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優しい主人

 もて余したやる気と愛国的な何かを体中から溢れ出させるミナを尻目に、シスネはテーブルの上にあった貢ぎ物のひとつを手に取った。

 別に中身が気になった訳でもなかったが、片手に収まる小さな箱を少し眺める。


「所詮世間知らずの小娘程度。プレゼントひとつで懐柔出来ると思ってくれている内に事を進めていきましょう」


 興味など全く無いといった様子で、箱を元の位置へと戻したシスネが告げた。

 実際、シスネは物に執着はない。


 物を贈ってきた貴族や商人などの資産家達も、ランドールが、そしてそれを束ねるシスネが自分達より裕福だとは理解している。


 だが、御披露目の席にて、会場に並ぶ装飾花になる事を決め込んだシスネが、料理にも手を付けず、ろくに飲み物すら口にせず、誰かの相手などお断りだと、口ではなく、態度、空気で示し続けていたせいで、ほとんどの者がひと言ふた言の挨拶程度に留め、シスネとまともに話せたのは第二王子シュナイティスくらいのものであった。

 その時のシスネのドレスコードが、主賓で、しかも花嫁になろうとする者が選ぶには明らかにおかしい真っ黒な装いだった事も原因であろう。

 否が応にも悪魔を連想させる漆黒のドレスである。自然と敬遠される。


 ああいった席は、情報収集であったり、人脈を作る場として活用されるものであるが、それを全否定する様なシスネの態度に、その場に居合わせた者達に「ランドール卿は社交場の礼儀も知らん」「金を持つだけの小娘」といった印象を与えた。

 それが、プレゼントひとつで懐柔出来るとナメてくれる要因となったのである。


 それはつまりは、馬鹿にされているという事であり、その事についてシスネは特に反論しようなどとは思っていないが、言い分が無くは無い。

 漆黒のドレスは王国側から用意された物で、「余計な事を喋るな」と、主催者であるアルガンに釘を刺されていたせいである。 


 もっとも、装いはともかく、アルガンに釘を刺されずともシスネはああいう席で話す様な、芸術だの哲学だのといった物になど興味が無い。知識はあれど興味が無いので、楽しいお喋りにはならないだろう。

 精々がうんちくを語ってウザがられる程度。初対面でのその手の会話に専門的な知識など求められていない。


 若い男連中は、容姿だけならばどんな美人にもひけを取らず、莫大な資産を持つシスネに対し、アルガンとの婚約が白紙にでもなったら手篭にでもしてやろうかと、なんとかシスネとの会話を試みようとする者も居なかったわけではないが、そんな男連中の態度もあって淑女からは見事に無視されていた。

 ひとりふたり、「素敵なドレスね」と嫌味を言いに来たやや歳のいった淑女がいたくらいだ。



「……そうね。油断してくれている内が何かと動きやすいわよね」


 クローリが返し、パッセルが頷く。


「それで、ランドールとの連絡は取れそうですか?」


「全然よ」


「申し訳ありません」


 返って来た二人の言葉に、シスネは気にした様子もなく「そうですか」と静かに返した。


「パッセルと二人で中央を隅々まで歩き回ってみたけど、水晶はうんともすんとも反応しなかったわ」


 そう言って、クローリは懐から取り出した通信用の水晶をコツンと指で弾いた。


「どうやら、防犯の観点から簡単には外に連絡出来ない様な仕組みになっているようです。中央の規模を考えれば、随分大掛かりで手の込んだ魔法だと思われます」


「……困ったものですね」


 素っ気ない、全然困ったようには見えない無表情のシスネ。


「しかし、そうすると『カモ』はどうやって連絡を取っていたのでしょう? 毎回、連絡の度に中央の外に? それならそれで、そういう報告が上がってきていそうな気もしますが……」


「確かに変よね?」


「『カモ』など最初から当てになりませんよ。連中、所詮は金で雇われただけですから。金の為なら二重スパイだって平気でやるのでは?」


「普通のカモならそうですが……、」


 そこまで言って、シスネが口をつぐんだ。

 そのシスネの様子にパッセルは引っ掛かりを覚えたが、すぐにそれを頭の中から追い出した。

 自分達の様な末端に知らせる内容では無かったのだろう。ならばと、パッセルは深く考えるのを止めたのだ。


 幸い、ミナは明後日に向かってシャドーボクシングをしていて聞いていない。

 そうして、珍しく失言とも取れるシスネの言葉を払拭し、無かった事にする為に、違う話題に切り替えた。


「中央の冒険者ギルドにも行ってきました」


「ギルドに?」


「はい。身分は隠した上で、何か連絡手段が無いものか情報を得られないかと思いまして」


「どうでした?」


「はい。先程申し上げた通り、防犯という名目で外との連絡は遮断されているのですが、そうなったのはここ最近の話だそうです」


「……私達が来るのを見越して。という事でしょうか」


「その可能性は高いと思いますが、あくまで防犯という名目以上の答えは得られませんでした。それで、連絡手段が無いと困らないか、と尋ねてみたところ、許可を受けた水晶ならば連絡が可能だそうです」


