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プーチ

 ―――どうなってるんだ?


 シスネの部屋の中で、俺は頭を捻っていた。

 スライムに頭と呼ぶべき部位があるかはともかくとして、困惑していたのである。


 退屈そうではあったが何事もなく御披露目会が一段落し、シスネ達が部屋へと戻る。

 俺はシスネの胸元からこっそり抜け出して―――なにか問題でも?


 とにかく、こっそり抜け出し、部屋に先回り。

 シスネが戻る前に、あの暗殺者っぽい人物が細工したテーブルをどうにかしないといけない。

 そうして、戻ったシスネの部屋。


 無いのだ。

 俺のデリカシーではなく、あのテーブルが無いのである。忽然と姿を消していた。

 どこいった?

 俺が部屋を出る前は確かにあったのだが、テーブルのあった場所にあるべき物が無い。影も形もない。


 スライムのまま部屋を駆けずり回って探してみたが、そもそもテーブルが一人で動くわけもなければ、部屋の中に隠れられる様なサイズでもない。

 役に立つべしと勇んで舞い戻り、蓋ならぬ扉を開けてみてみれば、中から飛び出して来たのは、ネタがない、時間がない、出番がないという三拍子揃ったどうしようもない状況。

 放置出来ない問題なのに、放置するしかない問題へといつの間にかすり変わっていた。ミステリー。


 ポジティブな人間だったならば「テーブルごと問題が片付いたぜ!」と握り拳のひとつでも作りそうな場面ではあるが、あると確信していた物が急に無くなると、人間妙に焦ってしまう。


 途方に暮れる。

 途方に暮れて、ポケーとし過ぎて口から魂が出て来そう。

 この場合、どちらが俺の本体だろうか?


 そうこうしている内に、部屋の扉をガチャリと開けて、シスネ達が戻って来た。おめかしスタイルでは無く、既にいつもの服装である。


 まず最初に入ったのはシスネではなくクローリであったのだが、クローリは部屋に一歩踏み入るなりピタリと動きを止めた。

 クローリはその場で素早く左手で通せんぼをして、後続の三人の入室を遮っていた。


 正直、左手を掲げずともその巨体だけで十分壁の役割を果たせそうであったが、言わぬが花。


「匂いが違うわね」


 クローリが部屋の中を見渡しながら言う。


 匂い?

 流石に匂いまではスライムでは分からない。幽霊のままでも分からないけど。

 しかし、匂いが違うらしい。


「焚いていた魔法香が消えてしまっているわね。それにテーブルも無くなってるわ。物は……テーブル以外で特に無くなった物はない様ね」


 ただひとりだけ部屋に入ったクローリが、棚の中やベッドの下など、部屋を慎重深く探りながら指摘していく。

 そりゃ、あんなデカイ物が無くなってたら誰でも気付いただろう。気付かないのは飯はまだかと食べた直後に話すモノ忘れが酷くなったご老人くらいのものである。


「誰かが入ったとみて間違いなさそうですね」


 部屋の外から顔だけピョコンと出したミナが、クンクンと鼻を鳴らしながら告げた。


「ミナ。ちょっと調べてみてくれる?」


「はい、クローリ様」


 クローリに返事を返すと、ミナはクンクンと鼻を鳴らしながら部屋の中へと入ってきた。


 そうして、全員が見守る中、ミナは部屋の中をゆっくりと歩き回る。クンクンと鼻を鳴らしながら。

 しばらくそうした後、ひとり言のように「うん」とミナが小さく頷いた。


「どう?」と、クローリが尋ねた。


「はい、入っても大丈夫です。トラップの類いは無いようです」


 ミナが答えると、クローリが安心した様に息をついた。

 それからシスネへと向き直し、頷く。

 クローリのそれを合図に、外で待機していたシスネとパッセルの二人がようやく部屋へと入ってくる。


「誰が来たか分かりますか?」


 部屋の中心まで足を進めたシスネが無表情のまま問う。


「男ですね。二人。若い匂いと少し歳のいった―――四十台くらいでしょうか。誰かまではちょっと……。ランドールの人間なら分かるんですが……」


 そんな会話を当たり前のようにするシスネ達にやや面食らう。


 匂いでそんな事が分かるのか。

 シスネの部下にしてはちょっと抜けてる子だな、とミナを評価していた俺だが、まさかそんな特技があったとは……。人とは分からないもんである。

 名前も一見すると『ミナ』と普通だが、さん付けした途端複数系になる不思議。まあミキサンさん程の違和感はない。


 ミナの特技は素直に驚いておくとして、男が二人とはどういう事だろう?

 俺が見たのは怪しいフードの人物一人だけだ。

 それとは別に、もう一人誰かが入ったって事だろうか?

