家出娘の旅・ふぁいぶー
カニの姿をしたモンスターをなんだかんだで撃退したシンジュ達は、洞窟内の探索を続けていた。
時々、最初の集団のはぐれなのか、単体で現れるカニや、コウモリの羽を生やしたモンスターなどを倒しながら二人は進む。
馬鹿と来るんじゃなかったと思わず叫んだリナだったが、あれはシンジュのモンスターをナメている様な態度のせいであり、しかしながら、そんな様子であっても、確実に、楽々と、ワンパンでもって、モンスターを蹴散らしていくシンジュの姿に一種の安心感を覚えた。
とはいえ、状況が状況なだけに、シリアスとかけ離れたシンジュの楽観的な態度に、そして、自分だけがモンスターを前に慌てふためく事が馬鹿みたいに思えて、リナは少々へそ曲げ気味であった。
その妙に楽観的で思慮の浅いシンジュに向けて、不安を抱えて苛立つリナが、ちょっと八つ当たりっぽくお叱りの言葉を投げる。
シンジュは言われた直後こそ一応は素直に真面目な顔を作るのだが、十秒もしない内には、「ほんとにもう楽し過ぎて楽し過ぎて、スキップせずにはいられない」とばかりに動き出す。
実際、軽いスキップを時折混ぜて歩く姿がちょいちょいリナの視界に映り、それを目にする度に、リナはなんだかやるせない気分になるのであった。
今まさに、洞窟内にちらほら見える小さな水溜まりをスキップしながら避けるシンジュにリナが話し掛ける。
「ほんと、落ち着きないわねぇ」
「良く言われる」
「でしょうね」
リナが確信を持って応えると、シンジュは、あはっと笑って、またルンルンと鼻歌でも唄いそうな表情でスキップを再開した。
そんなシンジュに、リナは「どっちが年上だか分かりゃしないわ」と嘆息した後、特に気になったわけでもなかったが、くすぶる不安を誤魔化す為か、或いは、単に暇だったのか、シンジュに話を振った。
「そう言えば、魔石を回収して無かったみたいだけど良かったの? 取り出し方分からなかったとか?」
リナに話し掛けられて、それでシンジュはスキップを止めて、やや先行していた足を緩めてリナの隣へと並んだ。
「あれね。別にまあいいかなって。―――採取のやり方は前に教えて貰ったんだけど、ちょっと面倒臭いっていうか、グロいっていうか」
「まあ、雑魚っぽかったし、たいした魔石でも無かったんでしょうけど。量だけは有りそうだったから売ればそれなりにはなったんじゃない?」
「お金には困ってないんだ。別にお金持ちってわけでもないけど」
「ふ~ん。気楽なもんね」
リナはちょっともったいないなと思いつつも、本人が入らないと言っているならまあいいかと思うだけに留めた。
魔石は、モンスターの体内だったり、坑道などでも取れる魔法の媒体に仕様される魔力を含んだ特殊な石である。
宝石の様な見た目をしており、品質、及び値段はピンからキリまである。
品質はモンスターのランクに比例していて、Cランク程度のモンスターからは小さく色のくすんだものが取れ、ある程度の量があれば小遣い稼ぎになる程度。
逆に、最高ランクのSSともなれば、ルビーやダイヤモンドにも負けず劣らずの輝きを放ち、超高額で取引されている。
鳳凰石ランドールもこのSSに分類される。
「あっ、でも、リナの村を元通りにするなら魔石も取っておいた方が良いよね? 家直したりするにもお金かかるでしょ?」
「……そりゃあ、あった方が良いだろうけど、井戸が直らなきゃ持ち腐れよ」
「大丈夫だよ。きっと直るよ」
「何を根拠に言ってるんだか……」
呆れつつも、大丈夫だと笑顔を見せるシンジュに、リナも思わずつられて笑顔になった。
「そう言えばリナ」
「何?」
「聞きたかったんだけど、リナはどうして逃げの極意の儀式をしてたの?」
「そんなの決まってるじゃない。冒険者になる為よ」
「へー。リナは冒険者になりたいんだ。私と一緒だね」
シンジュがニコリと微笑むと、リナが何故か眉をひそめて怪訝そうな顔をした。
「シンジュ、冒険者じゃなかったの?」
「え、違うよ? 私はランドールギルドの職員だよ?」
「ギ、ギルド職員?」
「うん」
「……なんでただのギルド職員がこんなところでモンスター相手にしてるのよ……」
「井戸を元通りにする為?」
コテンと首を肩に落として尋ねる様にシンジュは答えた。
「それは、そうだけど……。そうじゃなくて、」
そこまで言って、リナはハァと大きく息を吐きだした。
「まあ、ギルド職員がモンスター退治しちゃいけないって決まりがあるわけでもないだろうし」
「リナはどうして冒険者になりたいって思ったの?」
「死んだお父さんが冒険者だったのよ。ランドールのね。結婚して辞めちゃったらしいけど」
「憧れてって事?」