「では、どうにか許可を受けた水晶を手に入れる必要がありますね。流石に私達に許可は出ないでしょうから、何かしらの方法で」


「一般庶民に許可がおりる事は無いそうです。許可が出るのは、貴族やそこそこの規模で商売を展開する商人などだそうですが……。―――なんなら、その連中から盗んできますか?」


 悪怯れた様子もないあっけらかんとした態度で、パッセルが犯罪実行を口にする。

 傍目に見ると、場馴れした百戦錬磨の泥棒の様なパッセルの態度だが、パッセルは生まれてこのかた盗みなど一度も働いた事などない。ただし、つまみ食いは除く。


「駄目よぅ。盗んだり無理矢理奪っても水晶に細工されてたら足がつくわ。仮にバレなくても、許可を受けた本人以外には使えない代物かもしれないし、リスクの方が高いわよ」


「では、冒険者に依頼するというのはどうでしょう? 勿論、盗みをではなく、中央を出て、外への連絡を代わりに取ってもらうという依頼です。私達は中央の外には出られませんが、冒険者ならば外に出る事は可能なはずです」


 シスネが小さく首を振る。


「ただ連絡を取っただけでは意味がありません。こちらの状況と、ランドールの状況。擦り合わせが必要なのですから。冒険者に内情を教える訳にもいきません」


「お言葉ですが、カナリア様ならばそれで十分では? 連絡に冒険者を寄越した時点で、カナリア様ならばこちらが連絡出来ない状況にあると見越され、何かしらの策を講じるかと思いますが」


