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家出娘の旅・しっくすー

(一体なんなんだコイツ!)


 精霊―――チェリージャンは焦っていた。

 洞窟の奥深く。最深部に位置する地底湖にて、顔をしかめて自身に迫る脅威をどうやって取り払おうかと苦悩する。


 自身の放った魔法は、まるで予知でもしているかの様にことごとく避け、その脅威はじわりじわりと地底湖に近付いて来る。


(普通じゃない!?)


 徐々に近付く正体不明の脅威に対し、チェリージャンの不安と焦りはどんどん色濃くなっていく。

 棲み家とする地底湖を中心に張っていた結界。その結界の周囲には3ヶ月前からつい先程まで、アングラクラブという甲殻型のモンスターが群がっていたのだが、今はそれもない。

 近付いてくる正体不明の脅威を、アングラクラブも脅威と感じたのか、散々狙いを付けていた自分をほったらかしに新たに出現した脅威の掃討へと向かっていった。


 その時点では、チェリージャンにはまだ余裕があった。

 むしろ、3ヶ月も付きまとわれていい加減うんざりしていたカニ共が居なくなって清々した気分であった。

 少なくとも、一時であろうと開放されて不安どころかちょっと安心さえしていた。


 カニが全滅するまでは。

 

 チェリージャンには、ここからカニ共の細かな様子を窺う事は出来ない。精々が魔力感知でカニの足跡を見る程度。

 大まかとはいえ、全く分からないよりはずっとマシである。


 カニ共が向かった先には二人の人間がいた。

 感知して分かる限りでは、大したことのない何処にでもいる様な人間だった。

 一人は少し魔力が高く魔法の才がある様に感じたが、もう一人に至っては魔力を全く感じなかった。魔力感知で感知出来ない程度の魔力しか持っていないのだろう。


 そんな二人の人間ゆえ、精霊たる自分でも対処しあぐねていたモンスターをあの二人がとても退ける事など出来るとは思えない。可哀想だが餌になるのも時間の問題だろう。

 

 この二人について、湖を調べに来てこの洞窟内に紛れ込んでしまったといったところだろう、とチェリージャンは予想した。


 自分がこの洞窟内に閉じ込められてから数ヶ月は経っている。

 全てとは言わないが、ここら一帯の環境は精霊である自分の庇護下で成り立つ部分がある。

 そんな土地で、閉じ込められた自分の力が及ばないというのは、環境に何かしらの悪い変化をもたらすのは想像に難くない。

 外がどうなっているのか、魔力感知では分からないが、しかしながら、二人の人間が調査の末に紛れ込んだという事実が、外に何らかの変化が起きている証拠。

 程度にもよるが、自分の力が届かない以上、一帯の異常が自然と沈静化するにはかなりの時間を必要とする。

 それまでにそこに住む者達にどれだけの被害が出るか……。


 なんとか閉じ込められてしまったこの洞窟から出たいとは思うチェリージャンだが、幾重にも張られた結界と数多のモンスターがそれを阻害する。


 ―――自分はここで消える訳にはいかない。

 ―――誰に頼まれたわけでもないが、どうにか無事にここを抜け出し、この一帯を元に戻さなくては……。


 そんな郷土愛に満ちた精霊チェリージャンは、二つの予想外の出来事に遭遇し焦っていたのである。


 ひとつは、洞窟内にひしめいていたモンスターがほぼ全滅してしまった事。

 甲殻型を主軸に、アングラバットやアングラトカゲなどの手強いモンスターも洞窟内には存在していたのだが、それらのモンスターがことごとく粉砕されてしまった。


 そして、力を抑え込まれた今の自分では難しいそれを為したのが、紛れ込んだ二人の人間だというのが二つ目の予想外。


 ―――本当に人間なのか?


 モンスターの気配を、二人の人間を、チェリージャンは魔力感知で何度も確認した。

 自分の調べ間違いではないかと。

 しかし、何度調べても結果は同じ。

 洞窟内のモンスターは淘汰され、それらと対峙し、為したのが魔力もさほどに持たない二人だという事実。


 あり得ない。

 どんな手を使ったらそんな事を出来るのか、チェリージャンには想像すらつかなかった。


 魔力の高い、それこそAランク以上の冒険者―――いや、数やアングラトカゲの実力を鑑みてSランク以上の実力者で無ければ、あれらを屠るなど難しいだろう。

 あり得ない

 しかし現実問題、そのあり得ないがまさに自身のすぐ近くで行われ、しかもそのあり得ないが自分へと向かって来ているではないか。

 これで焦るなというのが無茶であった。


 その結果、チェリージャンは向かって来る二人は人間に似せた別の何か―――人ならざる者だと結論付けた。

 チェリージャンの知る常識では、魔力も持たずにあれだけのモンスターを蹴散らすなど、どんな英雄にだって出来っこないと思ったからである。

 おそらくは、人を上手く真似た何か―――。


 正体こそ曖昧ではあるが、チェリージャンは二人―――その二つの何かを危険だと判断し、攻勢に転じた。

 こちらに向かって来る者を馬鹿正直に待つ必要などない。

 辿り着く前に排除してやる。


 そうして、二つの何かの排除へと動いたチェリージャンであったが、自分のどんな魔法も意に介さず近付いてくる何かにどんどん余裕が無くなってきた。


 ―――冗談じゃない!

