8:プロローグのおしまいに。
――うぅ……なんか、すごく眠たいぃ……。
そう思う僕は、誰に遠慮するでもなく盛大にアクビをして。
目に涙を溜めながら、勝手に瞼が落ちてくる両目をこすって。
トルイドの街中の探索……というより散策を無事に終わらせ部屋に戻って来た僕は、現在、服も着替えずベッドへとうつ伏せに倒れ込んでいた。と言うか、うん……はっきり言って、僕は今、ものすごく眠かったりする。つーか、柔らかい枕に顔面を突っ伏したせいか、一瞬で夢の世界に旅立てそうな気さえしてるんだ。
いや、だって、浴場の掃除はいろんな意味で大変だったし。
街中はすんごかったから、こう、すっげぇ興奮もしちゃってたし。
それに、アクセルさんが言ってたお店のパスタ……みたいな料理も、ホントに美味しかったし?
だから、こう……満腹になったのと、急に疲れが出てきちゃったから眠くなったって言うか、なんて言うかさぁ……。
それにさ、今さらだけど、僕が目を覚ましたのって昨日の夜なんだよね。んで、今日ももう夜になっちゃってるから、僕が目を覚ましてから、もうとっくに二十四時間くらい経っちゃってるんだよね。……となれば、うん。
普通に考えれば、そりゃ眠たくもなるか。だって僕、今まで生きてきてこんなに長い時間起きてたこと、一度もなかったし。つーか、夜更かしするとお父さん達にものすっごく怒られるから、毎日八時間以上寝てたわけだし。
――だから、眠くなるのも仕方ないんだぁい……ふぁぁ……っ…………。
そう思う僕は、だからまた大きく口を開けアクビをして。
倒れ込んだベッドの上で、トロンとした眼のままごろんと仰向けになって。
「ははっ、ティノも流石に疲れたか」
隣のベッドに腰掛けながら話しかけて来たアクセルさんをチラリと見れば、案の定、アクセルさんは困ったように笑いながら僕を見ていた。と言うか、生温い眼で僕を見ながら「一晩中眠れなかったみてーだしな」とか呟いてて、ぶっちゃけ、保護者っぽい雰囲気に満ち溢れていた。……まるで、そう、文字通りにお父さんって雰囲気を出しながら。むしろ、若干お祖父ちゃんみたいなほのぼの系の空気を出しながらだ。
だから僕は、心の中で『やっぱりお父さんみたいだなぁ』って呟いて。
アクセルさんの見た目が若いから、妙な違和感を持っちゃって。
――えっと、こう言うのを、若年寄って言うんだっけ……?
「……ん、どうしたティノ? オレ、なんか変なこと言ったか?」
僕の浮かべた表情から何かを察したのか、アクセルさんはキョトンとした顔で僕へ話しかけてきたけど、僕は黙って首を横に振った。そんな僕に向かって、アクセルさんは更に不思議そうな顔をするわけだけど……うん。
生憎と言うべきか、僕には声を出すことが出来ないわけで。
だからこそ、返答がちゃんと出来ないわけで。
けど、僕がそんな事を思ってる事を知ることが出来ないアクセルさんは、ただただキョトンとした顔を僕へと向けてくるばかり。つーか、声を出せない僕がじぃーっとアクセルさんを見るのは仕方ないけどさ、なんでアクセルさんまで特に何かを言うでもなく僕をじぃーっと見てるんだよ。ってか、なんで僕はアクセルさんと見つめ合ってんだよ、意味わかんないじゃん。
そんなことを思ったから、僕はアクセルさんを見るのを止め。
ゴロンと寝返りを打って、このまま眠っちゃおうって考えて、目を閉じて。
「……なんだ、単に眠かっただけか」
アクセルさんはそう言うと、軽く息を吐き。
そのまま、小さく「しゃーねぇな」って呟いて。
「おいティノ、眠るなら服くらい着替えろよな。そのまま寝ちまったら、またリズに怒られるんだぞ? ……主にオレがな! はっはっはー!」
――……いや、なんで笑ってんの?
