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伝説の最強剣闘士の決闘相手に選ばれてしまい心臓潰れそうです。

作者: 相泉 藍

 闘技場は大歓声に包まれた。


「カリブル! カリブル! カリブル!」


 叫びで地が震えている。

 多くは期待のこもった声。

 一部の客は目を血走らせて怒鳴る。

 試合が始まる前だというのに感極まってろくに発音できていない者さえいる。


「カリブル! カリブル! カリブル!」

 そこにいる全員が熱気に侵され、一人の剣闘士の名を叫ぶ。


「カリブル! カリブル! カリブル!」

 一部は胸元に持った紙の大きな文字によって言葉を贈っている。


『カリブルこそ剣闘士の中の剣闘士』

『頂点に立つ男 カリブル・ライオ』

『俺たちの星 国の誇り』

 その文字を掲げる人々もやはり、周囲に混じって喉を枯らしていた。

「カリブル! カリブル! カリブル!」

「カリブル! カリブル! カリブル!」

「カリブル! カリブル! カリブル!」


 ……そんな中にあってただ一人、まだ少し幼さの残る顔に苦い表情を浮かべる青年がいた。


 何故ならば、彼は今この闘技場の人間すべてを敵に回していると言っても過言でないからだ。

「カリブル! カリブル! カリブル!」

 格下ゆえ先に舞台へ上がり待っているのは青年で、歓声の受け取り手はまだ登場していないにも関わらずこの状態。


「……俺だって、命懸けで戦うんだぜ?」

 お互いに刃を潰して金属甲冑を着こんでいるとはいえ、激しい死闘の末に脳や臓器への衝撃で散る者もいる。あるいは一命は取り留めても、後遺症が残ることも。


「カリブル! カリブル! カリブル!」

 それだというのに、声援は一つとして青年の名を呼ばない。


 いや、そのような闘いであるからこそ、彼が今日倒さねばならない敵はこれだけの声援を集めているのだ。


 甲高い指笛が響いた。その主とその両隣の客の服には賛辞の言葉が書かれている。

『史上最多704勝』

『最古にして最強』

『闘技場の生きる伝説』

 過酷を極める試合を、二十年以上に渡って戦い抜いた猛者の人気の前に、その敵である若造への応援など完全にかき消されている。


 これがぼやかずにいられようか。

「……まいっちまうよなあ」

 脇に抱えた兜を地面に音高く叩きつけ『俺はここにいるぞ!』と言ってやりたかった。


「カリブルー! 勝ってえぇ!!」

 少女の、悲鳴に近い声が聞こえた。姦しさや媚びのない、必死の響きがこもったものだった。


――そのとき、熱狂の渦が一瞬ぴたりと止む。


 ついに、その戦士が姿を見せたのだ。


「ッ!!! カリブル!!!! カリブル!!!! カリブル!!!!」

 これ以上ないと思われた喝采が、倍以上に膨れ上がった。


 その理由は……これまで何も持っていなかった観客たちも多くが掲げ始めた紙に書いてある。

『今までありがとう』

『お前のファンで居られて幸せだった』

『おつかれさま!』

『有終の美を』

『カリブル・ライオは永遠に最高の剣闘士だ』

 同じようなメッセージが、客席を埋め尽くしていた。


 それを見た青年は、またため息交じりにつぶやく。

「ほんとになぁ、まいっちまう」

 何がまいってしまうのかと言えば、誰も自分を見ていないこと。そして……

「俺も、あんたらに混じって見送りたかったよ」

 青年もまたカリブルに憧れこの道を目指したという事実が、彼の胃を痛めつけていた。


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 わかるのだ、最後に勝ってほしい気持ちが。痛いほどに共感できる。


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 青年もこんなことではダメだとわかっている。勝たなければ食っていけない。それどころか迷いは一瞬で死を招く。それなのに。


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 対戦相手はもちろん敵、周りを見渡してもおびただしいほどの敵……その上、自分の心さえ敵になってしまいそうなのだ。


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 外と内から、押しつぶされていく。勝つのが悪いことのように思えてくる。


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 ――伝説の男だ。俺の前で今、兜を装着するため頭上に掲げた。


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 ――最強の戦士だ。待たせるわけにはいかない。俺も早く戦闘態勢に入らなければ……


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 ――ずっと目指してきた相手だ。マズい、手が震え……あっ


 青年は兜を落とした。慌てて拾おうとしてまた手を滑らせる。籠手に包まれ多少自由が利きづらいとはいえとんでもない粗相だ。


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 ――ヤバイ、ヤバイ。カリブルは、呆れながら見下してないか? 最後の相手がこんなのかと失望されたか?


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 なんとか兜を掴んで見上げた相手は……

 まだ、兜を頭上に掲げ、それを仰ぎ見ていた。


「カリブル!!! カリブル!!! カリブル!!!」

 それは自らの闘いの歴史を思い起こす姿に見えた。


 主役の意味ありげな行動に注目して、兜を取り落とす対戦相手を見ていた客は少なかったようだった。そして青年が拾ったそれを装備し終えたところで、上を向いていた顔を下ろしたカリブルは、


 射殺さんばかりの視線をぶつけて来た。


 青年の肌が粟立つ。

 そしてカリブルの口が動き、それから兜を装着した。


「え――今、……」


『全力で来い、叩き潰してやる』

 確かにそう言った。


 カリブルは青年を……敵として見ている。

 自分の最後を華々しく飾るための脇役でも、醜態をさらした小僧でもなく、倒すべき相手として見ている。


 客の注目を集めて自分の失態から目を逸らさせたのは、情けなどではないのだと彼は悟った。カリブルは言葉通り、全力の彼を叩き潰すことが目的で、そのために行動したまでだ。


 あの目線もそう語っていた。

 引退も観衆も実績も関係ない……ただ二匹の雄として力をぶつけ合うことを望む目だった。


 にらまれた瞬間から、周りの声など耳に入らなくなった。


「……ははっ」

 青年の口から自然と笑いが出た。だが気の抜けたものではない。


 敵と競い合ってねじ伏せる未来を思い描く者の、野性的な笑みだった。




――ゴングが鳴る。



 双方が駆け出し、初手から思い切り互いの武器を振りかぶった。

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