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決め付け

 静寂に包まれる広場。

 万を超す人数が寄り集まっているにも関わらず、誰も声を出せないでいた。


 処刑台の上で行われたシスネの鬼気迫る演説は、広場に集まった群衆の心を確かに揺すぶった。


 しかし、人々の心は揺れるばかりで定まらない。

 人間か、それとも悪魔か。

 その狭間で揺れ動いていた。


 齢19の少女が、頭から自分達と同じ赤い血を流し、心の底から吐露した自らの想い。

 それに応えたい一方で。

 数百年という長い年月で刷り込まれた悪魔というレッテル。世界共通の認識。

 それは、簡単に否定出来るものではない。

 星が丸いと言うように。

 星が太陽の周りを回っていると言うように。

 シスネの話は、にわかには信じ切れないものとして人々の耳に届いていた。


 悪魔では無いのかも知れない。

 しかし、それを証明するのはシスネの言葉しかない。

 悪魔が死を前にして、自分達を騙しているのかもしれない。


 どちらを選択するにも決定打となるものが不足していた。


 そうやって、迷い、悩む民衆達の耳にひとつの音が届いた。

 それは処刑台から響く小さな拍手であった。


「実に見事な演説でした。真に迫る、とでも言うのでしょうか」


 手を打ち鳴らしながらそう言ったのは、柔らかい微笑みを湛えた第二王子シュナイティスであった。


 処刑台に登場するなり、民衆の視線を一人占めにしたシュナイティス。

 そんなシュナイティスは、シスネの傍まで近付くと、持っていたハンカチで、シスネの額から流れ出る血をソッと拭った。


 それからシュナイティスは、民衆達へと体を向けて告げる。


「お集まりの皆さん! 皆さんは、ランドール卿の話をどう受け止めたでしょうか!?」


 群衆からなんの声も上がらなかった。

 そんな群衆に代わり、シュナイティスだけが言葉を発する。


「おそらく、皆さんは揺れておられる。ランドール卿の言葉を信じるべきどうかを。私もそうです。何故なら、悪魔は人を拐かします。悪魔の言葉を真に受けて、騙され、命を落とした者は数知れない。―――それこそ! 万が一にも間違いであったならば、王国は破滅を迎えます」


 そこで一旦言葉を止めたシュナイティスが、広場をゆっくりと見渡す。


「ただ! 私はランドール卿の心からの叫びを信じたい! 嘘ではないと! ―――そこでどうでしょう? 客観的に判断するというのは?」


 シュナイティスの言葉に広場がざわつき始める。

 構わず、シュナイティスは処刑台の下の兵士に手で合図した。

 それを受けた兵士は、両手で石の様な物を抱えると、小走り気味に処刑台へと上り、処刑台上にいたシュナイティスに近寄った。

 兵士の持つそれを受け取ったシュナイティスは、処刑台のギリギリまで歩みを進める。


 そうしてシュナイティスは、手にした鉢植えを頭上に掲げて言う。


「皆さんは、人花という花をご存知でしょうか? この花はとても変わった特徴を持つ花です。この人花という花は、生き物の持つ魔力に反応して色を変化させる特殊な花で、普段は御覧の様に白色をした花が裂いています。ですが、こうして―――」


