9:常識。
2019/6/14
ハーメルンのアカウントが乗っ取られたので、データ保護の為に削除&退会してきました。
またアカウントを乗っ取られても困るので、ハーメルンには戻りません。
問九:魔法って何ですか?
――この世界は、かつて、邪悪な竜が統べていた。
竜の吐息は毒となり、ヒトからも魔物からも、どころか万物の尽くからも命を奪い取り。
一度羽ばたけば雷雲が生まれ、只の一吼えは地を揺らし。
竜の眼は世界を見渡し刺し貫き、立ち塞がる全てのモノの心を見通したという。
だから魔物は、邪悪な竜に従うことを選んだ。
ただ、生きるために選び取った。
だけどヒトは、邪悪な竜に抗うことを選んだ。
魔物同様に、生きるために選び取った。
肉体的な、死を恐れて。
精神的な、死を恐れて。
竜に従うことを選んだ魔物は、心を失う代わりに強靭な肉体を手に入れた。
竜の手足となるべく、竜に従うだけの邪悪な存在へと成り果てた。
竜に抗うことを選んだヒトは、竜の力に挫けぬ強き心を育んだ。
強大な力に決して屈さぬ、邪悪に立ち向かう勇気を心に刻み込んだ。
だからこそ、魔物は強く恐ろしい。
故にこそ、魔物に心は存在しない。
だからこそ、ヒトは弱くも逞しい。
故にこそ、ヒトの心は強く輝く。
しかして、如何に心が強くとも、ヒトでは竜には打ち勝てず。
それでもヒトは、幾度も竜へと抗い続け。
――『精霊』が現れたのは、そんな時であった。
精霊は、竜に抗うための力をヒトに授けた。
強き心に相応しい、思いを形に変える術を分け与えた。
何故なら精霊は、強き意志が形を成した存在であり。
多くの強き心に呼応し、この世に生まれた新たな理であり。
かくしてヒトは、精霊と共に竜を打ち倒す。
新たな理をもって、旧き支配から解き放たれる。
故にヒトは、今も精霊への感謝を忘れない。
今を創りし精霊へ、永遠の感謝を捧げ続ける。
故に魔物は、今もヒトを襲い続ける。
失った心を探し求めて、ヒトから心を、命を奪う。
竜が打ち倒されてから、何千年が経とうとも。
どちらかが滅び去る、その時まで。
――これが、我らの生きる世界。
――ヒトと魔物が争い続ける、『アルティラ』の真実である。
「――――って感じなんだけど、ティノくん……わかった?」
そうリズさんに聞かれた僕は、ちょっとだけ困った表情をしながら頷いて。
所々意味がわかんなかったから、「むぅっ」って感じに眉間にシワを寄せてみて。
「えーっと、『なんとなくはわかったよ』……ってことで良いのかな?」
もう一度、今度は困った感じに聞かれた僕は、笑顔を浮かべて二度頷いて。
言いたい事を分かってくれたから、『ありがとう』の意味を込めてお辞儀もしてみて。
――さて。時間はちょっとばかし進んで、僕が目を覚ましてから一週間が過ぎた頃。
初めて『こっち』の街中……『トルイドの町』の『聖剣広場』って場所を見て回った僕は、あれから毎日、こっちの事についてを色々と教えてもらっていた。と言うか、今もみっちり教えてもらっている最中だったりする。
それこそ、食べ物の名前とか色んな道具の名前とか、そういう日常に必要なこととか。さっき聞かせてもらったこっちの昔話とか、簡単な計算とか、そんなのをね。……まあ、うん。相変わらずに声が出ないままだから、結構不便だけど。つーか、聞きたいことを上手く聞けないから、毎日微妙な気分にもなっちゃうけどさ。
でもさ、確かに声が出ないのは不便だけど、お勉強自体は順調で。
僕の表情がわかりやすいのか何なのかはわかんないけど、リズさんとアクセルさんは、お勉強の途中で僕が疑問を抱いた時に、何をしなくても僕の聞きたいことを察してくれる。それこそ、言葉が難しくて困ってる時は「ちょっと難しかった?」って聞いてきてくれて、そうして僕にもわかる言葉に言い直しながら、どころかわかりやすい例え話までしてくれるんだ。……まるで、そう。あっちで学校の先生がやってくれてた、授業みたいな感じで。ううん、お兄ちゃんやお姉ちゃんが、弟や妹に勉強を教えてるって感じの雰囲気でって言うべきかも。
まあ、僕には兄弟が居ないから、ホントはよくわかんないけど。
それでも、僕にお兄ちゃんやお姉ちゃんが居たならこんな感じなのかなって、そう思う。
――……えっと、うん。それがとっても嬉しくて、ちょっぴり恥ずかしくもあるんだけどさ。
「それじゃあティノくん、ちょっと考えてみよっか」
――っとと、そうだった。今は『お勉強』中なんだった。
さっきも言った通りに、現在僕は、トルイドの宿屋の中で、用事のあるらしいアクセルさんとではなく、リズさんと一緒にお勉強をしている最中だ。んで、今日はこっちの世界の歴史……と言うか昔話を聞かせてもらったわけなんだけど、うん。
椅子に座った僕の前で、リズさんは人差し指を立てながらにっこりと微笑んで。
それから、すごく優しい声でお勉強の続きをはじめてくれて。
「さっき私が話したとおり、この世界……アルティラはずぅっと昔、とっても悪い竜によって支配されていました。そして、そんな竜の支配を打ち破る為に精霊様が私達に力を与えてくれて、今のアルティラがある、ってわけなんだけど。
ねぇ、ティノくん。精霊様が私達に与えてくれた『力』って、なんだと思う?」
そう言うリズさんは、真っ直ぐに僕の目を見てきて。
優しい目をしたまま、「ちゃんと考えてみてごらん?」って言ってきて。
――って、言われても、僕、なんにもわかんないんだけど……?
