家出娘の旅・ツゥー
「ランドール領の外って言っても、やっぱり普通ですね」
魔王の穴を抜けた先は、木々の生い茂る森でした。
分かってはいたけど特に変わったところもないふつーの森。
むしろ、魔王の穴が普通じゃなかったので、既に特殊マップ的なイベントは終わっているらしい。
「そりゃまあな」
私のふつー発言に、トエルさんがちょっとだけ苦笑い。
どんなのを想像してたんだと、思ってそうな顔をしている。
「風景はランドールの森と代わり映えしないけど、棲んでる生き物は少しだけ違うわ」
「そうなんですか……。と言うか私はランドールの森の生き物も実はほとんど知らないんですけどね」
外に出る理由があまり無いので、私はこの数ヶ月のほとんどを街に引き込もって過ごしてきた。
冒険者だったならば、また違ったかもしれないけれど、たらればの話をしても仕方ない。
「シンジュが強いのはもう分かってるけど、あんまりふらふらしちゃ駄目よ? この辺のモンスターはランドール周辺より強いし、なにより迷子になっちゃうから」
「失礼しちゃいます。迷子なんてなりませんよ。こう見えて、方角の見方や地図の読み方は完璧です」
「へー」
「意外」
小さく憤慨した私が宣うと、イーリーさんとトエルさんが声を揃えた。失礼しちゃいます。
まあ実際、地図も方角も何となくでしか分からないので、二人の反応は正しかったりする。
けど、迷子にはならない自信がある。
頭の中でオープンと呟いて、ステータス画面を開き、ついで画面をマップに切り替える。
ほら? 完璧だ。
自分の現在地を中心に詳細なマップが頭の中で展開されている。これで迷う人は、どこかの三刀流のキャラくらいである。
マップを見る限り、定期便が目指す街はまだ少し先にある。3日かかると言っていたので、早くてもあと丸1日は掛かるんだろう。
ランドールから街までは、森の中に作られた土が剥き出しの道をひたすら辿って行くと着くらしいのだが、障害物でもあるのかその道自体が少し蛇行している。
目指す街は真っ直ぐよりも少し左より。
その反対。右側には街よりも手前に小さな村がある。ここならあと二、三時間で着きそうだけど、残念ながらここには用はない。私は街にも用はないけれど……。
ランドール脱出の為とはいえ、用もないのに私は何をやっているんだろうという気にさせられる。行き当たりばったりもいいとこだ。
街に着いたらどうしようと、適当にマップを見ながら考えていると、ふと気付いた。
「この先の森の中に誰かいるみたいなんですけど? 」
気付いた事を同乗する二人に報告する。
私が気付いたのは、モンスターを表す赤色の点に混じって、ポツンとマップに浮かんだ青色の点。人を表す点。
「馬車目当てのモンスター時も思ったけど、良く分かるわねぇ。―――でも、この先? 近くの村まではだいぶ遠いわね。間違いない?」
「はい、間違いないです」
「盗賊じゃないか?」
「あり得る……。何人居るかは分かる?」
訊かれて、直ぐに神眼を発動させ、マップとリンクする。
「一人だけです。―――あっ! 子供です!」
「子供!?」
「それがマジならヤバいんじゃないか? 多分迷ったんだろ」
二人の少し慌てた様な声。
「助けに行きます!」
それだけ告げて、走る馬車から飛び降りた。
「あ! ちょっと!」
「すぐ戻りますから!」
止めようとしたイーリーさんを振り切って、ついでに私達の馬車の前を走っていた馬車も追い越して駆ける。
走って行く私に気付いたらしいブラッドさんが何か叫んでいたようだったけど、その声は私の耳にはハッキリとは届かなかった。
頭の中のマップの青い点を目指して、何度も馬車で踏み均されて出来たであろう道から森の中へと入っていく。
森といっても走れない程に木々が密集さて生えているわけではないけど、視界は悪いし、ひどく走りにくい。
