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第1王子アルガン

 中央と略される事の多い王国首都ハイヒッツ。

 ハイヒッツには、合わせ鏡のように良く似た外観をした北門と南門があり、その2つを線で結んだ中心にあるのが、今は亡き王の住んでいた城である。


 城のすぐ隣、離宮と呼ばれる御椀をひっくり返した様な形の大きな建物。その一室。

 四角い大きな机の前に、十五人程の男達が囲んで座っていた。

 細部は違えど誰もが公の場のための正装に身を包んでおり、それぞれが、高い役職である事が格好から見て取れる。

 ただ、王国の主要な人物が並ぶ場ではあるものの、堅い空気感は無く、男達の顔にはこの場では不釣り合いにも見える明るい表情が浮かぶ。


 その男達の上座には、その場に於いては一番若い男が座っていた。


「此度の大改革、アルガン殿下の采配の賜物ですなぁ」


 上座に構える男――王位継承権第一位アルガン。その王子の機嫌でも取るかの様に壮年の貴族がそう口にした。


「あまり持ち上げてくれるな。これを成せたのは、みなが率先して動いてくれた事が大きい。みなの尽力あっての成果だ」


 傲慢さで定評のあるアルガンではあるが、その性分は鳴りを潜め、真面目な受け答えをもって応じた。

 機嫌が良いようだと、アルガンの人となりを知る場の者達から少しの安堵と笑いが起きる。


 アルガンを除く彼らは、王国の中でも特に力を持つ貴族達であった。

 中央にて、王家の傍で王国の為に尽力する者達と、地方にて大きな領地を王より賜り、そこで王国の為に尽力する者達だ。


 彼らの言う「此度の大改革」とは、辺境ランドールへの『テコ入れ』に関する事である。


 王国の一領地なれど、数百年の長きに渡り、王国と目指す頂きを共にして来なかったランドールの地。

 ギルドの創設など、多少の介入こそあれど、一定の枠を越える事はなかった。

 それはランドールが王国を本気で相手にしなかった為であり、王国もまた、ランドールを本気で相手にしなかった為である。

 互いに互いを恐れた為に立ち塞がった大きな壁。

 それが、アルガンとシスネの婚姻という形で崩れた。

 ここまでランドールに食い込む大規模な政治活動を行ったのは初の事である。


 王国でも、最も肥沃で広大な領地を持つランドールは、今日(こんにち)に至るまで、まるで王国と競うように成長を続けて来た。

 そうして生まれた対立が数百年も続いたのだ。どれほどの悲願であったのか、目を赤くし、涙を浮かべる有力者もいる程だ。


 この大改革のそもそもの始まり、きっかけは、飢饉と資源枯渇に苦しみ、王国に反旗を翻した幾つかの領土の存在である。

 王が倒れたその日に行われた、地方の住民達による決起集会。

 即日の一斉蜂起。


 この革命運動、ないし暴動に、アルガンはすぐさま鎮圧の為の軍を派遣。

 元々地方の小さな領地の中で起こったこの暴動は、派遣された軍により瞬く間に制圧、鎮圧された。


 しかしこの、話もろくに聞かずに行われた鎮圧劇を受けて、暴動こそ起こさなかったものの不満を溜め込んでいたその他の領地民にも不穏な動きが見え始める。

 王国存続の翳りが顔を覗かせ始めた。

 このまま、不穏の種は拡がり、芽を出すのは時間の問題であった。


 そこに来て、アルガンの婚約、ならびにランドール大改革案である。


 アルガンは四方八方に間者を流し、ランドールの持つ豊かの土地の事を風聞し、煽動して回った。事実以上の付加価値を付け加えた上で。


 辺境ランドールが、その閉じっぱなしの門戸を開きさえすれば、王国は建て直せる。やり直せる。

 そういう世論をアルガンは作り上げた。


 ランドールのテコ入れが始まり、それですぐに生活が改善されるというモノではないが、少なくとも、成功するかも分からない革命に血を流すよりは、ずっと現実的な話として、民衆達の間に拡がった。


 そうして、期待の中始まった大改革。

 大改革の手始めに、アルガンは各主要都市の代表者達と連携する為、根回しに奔走した。

 中央だけでは賄いきれない資金、道具、人材の協力を取り付ける為である。


 これは彼らにとって悪い話ではない。財産になる。

 必ず乗って来ると、アルガンは確信をもって事を運んだ。


 現実、彼らはアルガンのこの案に乗ってくるのだが、当初は、あまり良い感触では無かった。


 狡猾で、老獪にして周到。

 そんな彼らにして見れば、民の不満で溺れかけている中央を、ともすれば損切りやむ無し、といった目で見ていた。


 彼らは、自らが責任を取る事を極力避ける。

 最低限、領主としての仕事を行っている以上、王国の不満は君主制の頂きに立つ王の責任であり、その責任処理に自分達から進んで立ち回ろうとはしない。

 

