憑依したら巨匠だった件
皆さん、こんにちは。パパです。
私事ではありますが、最近幽霊からスライムに。スライムから映画監督に転職致しました。
撮る映画はもっぱらノンフィクションのドキュメンタリーです。
そんな俺の初作品、「王国の光と影~シュナイティスの素顔に迫る~」は、只今、王国の首都ハイヒッツにある広場の上空にて、絶賛公開中です。
映画は満員御礼の大盛況。動員観客数は公開初日にして万を超えました。興行収入はありません。無料でご観賞頂けます。
まさに王国の光と影を映し出すその真に迫るドキュメンタリーは、全世界が驚愕する出来映えであったらしく、広場の誰もが馬鹿みたいに口を開けて見入っている。
無料なのが実におしい出来映えである。
それを眺めながら、うんうん、とひとり満足気に頷く。
スライムに首は無いので、実際に顔や首を動かしているわけではないが、気分の問題。
初作品の出来映えには満足している。
しているが、あえて不満を上げるならば、スタッフが俺しか居ないという点。
監督兼カメラマンで、カメラマン兼音声。
脚本だけはシスネが書いた物だ。
脚本というか、「こうしてね」と可愛くお願いされたので、鼻の下伸ばして「はーい」と従っただけである。
シスネは無表情だった気もするが、気分の問題だろう。
美女のお願いを訊かずして何を訊く。
基本的に俺ひとりで撮った物だが、城のあちこちに無数のスライムを撒いて撮影に臨んだので、撮る角度も様々だ。
真上からの映像もあれば、真横からの物もある。迫力の至近距離撮影では、登場人物達の悪そうな笑顔もバッチリだ。
これは、瞬間移動の様にスライムの体を行き来出来る事に気付いた俺が編み出した撮影手法。
姿を隠したスライムを部屋の色々な場所に配置し、それらのスライムを起点に撮りたい角度に体をスイッチさせて撮影している。
瞬間移動するのは意識だけなのだが、何でも飲み込んで保管する茶色い蛙さんが、瞬間移動した傍からぽんぽん記録玉を吐き出してくれるので、記録玉の移動にも困らない。カメラは止めてない。
こうやって、試行錯誤の末、ひとりでカメラを何台も回すように撮影したのである。
実に素晴らしい。
自分のひらめきと発想にヨダレが出ちゃうね。
編集も自分でした。
ただ撮った物を適当に切って記録玉にぶち込んだ事を編集と言って良いならば、だけど……。
しかし、苦労しただけあって出来は素晴らしいのだ。
見つめる民衆達の顔が、その素晴らしさを物語っている。
記録玉の映像を見つめる民衆達の表情は、どれもが信じられない物を見たと言わんばかりの顔付きであった。
普段の優しげに微笑みを湛える姿とのギャップもあるだろう。実際、隠し撮りしながらシュナイティスのそのあんまりなギャップに俺も引いた。
民衆達も俺と同じらしく、露見したあまりのシュナイティスの腹の黒さに、誰もがあんぐりと口を開けている。
それは民衆だけではなく、晒し者になった本人でさえ映像に釘付けになっていた。
もしも許されるなら、「大成功」と書かれたプラカードを持ってシュナイティスの前に飛び出したい。
しかし、脚本であるシスネからそんな指示は出ていないので我慢する。
シスネに頼まれたのは、シュナイティスのドキュメンタリーを撮る事と、拘束された日に頼まれた撮った物を流す事までだ。
余計な事はしないでおく。
映像を見ながら固まってしまったシュナイティスの背中にシスネが言葉を届ける。
「言ったはずです。私は最初からあなたが敵だと確信していたと。―――もっと周囲を警戒して置くべきでしたね。シュナイティス」
聞いているのかいないのか。
シュナイティスはシスネに背中を向けたまま佇んでいた。
上空に映像を流せる様に、広場の全景が見える位置に陣取る俺にもその顔は見えない。
ここ最近の作品作りで会得した盗聴技術で声は拾える。俺が巨匠になる日も近い。
少しして、背中を向けたままシュナイティスが口を開いた。
「やられましたね。一体いつの間に……。やり取りは魔法で完璧に隠して行ったはずだったのですが……」
「私には、どんな小さな隙間にさえ水のように入り込み、どんなところにでも侵入する優秀な部下が居ますから」
「ククッ―――流石は悪魔の姫君だ。人とは思えない化け物染みた部下をお持ちのようだ」
化け物呼ばわりとは失礼な。
俺は化け物どころか可愛いスライムの姿をした映画監督だ。
化け物と呼ぶなら腹黒いシュナイティスの方がよっぽど化け物らしい。
俺を化け物呼ばわりし、振り返ったシュナイティスの顔は邪悪そのものだった。
わ~、悪人ヅラ。
撮っとこ。
薪に混ざってローアングルでの撮影に挑む。
人の目の集中するシスネとシュナイティスのすぐ近くではあるが、隠密スキルを使っているので簡単にはバレない。
至近距離でもバレなかったくらいである。
わざわざ隠密スキルまで使って陣取ったこの位置ならば、光の作る陰影で悪どいシュナイティスの顔が更に悪どく見えるのだ。絶妙なカメラアングル。
もはや慣れたものである。
「しかし、悲しいかなランドール卿。私とあなたでは、立場が違う」
そう言ってシュナイティスがまた広場へと顔を向ける。
スライムの体をスイッチして、シュナイティスの正面に回る。
処刑台を含めた広場の全景が撮れるポジション。
そこから、全景のカットイン。からの~、シュナイティスのアップ。
臨場感のある良い画が撮れた。