リズさんには悪いけど、「考えて」って言われたところでこっちの事を知らない僕じゃあ考えようにもどうしようもない。いや、確かにこの一週間で食べ物とか道具の名前は教えてもらったけどさ。だからって、この世界の人が『せーれー』とか言う奴にもらった『力』がなんなのかなんて……ん、あれ、でも、うーん?
そういや、リズさん、ついさっき「思いを形に」とかなんとか言ってなかったっけ?
妙にわかりにくい言い回しだったけど、うん。さっきこの世界の昔話をしてくれていた時に、そんなことを言ってた気がする。あんまり暗記が得意じゃない僕だけど、リズさんは確かにそんな事を言ってた、と、思う。……自信とか、全然ないけど。正直、なんとなくしか覚えてないけど。
だけど……多分間違いない。『思いを形に変える術』って、そう言っていたハズだ! ……けど、うーん。
――結局、『せーれー』がくれた力って、何?
一応答えみたいなモノには気が付いたけどさ、やっぱり僕にはよくわかんないよ。
こんな少ない情報じゃあ、考えようにもどうしたら良いのかわかんないよ。
そう思った僕は、だから眉間にシワを寄せて、そうして「わかんない」って言おうとして。
でも、僕の口はパクパクと動くだけで、何の声も出てこなくって。
「……えっと、ごめんねティノくん。私、何か気に障ること、言っちゃったみたいだね」
そういうリズさんは、とても申し訳ないって表情をしてて。
どう見ても、僕に謝っているようにしか見えなくて。
――って、もしかしてこれっ、勘違いされちゃってる!?
僕の行動の何を見てそう思ったのかはわかんないけど、うんっ。
多分だけど、リズさんは僕が怒ってるって思っちゃったみたいだ。
けど、リズさんを誤解させちゃった事に気付いた僕は、だけどもどうしたら良いのかわからなくなっちゃった。
だから口をパクパクさせながら、手を上下に振って慌てる事しか出来なくなってしまって。
けれど、突然おかしな行動をしだした僕を見て、リズさんは目を丸くして。
「…………ぷっ、あはははっ、ティノくん、意味わかんない……っ!!」
――なっ、ちょっ、わ、笑わなくたっていいじゃんかっ!!
リズさんに笑われちゃったからか、僕は、自分のほっぺたがものすごい勢いで熱くなっていくのを理解する。どころか耳まで熱くなっちゃって、恥ずかしさやら何やらで心臓がすんごくバクバクしちゃってるのも自覚する。……って言うか、うん。
慌てたからって、なんで僕、口をパクパクしながら手を振ってんのさ!?
急にこんなことしだしても、察してくれるわけ無いよねっ!?
ホントに意味わかんないよねっ!!
そりゃ、リズさんだって笑うしか出来ないよねっ!!
――あぁっ、もうっ……僕のバカッ!! こんなんだから、先生にも笑われながら「落ち着こうね」とか言われちゃうんだよぅっ!!
なんて思う僕は、涙目になりながら俯いて。
拳をぎゅっと握りしめて、必死に恥ずかしさに耐えて。
「ご、ごめんねティノくん。私、てっきりティノくんを怒らせたのかと思って、なのに、急に変な踊りを踊り出したから、つい……っ、あははっ」
――な、なら、笑うのやめてよ……っ、うぅぅ……!!
