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家出娘の旅・フォー

 どれくらい歩いただろうか。

 もう自分でもどれだけの時間をこうしたのか良く分からなかった。

 上へ下へ、拓けたと思ったら狭くなり、曲がりくねったかと思えば真っ直ぐ伸びる。

 方向感覚さえあやふやで、自分が今どこにいるのかさえ忘れそうになる。



 シンジュはリナの自宅を出た後、精霊のいる湖にまで足を伸ばしていた。

 今はその地下。

 対岸が目視出来ないほどの大きな湖だったが、湖はカラッカラに乾いていて、湖底には長年の間に貯まったであろうひび割れた元ヘドロと、大小様々なサイズの魚の骨が散乱していた。


 奇妙な事に、湖の底には一ヵ所だけ、まるで排水口の様にポッカリと空いた5メートル程の穴があった。

 マップに映る精霊の居所は湖の下。

 きっとこの穴の下にいるのだろうと考え、飛び降りたまでは良かった。


 自身でも想像出来ないほどの丈夫な体を手に入れたのを良い事に、真っ暗な穴の中に考え無しに飛び込んだのがいけなかった。

 かなり深かった。

 このまま地面に叩きつけられて落下死するんじゃないかと思った矢先、ドボンという大きな水音を経てて無事着水。一命を取り止めた。


「死ぬかと思ったね」


 腕に抱いた少女に向けて、本当にそう思ったのかと問いたくなる様なのほほんとした表情でシンジュは言った。

 シンジュの腕にお姫様だっこの形で収まっていた少女――リナは、青い色のひきつった顔を張り付けたまま一言も発しなかった。


 しばらく動けそうにないリナをお姫様だっこしながら、シンジュは湖の地下――洞窟内を進んでいった。

 異常な腕力の為か、或いは12歳という年齢のわりには小さく痩せているリナが元々軽いからなのか、歩くのにはさほど支障もなかった。


 ぼんやり蒼白く光る洞窟の壁。

 神秘的で、妙に不安感を煽る光ではあるが、その光のおかげで、事前準備など何も無しの洞窟探検であっても、探索するには不自由しなかったのは幸運といえた。

 邪魔になるし、どうせ終わったら戻って来るからと、荷物は全部リナの自宅に置いてきている。


 洞窟内は非常に入り組んだ作りをしていて、マップを見てもどこがスタートでどこがゴールなのか、シンジュにはちんぷんかんぷんだった。

 ここで、「むやみに歩き回るのは危険だ」と思わないのがシンジュである。

 入り組んだ洞窟を、勘だけを頼りに進んでいく。


 無謀とも言える勘頼みでの探索を試みるシンジュだが、ゆっくりと、しかし確実にゴール――精霊の元に近付いていた。


 こと運頼みにおいて、シンジュの右に出る者はいない。

 どんな百戦錬磨のギャンブラーであっても、彼女と賭けをしたら間違いなく身ぐるみを全て剥がされる事になるだろう。

 女神の加護の前には、どんな強運とて無いに等しい。


 逆境でこそ輝くのがシンジュの強運を超えた超弩級の運である。



「降ろして頂戴」


 長くシンジュの腕に収まっていたリナが、ようやく理性と思考が追い付き、状況を理解出来たらしい。

 シンジュが、「大丈夫?」とリナを気遣いながらも、言われた通りにリナを降ろした。


 リナは深く息を吸い込んだのち、


「大丈夫? じゃないわよ!」


 絶叫した。


「な、なに!?」


 洞窟内で反響して、やたらと大きく聞こえるリナの怒声にシンジュがたじろぐ。


「なんでそんなに冷静なわけ!? 今がどういう状況か分かってんの!?」


「……洞窟を歩いてる?」


 リナのあまりの迫力に気圧されながらも、やはりのほほんとした空気を残したまま、疑問符付きでシンジュが返す。


「えらく短くまとめてくれるわね。――はぁ、ほんと死ぬかと思ったわ」


 げんなりした様子でリナが項垂れる。


「ほら、でもまあ生きてるし」


「……正直良く助かったって思うわ。あんな小さな窪みにピンポイントで落ちて、しかも見た目に反してかなり深かったようだし……。本当にラッキーだったわ……」


 リナが落下時の出来事を思い返して、治まっていた冷や汗をまた流す。

 ピンポイント――リナの言葉は大袈裟ではなく、直径にして2メートル足らずの水の溜まった深い窪みに二人は落ちた。