しばらく走りながら、マップを何度も確認する。
最初に見た時、青い点のすぐ近くに赤い点があった。
その時は、まだ少し離れていた為まだ大丈夫そうだと思ったが、今は2つの点はほぼ密着した2つの団子状になって森を移動していた。
おそらくモンスターに見つかったのだと思う。
運動がてんで駄目だった以前の自分からは想像出来ない速度で走っているものの、切迫した状況だと遅く感じる。
もっと早くと脚をひたすら動かす。赤と青を目指して、道無き道を加速していく。
「見つけた!」
やっぱり子供だった。
神眼で見た限りだと、12才の女の子。
その少女は森の中を必死に走っていて、走るその少女の直ぐ後ろには『マッドボア』という名の猪みたいなモンスターがいた。
少女とマッドボアの間に素早く割り込み、マッドボアと対峙する。
急に横から飛び出した私に構う事なく、マッドボアはそのまま真っ直ぐ突っ込んで来た。猪だから単に止まれなかっただけかも。
「ヤァ!」
と、気合い一発。突っ込んで来るマッドボアの牙を、特に意味もなく、『クルリと身を翻して避わし』、こめかみ目掛けて掌底を繰り出す。近くで見たマッドボアは遠目で見るより全然大きかった。大型のバイクくらいはある。
鈍い打撃音と共に、大きなマッドが少しだけ宙に浮く。
マッドボアは口から涎をダラリと垂らした後、ドテンと横に倒れた。
チャララン♪
シンジュは200の経験値を獲得した―――ような気がする。
倒したマッドボアから視線を剥がし、少女の方を向くと、口を大きく開け、唖然とする表情が視界に映った。
嗚呼、素晴らしきかな我が異世界。
そんな場合では無いのだろうが、良い事をしてちょっと誇らしい。
モンスターをやっつけて子供を助けるという、ザ・テンプレ展開に私が思いを馳せていると、
「ちょっと!」と、少女が叫ぶ。
ちょっと―――いや、結構怒った顔をして。
「あんた何してくれちゃってんの!?」
「え? え?」
「なんで勝手に倒しちゃうのよ!?」
「えぇ……? だ、駄目なの?」
「駄目に決まってるじゃない! ちょっとあんたそこに座んなさい!」
「え?」
「は、や、く!」
「……はい」
怒られて、訳も分からぬままその場で座らされる。当然のように正座である
少女は、大人しく正座した私をやや不思議そうに眺めた後、大きなタメ息をついた。
助けちゃ駄目だという少女の意外な言葉に、「いや~お礼なんて」と爽やかに返そうとばかり思っていた私。
ところが事態は私の想像の斜め上へと進み始めた。
なにゆえ私は、森の中の落ち葉と小石とざらついた土の上で正座しているのだろう……。
カッコまでつけたというのに完全に失敗である。
そうやって私が困った顔をしていると、みかねた少女が腰に両手を添えたまま答えをくれた。
「いーい? 私はいま儀式中だったの」
「……儀式?」
「そ。逃げの極意って言って、モンスターから一定時間逃げ続けると覚えられる回避系魔法。その儀式」
少女が口にした逃げの極意という名前には聞き覚え―――もとい、見覚えがある。ギルドにあった魔法書で読んだ。
たしか、その魔法を使うと逃げ足が早くなり、逃走時の持久力も上がるという、ちょっとおかしな魔法。
逃げの極意の項目を読んだ時に、「これって、単に逃げ続けてスタミナと筋力がついただけじゃ?」という感想を持った事を覚えている。
私の感想はともかく。
とにかくそういう儀式。
この世界の魔法は、沢山のお金を懸けたり、難しい本を読んだりしなくても、誰でも、万人に、平等に与えられる。
必要なのは、儀式をこなす為の努力、或いは忍耐のみである。
そういう意味では私のこの、敷いた脚に小石や小枝が刺さって痒痛い正座も、「正座に耐える儀式」と呼べなくもない。一定時間続けたら魔法を覚えるだろうか?