謝ってくれてるくせに笑うのを止めないリズさんを睨んでみるけど、リズさんは申し訳なさそうにするくせに、やっぱり笑うのをやめてはくれない。ううん、「ホントにごめん!」とかなんとか言ってるから、多分笑うのを止めようとはしてくれているんだろう。……ただ単に、笑いがこらえきれないだけで。この一週間で、リズさんが真面目な人なんだってことは、僕にも理解が出来てるし。だから、わざと笑ってるんじゃないってことくらいはわかったよ。
でもさ、だからって、笑われたら僕だって流石に嫌な気分になる。
嫌な気分になるからこそ、拗ねたくもなってくる。
――だって僕にも、プライドってのがあるんだもん。笑われたら嫌なんだもんっ。
なんて思う僕は、ほっぺたを膨らませながらジロッとリズさんを睨んでみて。
そんな僕を見たリズさんは、少し笑いが落ち着いたのか、困ったような顔をしながら「笑ってごめんね?」って言ってきて。
あくまでも僕の勘だけど、真っ直ぐに僕を見るリズさんは、きっと嘘は言っていないのだろう。いいや、真剣な目をしてるのがわかるから、きっと本気で「悪かった」って思ってるんだろう事は僕にもわかった。……別に頭が良いってわけじゃあないけど、僕だってバカじゃないし。いや、慌てて変な行動をしてる時点でアレだけど、それでも僕、いわゆる『どんかん』じゃあないもん。
お父さん達も、僕を『てんねん』としか言わなかったし。
「ちょっと抜けてるだけだ」って、いつもそう言ってたし。
でも、だからこそ僕は、また自分を恥ずかしいって思ってしまう。ううん、真剣なリズさんの目を見て、おまけに恥ずかしさを誤魔化す為だけにリズさんを睨んじゃった自分が情けなく思えて、胸がきゅっと苦しくなってしまうんだ。……だって、ホントならリズさんが謝る必要なんてないし。って言うか、リズさんは僕なんかのためにお勉強をしてくれてるのに、なのに偉そうな態度をとっちゃったから申し訳ないって言うか、うぅ……。
「……なるほどね。アクセルが世話を焼きたくなるの、少しだけわかったかも」
――……え?
「なんでもないよ、ちょっと考え事をしちゃっただけだから」
――……えっと、うーんと、あー、うん?
なんて、頭の中が疑問だらけになった僕には、キョトンとリズさんを見るしか出来なくて。
そんな僕を見たからか、リズさんは優しく僕の頭を撫でてくれて。
「えっと、話が脱線しちゃったから、元に戻すね?」
そう言うリズさんは、一度コホンと咳払いをする。
それから真面目な顔をして、また人差し指を立てて口を開き。
「精霊様がこの世界に現れるまで、私達ヒトはとても弱い生き物でした。
それこそ、知恵はあるけど身体は脆く……えっと、道具を作ったり物事を考えるのは得意だけど、魔物みたいにどんな場所でも生きていけるわけじゃなくて。単純な力じゃあ絶対に魔物に勝てないのが、当時のヒトだったの。
わかりやすい言い方をすると、『勉強は出来るけど運動は苦手』……みたいな感じかな」
――あー……うん。それなら、僕にもなんとなくわかったかも。
「けどね、精霊様が現れたときに、ヒトは弱さを克服しちゃったの。さっきの例えで言うと、苦手だった運動も得意になっちゃったのよ。……精霊様が与えてくれた力のお陰でね」
――なるほど。つまり、えっと、『運動を得意にしちゃう力』が『せーれー様のくれた力』……ってことか。
けど、うーん……どうやったらそんなことが出来るの?
ゲームみたいに、レベルアップしたとかそんな感じ?
そんなことを思う僕は、だから困ってるってわかるような表情をしながらリズさんをじぃっと見る。
だからか、リズさんは「ふふっ」って小さく笑いながら、立ててた人差し指をゆっくりと、クルクルと円を描くように回しはじめて。
――って言うか、あれ、えっ、なんかリズさんの指先、光ってない……?
見ると、リズさんが指を回した後をなぞるように、薄ぼんやりとした青い光が帯のようについていっている。と言うか、こう、リズさんの指先が青白くぼやっと光ってて、だから指を回すと帯みたいに見えるって言うか。……いや、でも、よく見たら、指先が光ってるって言うより光が滲んで出て来てるみたいに見えるし。つーか、指を回すほどに光が強くなってるんだけど……?
なんて思うから、僕はちょっとだけ、この光を怖いって思って。
でも、怖いけど綺麗だとも思うから、この光から目を逸らすことが出来なくて。
「……『精霊とは、魔力を媒介に顕現する意識生命体である』」
――へ?