 そこ以外の周囲は固い岩盤が剥き出しの地面で、少しでもズレていたら、それこそ痛いでは済まなかったであろう。

 まさに幸運。ラッキーであった。


 肩を下げたまま、それでもシンジュに並んで歩くリナ。

 リナは、湖に行くと言うシンジュの言葉を受けた後、ジルの「駄目だ」という制止を振り切り、「面白そうだから」という軽い気持ちで付いてきたのを若干後悔し始めていた。


 後悔しても後の祭り。

 命の危険を感じた程の高さを落ちたのだ。

 この深い地下洞の中から、今更ひとりで帰れるとも思えない。

 リナが隣を歩くシンジュの顔をチラッと横目に見る。


 何故か鼻唄を唄っている。

 シンジュからは心配とか不安とか、そんな様子など微塵も見えない。

 どう見ても自分の少し上にしか見えないシンジュではあるが、マッドボア、しかもメスを一撃で倒してしまうくらいには腕が立つ。それゆえの自信だろうか……。

 とにかく、無事に帰る為にはシンジュに頑張って貰う他ない。

 そんな事を考えながら、何気なく隣のシンジュに顔を向けて、


「ねぇ、どんどん進んでるけど、この道で本当にあってるの?」


「え? さぁ?」


「さぁって……。あんたそれで、」


 リナが呆れた顔をして言った丁度その時、自分達の進む道の先でカツーンと、何か硬い物でもぶつけた様な音が聞こえてきた。


「……なに?」


 小さく怯え、身構えたリナが足を止める。

 音は不定期に何度か二人の耳に届いた。


「モンスターだね。なんかいっぱい来てる」


 シンジュが頭の中で展開するマップの中には、先程からおびただしい数の赤い点がじわじわと数を増やし、それが徐々にこちらに向けて近付いているのを映し出していた。


「そ、そう……。――ねぇ、あなたのその余裕は本当に今の状況が余裕だって見て良いのかしら?」


「数は多いけど、強さ自体はCランクくらいだから平気だと思う。でも私の傍から離れないでね。私、魔法は使えないから」


「あんた、そんなに強いのに魔法使えないの?」


「うん……。なんか相性悪いみたい。私の片想い的な?」


 やや哀愁漂う様な小さな微笑みを浮かべて言うと、シンジュはその場で屈んで、傍にあった頭大程の岩を両手で抱えた。

 何を?とリナが尋ねる前に、シンジュは握った岩に力を込めた。

 叩いたわけでも無いのにカラッと小さな音を鳴らして、シンジュの手の中の岩が砕けた。

 均一に砕けた岩の欠片――無数の小石が出来て、手の平に収まり切らなかった小石がパラパラと地面に転がった。


「意味わかんない」


「え?」


 ボソリと言ったリナに、シンジュが小首を傾げた。


「……何も」


 魔法が使えないと言ったが、そうすると今のはただの握力で、岩を粉々に砕いたという事だろうか?

 何それ? 意味わかんない。


 そうこうする内にも、洞窟の奥から届くモンスターの足音は徐々に大きくなっている。

 ガチャガチャと、声を発している訳でもないのに騒がしくなる洞窟内。


 そうして現れたモノに、「ヒッ……」と小さな悲鳴を鳴らすリナ。


 カニだった。

 20メートル程先。目を赤く光らせる犬ほどもあるカニが、ひしめき合い、無数の塊となって、地面、壁、天井と、まるで重力など無いかの様に洞窟の奥から姿を現した。


 そのあまりの赤い目玉の多さに、へなへなと腰を抜かしたリナ。

 リナは続きそうになる悲鳴を嗚咽に変えて口の中で殺す。声を出したら狙われるんじゃないかと、咄嗟にそんな風に感じたせいである。

 カタカタと小さく身体を震わせて、リナは恐怖の中で、愕然と、前を、壁を、闇を、そこに浮かぶ無数の赤色を見つめ続けた。


 しかし、そんなリナには構わず、シンジュは手の内いっぱいの小石を強く握ると、振りかぶり、全身をバネにした綺麗なフォームで力いっぱいカニに向かって投げつけた。


 もはや目をつぶって投げても当たる程にひしめくカニに、目にも止まらぬ速度の大量の小石が飛んでいく。

 小石はカニの群れの中で、散弾銃のごときパパパパンという音を奏でて、次々とカニの固そうな外殻を貫いていった。

 壁の蒼白い光に照らされるカニのツルリとした、それでいて鈍く輝く鉛の様な甲殻はきっと硬いだろう。しかし、まるでガラスの代わりにピンと紙を張った窓を連続で指でつつくような、酷く脆い物のようにリナには見えた。