予想外すぎる言葉に思わずツッコミを入れてしまったが、うん。急にわざとらしく笑い始めたアクセルさんを見てみれば、アクセルさんはイタズラっぽい笑顔で僕を見ていた。いいや、確かにイタズラっぽい笑顔なんだけど、目はお父さんが僕を見守るときとおんなじ温かいヤツで。だから、こう、なんて言うか……見た目や話し方がお兄ちゃんみたいなのに、妙におっさんっぽい、って言えば良いのかな? それか、子供っぽいくせに大人っぽい雰囲気がある感じ、って言えば良いのかな。……僕にも、よくわかんないけど。
だからやっぱり、僕は違和感を持ってしまう。
嫌いではないけど、こう、見た目と行動がチグハグだから変に感じてしまう。
――まあ、うん……嫌いじゃないから、別に良いんだけど。でも、だから気になる、って言うか……むぅ。
そんなことを思って、僕はまたアクセルさんをじぃっと見て。
そうしたら、アクセルさんは疲れた感じに「はぁ……」ってため息を吐き出して。
「なぁ、ティノ。ティノが疲れてんのはオレにも充分わかったからさ。だから……っつーのも変だけど、ちゃんと服、着替えようぜ。
リズに怒られるってのもあるけど、ほら、外に出て汚れちまったカッコのまんまじゃしっかり休めねぇだろ? 確かにリキューパのおかげで元気にはなってっけど、朝には浴場の掃除もやったし、昼間は街中も歩き回ったんだ。だから、な? ちゃーんと着替えてから休もうぜ?」
僕の視線を『着替えるのが面倒だ』みたいな意思表示と思ったのか、アクセルさんは僕へ言い聞かせるように声をかけてきた。そして、「ほら、服もおばちゃんが綺麗に洗ってくれてるしよ!」なんて言って僕の服を持ってきてもくれた。……そう、僕が『こっち』へ来ちゃった時に着てた、僕の服を。『あっち』でお父さんとお母さんと一緒に選んで買った、僕のお気に入りの服を、だ。
だから僕は、胸が少しだけきゅっとなって。
思い出の詰まった服を見たから、またお父さん達の事を考えてしまって。
――……お父さん達、絶対心配してるよなぁ。
お父さん達は優しいから、きっと今も僕を探してくれているんだろう。
僕が泣いてないか、僕が怖がっていないか、きっといっぱい心配してくれているんだろう。
お父さんもお母さんも、僕が風邪を引くとおろおろしちゃってたし。
おろおろするくせに、ちゃあんと看病とかやってくれてたし。
だから多分、お父さん達は心配しているはずだ。
急に居なくなっちゃった僕を、おろおろしながら探してくれてるんだ。
だから、早く帰らなきゃって思うけど。
だから、お父さん達に会いたいって、そうも思うけど。
でも、『お昼のこと』があるから、僕にはどうすべきかがわかんなくて。
会うためにはどうしたら良いのかが、なんにも考え付かなくて。
――僕、これから……どうしよう…………?
そんな事を考える僕には、だからアクセルさんから渡された服を、ぎゅぅっと抱き締めるしか出来なかった。
何も考え付かない僕には、そうすることしか出来なかった。
問八:不穏な気配、ですね。
「……なんでコイツが、こんな目に遭わなきゃならねーんだよ」
青年、アクセル・バーティは、ようやく眠りについた少年を見ながら、拳を強く握りしめていた。否、正しく言えば、本当の名前がわからないから『ティノ』と呼ぶことにした少年の事を、アクセルと同じで『珍しい髪色』の少年の境遇についてを考え、静かに憤っていた。……そう、見るからに幼い子供が、どうしてこんな目に遭わなければならないのかと。何故自分には、この子供を助けることが出来ないのかと、そう考えて。
「……無理させて、ごめんな」
そう言うアクセルは、優しく少年の頭を撫でてやり。
それから、少年の目尻に溜まった涙を指で拭ってもやり。
アクセルに触られたからか、少年……ティノは小さく身じろぎ寝返りを打つ。が、寝心地が良くないと感じたのか直ぐにまた寝返りを打ち、今度は落ち着いたのか穏やかな寝息をたて始める。……その姿は、誰がどうみても普通の子供と同じであり。昼間と違って眉間にシワを寄せていないからこそ、誰もが安心していると理解できるものでもあって。
ティノの表情を見たアクセルは、だから小さく笑みを浮かべた。
けれども直ぐに、アクセルの表情は真剣なものへと変化する。
「…………大丈夫だ。オレが、絶対になんとかしてやっからな」
そう呟くアクセルの声は、小さくも非常に力強いモノで。
アクセルの目もまた、決意のこもった真剣なモノとなっていて。
――アクセルが、何故ティノの事をここまで気にかけるのか。その理由は……単純に言って同情だ。
