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1:君の青い空

 初夏、太陽が眩しいよく晴れた日。

 ほのかに汗を滲ませる気温に、肌を焼く紫外線。

 少女はいつもの公園にいた。赤いベンチに腰をかけ、いつもと同じ本を開く。


「蝉が鳴いている、毎年蝉が少なくなっている気がする」


 少女は本のページを捲った。


「サイレン、どこかで火事でも起きたのかしら」


 少女は本のページをまた捲る。


 いつもと同じ変化の無い日々。

 その日は珍しく、めったに人の来ない公園に昼間から人が来た。


 その人は公園に入った。

 少女にはそれが分かる、足音で分かる。

 その人が男性であるという事も足音で分かる、そして……。


「あなた、泣いてるの?」


 少女は言った。

 男は立ち止まった、そして確かに泣いていた。


「見られちゃったか、よく分かったね」

「うん、私には分かるの」

「まいったな、この公園なら一人に成れると思ったのに」

「ごめんなさい、いつもここにいるの私」

「いや、君が悪いんじゃない。僕が弱いだけ……」


 そう言って男は少女の方に歩き出す。


「僕が子供の頃は、いつも人のいない公園だった」

「私がこの公園に来るようになってからも、いつも人はいないよ」

「ここ、座ってもいい?」


 男は少女の前に立ち聞いた。

 この公園にはベンチは一ヶ所しかない。

 公園に現れた見ず知らずの男、その男が横に座っていいか聞いた。

 少女には分かっていた、声で足跡でそして直感で。この人は悪い人ではないと。


「どうぞ、私のベンチではないもの」

「ありがとう」


 少女は相変わらず、定期的にページを捲る。


「恥ずかしいよね、男が泣くなんて。しかも女の子に見られちゃったよ」

「別にいいと思う、ここには私しかいないから」

「いきなり現れて、こんな事話してる僕はキモイよね」

「別にいいと思う、私もよく独り言言うから」


 少女は男がなぜ泣いているかは聞かない、興味が無い。

 男のいう事に否定はしない、否定できない。

 そんな感じで微妙な空気が流れていた。

 男は気をきかせてか、興味をもってなのか少女に聞いた。


「なんの本読んでいるの?」

「わからない」

「え……」


 男は戸惑った、自分が切り出した質問の答えに対し。

 この質問なら答えは、必ず返ってくると思っていたからだ。


「わからないのに読んでいるの?」

「今度は私の番」

「何が?」

「あなたは私に質問した、私はそれに答えた。だから今度は私の番」

「ああ、そうだね。何でも聞いてよ」


 少女が彼に興味を持ったのではない、ただいろいろ聞かれるのが嫌だったのだ。

 本当にそうだろうか、本当は違う。少女は話したかった、ただそれだけかもしれない。


「今日は青空が綺麗?」

「そりゃ見ればわかるよ、今日は青空がとても綺麗。だけど僕には今日の青空は眩しすぎて見れない」

「そう、青空は今日も綺麗なのね」


 少女の言う事に男は少し疑問を抱いていた。

 だがそんな事どうでもよかった、そんな些細な事を気にするまでも無い。


「今度は僕の番ね。いつもここにいるって言ってたけど、なにしてるの?」

「何もしてない、ただ私はここで生きているだけ」

「難しい事言うんだね、本読んでるじゃないか」

「読んでいるわけじゃない、それに次は私の番」


 こんなやり取りなら普通の男は居ずらいだろう。

 ただこの男は泣いていた、それを少女に見られていた。

 そんな男はどこか吹っ切れていたのかもしれない。


「青空ってどんな色? なんで綺麗なの?」


 少女の投げかける難しい質問に、男は間を置かざるを得なかった。

 男は考えた、青空だから青だけどそんな答えを求めてはいないはずと。

 男は考えた、なぜ綺麗なのか。綺麗なものに理由が要るのだろうか。そもそも綺麗なのだろか空は……。


「難しい質問だね」

「答えて」

「青空はすごく澄んだ水色に白い雲がたくさんあるんだ、雲はいろんな形があって同じ空は二つは無いって言うほどいろいろな色合いを見せるよね」

「それと」

「なんで綺麗かって言われると、僕もわからないかも。昔からみんな綺麗って言うからそのせいかもと考えたけど、やっぱ違って理由なんてなく見たらそう心に感じるだけかも」

「そうなんだ、ありがとう」


 少女は純粋にお礼を言った。

 男もこんな答えで満足してもらえただろうかと不安だったが、少女の言葉に思わずにやけた。

 男も少し調子に乗ったのか、こんな質問をした。


「君可愛いね、やっぱ彼氏とかいるんだよね」


 少女は顔が火照っているのを感じた、それが太陽の熱ではない事を少女は知っている。

 少女は可愛いといわれたことが初めてだったから。


「ナ、ナンパってやつ?」


 少女が初めて動揺を見せた。


「君もやっとミスをしたね、今は僕の番だよ」


 男は笑顔で言った、少しイジワルかもと心に思いながらも聞きたかった。

 さっきまでの動揺とは一転して、少女はとても悲しい顔をしている。

 それに男は気がついた、やはり調子に乗りすぎたかなと。

 そして、少女は言った。


「彼氏なんていない、できない。私を好きになる人なんていない、私も人を好きにならない」


 男は空気が止まっているのを感じた。