 パッセルがそう具申すると、シスネは一際強く首を横に振った。


「だから余計に、なのです。カナリアは事を大きくし過ぎる。それは望ましくありません」


「まあ、加減を知らないものね。カナリアちゃん」


 ランドール家の二人―――シスネとフォルテの為ならば、どんな無茶苦茶な事でも平気で実行に移すのがカナリアである。

 それを知っているがゆえ、クローリも嘆息混じりに同意せざるを得なかった。


「でも、パッセルも流石よね。カナリアちゃん仕込みの情報収集能力は」


「いえ。私などはカナリア様に比べたら子供のおままごとです」


「そーぉ? アタシも色々と情報を集めようと頑張ったんだけど、みんなアタシが声を掛けると逃げちゃうのよね」


 深いため息混じりに、憂鬱だわぁと頬に手を当てるクローリ。


「クローリ。あなたは情報収集に向いていません」


 淡々とした表情でシスネがピシャリと言ってのける。


「確かに、初日に目立ち過ぎたかもしれないわねぇ。アタシがランドールの子飼いだと面が割れているのは痛いわねぇ」


「……そこでは無いと思いますが……」


 クローリが「ん?」と小さく首を傾げる。

 本当に分かっていないのか、分かっていておどけているのか、シスネは少し判断に迷って、結局それ以上言うのを止めた。


「情報収集は私にお任せください。それよりクローリ様。どうですか中央の殿方は? クローリ様のお眼鏡にかなう方はいらっしゃいましたか?」


「そうなのよぉ。聞いて頂戴パッセル」


 楽しそうに『良い男談義』に花を咲かせたクローリとパッセルを横目に見ながら、シスネはどうやってランドールとの連絡手段を確保するかを考え始めた。



 そんな中、空気でも入れ換えようとしていたのか、部屋の窓を開けて、ぼんやり外を眺めていたミナの鼻が小さく鳴った。

 ミナは確かめるように何度もクンクンと鼻を鳴らす。

 小さな違和感。


 ミナは窓の外を少しだけ眺めた後、後ろを振り返り、無表情で椅子に座るシスネ―――自身の主君へと目を向けた。

 シスネに目を向けながら、少しどうしようかと迷って、意でも決したようにミナはシスネに声を掛けた。


 シスネはすぐに声に気付き、ミナにゆっくり顔だけを向け、「……なんです?」と返した。

 少しだけ困った様な顔をしたミナがシスネの側へと一歩歩み寄る。


「シスネ様」


「どうかしましたか?」


 さっきまでの気合いを漫然と散りばめていたミナの様子とは変わって、少し険しい表情をしたその顔に、シスネが心配の色を混ぜて返す。

 それに気付いた、クローリとパッセルも『良い男談義』をやめてミナを見る。


「少しだけ―――本当にちょっとだけなんですけど……嫌なニオイで……、でも懐かしいようなニオイがします。でも、少し違和感があって、ちょっと嫌なニオイで……」


 自分でも言葉がまとまっていないのか、ミナがあまり要領を得ない様子で感じた違和感を告げた。


「嫌なニオイなのですか?」


「はい」


「でも、懐かしい気もすると?」


「はい」


 シスネは要領を得ないその言葉に嫌な顔など見せず、根気よく子供にでも問い掛ける様にして尋ねた。

 シスネは小さく頷いた後。


「懐かしいけど嫌なニオイ……。―――なんでしょう?」


 ミナから視線を外し、クローリとパッセルに顔を向けて答えを模索し始めた。


「ミナ、それは具体的に形のある物?」


 クローリが問うと、「良くわかりません。すみません」とミナは答えた。


 それから、少しの間があった。

 それぞれ、『懐かしいけど嫌なニオイ』の答えを頭の中で思考していた。

 ややおいて、

 そのニオイの正体かどうかは分かりませんが、と前置きしたパッセルが口を開く。


「あくまで酒場での噂なので当てにもなりませんが、噂で『中央が怪物を飼っている』というモノがありました。時々、夜の街の何処からともなく低く唸る様な声が聞こえてくる事があって、それは中央が何処かに怪物を隠していて、飼い慣らしているからだ、と」


 パッセルが言った途端、クローリ以外の三人がクローリを見た。


「……あのね。アタシだって人間よ。一応」


「分かっておりますよ。今のはただの噂ですから。それにクローリ様が悪目立ちしているお陰で私の監視は凄く緩いんですよ?」


「……それってフォローのつもり?」


 クローリが憮然として告げると、おかしそうにパッセルが笑った。

 そんなパッセルとは違い、いつもならこういう場面で笑顔を見せるミナの表情は芳しくなかった。

 クローリとパッセルが『噂』について話しているのを見ていたミナが、チラリと横目でシスネを見た。

 しかし、自分を見ていたシスネと目が合い、ミナは慌てて、すぐに視線をクローリとパッセルに戻してしまった。

 シスネは、そんなミナの―――何処かばつが悪そうな横顔を少し眺め、―――クローリ達に顔を向け、それから口を開く。


「ミナの捨て犬の嗅覚(ストレイドッグ)は、人や魔法に限らず、漠然とした危険をも捉えるモノです。本人にも漠然としかわからないのであれば、そういった類いのモノなのでしょう。ですから、いま考えてもおそらく正確な答えは出てこないと思います。気には留めておくとして、それよりも先にランドールとの連絡手段についてを考えましょう」


「そうね。分かったわ」


「分かりました」


 クローリとパッセルが頷き、少し遅れてミナも二人に倣う。

 三人の了解を認めた後、シスネが指示(お願い)する。


「パッセルは引き続き城の外での情報収集を。どうにかランドールと連絡する算段をつけてください」


「はい。畏まりました」


「クローリは……、まあ素敵なお婿さんを探しておいてください。その時は、必ず私に紹介する事」


「紹介ね。分かったわ。―――取らないでよ?」


 シスネは、自身の言葉をクローリがどう受け取ったのかはわからなかったが―――まさか本当に紹介されても、流石のシスネも非常に困るのだが―――クローリの巨躯と、醸し出すオネエはどうしたって目立つ。

 クローリが目立つお陰でパッセルが動きやすいというのならばそれで良いだろう、とシスネは考えた。


 クローリとパッセルは冗談めかして笑った後、それぞれシスネに一礼し、部屋を後にした。

 二人が居なくなった途端、妙に部屋が静かになった気がした。


 少しだけ静寂を流した後、


「ミナ、こっちへ」


 シスネは、自身と微妙に距離を取った位置で佇んでいたミナを自分の側へと呼んだ。

 シスネを一瞬だけ見てから、ややおどおどといった様子でミナがシスネの正面へと距離を詰める。


 自分の正面に立ったミナ。シスネは座ったままミナの右手をゆっくりと取る。両手で優しく包み込む。

 そうしてミナに話し掛けた。


「ミナ、優しい子。大事な事です。正直に答えてください」


 正面に立ちながらもシスネの顔を見ようとしないミナ。

 ミナは触れるシスネの手と自身の手を見つめてずっと俯いていた。

 構わず、シスネは質問する。


「懐かしいニオイというのはランドールのニオイでしたか?」


 シスネが尋ねた途端、ミナの体が僅かにビクリと震えたのが分かった。手を通して明確に怯えが伝播したのを理解出来た。


「……いいえ」


 その答えにシスネが小さく頷く。

 質問を続ける。


「では、()()と同じニオイでしたか?」


 その質問にミナはすぐに答えない。

 長い沈黙を要した。

 それが肯定だと、シスネは答えをハッキリと認識しながらも、それでもミナの返事を待った。


 とても長い沈黙の最後。


「……はい」


 ミナが小さな声を発した。

 震えた、今にも泣き出しそうな声だった。


「そうですか」


 淡々と、あくまで冷静にシスネは告げる。


「申し訳ありません」


「あなたが謝るような事ではありません。嫌なニオイと言った事を気にしているなら、それも気にする必要はありません」


「はい……」


「ミナ、強くて優しい子。私を守ってくれるのでしょう? 頼りにしていますよ」


 僅かに浮かんだ涙を、空いた腕でゴシゴシと拭い、ミナは「はい!」と力強く応えた。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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