アクセル自身、自分の中にある感情が憐れみに近い同情である事に気が付いてはいる。というより、生来お人好しな性格のアクセルは自身のことをしっかりと理解しているし、だから怯えたり泣いたりしていたティノに情が移ったのだと、そう考え至ることも直ぐに出来てはいたのだ。……アクセルは単純ではあるが、底抜けのバカではないのだから。だからちゃんと、理解は出来ているのである。
けれど、それでもアクセルは、ティノの事を気にかける。
ティノが過去の自分に『似すぎている』からこそ、同情する心を抑えられないでいた。
――だから今も、悔しいとわかる表情を浮かべ。何をするでもなく、「ごめんな」と言葉を吐いて。
「アクセル……ティノくん、もう寝ちゃった?」
「ん……ああ。流石に疲れちまったみたいだぜ」
音を立てないよう静かに入ってきた少女……リズに対して、アクセルは普段通りの声音で返事をした。その表情は先程までとは違い、これまた声音同様に普段の優しげな笑顔と言えるものに変化していた。……だからかリズはアクセルに何を言うでもなく近寄り、アクセル同様にティノの寝顔を見て。ティノが穏やかな表情を浮かべているのを見て、「良かった」と安堵の表情を浮かべて。
「……寝る直前まで、また泣いてたんだ。多分、オレが服を渡したせいだと思う」
「……」
「オレ、せめて寝るときくらいは、って思って渡したんだけど……失敗だったかな」
己自身を責めるアクセルの言葉に対して、リズはあえて何も返事をしなかった。返事をしないままにティノの頬を優しく撫で、そうして少しずれていた毛布をかけ直してから、近くの椅子へと腰掛けた。……少しだけ、咎めるような視線をアクセルへと向けながら。否、冷ややかなと言うべき、鋭い目付きをしながらだ。
けれど、アクセルはそんなリズに、見向きもせず。
最初と変わらず、ティノへと複雑な表情を向けたままで。
「……最初にも言ったけれど、私はこの子を連れて行くのは反対です。『貴方』が何を考えているのかわからなくはないけれど、でも、だからこそ反対だと言わせていただきます」
「リズ……」
「……私だって、本音は『アクセル』と一緒よ。こんなところで、無責任に放っていくなんてしたくない。助けた以上、最後まで面倒をみるべきだって思ってる。
けれど、だからって連れていってどうするの?
いつどこで何が起こるかなんて誰にもわからないし、そもそもこの子は……『この世界』の事を何も知らない。そんな状況で旅をするなんて危険すぎるし、何より私には果たすべき大事な使命があるの。……どうして私が貴方を雇っているのか、まさか忘れたわけじゃ無いのでしょう?」
そう問いかけるリズに対し、アクセルは視線を向けて。
けれどもアクセルは、リズへ決意のこもったような表情を浮かべて見せて。
「はぁ……全くもう。
貴方がそういう人である事を理解して雇いはしましたが、ここまで強情とは思いませんでした。……こんな事になるのなら、しっかりと契約内容を考えるべきでしたね。大失敗です」
「悪いな、リズ」
「そう思うのなら、こんな我儘は二度と言わないでくださいね? それと、約束通りにこの子についての責任は貴方が全て負ってください。……私も出来る限り協力はしますが、私にも立場というものがあります。私と下手に関われば、困るのはこの子である事を忘れないでください。
くれぐれも…………一時の感情に流され無いように。それが、貴方とこの子の為なのですから」
「ああ、わかってる。……気を遣わせちまってごめん」
「はぁ……ああ、それと、これは一人言ですが。……どうやらこの子は、すでに目を付けられてしまっているみたいですよ。あまり、目立つような事はしない方が良いでしょうね」
リズは小声でそう言い椅子から立ち上がると、小さく礼をしてから部屋を後にした。そうして、リズを無言で見送ったアクセルはと言えば、再び視線をティノの方へと向け。……最初と変わらず穏やかな寝顔を浮かべるティノへと、優しい笑顔を向けつつ頭をまた撫でてやり。
「……心配すんな。全部、全部全部、オレがなんとかするから。だから、お前は泣かなくて良いんだ」
アクセルの言葉へ応えるように、ティノは小さく笑顔を浮かべた。美味しいものを食べる夢でも見ているのか、モゴモゴと口を動かしもする。……そうして、寝ながらまたはにかむような笑顔を見せて。完全に寝ているからこそ、これが本来のティノの表情なのだと、アクセルはそう思い。
「……大丈夫。絶対に、元の世界に返してやるからな」
そう言うアクセルの声は、やはり力強いもので。
しかしてその声は、誰に届く事もなく。
――そうして、静かに夜は更けていく。
反転:プロローグのおしまいに。
「――ィノ、ティノ」
――……んむ、みゅ……ほぇ……?