 仮に、責任を取って地位や権力を捨てる事があっても、それは奥の手。傷を最小最低限に抑える為の手段。

 どうあっても自分達の利が残る様に動き、そういう考えだからこそ、彼らはこれまで権力者として生き長らえてきた。


 例えば、今回のランドールの一件がアルガンからの「やれ」という命に基づく、彼ら自らが主導で行うものであったなら、老獪な彼らはのらりくらりと避わして動かなかっただろう。

 保身の為ならば、時に道化(バカ)を演じる事とて彼らはいとわない。


 しかし、実際に主導するのはアルガンであり、ランドールの呪いで破滅するのも主導するアルガン本人だ。


 アルガン自身が、自らの口で主導すると約束した。

 いくら王子とて、主要都市の代表を前にその取り決めを反古には出来ない。

 実の兄弟達とも対立し、王位継承どころか地位すら危ぶまれるアルガンのヤケっぱちに見えなくもない提案に乗り気では無かった有力者達。

 そんな彼らであったのだが、辺境卿シスネ・ランドールが中央の呼び掛けに応じ、上洛した事でその態度を一変させた。



 シスネが中央に馳せ参じたあの日。

 ここにいる彼らはお忍びで、或いは間者を通して、中央のあの大通りでシスネ・ランドールの姿を目撃した。


 「本当に来た」というのが彼らの一律した気持ちであった。


 ()()辺境卿が、人前に、しかも対立する中央に現れたというのは、とても信じられない事であった。


 建前上は「婚約」という事になっているが、建前は建前でしかない。

 一体どうやってあの山を動かしてたのかと、見ていた有力者の誰もが冷や汗を流した。

 そして、それだけの事を成せるという事実が、ランドールを改革するというアルガンの言葉に、重味と真実味を貼り付ける。


 そうして、今回の改革案の実行にまでたどり着いたのである。


 実際には、アルガンは難しい交渉ごとをランドールと行ったわけではない。

 ただ一方的に、「結婚してやるから来い」と、簡潔にまとめるならそう言っただけである。

 勿論、その一言にそれだけの力を持たせる為の肉付けはあった。


 女神の加護の消失である。


 加護の――中央風に言うならば、呪いの消失。

 この情報をいち早く密かに耳にしたアルガンは、粛清という名の刃をチラつかせて、強引にシスネを中央へ呼び寄せた。

 呪いを失ったランドールが、断る事など出来ないと理解した上で。


 その、功績の裏話ともいえるそれを、正直に「こうでした」と説明する程、アルガンは馬鹿ではない。

 勝手に憶測で自身の評価が上がるならば、傲らず、静かに、堅く口を閉ざす。

 そうして、この大改革の功績をもってアルガンは、自身の王位継承反対派を黙らせ、謀殺し、支持を拡大。王の座まであと一歩というところにまでこぎつけた。




「進捗状況は記載してある通りです」


 アルガンの隣に立つ女性――アルガンの側近であり、彼が王になった暁には宰相を任されるだろうと予想されている人物――が、老獪な面々に気後れする事なくそう口を開いた。


「些か、予定より遅れているようですな」


 アゴヒゲを長く伸ばした老人の一人が、書類を捲りながら発言する。


「仕方ありますまい。あの辺りは道もろくに整備されていない。どうしても運搬に支障が出てしまうのでしょう」


「馬が駄目ならば、魔法屋連中による空輸の数を増やせば良いのではないか? それなら、うちはまだ少し余裕がある」


「卿のところは魔法使いの子飼いが多いそうだな」


「いかにも」


「う~む、こんな事なら我が領地も魔法に長けた者を増やして置くべきであったわ」


「全く。私も同意見ですな」


「ははっ。なに、どのみち利益の分配は公平に行われるのだ。そちら方はそちら方で、輸送路が拡張次第に馬でも人でも増やせば良いでありましょう」


 違いない、と場の者達が笑い合う。

 これが他の案件なら出し渋る者を諌め、それで空気が悪くなる事も珍しくない光景だが、浮かれてみな上機嫌の為か冗談でも言い合うかの様に年寄り達の口は軽い。


「しかし、あまり功を焦って、ランドールを刺激しすぎるのも良くありませんでしょうな」


「ふむ。こちらが得をしている以上、あちらは同じだけ損をしておりますからな」


「損と形容するのはいかがなものか? 今まで王国の為に、あそこが何かをした事など無いのだ。貯まったツケを一気に払っているだけでありましょうに」


「あのがめつい土地の連中が、その様に考えるとは到底思えませんな」


「貴殿は戦争をお望みか?」


「そういうわけではないが、貸しはあっても借りはない。というのが、私の意見ですな」


「貴殿の言わんとしている事は理解出来るが……、しかし心証だけで事を動かすのは些か逸り過ぎではないかね?」


「お言葉を返す様ですが、その心証が、この数百年の溝を作り上げたのではないか」


「アルガン殿下。殿下は、どの様にお考えですかな?」