魔法名『正座』。
どれだけ正座しても脚がしびれなくなるのだ。
「儀式中とは気付かず、ごめんなさい」
事態が飲み込めたところで、少女に素直に謝っておく。正座からの土下座である。
私が頭を下げると、少女がまたタメ息をついた。しかし、今度はさっきよりも小さい。
先程の怒気の混ざった呆れのタメ息とは違う、「仕方ないなぁ」といった感じのタメ息。
「まっ、始めたばっかりだったし、悪気があったわけでもないから許してあげる」
「ありがとう」
とても上から目線で許された。どう見たって私の方が歳上なのに……。
悪いのは私なので上からも下からも無いのだが、なんだかやるせない。
「それより、あんた強いわね。マッドボアを一撃なんて」
既に息絶え、地面にその大きな巨体を転がせたままピクリとも動かない猪に顔だけを向けて言った。
マッドボアは目立った外傷こそ無いが、受けた掌底で中身までは無事ではなかった様子。頭の中がどうなっているのかはちょっと想像したくない。
少女の言葉が続く、
「こいつ、見た目のわりに結構凶暴で、村の大人でも、罠に嵌めて数人がかりで退治する様なモンスターなのよ」
「大きいもんね」
「いや、大きさは……」
少女は何かを言いかけて止め、それから「あんたさぁ」と口にした。
丁度その時、
「おーい!」
と、誰かを呼ぶ声。
私と少女の二人が同時に、声の方へと顔を向けた。
トエルさんだった。
こちらに手を振りながら走ってくるトエルさん。その後ろ、やや遅れてイーリーさんの姿もある。
トエルさんの姿を視界に収めるなり、
「トエルさん」
「トエル」
私と少女が同時に言った。
「ん?」
「ん?」
これも同時。
互いに顔を見合せた。
「無事だな―――って、リナじゃないか。子供ってお前だったのか」
私と少女のそばまで駆けて来たトエルさんが、少女に顔を向けながら少女の名を口にした。
「トエルさん、この子と顔見知りですか?」
「ああ、まあな」
そんな会話をしたところで、少し遅れていたイーリーさんが追い付いた。
走って来たせいか、イーリーさんはちょっとだけ息が荒い。トエルさんは平気そう。
「もうほんと、シンジュって言う事聞かないないわよね。親方にどやされるのは私なのよ―――そして、当たり前の様に、言う事を聞かないもう一人を引き寄せる」
「すいません」
フラフラするなと言われた事を思い出して謝る。
何故か親方さんの話まで出て来たけど、とにかく怒られた。
なんか今日は謝る事が多い日なのかもしれない。
「イーリー、また説教しに来たの?」
少女―――リナが、うんざりそうな顔つきでイーリーを一瞥する。
「そうよ、リナ。あなた、また危険な儀式に手を出してたんでしょ!?」
「悪い?」
全然悪怯れた顔など見せず、プイッと明後日の方向に顔を向けたリナ。
「悪いに決まってるじゃない。そういうのは、ちゃんとしたサポートがある時にやりなさいって毎回言ってるでしょ」
「アタシも毎回言ってるでしょ。村にそんな事出来る大人なんて居ないの」
「居ないなら、しない!」
「い、や! アタシの勝手でしょ!」
両者共に、険しい顔で睨み合ったまま言い合う。
そこからイーリーさんとリナの応酬が続く。
イーリーさんは冒険者という事もあるのか、元々気の強い人だけど、そんなイーリーさんがトエルさん以外にこれだけキツい口調で話しているのを見たのは初めてだった。
イーリーさんは姉御肌だ。
ランドールギルドの数少ないBランク冒険者という事もあって、ギルドの冒険者相手に結構幅を聞かせていて、ランドールの冒険者にお説教かましたり、同じ魔法使いの冒険者の相談相手になっていたりするのを、時々見掛ける。
万年Dこと歴戦の怠け者リコフさん達には、アイさんと二人でガミガミ小言を言っている事もある。当のリコフさん達は二人の小言など気にならないのか飄々としているけど……。
わりと最近知ったのだが、アイさんとイーリーさんはいとこなんだそう。
なので私は、二人のあの気の強さと姉御肌なところは血筋なのかと思ったりした。
私の隣では、「またか」とでも言いたげな顔をしたトエルさんが、二人のやり取りを静観していた。君子危うきに近寄らず。
トエルさんが君子かどうかはさておき、いつもの事らしい。
私もトエルさんに倣って、二人を静観しておく。
今日は現在言い合っている二人から怒られているので、飛び火してはかなわない。
ところで、いつまで正座していれば良いのだろう?
