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やっつけ仕事

五章です

 突貫中の突貫であった。


 ランドール領地の外周を囲むギアナ山脈。その足元に空いた唯一の出入口『魔王の穴』。

 その穴からひたすら真っ直ぐに伸びる道は、ランドールに最も近い街ルイロットを経由する様な形で、拡張に次ぐ拡張、延長による延長によって、幾つもの輸送路や街道が急ピッチで作られ始めていた。

 拡張され、幅の広くなったいくつもに枝分かれする道を辿って行けば、中央など王国の中でも特に力のある幾つかの都市に続く。


 広大なランドール森林からは無数の丸太が切り出され、ギアナ山脈からはゴロゴロと鉱石が掘り出された。

 あらゆる動植物は根こそぎ掠め取られ、後には更地が残るのみ。


 それらランドール領地の資源は、迅速、かつ滞りなく、馬車に揺られて輸送路を進み、ランドールから離れて行く。

 以前より想定していたのか、開始からそこに至るまで、相応の用意をしていた周辺領地の動き出しは早かった。 

 駆り出された人員は既に三万を超えた。

 資金提供。

 支援物資。

 普段はなんだかんだと理由をつけて出し渋る貴族や王国の商会も、今回ばかりは意欲的な活動家に様変わりし、どれも迅速に集められた。


 この大規模な事業に乗り遅れれば、他領地に遅れを取る事は必須。

 そういう意識下でもって、人と物資が莫大に動いた。

 そうやって、開拓事業に名乗りを上げて、新たな利権を生み出し、牛耳り、経済的に優位に立とうと誰もが皮算用をひけらかす。


 王国各都市を繋ぐ街道の全面改装計画案、及び新たな街道開拓計画案。

 これは何も急に降って湧いた草案というわけではない。

 誰もが常々頭に描きながらも、その誰もが具体的な指針を示さなかったのは、国力、そしてそれに追随する各都市の懐事情を考慮し、先送りにされ続けていたからである。


 道とは、各地を繋ぐ懸け橋である。

 それは何も多種多様な人々の交流、友好を繋ぐだけの橋にあらず、領地の発展の為にも必要不可欠な橋である。

 それを怠るというのは、発展の遅れを意味する。

 勿論ながら、王国の各地方を繋ぐ街道が無いわけではない。

 ただ、街道はどれも古く、道幅も狭い。

 それゆえに、物流が遅滞する要因となっている。

 自由に行き来出来ない出入口は、それだけで人のやる気を削ぐ。


 その昔、王国主導で開拓、整えられた街道も何十年と大きな改修、改装もなく、川を渡る橋造りは勿論、大規模な治水工事ですらも数年に一度あるかないか。広い街道は有事の際の大軍の遠征を容易たらしめるという、君主制ならではの懸念もそれに拍車を掛ける。


 この慢性的な足踏みこそが、現在王国の抱える『資源不足』と『食糧不足』という二つの形として現れる事になったのである。



 そんな折にもたらされた王家とランドール家の婚姻。

 これにより、小規模ながらも王国と双肩を為すランドールの経済的支援の算段が立った。


 戦争に限らず、大規模な公共事業というのは多くの金と人が動くものである。

 資金の出所こそ中央集中というわけではないが、形態として、今回の開拓は中央主導による大規模公共事業。

 多くの需要と供給が莫大な金と物を動かし、無数の雇用をも生み出す。

 そんな事もあり、今回のランドール開拓は王国の民衆から大変な期待を寄せられる事業である。


 何かと理由を用意しては、王国の力が及ぶのを危惧し、街道整備及び開拓を拒み続けていたランドール。

 それがようやくにして、閉ざしていた門を開き、これで開拓の体制が整った。

 他地域への物流を徹底的に管理し、最小限に抑え、そうして発展した辺境ランドールが、その資源の門戸を開くというのは、それだけ大きな発展が期待される出来事なのである。


 