「ん~、憧れとはちょっと違うかな。お父さん、冒険者時代はモンスター相手に逃げてばっかりだったって、何故か自慢気に言ってたもの」
「あ~、ランドールギルドの冒険者っぽいなぁ、それ」
言ってシンジュは、ランドールギルドに籍を置く冒険者の面々を思い返す。
―――あの人達は逃げる以前にそもそも依頼すら受けない。仕事から逃げてるって意味では逃げてるけど……。
「そんな話聞かされても別に憧れたりはしないでしょ?」
「まあ……そうかな」
「お父さんが良く言ってたんだぁ。逃げるが勝ちって。勝てないと思ったら、逃げて、逃げて、逃げまくって、生き延びられたら勝ちだって。意味分かんないでしょ? 冒険者なのに」
「逃げるが勝ち……。だから逃げの極意なんだ」
「まぁね。とりあえず、死んだ親の忠告くらいは守っておこうかなぁって」
そこで一拍置いたあと、リナはフッと小さく笑った。
「でもお父さん、最後だけは逃げなかったわ。湖が枯れて、森の餌も少なくなって、それで村を襲いに来たモンスター相手に、最後まで逃げなかった」
寂しそうに話していた顔をパッと上げ、リナは両の目の端に指をあてがうと、吊目を作り、「こーんな顔した悪魔よ。たった一人で追い返しちゃったんだから!」と、誇らしげに笑った。
自分自身も、たった一人の肉親である父親を残して異世界に来てしまったと思っているシンジュ。まさか成仏出来ずに、自分のすぐ傍にいるなどとは露ほどにも思っていない。
会いたいけど会えない。
その寂しさは良く分かる。
ただ、自分の場合は死んだわけじゃない。元の世界にさえ戻ればまた会える。
シンジュにとっては、それが寂しさ紛らわせる心の拠りどころでもあったりする。
「カッコいいパパだね」
そう誉めて、シンジュがリナに微笑む。
「まあね。―――シンジュはどうして冒険者に」
リナが言い終わる前に、突然シンジュがリナの腰を取って自分の方へと引き寄せた。
予想だにしていなかったシンジュの行動と、同性とはいえ突然密着した状況に、リナが顔を赤らめて口をパクパクさせた。
「な、なっ!?」
「リナ。私から絶対離れないでね」
進んでいた正面を見据えたままそう告げたシンジュの表情に、赤くなっていたはずのリナの顔がストンと落ち着いた。
自分が死ぬかと思った落下の時でも、埋め尽くす程のモンスターを前にしても、何処か余裕綽々でのほほんとしていた先程までの空気と違い、体を密着させたまま見上げたシンジュの顔は真剣そのものであった。
その表情に言い知れぬ不安を覚えたリナが理由を尋ねようとした直後。
洞窟の先から低くも激しい地鳴りの様な音が届き始めた。
またモンスターの大群かと、シンジュに支えられたままリナが音のする方を注視していると―――
ドンッ、一際激しい轟音と共に、穴の奥から大量の水が噴き出して来た。
リナが水だと視認するより早く、リナの脇を抱えたシンジュが、ほぼ真横にあった別の穴へと飛び込んだ。
シンジュが横穴へと逃げた直後に、先程まで二人がいた場所を猛スピードの水流が駆け抜けていった。
その全てを押し流すがごとき大洪水を、リナはシンジュにしっかりしがみついたまま見ていた。
水の流れ自体は数秒の事であった。
突然やって来たと思ったら、数秒後にはピタリと消えた。
本当にピタッと止まったのである。
その妙な水の流れに、リナは違和感を覚える。
―――水があんな動きをするものだろうか?
雨季、山に貯まった水が川へと流れ、川が溢れ、それが川の上流の土手を壊して洪水になったのを見た事がある。
許容範囲を超え、土手を破壊し、森を飲み込んだ直後の川が破裂したような鉄砲水。
辺りを根こそぎかっさらうような、圧倒的な水の流れ。
それに良く似ていると思ったが、しかし違和感もある。
「なにあれ? へんなの」
リナが言うと、口にこそしなかったがシンジュも同意見だと思った。
水だ。
洞窟に開けた通路を隙間なく埋める程の大量の水の塊。
それは間違いない。
しかし、あれの動きを例えるならば、ゴゥーと来て、ゴゥーと通り過ぎてゆく水の形をした突風が通り抜けたような、或いは水で出来た快速特急が走り抜けたような、そんな動きだった。
その証拠に、あれだけの大量の水がすぐ傍を通ったというのに、横穴に水が入り込んだりする事もなく、二人は全く濡れていない。
比喩ではなく、本当に水の塊だったらしい。
「魔法だったのかな?」
シンジュが、リナの手を握ったまま横穴から元のルートへと戻る。
「魔法? どういう事?」
シンジュは、ん~、と少し考えてから、
「精霊さんが会いたくないってさ」
と、冗談めかして笑った。
ストックが完全に切れました。
とりあえず今回の章までは更新しますが、隔日は無理そうです。