いい加減、本当に魔法を覚えてしまうよ?
こんな時に気が利かないから、トエルさんはイーリーさんに怒られるのだ。怒られたばかりの私が言うのもなんだけど……。
そうやって正座のまま、気が利かないトエルさんと一緒にしばらく静観していると、背後からバキバキと枝を折ったような音が届いた。
何だろうと思って振り向くと、マッドボアがいた。
振り返ると奴がいた。
私がついさっき仕留めたものより一回りは大きいマッドボアだった。
神眼で確認したが、体だけでなく能力値もさっきのマッドボアより二倍近く高い。この能力値だとBランクはある。
「ヤバい! メスだ!」
同じくマッドボアに顔を向けていたトエルさんが叫んだ。
マッドボアというのは、メスの方が大きく強いらしい。
自然界には、メスの方が体が大きく、幅を聞かせている事は良くある。
蜘蛛なんかに至っては、交尾の後にオスはメスに食べられて、出産の栄養源にされるとか。
どこの世界も男性の扱いというのは不遇なのだろう。
「ブラッドも居ないのに、ついてないわね」
リナとの言い合いを止めたイーリーさんが、忌ま忌ましそうに愚痴った。
男性は不遇だと言ったけど、何事にも例外はある。
姉御イーリーさんにも頭の上がらない人というのはいて、それがオリオンのリーダーでもあるブラッドさん。あと親方さんにもイーリーさんは頭が上がらないらしかった。
トエルさんには頑張れとしか言えない。
「逃げる?」
マッドボアに視線を縫い付けたままのイーリーさんが、ひとり言みたいに言った。
「メスだぞ。距離が近すぎる」
トエルさんが、イーリーさんに振り向くことなくそう返し、腰にさげていた剣を抜いた。
構え、そして力強く言う。
「イーリー! 二人連れてブラッド呼んで来い!」
「分かった! 死んだら恨むわよトエル!」
「こえーこえー」
小さく笑ってそんな事を言って、抜いた剣をマッドボアに向け続けるトエルさん。
私の心の応援が届いたわけでも無いと思うけど、頑張ってる。
頑張ってるとこ凄く申し訳ない、とトエルさんに頭の中で謝罪してから、正座のまま地面を跳ね飛ぶ。高いジャンプ。
空中でクルリと一回転したあと、そのまま落下に合わせてマッドボアの脳天にかかと落としを繰り出した。
何かが砕ける嫌な音がして、マッドボアが頭から地面に突き刺さった。
チャララン♪
シンジュは400の経験値を獲得した―――気がする。
トンと地面に降り立ってから、「あ!」と気付いた。
リナへと振り返る。
「ごめん。儀式するんだよね。つい……」
両手を合わせてリナに向かって謝った。
儀式をするという事をすっかり忘れて、思わず倒してしまった。
モンスターに遭遇すると、私の中には『戦う』と『逃げる』という二つの選択肢が出てきて、半ばオートで戦うを選択する。まるで放置ゲーのよう。
言い訳するわけじゃないけど、『譲る』という選択肢など普通出て来ない。
トエルさんを応援している場合ではなかった。お前が頑張れよ、と自分で自分に言いたくなる。また正座かと思うと気が滅入る。
正座は勘弁してつかぁさい、とリナに向けて謝っていると、
「いや…………、それは死ぬわ」
リナが心底呆れた様な顔をして、そう言った。