 王国が景気の回復に湧く一方で。

 ランドール住民は大きな不満を募らせながらも、その不満をグッと堪え、森が食いつくされるのを見守り続けた。


 王国中央から、ランドールに向けて要求されたのは『ランドール周辺資源の半分』。もはや半分の線引きさえ曖昧であるが、とにかく半分という事だった。


 当然ながら、ランドールとしては冗談じゃないという気持ちである。

 普段は見向きもせず、むしろ嫌悪さえ抱いているくせに、困った時だけすり寄って来る。おまけに無条件で資源の半分を持って行くのである。

 これに憤らない道理などあるはずもない。


 しかし、ランドールに拒否権などあるはずもない。

 もはや蹂躙に近いこの王国の蛮行は、名目上は『シスネ・ランドールからの献上品』という事になっている。

 ようは、結婚して王家に入るのだから嫁入り道具を持って来いという屁理屈で成り立つ、速やかな物資の明け渡しであった。


 当たり前だが、普段ならそんな馬鹿馬鹿しい要求など呑めない。呑めるはずがない。

 だがランドールは呑まざるを得ない。


 互いに、戦いを仕掛けようとするならば簡単に出来る距離だった。

 断るという事は、駆り出された数万の人間がそのままランドールの街に雪崩込む事を意味する。当然、その手に武器を、内に殺意を持って。

 見える全てが軍属というわけではないが、それでも戦える者は万を超すだろう。カラスを含め、ランドールが総出で対峙して互角。あくまでも数の上ではと注釈がつくが。

 あの兵力で来られたら、ランドールは1日で落ちる。


 この悪辣な暴挙ではあるが、それでランドールがすぐにどうなるというものではない。

 ランドールの領地は広大である。

 広大ではあるが街の人口が領地に比べて酷く少ない。

 ゆえに、現状では領地のほぼ8割近くをもて余している。

 仮に半分を王国に持っていかれても、まだ3割ももて余している。

 もて余してはいるが、領地とはいわばハッキリ目に見える隠れた資産の様な物であるので、あって困る物ではない。自分達の資産である以上奪われて良いという訳ではないのだ。


 ランドール住民の不満は大きい。

 しかし、それと同じだけ、ランドール単独による完全な資産の牛耳りは他領地から排他的と非難され、不満を募らせる。

 元々仲も良くないランドールと王国ゆえ、この出来事をきっかけに、両者の溝は加速度的に深まった。




 

 ランドールから見て、魔王の穴を抜けた少し先。 


「これを見たら、あの姫君はどんな顔をするだろうな」


 ギアナ山脈を少し登った場所に作られた野営地にて、壮年の将軍はそう吐き捨てた。


 中央軍の長である彼は、今回のランドール領開拓にあたっての全権を任される指揮官である。

 一番重責を受け持つ立場であり、実力を問われる立場でもある。


 中央軍には彼を除いて、他に三人の将軍が存在する。

 内一人の女将軍を除くと、彼が一番若く、能動的だとの理由で今回の場に駆り出された。

 軍人として、「やれ」と命じられた以上はやらねばならない。別にその事自体に不満はない。

 ただ、彼は軍人である。

 軍人である彼からすれば、今の状況は想定外であり、手に余る事態であった。


 開拓事態は想定内。

 中央とランドール。この両者の長年の対立が、今の事態を招いている。いつかはこういう事態になるだろうと、彼でなくともある程度の知識人ならば誰もが予想はしていた。


 彼にとっての予想外は、これが今のところただの開拓案件である、という事である。


 彼は軍人であって、商人でも、まして開拓者でも無いのだ。

 勿論、モンスターがひしめく土地の開拓ではあるので、それとて軍務と一切関係無いという訳ではないが、わざわざ将軍である自分が出っ張る程の事ではない。


 開拓の命を受けた際、彼は「ランドールとの戦争になるだろう」と予想してこの任についた。

 領地内の資源の半分を搾取されるのだ。ランドールの連中が素直に渡すはずがない。当然、反発があって然るべき。

 その反発に託つけて、半分といわず領地を丸ごと手中に収める。そういう流れになるだろうと彼は思っていた。


 ―――戦争だ。

 ―――争いになるに違いない。

 だからこそ、将軍である自分が現場に出向き、指揮を取る必要がある。


 ―――長年牽制しあい、均衡を保っていたランドールとの戦争。

 そんな長年の関係に終止符をうつ戦いの陣頭指揮を取れるなど、軍人冥利に尽きるというもの。

 均衡を保っていたとはいえ、ランドール自体の戦力など知れている。

 適当にやっても勝てる勝ち戦。

 それで自分の名が歴史に残るのだ。こんなに嬉しい事はない。



 そう予想してこんな辺境までやって来たはずであるのに、蓋を開けてみれば、予想されていたランドールの反発など無く、結果、ただ規模が大きいだけの開拓班になり下がってしまっていた。