「大リーグボール1号『魔笛散弾射』!」


 バッチリ『』(カッコ)をつけたシンジュが、正面を見据えたまま不敵に言ってのけた。


 へたり込んだままそれを見ていたリナの頭に、カニの大群の襲来による混乱と、それを小石で撃ち抜いたシンジュの意味不明な言葉によって、でっかい疑問符がぶち上がる。


 正直、大リーグボールが何なのかはシンジュ本人にも良く分かっていなかった。

 前にパパが同じ様な事を言って川で水切りをしていたので、ただそれを真似ただけである。


「続いて、大リーグボール2号『ホーリーフォーク』!」


 言うや否や、同胞の屍を乗り越えてなおも迫るカニの群れに向けてシンジュは、腰を落として、今度は左手をアンダースローで振りかぶった。


 慣れない左手と、これまた慣れないサブマリン投法で、投げた小石が見事にバラけた。

 シンジュの持つ投擲技能LV5では、絶滅危惧種のアンダースローを会得するにはまだ足りないらしい。

 バチバチと地面に当たった小石が()ぜる。

 小石の一部は、カニに当たったが、そのほとんどが壁、地面に吸われた。大暴投もいいところである。


「クッ! やはりあの時の怪我が!」


 忌ま忌ましそうにシンジュが左肩を大仰に押さえた。

 特に大きな怪我をした覚えもない左肩を。


 恥を誤魔化す為に、何かと理由をつけて芝居をうつのがシンジュである。大量のモンスターを前に、「良い仕事してるね」と地面を撫でかねない女。


「ちょ、ちょっと! 何遊んでのよ!」


 迫るカニを無視して、自分の世界に埋没するシンジュにリナが非常に慌てた様子を見せた。


「別に遊んでいるわけじゃ……」


 実際遊んでいたわけではなかったが、他者から見ればどう見たって遊んでいるようにしか見えなかった。

 シンジュがぶぅ垂れているいる間にも迫るカニ達。


 シンジュは、慌てる事なく間近まで迫ったカニを見据えると、


「大リーグボール――え~……、ボールがない……」


「ピンチなの!? 分かってる!?」


 リナはとがめるような目で、シンジュを思い切り睨み付けた。

 しかし、そんなリナの叫びも虚しく響く。

 シンジュは、聞いているのかいないのか、正面を向いたままなにやら難しい顔をしているだけだった。


「ピンチ……ピンチ……」


 と、呟きつつ、シンジュは飛びかかって来たカニに向けて、拳を突き出した。


「パンチ!」


 何も浮かばなかったらしい。

 ただ、威力は絶大で、繰り出した拳は巨大な拳圧を伴い、一番先頭にいたカニを粉々に砕き、なおも止まる事を知らず、暴圧となって洞窟内に吹き荒れた。


 数こそ多いとはいえ、小石による攻撃は『点』である。対して、繰り出した拳から生まれた拳圧は『面』。

 結果として、そのただのパンチは、迫るカニ達を横に押し潰す程のモノとなり、大リーグボールなぞより遥かに威力、討伐数の高い攻撃となった。


「見よ! これがピンチピンチパンチだ!」


 強引に技にしてしまった。

 とにかく名前が無いと駄目なようだ。


「これは、いわゆる窮鼠猫を噛むと言われる絶体絶命の状況を打破するためにネズミが一矢報いるのをヒントに生み出された――そう、火事場の馬鹿力を発揮して的な、何か? みたいな?」


 至極どうでもいい技の説明が入る。

 無論、今考えたものだ。

 思い付きで語ったせいで後半は「ご想像にお任せします」とでもいう風な、ふわっとして雑なモノになった。


「こんな馬鹿と一緒に来るんじゃなかった!」


 半泣きになったリナが叫んだ。


「ひどい! 私一生懸命やってるのに! 一生懸命パンチ!」


 憤慨したシンジュが、八つ当たりでもする様に、右に左にと一生懸命パンチを繰り出す。

 その度に洞窟内に暴圧が押し寄せ、カニをまとめて粉々にしていった。

 一生懸命パンチという名前のわりに、一生懸命やっているようには見えないところが、このパンチの凄いところである。


 そうして、迫り来る数百のカニが全滅するまで、5分も掛からなかったという。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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