 その言葉で、場の視線がアルガンに集中する。

 問われたアルガンは、少し眉をひそめる。

 間を置かず、


「そこが問題ではある。ランドールが今よりも王国に歩み寄り帰属するのか、それとも反発し、こちらと事を構えるのか」


 そこでアルガンは一度言葉を止めて、一同を見渡す。


「ただ、民衆の声はこちらに同調しつつある。いまは堕ちた王国の威厳と威信を取り戻す時期だ。先の暴動の件では、多くの血が流れた。ならばこそ、余計に民衆達は血を流す事を良しとはせんだろう。悪魔の地とはいえ、出来る事ならば流るる血は無い方がよい。血を流す事なく、王国健在を世に知らしめねばならん。みなも同じく気持ちであると認識しているが、如何に?」


 そこに居並ぶ者達の気持ちを知っているのか、アルガンは求めるような物言いをした。

 一人の老人が感極まった様に立ち上がる。


「アルガン殿下のお言葉、そして民衆の声は、まっことその通りでありましょう。彼の地は、数百年も前より、悪魔領として認識されていると同時に、我が王国内の領地としても認知されております。で、あるならば、力づくでの吸収よりも、対話による懐柔こそが王国の務めでありましょう」


「ふむ。まさにその通りですな」


「今こそ、牽制し合うのではなく手を取り合うべきです」


 立ち上がって高説をひけらかす老人の言葉に、何人かの同調の声が続き、小さな拍手まで起きる。


 声を上げなかった他の何人かは、その様子に、茶番だなとは思いつつも、それを声には出さなかった。

 出せるわけもない。


 この一連のやり取りは、アルガンによって予定されていた流れ。

 一部の者がアルガンに同意し、その意見が多数決であるかの様に見せる仕込み。まさしく茶番。


 茶番ではあるが、多数の意見がそうである以上、これに反対の意見を述べる事は自分の首を絞めかねない。


 例えば、悪魔と手を取り合うなど反対、と仮に誰かが反対したとする。

 その上で、例えばランドールが反発し、戦になったとしよう。

 では、その相手は誰がするのか?

 白羽の矢を立て易いのは、融和に反対した者である。

 「こっちは仲良くやりたいから戦争は反対。融和に反対するお前達がやればいい」という具合である。


 勿論、戦争になると決まっているわけでもないし、中身も例えばの一例に過ぎないのだが、アルガンがそういう仕込みをして来ている以上、反対には何かしらのリスクを背負う事になる。

 君主制――君主主義は民主主義ではない。

 王、ないし一番頂点に君臨する者に意見するというのは、そういうリスクを伴う事であるのだ。


 君主制の中の社会で、王座に最も近いアルガンならば、別にこんな仕込みなどせず、「自分がこう決めた。ゆえに従え」とする事も出来るのだが、アルガンはそうはしなかった。

 後々の事も視野に入れ、一応みなの意見を聞いている。という(てい)を取った。


 望んでいた大改革は実行にまでこぎつける事が出来た。

 そんなアルガンの次なる当面の目的は、その功績を手土産に王の座につく事。

 そしてその先。

 更なる目的の為に、アルガンはここにいる者達とわだかまりを作る事を避けた。

 王位に就いただけではどうにもならない、その先の事の為に。


 同調の声が治まり始めたのを見計らい、側近の女性が話を切り出す。


「両者の長年の遺恨もあり、彼のランドールは意固地になって刃物を振り回し間違った方向へと指針を取る可能性があります。皆様方には、その辺りを踏まえ、今後この遺恨が王国の未来に残らぬよう、尾を引かぬように、最善の方策を用意して頂きたいと考え、」


 女性がそこまで述べた時、座っていたアルガンが手を上げ、話を止めさせた。


「すまんが、少し気分が悪くなった」


 アルガンの口から出た言葉に、一瞬場がどよめく。

 本人が申告するように、アルガンの顔色は悪く、額にはやや汗も滲んでいた。


「アルガン殿下。大事なお体です。どうか御無理はなされぬよう」


 最も近くに座っていた貴族の一人がそうアルガンに声を掛ける。


「ああ……。すまないが、ここで退席する。――アリン、悪いが後を頼む」


「畏まりました。――守備番! 殿下をお部屋までお連れしろ!」


 女性が言うと、部屋の扉が開き、二人の兵が入って来た。

 兵はそれぞれアルガンの左右に立つと、ふらふらとした足取りのアルガンを支えてその場を後にした。


 アルガンが去った後、



「ランドールの呪いではあるまいか……」


「改革と王位継承争いのお疲れが出ただけであろう。呪いなど……」


「全くだ。馬鹿馬鹿しい」


 しかし、その場の誰もそれを強くは否定出来なかった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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