 ―――まあ、反発を理由に中央が攻め込むと予測出来る程度には、ランドールも馬鹿では無かったという事だろう。

 他の将軍連中が渋っていた理由が少し分かった気がする。

 他の三人の将軍が渋っているのは、てっきり「ランドールの呪い」などという、わけの分からない噂を間に受けているモノとばかり思っていた。


 ―――馬鹿馬鹿しい。

 見ろ。俺はこの通りピンピンしている。

 呪いなど、悪魔領と揶揄されるランドールのイメージが産み出した妄想に過ぎない事が証明されたわけだ。



「動きませんね」


 隣で、自分と同じ様に暇をもて余していた副将の男がそう溢した。

 ここに来てからというもの、この副将からもう何回その台詞を聞いただろうか。

 自身もそうであるように、副将もこの雑用の任に苛立ちを覚え始めているのだと思った。


「背水の陣であると理解しているんだろう。動いたところで、奴らがこちらに勝てる道理はない。事態が悪化するだけだろうからな」


 将軍はそう頷くが、内心ではさっさと動いてくれと思っているのだろう。苦い顔をして将軍は吐き捨てるように言った。


「こちら側に人質がいるのも、影響しているんでしょうか?」


「悪魔の姫君か……。かもしれん。『仲良し孤児院』だったか?」


 小馬鹿にしたように将軍が笑う。


「また随分古い報告書の話を持ち出しましたね。けどまあ、あながちデタラメな報告ってわけでも無かったのかもしれませんね。最も、私は離反した者が書き残した報告書の信憑性など眉唾であると考えていますが」


 ふん、と将軍が鼻で笑う。

 それから少し間を空け、


「貴様はこの状況をどう見る? このまま奴らは動かず、領地の半分が奪われるのを指を咥えて黙って見ていると思うか?」


 副将は少し考えてから、


「奴らは、自治権を与えられて起きながら、王国にその恩を返すでもなく、あまつさえそれを利用し、増長する恩知らずな輩だと考えます」


「まあ、ランドールの連中は自力で得た自治権だと思っているだろうがな」


 居住いを崩さず、副将は続ける。


「肯定します。しかしながら、その慢心こそが、奴らが未熟である証。伸びた鼻を更に伸ばして、奴らが動き出すのも時間の問題かと」


「造反すると?」


「はい。私は今回の任を、王国を乱す悪魔のその鼻っ柱をへし折り、成敗するモノだと認識しております」


「……だと良いがな。―――だが、逸るなよ? 貴様らは、軍人だ。軍人としての名に傷が付かぬように心がけて行動したまえ」


「心得ております。なに、たかが暴徒一万。そう気負いする程の事でもありますまい」


 将軍の試す様な声かけに、副将は不動のまま答えた。


「暴徒か……」


 含みを覗かせて呟いた将軍は、そこで一度小さな間を取った。

 そこに副将のやや悪戯っぽい口調の言葉が差し込まれる。


「いっそ、ランドールで暴動でも起きませんかね? 領地の横取りを黙って見ている無能な領主を住民が~、とかなんとかで」


「そうだな。なら、その時は仲裁は俺が行くとしよう」


「仲裁とは、なかなかランドール住民を慮った提案でありますなぁ」


 将軍の冗談に副将が笑って返す。


「俺はこう見えて平和主義者だからな。ただ、いかんせん臆病でな。仲裁の折には、兵を万単位で連れて行く事になるだろうな」


「なんとも剛毅な仲裁ですなぁ」


 副将がまた笑う。


「あまり、恨まれても困るからな」


 次いで、将軍は雰囲気をガラリと変えて、しかし空気は変えずに、「ところでこういう話を知っているか?」と副将に問うた。


「なんでしょう?」


「憎しみは人を強くする、という話だ」


「憎しみですか? ―――まあ、分からない話ではありませんが、冷静さを欠く事は、戦場ではあるまじき失態。格好の的でありましょう」


「確かにその通りだ。だがな、憎しみにより得た力というのは、存外馬鹿に出来ないものだ」


「閣下は、何かご体験でも?」


「そういうわけではないが……。魔法部に同期が居てな。まあ研究馬鹿だが、そいつが言うには、感情で強くなるというのは、一応の理由があるらしい」


「と、言うと?」


「……魔力というのは、どこにあると思う?」


「魔力でありますか?」


 副将は顎に手を当て思案した後、


「本職ではありませんので、体の内から、としか」


「俺もそんな感じだ。どこにあるかなどと考えた事もなかった。―――だが、研究馬鹿曰く、魔力の源は、ここ、にあるらしい」


 将軍は指で自身のこめかみをトントンと叩いて告げた。


「頭の中に?」


「そうだ。頭の、脳の中に魔力を司るなんらかの部位があるそうだ。魔法が念じるだけで発動するのもその為なのだと、ソイツは言った。ゆえに、感情によって左右されるともな」


