが、良いのですか? 私達はあなたの言うところの遺跡から出て来た得体のしれないモノですよ?」
「君たちからは敵意は感じないし、何より私の好奇心が」
「そうそう、私も調べてみたいわ!」
この二人からは城にいた研究者たちと同じ気配がします
好奇心が止まないあの目
それに、優しい表情、お嬢様が目覚めない今、私はこの方たちに頼ろうと思います




