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イレギュラー

「カナリア? どうかしましたか? ―――カナリア?」


 ランドール家へと連絡を取ったシスネが、そんな怪訝な声を水晶に向けて発する。


 水晶を起動させ、呼び掛けたシスネに、すぐにカナリアが応えた―――までは良かった。


 カナリアが反応した事を確認したシスネが、「久し振りですねカナリア。そちらは」と、そこまで言って、特に間を置こうとしたわけでも、水晶の通信が途切れたわけでもなかったが、シスネはピタリと言葉を止めてしまった。


 何故ならば、シスネの喋っている途中で、言葉を遮るように『バタン。パリン。ガタガタ……ゴン』というけたたましい音が水晶から聞こえて来たからである。


 そのあまりのけたたましさに、何事かとカナリアに尋ねるシスネ。

 問い掛けるシスネの口調に心配の色とやや焦りの色が混じってはいるが、表情は相変わらずの無表情。


「カナリア、返事をなさい」


 何度かの呼び掛けの後、


『大丈夫ですわぁ』


 というカナリアの間延びした声が水晶から届く。


「何かあったのですか?」


『いいえぇ。ちょっと想定外な事が起きましたが、心配するような事ではありません』


「想定外?」


『お気になさらずぅ』


「ですが……」


『大丈夫ですぅ』


「…………そうですか」


 結局、根負けした形で、―――というかそんなやり取りをする為に連絡したわけではないので―――シスネは先の一件を終わらせた。


 カナリアも頑なにその事をシスネに説明しようとはしない。

 まさか久し振りに聞いたシスネの声に、感激し、興奮し、喜びのあまり周囲の物を巻き込みながら卒倒し、それでシスネに余計な心配をかけてしまったなどと、カナリアは口が避けても言えなかった。