ユサユサと揺さぶられることで、僕は目を覚まし。
でも、重い瞼のせいで、目の前がぼやっとしちゃってて。
――なんなの……いったい…………。
「……、っ……?」
何が起きたのかを知りたくて口を動かした僕だけど、でも、うん。
いつものノリで喋ろうとしたけど、やっぱり声は出なかった。と言うか、寝ぼけてて一瞬忘れちゃってたけど、そういや僕、なんでか声が出せなくなっちゃってたんだよな。……昨日のお昼に『一晩経てば治るかも』なんてアクセルさん達は言ってたけど、まあ、そんな簡単に声が出るようにはならないか。そもそも、声が出せなくなった理由もわかんないし。
なんて考えながら、僕はゆっくりと身体を起こして。
そうしてから、声をかけてきた人……アクセルさんへと顔を向けて。
「ん、ちゃんと眠れたみてーだな。……どうだ、ティノ。調子は悪くないか?」
その問いに対して、僕は首を縦に振る。
「そっか。……あれ? 今日は寝癖、全然ついてねーんだな」
そう言われた僕は、不思議に思いながら自分の髪の毛を触ってみて。
そうしたら、全然寝癖がついていなくって。
――って、あれ。なんで寝癖、ついてないんだろう? いつもはすごいのに。
「……んー、まあ、気にしなくても良いんじゃねーか? オレとしては、面白いからあのすげぇ寝癖、もう一回見たいけどな!」
――……うわぁ、酷い。そう言うのって、思ってても口に出しちゃダメなやつじゃん。
昨日同様に優しい笑顔を浮かべてはいるけれど、言ってる事は結構な内容である。だから僕は、心の中でアクセルさんへの評価を下げてみるわけだが、うん。……いや、そりゃあ僕だってこの人がお節介なのは、昨日一日でしっかりハッキリ理解出来たけどさ。でも、やっぱりデリカシーがないのは良くないよね。
まあ、そう言うところが『アクセルさんらしさ』なのかもだけど。
こういう人だったから、僕も気を許せたわけなんだけど。
――でも、どうせなら、もっと格好いい人の方が良かったなぁ、なんて。
「……おいティノ。なんでそんな、残念そうな目でオレを見てんだよ?」
――っとと、まずい。
声が出ないのを良いことに色々と考えてしまっていたけど、そう言えば、僕は思ってる事が全部顔に出ちゃうんだったっけ。確か、昨日……じゃなくて一昨日の夜に、そんなことをアクセルさんとリズさんが話していたような気がする。……ん、いや、お母さんが言ってたんだっけ? それともお父さん?
と、とにかく、そんなわかりやすい僕だから、このままだとなに考えてんのかバレちゃうわけで。
仮にも僕を助けてくれた恩人に、悪口みたいなことを思うのはダメだ。『昨日のお昼』もそうだったけど、僕みたいな得たいの知れないヤツにも親切な人を、悪く言うのはやっちゃダメなことなんだ。……お父さんもお母さんも、そう言ってたし。学校の先生も、おんなじこと言ってたしさ。
そう思った僕は、だからにこっと笑って誤魔化して。
キョトンとしてるアクセルさんをほうって、昨日と同じく身支度を整える準備をはじめ。
「……ま、気にしなくても良いか。っと、そうだ。
ティノ、昨日の昼にも言ったけど、今日から『お勉強』始めるからな。ま、だからって身構える必要とかはねーけど、取り敢えずそういうつもりでいてくれよな」
――ん、はーい。わかりました、っと。
アクセルさんの方へと振り返り、しっかり頷いてから準備を再開したけど、うん。……本当に、今日からお勉強が……『こっち』についての勉強が始まるのか。いや、僕もこれが必要な事だってのはわかるけど、でも、僕、勉強好きじゃないんだよなぁ。頭が痛くなるし、眠くなるしさ。
それにさ、『こっち』って摩訶不思議なモノがいっぱいだったじゃん?
文字なんて、『しょーけー文字』だったわけじゃん?
自分で言うのも変だけどさ、僕、自分がちゃんとお勉強できる自信が無いんだよね。あ、いや、そりゃあ僕だって、さっきも言ったように「必要なことなんだ」って思ってはいるけど、だからって気持ちを切り替えられるわけじゃないし。つーか、そんな簡単に切り替えれるんなら、今もお父さん達に会いたいとか思わないし。
だから、正直言うとすごく不安だ。
ちゃんと勉強が出来るのか、果てしなく不安だ。
――それに……ホントはさ。
――本当は、『こっち』の事を知れば知るほど『あっち』を忘れちゃうような……そんな気がして怖いんだ。
それこそ、お父さん達の顔とか。
『あっち』にいる、皆の事を。
――だから、僕は……どうしたらいいのか、わかんなくって。でも、誰にも相談出来ないから、しんどくて。
「んじゃ、ティノ。準備が終わったんなら、顔洗いに行こーぜ?」
そう言われた僕は、『だからこそ』笑顔でアクセルさんへと振り向いて。
今はとにかくできることを、『こっち』の事を学ばなきゃって、そう考える。
今の僕には、そうすることしか出来ないから。
何をするにも、『こっち』の事を知らなきゃならないから。
――そう、今はただ、それしか出来ないのだから。
プロローグ終わり。
前回より、バトルとかアドベンチャー要素を強くしたい。




