2:誘拐
問二:誘拐されたのですが、どうしたら良いですか?
――夢を見た。
その世界では、空に向かって滝の水が落ちていた。
虹色に輝く、綺麗で不思議な水が空へと落ちていた。
僕は、その景色に見惚れて。
近くに居た両親に、「綺麗だね」って言おうとして。
でも、声は出なかった。
両親も、気付けば居なくなっていた。
だから、僕は必死に歩き回って。
真っ暗闇を走って、両親を探して。
でも、見つからないんだ。
何時間経っても、見付からないんだ。
どれだけ探しても、見付かんないんだよ。
まるで、はじめから居なかったんだって言うように。
僕に両親なんて、居ないんだって言うみたいに。
――だから、僕は必死で手を伸ばして。
――そうして僕は…………僕は。
「……目、覚めたか?」
優しくかけられた声に、僕は、一度身じろいで。でも、このままじゃダメな気がして、ゆっくりと目を開ける。……そうして、怠い身体を起き上がらせる途中で、自分がベッドの上に居るんだって理解して。でも、いつもの寝慣れたベッドじゃないから、頭に疑問符が跳んで。それから、急に背中が、寒くなったような気がして。
――……ってそうだ!! 僕……っ!!
ガバッと飛び起きて周囲を確認しようとしたが、目の前がグルんと回って、僕は再びベッドへと倒れ込む。すぐ隣で「お、おい!?」と戸惑う声が聞こえたが……僕はその声に、聞き覚えが無かった。いいや、聞いたことはあるけど、どこで聞いたのか思い出せない……っていうのが正しいのかな。
こう、頭にもやがかかって、思い出せないっていうか。
胸が苦しくなるから、思い出したくない……っていうか。
「…………取りあえず、これ、飲めよ」
三度聞こえてきた声の方へと顔を向けると、そこには、見慣れないお兄さんが座っていた。それこそ髪が黒くて、僕と同じ日本人っぽい顔立ちで。……でも、目の色が濃い青色で、如何にも『冒険者』って感じの格好をしたお兄さんが。僕へ心配した顔を向ける、あの森で出会ったお兄さんが……お兄さん、が……っ!!
――そうだっ、僕……っ!!
そう思った僕は、頭の中に、色んな記憶が甦ってきて。
自分の現状を理解して、こうしちゃいられないとベッドから飛び降りて。
「おい待て、待てって!! んなフラフラな状態でどこ行く気だよっ!?」
――いやだっ、僕に触んなっ!!
「……っ、…………!!」
――って、あれ、僕の声、声がっ……!?
僕を捕まえに来たお兄さんの手を振り払い、力一杯叫んだはずなのに、僕の声は聞こえなかった。ううん、パクパクと口を動かした感覚はあるし、息が出た感覚もあるけど。でも、肝心の音が出てないから、「はふはふ」と息が抜ける音しかしなかったんだ。
だから僕は、また怖くなって。
此処が何処かもわかんないから、恐怖しか感じられなくて。
「……落ち着け、大丈夫だから。オレは何もしねーし、もう掴んだりもしねーから。だから……な? 落ち着いて、話……聞いてくれねーか?」
頭を抱えて踞る僕へそう言ったお兄さんは、両手を上にあげて、そろそろと僕から離れてくれた。優しそうな、それでいて心配するような笑顔を浮かべながら、壁の方まで後ずさってもくれた。……嘘じゃないぞって言うような、目をしながら。実際に、「嘘なんて吐かねーよ」って、そう言ってもくれながら。
だから僕は、少しの間お兄さんの目を見つめて。
すごく悩んだ後に、警戒しながら……ベッドへと戻り。
勿論僕だって、このお兄さんを信用したわけじゃあない。だって見るからに胡散臭いし、剣を持ってる時点で怖いし。あんな場所で出会ったからこそ、疑うことしか出来ないし。
でも、同時に僕は、理解もしている。このお兄さんが僕の欲しい情報を持っていて、それに、僕が逆らえない立場なんだってことも、理解は出来てるんだ。……それこそ、此処がどこなのかの答えとか。知らない場所に連れてこられてるからこそ、僕が誘拐されたんだって事さえもね。
――まあ、僕を誘拐するメリットとか、知らないけど。
――でも、僕にはそうとしか思えないし。
「……あー、一応言っておくけど、誘拐とかじゃねーからな? 『トレアスの森』は危険だからってことで『トルイド』まで連れてきたけど、お前の親が見付かったらちゃんと帰すから……おい?」
そういうお兄さんは、疑問を浮かべた顔で僕を見て。
けれども僕には、戸惑うことしか出来なくて。
――『とるいど』……って、何?