「簡単に言うとさ、精霊様の体は『魔力』で出来ているの。そして、精霊様が初めてこの世界に現れた時に、ヒトは精霊様と会話する力を……魔力を操る術を授かった、って言われているんだよ」
そういうリズさんは、クルクル回していた指を止めて。
すると、指先から出ていた青い光がリズさんの指の上で丸い玉の形になり。
「精霊様の姿は、普段は見ることができないわ。姿を形作るのにはたくさんの魔力が必要だし、そもそも精霊様の力は大きすぎるからね。……『火の精霊が姿を現したとき、その一帯は焦土と化した』なんて言い伝えがあるくらいだし、多分、よっぽどの事がない限り姿を見せないんだと思う。
けどね、姿は見えないけど、精霊様はいつも私達を見守ってくれているの。
だから、私達が精霊様に呼びかければいつでも力を貸してくれる。傷を癒したり、寒さを和らげたり……時には魔物を追い払う力を、闘うための力を貸してくれるんだ。……『魔法』っていう、目に見える形でね。
さっきの例えで言うなら、魔法は『身体能力を上げたり、それ以外にもたくさんの事を出来るようにする力』ってことになるのかな。本当に、魔法で出来ることはたくさんあるからね」
そう言い切るリズさんの指先には、いつの間にか、サッカーボールくらいの水の玉が浮いていた。
けど、リズさんが指を一振りすると、水の玉は「ぱしゃん」って音を立てて弾け、そのまま光になって消えちゃって。
「さて、話をもとに戻すけど。
ずぅっと昔、精霊様から魔法を授かった私達ヒトは、精霊様と共に悪い竜をこらしめた後、魔法の力を使って様々な技術を発展させてきました。……例えば、そうね。
この部屋の灯りや、浴場の設備にももちろん魔法が使われているし、食べ物……果物や野菜を育てるためにも魔法が使われているわ。……多分だけど、魔法の使われていない物の方が少ないんじゃないかしら? この建物も魔法で建てられているし、今もほら、ああやって魔力が流れているのが見えるでしょう?」
そう言うと、リズさんは天井に浮いている灯りの方を見て。
つられて僕も天井を見ると、灯りに向かって青白い光が集まるのが見えて。
「この世界にとって、魔法は在って当たり前のもの。そして、私達ヒトに魔法を与えてくれた精霊様は、どんな存在よりも尊く偉大なもの。……ティノくんがどんな場所で過ごしてきたのかはわからないけど、この世界では、これが『常識』なの」
「だから、少しずつでいいから慣れていってね」……なんて言葉を付け加えて、リズさんは一度言葉を区切って。
それから、天井を見ていた僕の手を握って、真剣な表情を僕へと向けてもきて。
けど、僕はちょっとだけ怖くなって、だから、リズさんから距離を取ろうとしてしまって。
「……怖がらせてしまって、ごめんなさい。
私達にとっては当たり前のことでも、君にとっては当たり前じゃあ無いんだよね。……酷い言い方をするけど、私には、君の気持ちがわからないから。だから私、君がこの世界をどう思ってるのか、この世界の事を知ってどう思うのか、全く想像もつかないの。
私は、この世界のことしか知らないから。君の居た世界のことを、何も知らないから」
――……知らない、から?
「けどさ、だからこそ、君には色んな事を知っていって欲しいって思う。この世界の事を知って、そうして今度は、君の事を教えて欲しいって、そう思う。……君が、元の世界に帰るためにも。これから君が、この世界で生きていくためにもね」
「急にこんな話をして、ごめんなさい」……そう言って、リズさんは話すのを止めた。
「今日はここまでにしましょう」って言って、最後にまた、優しく頭を撫でてもくれた。
それから、リズさんは部屋の外に出ていって。
取り残された僕は、また部屋の灯りをじぃっと見て。
――……色んな事を知る、かぁ。
難しい事はわかんないけど、でも、それでもリズさんが何を言いたかったのかは、わかったような気がする。ううん、僕自身も思ってることだったから、ちゃんと分かれたと思う。……何度も言うけど、僕はバカじゃあないし。だから、これからの為にも色んな事を知っていかなきゃならないって、ちゃんと理解も出来てるし。
けど、『だから』思うんだ。
改めて言われたから、考えちゃうんだ。
このままこっちの事を知っていったら、僕はどうなってしまうんだろうって。
あっちとは違いすぎるこっちを知っていって、僕は僕のままでいられるのかなって。
だって、言葉にするのが難しいけど、僕は、それがすごく怖いって思うし。
こっちの事を知って、こっちの世界に慣れてしまう事が……とっても怖いって思ってるし。
僕にもよくわかんないけど、僕が僕じゃなくなる気がするから。
あっちに居たときの僕と、違う人間になっちゃう気がしちゃうから。
だからホントは、知りたくなくて。
でも、知らなきゃダメだって、そうも思ってて。
――僕は、元の僕のままでいられるのかな……?
そう考える僕は、胸の前で手をぎゅっと握って。
小さく溜め息を吐き出した。