 そうして二人は、そんなやり取りを経てようやく本題に触れる。


「ランドール森林の話は聞いています。―――半分、だそうですね?」


『はぁい~。質問を返す様で申し訳ないのですが、何故半分なのでしょう?』


「中央の独断です。私の意思ではありません。それについて、私は先程耳にしたばかりです」


『ああ~。納得致しましたぁ』


「フォルテの様子はどうですか?」


 シスネが問うと、少しの間があった。

 のち、


『滞りなく。ただやはり『半分』であるせいか、想定よりも弱いかなと』


「構いません。無事に『儀式』が済んだのであればそれで。―――フォルテはどんなモノを?」


『それがぁ、カナリアめにも分かりかねますぅ。カナリアも初めて見るものですぅ』


 今度はシスネが間を空ける番だった。

 シスネは少し考えてから、


「そちらの時間の猶予は?」


『まだしばらくは大丈夫かと』


「では、その間にフォルテの()()をきちんと把握して置いてください。本人への使い方も含めて」


『畏まりましたぁ。魔王はまだランドールに留まっていますし、大丈夫だと思いますわぁ』


「そうですね。彼女が―――」


 そこで何かに気付いたのか、シスネが言葉を止めた。

 それからシスネにしては珍しく、無表情の顔に小さな表情を作った。眉をひそめた。


「魔王は、と言いましたね? 何故、いま聞いてもいない彼女のランドール健在を口にしたのです?」


 シスネが少し強い口調で問い質すと、カナリアが水晶の向こうで小さく嘆息するのが伝わってきた。


『それがぁ、その魔王の大親分が現在行方不明でして』


「……行方、不明?」


『……はぃ』


「では、今のランドールは……」


 やはりシスネにしては珍しく、尋ねたシスネの口調は何処かおそるおそるといった風のものであった。

 聞くのが少し怖い。しかし確認しなければいけないといった感じ。


『加護の恩恵どころか、お零れのおの字も……』


「何故それを早く言わないのです!」


 水晶に向けてシスネがそう叫んだ。

 シスネから発せられた聞いた事も無い様なその大きな声に、傍にいたクローリやイデアが驚きの表情を浮かべる。


『も、申し訳ありません。ですが、』


「あの魔王が街にいるという事は、シンジュを誰も探しに行っていないという事ですね?」


 慌てて謝罪し、取り繕うように続いたカナリアの言葉をシスネが遮る。いつもより強い口調であった。

 あの魔王―――シンジュを主と讃え、崇め、片時も離れない少女が動かない。

 動けない。

 それはつまり、森を挟んで睨み合うランドールと中央がいつぶつかってもおかしくない状況にあるという事を示唆する。


『探しに行こうにも、唯一の出入口である魔王の穴を中央に押さえられてありますし、かといって、山脈を越えてというのも』


 萎縮し、やや震えた声のカナリアが応える。

 いつもの間延びした口調は見られない。


「あの山脈を気配を隠して越えるのは難しいでしょう。山脈越えの存在を把握された時点で、逃亡者、或いは間者と疑われかねません」


『仰有る通りで……。そうなれば、ランドールへの嫌疑として、こちらに干渉する為の種になりますゆえ、それで……』


「……はい。―――カナリアの言う通りです。声を荒げた事は謝ります。あなたは良くやってくれています」


『いえ! 申し訳ありません! カナリアめは、』


「良いのです。自分の事を棚上げにして八つ当たりしたのは私ですから」


 ―――棚上げ。

 そう、棚上げだ。

 パッセルが中央の商人から水晶を融通された時点で、もっと早く自分が連絡を入れていれば良かった。

 それで何かが変わるのかは分からないが、出来る事はあったはずである。


 損得勘定を優先させる商人から打ち崩そうと動いていたシスネ達は、そちらを優先するあまりにそれを怠った。

 ようやく何人かの商人がこちらに靡き始めたところに、シンジュ不在の報である。


 女神の加護を失ったランドールではあるが、同じ物を持つシンジュさえ街に留まっていれば、小競合い程度はあっても大規模なモノには発展しないと高を括っていた自分をシスネは浅はかだと自嘲した。

 シスネは、まさかシンジュが街を出るなど、まして行方を眩ませるなど思ってもみなかったのである。


 今回のランドールの改革については、シスネやカナリアも想定内。むしろ望んでいた動きであった為、シスネはそこをさして気にとめなかった。


 ランドール家の所有する物を奪われる、という儀式の条件。


 シスネの場合は、理想郷(ユートピア)がそうであった様に、その条件を満たした時、フォルテにも何らかの力がもたらされる。ランドールを守る為の力。

 

 ランドール家に生まれるという事。

 ランドール家の当主になる事。

 そして、挫折を味わう事。

 勝ち取る事。

 奪われる事。


 これら全ての条件を満たした時、ランドールの新たな当主がその芽を出す。

 理想郷(ユートピア)でさえ、魔王を追い詰め、打破できるだけの能力を有していた。

 シンジュというイレギュラーさえなけば、それは現実のモノとして起こっていただろう。


 フォルテがどんな能力を開花させたのかは、カナリアを含め本人にもまだハッキリと分かっていない様であるが、そんなランドール家当主の力が2つになるのだ。

 ランドール家の力は強大なモノとなる。


 しかし、タイミングが悪かった。

 シンジュが街に居てくれたら、もう少し街を出るのが遅ければ、フォルテが新しく得た力をしっかりと自身のモノにする時間的猶予があったはずである。


 いつかの散歩の時、魔王は言った。

 勝利の女神か、はたまた破滅の悪魔か―――と。

 今はまさにその瀬戸際と言っていい。

 王の座を欲するアルガンには、手土産(功績)持参でやって来たシスネが勝利の女神に見えるだろう。

 しかし、それによって領地の半分を奪われ、滅亡の危機に瀕するランドールの人々には、シスネが破滅の悪魔に見えるかも知れない。

 ただ、シスネは勝利の女神になる気はあっても、破滅の悪魔になる気など更々無かった。

 無かったが、それは女神の加護を持つシンジュがランドールの街にいる事を前提としたモノ。


 ―――まさにイレギュラー。


 カナリアからの報告を受けたシスネが内心で苦く笑う。

 そうしてそこまでシスネは思考を巡らし、


 ―――善くも悪くも、イレギュラーを想定に組み込んだ事がそもそもの失敗ですね―――シスネはそう考えるに至った。

 