 シュナイティスが人花に掛けていた魔法を解く。

 頭上の人花は群衆の前でみるみるその色を変え、瞬く間に赤い花へと姿を変えた。

 広場がまたざわつく。


「人花はこの様に、男性が近くにいると赤い花を咲かせ、女性ならば黄色に変わります」


 シュナイティスはそこで、再び小走り気味に寄って来た兵士の持つ鉢植えと、自身の持つ鉢植えを交換した。

 新しい鉢植えの人花は白い花が咲いている。


「男性ならば赤。女性ならば黄。 ―――では? 人ならざる者の傍では何色になると思います?」


 シュナイティスはそう言うと踵を返し、シスネの傍へと近付いた。

 シスネの足元に鉢植えが置かれる。


「ランドール卿が本当に人間の女性であるならば、人花は黄色い花を咲かせるはずです。人間か。悪魔か。この花に客観的に見極めて貰おうではありませんか!?」


 シュナイティスがシスネとの距離を取る。

 処刑台の中心には、鎖に繋れたシスネと人花だけが残された。


 そうして、全員が固唾を飲んで見守る中、シュナイティスがパチンと指を鳴らし、人花に掛けられていた変色を抑え込む為の魔法を解いた。

 見る間に人花が色を変えていく。


 そして、群衆達の前で漆黒の黒い花が咲いた。



「この大嘘付き!」


「何が人間だ!」


「ふざけやがって! その悪魔を今すぐ殺せ!」


「殺してしまえ!」


 黒い花が咲いた途端、

 シスネの演説によって治まっていた殺せ殺せの大合唱が再び巻き起こる。

 広場が先程よりも大きな喧騒に包まれる。


「残念ですよ。ランドール卿」


 シスネに近付いたシュナイティスが言うと、シスネの華奢な体が唐突に吊り上げられた。

 錠に繋る鎖が巻き上げられたのだ。


 抵抗する間もなく腕だけで吊り下げられたシスネの足元には大量の薪。

 手首に走る痛みにシスネの顔が僅かに歪んだ。


「本当に残念ですよ、ランドール卿。あなたが人間でさえあれば、もしかしたら、あなたが言うように私達と分かり会えたかもしれないのに……」


 シスネの顔を見上げたシュナイティスが悲しげな表情を浮かべた。

 シスネは無表情のまま、その顔を見下ろした。


「ランドール卿。最後に言い残す事はありますか? 可能ならば私がお身内にお伝えしましょう」


 そう言って微笑みを浮かべたシュナイティス。

 最後の慈悲とも取れるシュナイティスの言葉とその微笑みに、シスネは目を瞑った。ひどくゆっくりと。


 そうして次に目を開けた時、その目を見たシュナイティスの背筋がゾクリと震えた。

 微笑んだまま顔を強張らせた。


 無表情とは違う。

 開けたシスネの目は、残酷なまでに冷たい目であった。



「違うのですよ。シュナイティス殿下」


「……違うとは?」


「世界の形として、それは間違っているのです」


「ランドール卿、言っている意味が良く……」


 シュナイティスが怪訝な顔をする。

 シスネは一拍置いた後、


「シュナイティス殿下……。―――リンゴは赤いですか?」


「はい? それは……そうでしょ?」


 わけが分からないといった表情のままのシュナイティスが答えた。

 シスネの問い掛けは終わらない。


「では、空は青いですか?」


「まあ夕日や夜の空などもありますが、基本的には青いでしょうね」


 怪訝な顔を止め、思い出したように微笑みを浮かべたシュナイティスが素直に答える。


「では―――」


「ランドール卿、私に何をお聞きしたいのです?」


「リンゴが赤で、空は青で―――それが世界の在り方です。当たり前です。―――そして、悪魔は神の敵であり、()()()()()()()()()()。私の知る世界は、そういう風に出来ています」


 シュナイティスを冷たい視線で見据えたままシスネがゆっくりと紡いでいく。


「私の演説がそうであったように。その世界の在り方―――人の認識というのは、何か大きなきっかけでも無い限り変わりません。人に言われたからと言って、なんの理由も確証も無く、突然、リンゴを青いとは思えないし、空が緑だとは思えない」


「ランドール卿が何が言いたいのか分かりません。もっとハッキリと仰ってください」


 やや気分を害したような口調でシュナイティスが返すが、口元には笑みを作ったまま。


「では、ハッキリと申し上げましょう。―――シュナイティス殿下。悪魔は気持ちが悪いというのが世界の在り方である以上、初対面で私に笑顔で話し掛ける者は居ません。

 悪魔を前にした者は、程度はあれどみな同じ物を向けて来ます。

 嫌悪と侮蔑の入り交じった目。

 酷い罵りと汚い言葉。

 ただそこにあるというだけで沸き上がる憎悪と殺意。

 ―――もしも、それ以外の物を向けて来る者が居たとすれば、それは打算か悪意を持って私に近付く者です。ニコニコと笑顔を貼り付ける仮面の下で、ニヤニヤと舌を出す者です」