すごく自然に言われたから一瞬スルーしかけたけど、僕は、『とるいど』なんて言葉に聞き覚えなんてない。いや、お父さん達のところに帰してくれるのは嬉しいけど、でも、ちょっと待って。本当の本当に、ちょっと待ってよ。
ここはいったい、何処なの?
僕の登ってた山って、地元の人以外登らない山、だったよね?
こう言っちゃあなんだけど、僕の地元は、すんげぇ寂れた田舎町だ。一応テレビのチャンネルは結構入る場所ではあったけど、最寄り駅まで車で一時間掛かるし、バスも一日三本しか回ってないし。つーか、この前秘境町とかいってテレビの取材が来てたくらいには、なんもない町なんだよ?
なのに、なんでだ?
なんで、このお兄さんは山に居たんだ?
――ってか、『とれあすのもり』って、なんだよ?
そう思う僕は、眉間にシワを寄せてお兄さんをじぃっと見つめて。
するとお兄さんは、小さく「やっぱりか」って呟いて。
「えっと、取り敢えずさ。信じてくれなくてもいいから、先ずは落ち着いて、これを飲んでくれ。……大丈夫、毒なんて入れてねーし、何ならオレが毒味しても良い。空いてる器なら、ほら、ここにあるし。
だから、な? 騙されたって思って、飲んでくれ。……お前の為なんだ」
懇願するように差し出された器を手にとって、僕は、『それ』をマジマジと眺めてみたけれど……うん。
中には、コポコポと音の鳴る、ほのかに緑色に光る液体が入っていて。なんとなく、緑色のスライムに見えなくもない、どうみても飲んじゃあダメなものが入っていて。
――いや、うん。こんなもん、飲めるわけないじゃん。
そう思って、僕は『それ』をお兄さんへ突き返したわけだけど。でも、お兄さんは「頼むから飲んでくれ」って言ってもう一度渡してきて。「薬みたいなもんなんだ」って言って、とにかく真剣な表情で、僕に飲むよう促してきて。
けど、そうされればされるほどに、僕は恐怖心を抱いてしまう。なにか裏があるんじゃないかって、そう勘繰ってしまうんだ。……だって、怪しいし。知らない人に物を貰うなって、そう言われてるし。
「よし、わかった。なら、ほら、オレが目の前で、半分飲んでやる。そしたら、毒なんて入ってないってわかんだろ? ……効果が薄くなるからしたくなかったけど、一口も飲まねぇよりはマシだ。
だから、ちゃんと見とけよ?」
そういうお兄さんは、僕に見せつけるように、液体を半分別の器に注ぎ分けて。
そうして注ぎ分けた半分を、一口でゴクンとと飲み込んで。
「っぷはぁ! うっめぇ! ……ほら、『ティノ』も飲んでみろって! これ、見た目はともかく味はくっそ旨ぇからさ!!」
――え、なんでこの人、急にテンション上がってんの……?
さりげなく僕を『ティノ』って呼んできたことも気になるが、それよりも、妙にテンションの高いお兄さんの方がすごく気になる。いや、だって、いきなりこんな馴れ馴れしいノリになるとか、怖いし。絶対この液体、変なものが入ってるとしか思えないし。
でも、物凄く美味しそうな感じで飲んでたから、ちょっとだけ、気にはなる。ううん、こういう好奇心が身を滅ぼすってお父さんが言ってたけど、でも、こう……気になるし。ハイテンションで「飲まねーなら飲んじまうぞー」とか言われたら、なんかこう、もったいない気もするしさぁ。
だから、ちょっとだけならいいかなって、そう思って。
内心で、『逆らったら何されるかわかんないし』って、言い訳もして。
――そうだ、僕はご機嫌取りで、飲むだけだ。
――それにペロッと舐めるくらいだから、多分大丈夫だろ。
そう思う僕は、残った半分の方を手にとって。
じーっとお兄さんを睨みながら、ペロッと、一口だけ舐めてみて。
「……ひっ!?」
瞬間、僕の身体の中を温かい何かが駆け巡り。
しんどかった身体や気持ちの悪かった頭が、急速にスッキリしたのを理解して。
それに、よく見ると……さっきまであったはずの腕の擦り傷が、消えてしまってて。
打撲の痕とかいろんなものがみるみるうちに治っていくのを、この眼でしっかりと見てしまって。
――なに、これ……? 身体、治っちゃった……の?
「はは、どうだ、ビックリしたか?
こいつは『リキューパ』って言ってな。オレ達にとっての万能薬みたいなもんで、怪我は勿論、風邪も一発で治しちまうんだ! へへっ、飲んで正解だっただろー?」
腰に手をあて、ふんぞり返りながら得意気に語るお兄さんは……なんか子供っぽいからあれだけど。でも、こんな摩訶不思議な薬があるとか、僕、初めて知った。と言うか、こんなもんがあるなら、なんで僕、風邪を引く度に病院に連れていかれてたんだろう?