 だが、過ぎた事を考え過ぎない様に努めるのがシスネである。

 失敗は失敗として受け入れ、学び、次に活かす。それだけ。

 いつまでも後悔などしない。


「カナリア」


『はい』


「とにかく、フォルテの得た魔法の把握に努めてください。魔王が街に健在ならばすぐにランドールが滅びるという事でもないでしょう。何やら自信もあった様ですし」


『あれはいつだって自信満々ですわぁ』


 間延びしたカナリアの声が水晶から聞こえる。


「少し予定を早めましょう。こちらも―――」


 とシスネが口にした時であった。


 部屋の外。

 扉の向こうが急に騒がしくなった。


「何ですか!?」


「お引き取りください! ここをシスネ・ランドールの」


「黙れ! ランドールの悪魔共が!」


 ミナとパッセルが誰かと言い争うような声。

 それを聞いたシスネは、慌てず、されど素早く、一方的にランドールとの通信を閉じると、水晶をイデアの胸に押し付けた。

 ガタガタと荒い音を立てる扉。

 外の誰かが開けようとしているのだろう。

 しかし、イデアが用心の為に掛けた鍵の為、扉はすぐには開かない。


 水晶を押し付けたられたイデアが何かを口にするより早く、


「持っていてはマズイ。預けます。あなたは『カモ』としての立場を、」


 いつもより早い口調のシスネが、そこまでイデアに告げたところで、鍵の閉まっていたはずの扉が強引にこじ開け放たれた。


 部屋へと雪崩れ込んで来たのは、全身を鎧で包む重鈍そうな兵であった。

 一人が入って来たのを皮切りに、続々と部屋へ押し入る兵達。


 扉の向こう。兵達の背後には、取り押さえられ、床に頭を擦りつけるミナとパッセルの姿があった。


「何事だ?」


 水晶をすぐに懐へと隠したイデアが、兵達に向けて険しい表情を向ける。


「イデア将軍! 良いところに」


「何事かと聞いている」


「アルガン殿下がお倒れになられました!」


「なんだと?」


 イデアだけでなく、クローリや外のミナ達も驚いた表情を見せる。

 シスネだけが、いつもの無表情。

 無表情ではあるが、あまりのタイミングの悪さにシスネの胸中は焦りが色濃く浮き上がっていた。

 何故このタイミングなのかと叫び出したい気持ちを、下唇を噛んで必死に抑えた。


「そこの悪魔を拘束せよとの命令です! ソイツが殿下に何かしたに違いありません!」


 先頭にいた兵が忌ま忌ましそうにシスネを睨み、吐き捨てる。


「シスネ様はそんな事しません!」


「黙れ! 悪魔の手先めっ!」


 取り押さえていた兵が、反論したミナを上から力づくで押さえ付けて黙らせる。


 ―――アルガンが倒れ、兵が強引に部屋に押し入って来た。

 それの意味するところはひとつ……。


「クローリ。武器を置いてください」


 シスネのその言葉に、クローリはすぐに動かなかった。

 しかし、何かを諦めたようにクローリは担いでいた巨大な剣を外し、ゆっくりと我慢でもするかの様に床へと転がした。

 ガチャンと、金属の跳ねる音が響く。


「素直なのが逆に不気味だな」


 そんな事を言った先頭の兵が、片手を素早く上げて後ろの兵達に合図を送る。

 それに従い、シスネを拘束しよう近付いた兵が手を伸ばした。


 が、兵がシスネに触れるより先に、隣にいたイデアがシスネの腕を取り、自身の方へと強引に引き寄せた。

 腕を背後から回し、シスネの首を押さえるイデア。


「コイツは私が連れて行く。お前らは、後ろのデカブツを連れて来い」


 そう言って、イデアは不敵に笑うと、シスネを拘束したまま部屋の外へと向けて歩き出した。


 シスネを連れたイデアが、床に這いつくばるミナとパッセルの前を通りすぎ、長い廊下を歩む。

 後ろからは、「抵抗するなよ!?」と、クローリを威圧する兵の声。


 長い、すぐ近くに誰も居ない廊下を歩きながら、シスネをきつく―――見える様に軽く捻り上げたイデアが言う。

 このままシスネを連れて逃げようかという自身の感情を必死に押し殺したまま。


 イデアは、「必ず助けます。―――必ず」と小さな声で呟いた。


 イデアの顔が歪む。

 シスネを連れたまま考える。


 いま逃げ出すのは簡単だ。

 師であるクローリと二人ならば、ミナやパッセルをも救い、シスネを引き連れ中央から逃げる事は可能だろう。

 しかし、それをした瞬間にランドールは終わる。

 幾万の兵が武器を手に、ランドールへと敵意と殺意をもって押し寄せる。


 しかし、このまま逃げ出さずとも、そういう未来が待っている。

 アルガンが何故倒れたのかは分からないが、それを理由に王国がランドールに牙を剥くのは容易に想像出来る。

 だが、まだ絶対にそうなると確定した訳ではない。

 アルガンが倒れた事にシスネは関係していない。そんな愚を、シスネが冒すはずはない。


 まだ終わってはいない。

 だからこそシスネもあの場でクローリに抵抗しない様に釘を刺した。

 シスネはまだ諦めてはいない。

 最初で最後になるかも知れない逃走のチャンスを棒に振り、ランドールの為に最後まで足掻き続ける事を選択したのだ。


 シスネもまた、そんなイデアの呟きに小さな頷きで返す。

 そうして二人は長い廊下を歩いていった。


 歩きながら、何気無く胸元を手で触れたシスネは、そこにいるはずのスライムに小さな声で話し掛けた。


「少しお願いがあるのですが」

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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