 ―――こんな訳の分からない洞窟の中で死ねるか!


 チェリージャンは尚も攻撃の手を緩めず、徐々に距離を詰めて来る何かがもたらす不安とも戦いながら、この場を切り抜ける為に奮闘していた。




 その一方。

 そんなチェリージャンの勘違いなど知る由も無いシンジュは、洞窟奥から放たれる水や岩といった系統の魔法を回避し、時には力付くで排除しながら奥へと向かって進んでいた。


 そんなシンジュの背後。

 庇われる様に歩みを進めるリナの表情はあまり芳しくなかった。

 シンジュが強いという事は、もはや疑ってはいない。

 無数のカニを拳で蹴散らし、洞窟の道いっぱい程も大きさのある巨大なトカゲの体にこれまた拳一発で風穴を開けたその実力は本物だろう。

 正直、この強さの意味が分からないが、分かる必要もない。

 ただそこに強いという事実があり、それに追随する安心感がある。この洞窟探索の現状においてリナにとってはそれだけで十分と言えた。


 ただ―――


 軽々とそれらをやってのけるシンジュの顔色があまり良くない。

 リナはそこが少し不安であった。心配と置き換えてもいい。

 シンジュは、時々額に手をあてがって痛みに耐えているような、そんな素振りを見せるのである。


 守られる身であり、ろくに手伝う事も出来ずにいたリナは、邪魔をしないようと心がけて沈黙を通していたが、流石に心配になって尋ねた。


「ねぇ、大丈夫?」


「ん。平気」


「何処か怪我したの?」


「そういうわけじゃないよ。ちょっと頭が痛いだけ」


 小さくそう笑って答えたシンジュだが、やはり痛むのか何処かぎこちない笑顔だった。


「少し休んだら?」


「大丈夫だよ。昔もね、こんな感じで頭痛がしてて―――」


 そこまで言ってシンジュが言葉を止めてしまう。

 リナが怪訝な顔をする。


「ううん。なんでもない。とにかく大丈夫だから……。それにもうちょっとだよ。あそこを曲がれば精霊のいるとこ」


 シンジュにそう言われて、リナがシンジュから視線を外して道の先を見るのと、人程もあるいくつもの岩がこちらに向かって飛んで来るのは同時だった。


 しかし、慌てず騒がず、それらの岩をシンジュが拳で手際良く排除する。

 痛みの為か、動く度にシンジュの表情が少し強張った。


 そうして、チェリージャンの放つ岩をやり過ごし、シンジュの示した進んだ先の道を曲がろうとした時。

 洞窟が揺れた。

 立っていられない程では無いが、足元を伝って地面が振動するのが分かった。


「なに!?」


 と、リナが天井を見上げると、パラパラと砂がこぼれ出した。

 リナが天井に目をやる間にも揺れが激しさを増していく。


 ―――崩れる!?

 リナがそう思った直後、轟音を伴い二人のいる場所の天井が崩壊した。


 身体を岩に押し潰されて死ぬのか、生き埋めで窒息して死ぬのか。果たしてどっちが苦しいんだろう?


 リナがそんな事を考える余裕があったのは、崩壊した直後にシンジュによって体を抱えられ、天井の崩壊という危機から怪我ひとつなく脱する事が出来たからだろう。

 そうでなければ、そんな事を考える余裕すらきっと無かった。


「平気?」


 ガラガラと崩れた天井を前に、やや茫然としていたリナに気遣うシンジュの声。


「え、ええ。大丈夫よ」


 返し、リナは上を見上げる。

 道が完全に塞がる程の天井の崩落ではあったが、地中深いせいかそこから空が覗く、なんてリナの期待したような光景は見えなかった。

 崩落に伴い、既にさっき感じていた揺れは治まっているが、代わりに周囲がひどく埃っぽくなった。パラパラガラと洞窟内に音が響く。


「完全に塞がっちゃったわね」


「うん」


「これじゃあ先に進めないわ」


「うん」


「どうするの?」


「うん」


 何を言っても上の空といった様子のシンジュの応じに、瓦礫から目を外しリナが隣のシンジュへと顔を向ける。

 自分の手を見つめながら、開いては閉じ、開いては閉じ―――何かを確めるようにシンジュはしばらくそうしていた。


「一旦引き返しましょ」


 リナがそう提案すると、シンジュは一瞬きょとんとした顔を見せた。 

 それから小さく笑って、


「大丈夫だよ。先に進もう」


 人が変わったとまでは言わないが、抑揚のない大人の気配が混じった声色で返してきたシンジュに、リナが胸を少しドキリとさせた。


 しかしそれもその時だけで、次の瞬間には「よーし!」と気合いを入れた子供のようにぐるぐると腕を回したシンジュがいた。

 その様子に、杞憂だったかとリナが小さく微笑む。

 リナは微笑んだまま「どうやって進むの?」と尋ねようとして―――


 ドカンと爆音が轟いた。


 微笑んだまま顔を硬直させたリナが音の方へと顔を向ける。

 あったはずの崩れた天井の瓦礫が吹き飛んで、塞いでいた道にポッカリと穴が開いていた。


「じゃ、行こっか」


 当たり前のようにシンジュから紡がれた言葉に、リナは何か言おうと口を開けて、でも口からは言葉が出て来なくて、結局小さな呆れを含んだ息を吐き出しただけだった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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