苦い薬とか、染みるお薬とか、嫌なのに。……あ、いや、待てよ?
こんだけ便利ってことは、やっぱりお金が掛かるのかな? もしかして、お母さん達じゃあ払えないくらいに、高額なお薬だったとかっ!?
ど、どうしよう……!!
ぼく、お金なんて持ってないよ!?
そう思う僕は、得意気に笑っていたお兄さんへ泣きつこうとして。
お金なんて払えないから、謝って許してもらおうと考えて。
「お、おい、ちょ、なんで涙目!? どっか痛いのか!? それとも、あ、あれか!? 便所か!? 漏らしそうなのか!?」
――いや、違うから!! だから、僕を抱えないでっ!!
僕が涙目になったのをどう勘違いしたのか、お兄さんは、急に僕を抱えあげて何処かへと連れて行こうとしだした。恐らくトイレに連れていこうとしているんだろうが、その、僕は別にトイレに行きたいわけじゃないし。
つーか、お姫様だっこは止めて!!
恥ずかしいから、お願いだから止めてよ!
そう思う僕はじたばた暴れてお兄さんの腕から逃げ出すが、何を思ったか、お兄さんは何故か僕を追いかけてきた。「漏らす前に連れてかなきゃ!!」とかなんとか言って、酷く焦った表情で追いかけてきた。
けど、僕はトイレになんか行きたくないし、そもそもトイレにお姫様だっこで連れていかれるとか嫌だし。って言うか、名前も知らない初対面の人にトイレに連れていかれるって、もうこれおかしいよね!? ちょっとヤバいよね!?
なんて考えて、僕はとにかく焦るお兄さんから逃げて。
そうこうしてるうちに、扉の方からノックする音が聞こえてきて。
「ただい…………ちょっとアクセル、何やってるのよ!? 君も、部屋の中で暴れない!!」
そう怒鳴られた僕は、反射的に、お兄さん……アクセルさんから逃げる足を止めた。
僕を追いかけていたアクセルさんも、ピタッと追いかけるのを止めた。
こう、金縛りにあった、みたいな感じで。
あるいは、時間が止まったって感じで。
「……ぇっと、あー……り、リズ。おかえり」
「ええ、ただいま。……それで? これは一体、どういうことなのかな?」
そう言うお姉さん……リズさんと呼ばれた人は、視線をぐるりと部屋の中へ向ける。
つられて僕も部屋の中を見渡すと……そこには、色んなものが散らばっていて。
と言うか、僕が暴れたせいで、ベッドの布団とか机とか、他にもなんか色んなものが、辺りに飛び散っていて。
「……え、っと、だな。これは、あー、その、えー、なんと言えばいいか、うん……。
あ、そうだリズ、ティノの目が覚めだぁっ!!」
――ひ……っ!!
冷や汗だらっだらで、完全に怯えきってたアクセルさんが言い訳を言い終わる前に、リズさんは、恐ろしい速度でアクセルさんに近付き拳骨を食らわせた。いや、僕の目には拳骨をし終わったリズさんと、いつの間にか床に倒れてたアクセルさんしか見えてないから、あれだけど。でも、多分、拳骨を食らわせたんだと思う。……よくわかんないけど、多分。
だから僕は、部屋の壁にべたっと引っ付いて、リズさんから距離を取り。
でも、ジロッと視線を向けられたから、動けなくなって。
「……はぁ。元気になったのは良いけど、これは、ちょっとやんちゃが過ぎるわね。
今回は大目に見るけど、次は暴れないでね? ま、どーせアクセルが、変なお節介をやこうとしたんでしょうけど」
――……助かった、のかな……?