 さっきまでうるさかった蝉が今だけ聞こえない、夏の暑さがいまだけ感じない。

 そう感じた、実際には違うがそう感じた。


「ごめん、調子に乗りすぎたね。悪気はなかったんだよ、本当に可愛いと思ったし」

「いや、事実だからいいのよ。可愛いなんていままで言われた事なかったもの、それは嘘よ」

「いや、本当だよ!」


 男は思わず声を大きくした、女の子に対し面と向かって可愛いなんていままで言った事なかった男なのに。

 その時だけ、本当に可愛いと思ったから声に出てしまったのだ。

 少女は顔を赤くし、照れている。


「ダメ、次は私の番。そしてこれが最後の質問ね」

「うん、わかった」

「なんで泣いていたの?」


 そうだ泣いていた、男も忘れていたのだ。

 自分がさっきまで悲しくて悲しくて、誰もいないこの公園で泣こうとしていた事を。

 そして、それをこの少女に見られてしまった事も。


「そうだった、僕は泣いていたんだ。しかも君に見られちゃったんだよね」

「私は見てない」

「ありがとう、気を使ってくれて」


 少女のやさしさにか、さっきまでの悲しみが蘇ってなのか、男は再び目頭が熱くなるのを感じた。

 人前で泣くのさえ、ましてや女の子の前で泣くのはとても恥ずかしいと思っている男。

 そんな男が再び少女の前で涙を流したのだ。


 男は涙を拭い、青空を見ながら言った。

 少女は相変わらず本を見て、ページを捲る。


「実は今日さ、生まれて初めて告白したんだ」


 少女は特別な反応はしない、ただ聞いている。

 男も特別少女の顔は伺わない、ただ空を見ている。


「かなり勇気を振り絞ってさ、好きな子に一生懸命好きだと伝えたんだけど」


 少女は本のページを捲るのを途中で止めて聞き入った。


「振られちゃった」


 男はとても笑顔だ、さっきまでの悲しみが嘘のように。

 少女は止めた手を再び動かし、ページを捲る。


「ははっ、かっこ悪いよね。告白して振られただけでさ、男の癖に涙なんて流しちゃって」


 少女は突然本を閉じた。パタンと音がなるほどに。

 その本を膝に置き、少女は口を開く。


「いいと思うよ、泣きたければなけばいい。私なんて告白する勇気すらない、いや告白する相手がいないと言うのかしら」


 男は少女の顔を見た。

 さっきまで下を見ながら本を読んでいた彼女しか見ていなかったが、今の彼女は顔を上げている。

 やっぱり可愛かった、少女はとても可愛い顔をしていた。

 そして、青空を見つめている。


 ――でも、目を閉じている。


「それとさ、私何度も言ったけど見てないから」

「え?」

「あなたが泣いているとこなんて見てないから」

「でも、泣いてるのか聞いたよね」

「うん、声や音でわかったの」


 そして、彼女は立ち上がった。


 その時男はようやく理解した。さっきまでの少女の質問や答えについて。

 そして少女が見ていた本について。少女を見ていて感じていた違和感について。


 ――少女はまだ一度も目を開けていない。


「そう、私目が見えないの。驚いた?」


 男は間を置き答えた。


「驚いてないって言ったら嘘になるかも」


 こんな答えしか言えない、男はそれしか言えない。


「だからさ、安心してよ。あなたが泣いたのを見た人はいないから」


 そう言って少女は男の方に手を伸ばした、目を閉じながら。

 男の頭を撫でている、そうして青空を見上げた少女は言う。


「あなたはずっと私より強いよ、だから泣かないで。あなたが泣いていたら私がもっと弱い人間だと分かっちゃうから」




 ――その時だった。




 少女に異変が起きた。


 少女は目が見えない。

 そんな彼女が確かに見たのだ、何かを……。


「きゃっ……」


 突然目に手をやり座り込む少女。


「どうしたの? 大丈夫?」


 男には何が起こったのかわからない。

 少女にも何が起こったのかもわからない。


「み、み、見えた……ブランコ」

「えっ?」


 少女は生まれつき目が見えない。

 それは一瞬の出来事だった上に突然だった。

 でも少女にはわかる、あれがブランコだったと。


 少女は目が見えない代わりに、触ったものを形で捕らえるのに優れていた。

 だから以前にブランコに乗った事もあるし、この公園の遊具は何度も触って形を知っていた。

 そんな少女だからこそ、その一瞬の映像にこれがブランコだとわかったのだ。


「目が、目が痛い」

「大丈夫? それに見えたって……」


 男はどうする事もできなかった。

 さっき少女が目が見えないと知ってとても驚いていたのに、今度は見えたと言うのだから。


 少女は立ち上がり、小さな鞄から何かを出した。

 折りたたみ式の杖だった。

 少女はそれを振って伸ばす、そして公園の出口の方へと歩きだす。


「帰るの? そうだ名前教えてよ! 僕は蒼太、白石蒼太しらいしそうた!」


 少女は一瞬立ち止まり、小さな声で答えた。


「……橘紅美たちばなくみ


 そう言って少女は公園の出口へ再び歩き出す。


「また、またここに来てもいいかな?」


 男は大きな声で聞いた。


 少女は立ち止まることなく公園を出て行った。






 ――紅美は目が見えない。でもその日、確かにブランコをみた。


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