巨匠スキルが上がっている気がする。思わず「はい、オッケー!」と指を鳴らして叫んでしまいそうだ。
巨匠爆誕はともかくとして、
真面目な話、シュナイティスの本性を暴露した時点でお役目ごめんであり、もう記録しなくても良いと思うのだが、いつまでと指定されなかったので、念の為に撮っているだけである。
「お集まりの皆さん! 惑わされてはいけない! 騙されてはいけない! これは偽の記録です! 悪魔が作り出した幻です!」
そう叫んだ後、シュナイティスがいつもの微笑みを湛えて「悪魔と私。どちらを信じますか?」と民衆に問い掛けた。
途端に、シュナイティスを擁護する声が広場のところどころから上がり始める。
民衆達は気付いて居ないかも知れないが、声を上げている連中は、昨日『アルガンが倒れた』とか『悪魔の仕業だ』と民衆達に風潮して回っていたシュナイティスの犬だ。
撮影時に顔もしっかり撮っているので見間違えではない。
映像にも流れていたはずだが、流石にチラッと移っただけのエキストラみたいな連中の顔までは観客達も気にしないし、覚えていまい。
エキストラ連中の言葉に、そうでない人々も同調し始める。
悪魔は嘘つきで、処刑するべきだ。
誰も、何の疑問も持たず―――折角、沸いた疑念を振り払うかの様に馬鹿みたいに叫んでいる。
―――ああ……、本当に馬鹿みたいだ……。
先程、シュナイティスに向けてシスネは言った。
―――世界の在り方。人の認識というのは、何か大きなきっかけでも無い限り変わらない、と。
シスネ・ランドールは悪魔である。
映像くらいでは数百年の間ずっと変わらなかったその認識を変えるには力不足だったのだ。
シスネはきっと、それを仕方無い事だと言うだろう。
いつもみたいに気にした素振りなど微塵も見せずに無表情で……。
シスネの言い分は正しいのだろう。
リンゴは実は青いと言われても、俺は間違いなく信じない。
それと同じ。
ランドールの姫君ことシスネが、実は悪魔ではなく人間だと言っても誰も信じやしない。
嘘つきと後ろ指を差され、笑われるのがオチだ。
それが世界の形として出来上がってしまっている世界。
けれど、それが事実と反すると知っている者からしたら、こんなに腹立たしい事はない。
どれだけそれが間違っていると叫んでも届かないのだ。
そのもどかしさたるや筆舌に尽くしがたい。
変わらない、変えられない偽物の固定観念。
嘘を嘘と分からせない仮初の真実。
どれだけ異を唱えても変わらない流れに、無力感さえ感じる。
そして、同時に思い知る。
この固着した考え方に疑問を持ち、異議を唱えたランドールの人々。
教えられた世界の当たり前を否定する事がどれだけ大変で、それがどれだけ凄い事なのかを、俺は思い知った。
シスネがランドール住民を大切にし、自分を軽んじてまで彼らの幸せに固執する理由を思い知った。
その場所を無くしたくはないだろう。
そんな人々を失いたくはないだろう。
それは何物にも代えがたい宝物だろう。
そういう想いを胸に秘め、大事な物を無くさぬ為に、シスネは―――ランドール家はずっと抗い続けて来たんだろう。
―――よし、記録玉にナレーションを入れる技術を覚えたら、今の俺の良い感じの台詞は絶対入れよう。
なんか全部台無しになった気がするが、たぶん気のせいだろう。
「余興は終わりです、シスネ・ランドール」
俺がナレーション技術をどうやって会得しようかと考えていると、シュナイティスがそんな事を言った。
続けて、シュナイティスは手で合図を出す。
それを受け、手に火種を持った三人の兵士が処刑台へと上がって来る。
「さあ皆さん! 国家転覆を謀った悪魔の最期です! 見届けましょう!」
仰々しい芝居染みた動きで手を広げたシュナイティス。
そうして、3つの火種が同時に薪へと当てられる。
これは助けて良いんだよな?
薪に紛れてシスネのすぐ真下に(下着は見えてないよ?)いるので助けるのは簡単に出来るのだが、シスネから指示が出ていないので迷う。
彼女は彼女なりの考えを持ってこの場に臨んでいる。
シュナイティスの隠し撮りもそうだし、それを公開し衆目に晒せと指示したのも彼女だ。
だからといって、指示待ちし助けるのが遅れて「火傷した」と文句を言われても困る。
薪の火がすぐに強くなり始める。
火に囲まれるが俺は熱くない。
多分誰も俺の心配なんかしてくれていないだろうけど、数少ない女子高生ファンの為に言っておく。
俺は大丈夫だ!
大丈夫なので、シスネが火傷をする前に助けようかとした時、
「ここまでです」
目を閉じて、ポツリとシスネが溢した。
言った言葉のニュアンス的に、終わりそうになっている自分の命を悲観して吐き出した様子ではなかった。
小用が終わりましたよ、って感じ。
その言葉に、もうシスネの手持ちの策は尽きたのだろうと判断し、薪の中から水操を行使。火を消化する。
ジュワッと音を立てて炎が消えた。
「貴様!」
傍にいた兵士がすぐさま剣を抜いた。
丁度その時―――
横からバキンという甲高い音が聞こえた。
間髪入れずに、ドンという振動を伴う音。
「こ、こいつ!? 拘束を!?」
慌てた様子で半歩下がった兵士の目の前。
壁と形容出来るほどに圧迫感と威圧感をひけらかす怪物がそびえ立っていた。
―――これは……。
―――なんて良い絵面だ。
緊迫感の無い巨匠の頭は、構図の事ばかりに思考が終始した。