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ハンガー

作者: ケシゴム

 仕事が終わり、いつも通り帰宅すると、ハンガーに掛けてあった私のお気に入りのブラウスが床に落ちていた。それを見て、私は泥棒が入ったと思うほどの衝撃を受けた。だが実際は、ただ単にブラウスがハンガーからずり落ちただけだった。

 しかし一番のお気に入りが無惨にも転がっているのを見て、まるで嫌気がさして仕事を放棄したハンガーに憤りを持った。そして、お前のような奴には臭いものがお似合いだと、その怒りをぶつけるように奴に昨日洗濯した靴下と下着を乱暴にぶら下げた。

 ハンガーは私の怒りを察したのか、ブラブラと揺れながらも黙って汚れ物を受け入れていた。だがそれは、表面上に取り繕った偽りの姿だった……


 翌朝、目覚まし時計のがなり声で起床した私は、トイレに向かう際にあり得ない物を目にする。それは、昨日は素直に罰を受け入れていたはずのハンガーが、反抗するように私の下着と靴下を床にぶちまけていた事だ。

 これにはさすがの私も苛立ちを隠しきれなかった。ハンガーは衣類を汚さないようにするのが役目なのに、こいつは私の大切なブラウスを放棄しただけでなく、あろうことか罰として与えた下着と靴下まで放棄した。これは既に反抗の域を超え、もはや謀反だ。このような卑劣な行為は、本来なら即刻ぐにゃぐにゃに曲げ極刑に処すべきだ。

 だが私も長年付き従えてくれたというにも関わらず、何一つ恩を返していないという思いから、一時の猶予を与える事にした。

 そんな甘さがどんどんハンガーを横暴な態度に変化させる。


 その日の夜、帰宅した私は就寝までの一時を穏やかに過ごしていた。すると突然、誰もいないはずのリビングから物音が鳴り響いた。私は独り身で、恋人もいない。これには一瞬驚かされ、恐る恐る確認すると、まさかのあいつが拾ってくれと言わんばかりに大の字になって寝そべっていた。

 驚かされた事と、ぶら下がっていることさえ不服なのか、殿様の気まぐれのような態度には本当に腹が立つ。今日こそは怒っていると示すため、私はハンガーを拾い上げ、口頭で注意した。


「なんであんたは言うことを聞かないの! いい加減にしないと怒るわよ!」


 しかし誰かを叱ることには慣れていない私の言葉では、彼の心境に変化は無いのか、無言でコチラを睨むだけ。


「もういい! そんなに壁にぶら下がっているのさえ嫌なら、あんたなんか冷蔵庫に入れてあげる!」


 ゴミとして廃棄するだけでは気が治まらず、あえてハンガーとして扱わない事が最高の侮辱だと思った。何より、寒く暗い冷蔵庫は罪を犯した物にとってはこの上ない監獄だ。それでもさすがにそれは残酷だと思い留まったが、全く反省する様子が見られない彼は、その日冷蔵庫の中で一夜を過ごすことになった。

 

 翌日目覚めると、私はいの一番に彼を冷蔵庫から出した。彼は長時間冷やされカチンコチンになっていた。私はすぐに彼を抱え、言った。


「どう? 反省した? 今度また悪い事をしたら冷蔵庫に入れるからね」


 冷蔵庫という恐ろしい監獄で一夜を過ごした彼は、不安と恐怖でとても辛い思いをした。それだけで十分な罰を受けた彼に、これ以上辛辣な言葉を投げかける事は出来なかった。

 私は彼に休養を与える為バスタオルの上に寝かせ、仕事へと出た。


 ――数日が経つと彼の傷も大分癒え、本来の輝きを取り戻した。それを見て、もう大丈夫だと思い私は彼に仕事を与える事にした。


 この数日、私は彼、いや、彼らの心情を察しようと様々な観点から考察を繰り返した。彼が危険を冒してまで私に対して不服を申し立てるには、必ず訳があるからだ。もしかしたら彼は、不満を抱えるハンガー達の代表として名乗り出たのかもしれない。

 そう思うと、私も真剣に向き合わなければならないのだと、改めさせられた。


 常にハンガーに洗濯物を掛けっ放しにはしていないか。全てのハンガーに平等に休養を与えてはいるか。一つのハンガーばかりに重い物を任せてはいないか。 

 普段は気にも留めないハンガー達だったが、彼のお陰で彼らは常に私に貢献している事を教えられた。それはまるで私達人間となんら変わりは無かった。

 一人一人が与えられた任務を遂行しようと死力を尽くし、洗濯物を乾かす。しかし全力を尽くすが故、不平不満が生まれる。

 

 私はそんな事も考えないで、洗濯が終わると適当にハンガーを手に取り干していた。当然そんなやり方では常に下着や靴下を預けられる“者”や、私が大事にしている綺麗な衣服を与えられる“者”が現れてしまう。それは差別だ!

 私だって職場には不満がある。残業をしない者や雑用をしない者。そういう人間関係から就労規則や社風を謳う会社へも不満がある。それと同じではないか。

 そんな事すらも気付かず、ただ私のお気に入りを投げ出したハンガーに憤りを抱いた自分を恥じた。

 

 今度は私が変わらなければならない!


 その日、私は初めてハンガー達を風呂に入れた。それ以降家でハンガーが勝手に落ちたり洗濯物を落としたりするような事は無くなった。それはハンガー達の不満が解消された合図なのかは分からない。だけど、以前よりは洗濯物の乾きが良くなった気がする。

 そしてさらに変わったのは、ハンガー達に任せる衣類の中に、男性用の物が加わるようになった事だ。


 


 意味分からん! ケシゴムの感性が分からん!

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