なんて思った僕は、安堵してため息を吐いて。
けれども再び視線を向けられて、ビタッと動きを止めることになって。
「……部屋の中を片付けるから、君は、椅子にでも座って待ってて。
君の知りたいこと、聞きたいこと、ちゃんと全部教えるから。……まあ、私にわかる範囲で、になるけどね」
そう言うリズさんの表情は、なんとなく悲しそうなものだった。ううん、悲しいって言うよりかは、痛みを堪えるみたいな感じに近いのかな。……何故かわかんないけど、涙ぐんでたようにも見えたし。テキパキと片付けを始めたけど、どことなく……暗い雰囲気があるし。
まあ、僕にはその理由なんて、わかるわけがないけど。
わかったところで、何も出来ることがないけど。
――でも、うん……このままってのも、なんか嫌だなぁ。
そう考えた僕は、おもむろに、部屋の片付けを手伝い始め。
急に手伝い始めたからか、リズさんが驚いた顔をして。
「……体調は、もう大丈夫なの?」
そう聞かれた僕は、コクリと一度頷いて。
再び、部屋に散らばった荷物を片付けはじめて。
――いや、だって、なんか嫌だし。
二人がどんな意図で僕を此処に連れてきたのかはわからないけど、でも、僕が今生きているのは、二人のお陰なんだろうと思う。いや、うん、あのまま放置されてたら、どうなったかなんてわからないし。何処かはわかんないけど、一応、人の居る場所には連れてきて貰えたわけだし。
なのに、暴れて部屋を散らかして、おまけに片付けまでさせるのはなんか嫌だ。
相手は誘拐犯なのかもだけど、でも、暗い顔した女の人に掃除させるのは……とにかくなんか嫌だ。
――それに、多分、こうした方が色々と『都合』が良い気もする。
そもそもだけど、今の時点で、僕が欲しい情報の全てはリズさんが握っていることになる。それこそ、此処がどこかって言う当然の疑問の答えや、お父さん達が何処に居るのかという、もっとも知りたい答えとか。……もっと根本的な、リズさん達が何者なのかって質問の答えとか、うん。そういうのは全部、リズさんが持っていると言えるんだろう。
だから、僕が一番最初にすべき事は、リズさんから情報を聞くことだ。
僕を『とるいど』に連れてきた、その理由を聞くのが大切なんだ。
――そう、どうして病院や警察じゃなく、わけのわからない所に連れてきたのかをね。
それら全てをハッキリさせるには、きっと、ここで『媚び』を売った方が良いんだろう。よくお父さんがお母さんに『媚び』を売るみたいに、恩着せがましく手伝いとかなんとかやった方が良いんだろう。……下手に見捨てられて、またひとりぼっちになるのとか嫌だし。もう二度と、一人になんかなりたくないしさ。
だから、多分、これでいいんだ。
僕が帰るためには、こうするのが良いんだよ。
――本当は、怖いけど。何にもわかってないから、怖くて泣いちゃいそうだけどね。
でも、僕だって男だもん。
怖いからって、なにもしないのは嫌だ。
――そう、嫌なんだ。何もせずに、恐怖を堪えるのは。
「……いってぇ。リズ、ちょっとは手加減しろよな」
そう言って、頭を押さえながら立ち上がったアクセルさんは、不満そうな顔をリズさんに向けて。
するとリズさんは、「ふんっ」とそっぽを向いて、また片付けを開始して。
「……良いか、ティノ。リズは普段はかなり優しいけど、怒るとメチャクチャ怖ぇんだ。容赦なく拳骨を落としてくるから、ぜってぇ怒らせんなよ?」
「アクセル、何か言った?」
「いやっ!? なんも言ってねーぜ!? ……うっし、こっちの重たいもんはオレに任せとけ! ソッコーで片付けてやんよ!」
僕へ耳打ちしてから片付けを始めたアクセルさんは、やっぱり、僕のお父さんに似ているなって思った。いや、あの耳打ちの仕方とか、リズさんへの態度とか。……口調とかは全然似てないのに、ああいう子供っぽいところが、なんかお父さんとダブって見えたんだ。
だから、僕は胸がきゅっとなっちゃって。
お父さん達が居ないことに、寂しさを感じて。
本音を言えば、今の僕は強がっているだけだ。泣きたいのを我慢して、意味不明な状況も我慢して、なんともないフリをしているだけなんだ。……だって僕は、ただの小学生だもん。お父さん達が居なきゃなにもできない、十歳の子供だもん。平気なわけ、ないじゃん。
でもさ、だからって泣いて喚いて、どうなるの?
僕が泣くことで、お父さん達に会えるようになるの?
そう思う僕は、だから、自分がいろんな意味で無理をしているんだろうって、理解できている。きっとお父さん達に会えたら、泣きじゃくって抱きついて、一生離れようとしないんだって、そうなることを理解できている。……当たり前だ。僕は、そういうヤツだもん。自分の事くらい、自分が一番わかってる。
――だから、今は蓋をする。
――お父さん達に会えるときまで、我慢するんだ。
泣きたいとか、寂しいとか。
辛いとか、苦しいとか。
家に帰りたいとか、全部、全部。
僕の本音に、蓋をするんだ。
――多分、お父さん達には……すぐ会えると思うし!
でも、そう思う僕は、何も知らなかった。
『あっちの世界』に居る気でいた僕は、何にも気付けていなかった。
窓から見える景色に、『日本』では見れないものがあったり。
この建物の外には、僕の知らないもの『しか』無かったり。
そもそも僕が……お父さん達に、『二度と』会えないかもしれないことを。
そう、このときの僕は、何も知らなかったんだ。
僕の身に起きた出来事が、どういう事なのかを、さ。
前に投稿した内容から、大きく変更。