「それで、憎しみで強くなる、という話という訳ですか」


「そうだ。強い感情によって、魔力を司るその部位になんらかの影響を及ぼす。それで、普段より強い力が出せる。そういう話らしい。半信半疑ではあるが、一応の説得力はあると思った」


 自分もそうであった様に、何処か話半分気味に聞いている副将に対し、将軍はそう最後に付け加えた。


「火事場の馬鹿力に、一応の理由があったわけですな」


 副将がそう笑うと、将軍もつられて笑った。


「火事場の馬鹿力程度ならば良いが、ソイツはこうも言った。行き過ぎると痛い目を見るぞ、とな」


「行き過ぎるとは?」


 先程までとは違い、将軍は真面目な顔を作ると、野営地のテントから除く、小さく視界に映る遠くのランドールの街へと目をやった。

 副将もそちらに目を向ける。


「ランドール家が、魔法の始祖の一族というのは知っているだろう?」


「悪魔が地上に魔の力を振り撒いた、という話ですね。士官学校で習いました」


 副将が答えると、将軍は少し不思議そうな顔を副将に向けた。


「今はそう習うのか?」


「はい?」


「いや……、いい。―――とにかくだ。魔法の始祖が世界に初めてとなる魔法を生み出したのは、我ら王国人民への憎悪が深く関係しているという。魔法とは、悪魔の持つ人への憎悪が感情というバイパスを通して増幅された結果、世界に力として発現した。つまりは、そういう事だ」


「なるほど。行き過ぎる、とはまさに悪魔の所業という訳ですね」


 副将の言葉に将軍が小さく笑う。


「行き過ぎた結果、追い詰めたネズミに手痛いしっぺ返しを食らうとも限らん。―――ほどほどにな」


 そう言って将軍は、副将との会話で少し渇いた喉を潤そうとテーブルに上に置かれていた水差しを手に取り、コップへと注いだ。

 それを飲もうと口に近付けた時、やや早足で一人の兵がテントの中へと駆け込んで来た。


「ご報告します」


「なんだ?」


「一昨日のギアナ湖周辺にて確認された噴煙についての調査報告です」


「ああ。―――それで?」


「はい。それが、枯れていたギアナ湖が元の湖に戻っているとの事です」


「ん? どういう事だ?」


「詳しくはまだ調べている最中でありますが、調査に向かったルイロット出身の兵の話では、以前と変わりない姿に戻っていると」


「ふむ……」


 呟き、将軍が副将へと目を向ける。


「あの噴煙と微弱な振動は、地下水が湧いた為に起きたもの、という事でしょうか? あれだけの湖の下にある水脈です。それが噴き出したとあれば不思議な話でも無いでしょうね」


「そうだな。その可能性は高そうだな」言って、一度小さく息をつき、「ランドールとは山脈を隔てた反対側だ。関係は無いかもしれんな」


 将軍はやや残念そうに言って、小さく肩を竦めた。

 その顔を見た副将も、同調して小さく笑う。

 一昨日に起きたアレが、ランドールの仕業であれば何かしらの理由をこじつけて「造反の兆候あり」とでも報告し、この眺めるだけのつまらない開拓仕事ともおさらば出来たかもしれない。

 しかし、自然の悪戯だったと判明しては、そこにこじつけてランドールに攻めいる理由作りも出来なくなってしまった。


「まあいい。どうせ軍人の我々は、本職共の護衛と雑用以外にやる事も無いんだ。もうしばらく湖を調査させておけ」


「はっ」


 そうして、規則的な動きで踵を返しテントを出ようとする兵を、「ああ、そうだ」と思い出したかの様に呟いた将軍が呼び止めた。


「どうせ調べるなら、生態もついでに調べたらどうだ? デカくて活きのいいヤツがいい。いい加減、芋にも飽きて来た」


「了解しました。デカくて活きのいいヤツですね。伝えておきます」


 そうして、兵は来た時と同じように駆け足気味の歩調でテントを出て行った。

 兵が出て行った後、副将が赴ろに口を開く。


「お言葉ですが将軍」


「ん?」


「一度完全に枯れた湖ですから、魚がいるとも思えませんが」


 副将が言うと、将軍は一瞬だけキョトンとした表情を見せた後、「それもそうだな!」と豪快に声を出して笑った。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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