「……酷い決め付けですね」


「そうですね。

 ですが、その決め付けが世界の形です。リンゴは赤で、空は青で、悪魔は黒なんです。それは真実を圧倒し、ねじ曲げ、嘘を肯定する世界に根付いた決め付けです。世界がその決め付けを推奨するならば、私もそれに倣って決め付けます。

 ―――シュナイティス殿下、初めてあなたと言葉を交わした時に、既に私は決め付けていました。

 悪魔に笑顔と優しい言葉で近付くあなたは、その仮面の下で嘲笑と侮蔑の舌を出す私の敵であると……。私は会ったその時から、あなたをそう決め付けていました。―――そして、私の決め付けは正しかった」


 一呼吸のち、


「あなたが黒幕ですね。シュナイティス」


 シュナイティスを見下ろしたまま、シスネはハッキリとそう断言してみせた。

 シュナイティスは一瞬驚いた顔をして、すぐに顔を伏せた。

 しばらくシュナイティスは俯いたまま身動ぎひとつしなかった。


「……ククッ。最初から疑われていたわけですか」


「疑いではありません。敵だと確信していました」


 シスネの答えにシュナイティスが下を向いていた顔を上げる。

 笑っていた。

 先程まで見せていた微笑みではなく、歯を見せ、さも愉快だとばかりに笑っていた。


「いやはや、本当に酷い決め付けだ。全くあなたは酷い人だ」


「お互い様です……。よくもまあ笑いもせずに、あんな酷い猿芝居が出来たものです。小道具(人花)まで用意して……。ご苦労な事です」


 シスネが言うと、シュナイティスが愉快そうに声を出して笑った。


「お見苦しかった事はお詫びするよ、シスネ・ランドール。あいにく、演劇の仕方は習っていないのだよ。―――確かに今回の事は全ては私が画策したものだ。兄が倒れたのも、あなたがそこで火炙りにされかけているのもね。舞台に立つ役者よりも、私はそうやって台本を書く方が向いている」


 いつもの無表情でシスネがため息をつく。


「それを理解出来ているならば、あなたはここに―――処刑台(舞台)の上に立つべきではなかった。役者ではなく、あなたは裏方に徹するべきだった」


 その言葉にシュナイティスが眉をひそめる。


 どういう意味かとシュナイティスが口を開き掛けた時、背後の広場にあったざわつきの色が変わった。

 シスネへの暴言から、混乱と疑問の混じった声に形を変えた。


 その事に気付いたシュナイティスが広場へと顔を向ける。


 広場を向いたシュナイティスの目に飛び込んで来たのは、広場の頭上、集まる民衆達の真上で映し出されるシュナイティス自身の姿だった。


「これは……」


「記録玉の映像です。集まった民衆達にも見える様に投影してみました。あなたの舞台裏を。―――嬉し恥ずかし、あなたの日常に迫ったドキュメンタリーです」


 広場上空に映し出された記録玉の映像は、まさにシュナイティスの日常を追ったドキュメンタリーであった。


 兄、アルガンの飲食物に、徐々に、ゆっくりと身体を蝕む毒を混ぜる様に指示する場面。それを実際に部下が実行し、アルガンが口にする場面。

 民衆達に「アルガンが倒れた」と扇動するようにと、部下に命じる場面。

 魔法使いを使って人花に細工する様に仕向ける場面。

 怪しい連中に賄賂を渡す場面に、普段表には見せない悪意に満ちたシュナイティスの笑顔を映した場面。などなど。

 それらがこれでもかと詰められたドキュメンタリーであった。

GWの終了に伴い、次回からは隔日更新になります

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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