 とすると、テーブルを消したのはそのもう一人って事だろうな。何の為かは知らないけど、まさかテーブル消失マジックの練習を人の部屋では行うまい。


「男二人が侵入して来たのは間違いないと思うんですけど……。それと何か不思議な―――なんだろう? 少し甘い花のような匂いがします」


「花?」


 と、クローリがいぶかしがる。


「匂いはそうなんですけど、花じゃないみたいで……、単独で動いた跡があるので何か生き物だと思います。初めて嗅ぐ匂いです」


 少し甘い花の匂いのする生き物か……。俺ではないな。確実に。

 幽霊になってから加齢臭などというものとは無縁の生活を送っている。無味無臭。

 これがゾンビだったならばさぞかし悪臭を振り撒いて、「パパ臭い」と娘に言われたくない台詞第3位に堂々とランクイン。不死身のゾンビで死にたくなるという矛盾のひとつも体現していたところである。

 そう考えると体臭に気を使わないでいいというのは実に素晴らしい。


 今は関係ないが、最近危うく遭遇しそうになった、言われたくない台詞堂々の第1位は「会って欲しい人がいるんだけど」である。こっちは全然会いたくないの。世の娘さんは父親の気持ちをもう少し(おもんばか)ってあげて欲しい。



「正体は分からずとも、いまこの部屋自体に危険は無いのですね?」


「はい! 捨て犬の嗅覚(ストレイドッグ)で分かる限りでは、部屋に害のあるものはありません」


 まるで尻尾を振る子犬の様な顔をしたミナが、大丈夫ですとシスネに向けて大きく頷いた。ストレイドッグとは魔法の名前だろうか?


「あなたがそういうのなら大丈夫でしょう。―――とはいえ、初日からこれでは先が思いやられますね」


「やはり、もう少し部屋のガードを固めませんと。トラップでも仕掛けられたら私共では対処しきれぬやもしれません」


「パッセルが良い事言った!」


「いま大事な話してるから黙ってて」


 嬉々としてパッセルを誉めたつもりが諌められ、途端にミナがしょぼくれる。叱られた子犬みたいだった。


「あまり大袈裟にやると心証が良くありません。あの王子の事です。どんな難癖を付けてくるか」


「ですが、心証よりも安全を優先すべきです」


「パッセルが良い事言った!」


「シャアァァ!」


「ひぇっ!」


 目をつり上がらせて威嚇したパッセルに、ミナがビクッと震えて縮こまる。

 ミナは、嗅覚以外は怒られる子であるらしい。ミナにたいするパッセルの当たりがきつすぎるだけの様な気もするが……。反抗期かもしれない。


「アタシもパッセルに賛成だけど、シスネ様の言うように心証を悪くしても事態が悪化するだけかもしれないしねぇ。悩みどころよね」


「しかし、捨て置けない問題でもあります。テーブルが無くなった事以外に異常が無い様なので何の為に侵入したのか分かりませんが、もしかしたら、わざわざ目立つテーブルを無くしたのも、暗に『いつでも侵入出来る』という警告なのかもしれません」


 パッセルの言葉を吟味するようにクローリが考え込む。

 ややして、


「大袈裟な細工が出来ないなら、今後は誰か一人はこの部屋にいる状態にしておいたらどうかしら?」


「駄目です」


 いつの間にかベッドに腰かけ、静かに二人の会話を聞いていたシスネが、ベッドに頭だけを預けてしょぼくれるミナを撫でながら、クローリの提案にすぐさま拒否を突き付けた。

 オモチャをおねだりした子供にノーを突き付ける母親よりもキツイ口調だった。


「クローリならばともかく、それではミナかパッセルのどちらかが侵入者と対峙してしまうかもしれません。二人は戦闘員では無いのです。そんな真似はさせられません」


 無表情のままそう言ったシスネに「違いますよ」と、反論の声が掛かった。

 声の主は、意外にもしょぼくれて、自身が人間である事すら忘れてしまったかの様に、従順で甘えたの四足歩行の獣の如くシスネに頭を撫でられていたミナであった。

 ミナは先程までの情けない顔など微塵も感じさせない真剣な表情で、シスネを見上げていた。

 シスネの脚にすがり付く様な体勢のままミナが告げる。


「私達はシスネ様の道具です。いくらでも使い捨ててください。使えなくなったらいくらでもお取り替えください」


「ミナが良い事言った!」


「でしょ!」


 パッセルが誉めると、途端に真剣な表情を緩め、得意げにへへぇとミナがはにかんだ。

 そんな二人に、「わかりました」とため息混じりにシスネが溢した。


「細工でもなんでも好きにしてください。そもそも、侵入しようとするのが悪いのです」


「畏まりました」

「畏まりました!」


 パッセルとミナが嬉々と返事を返した。


 前々からなんとなく思っていたが、調教だとか育成だとか、まるで純粋培養したエリートの様に自身の使用人達を表現するシスネだが、表現と現実が剥離して、どうも使用人達に甘い気がする。


 それを見るに、結局のところ、シスネは冷酷な主人にはなりきれないのだ。

 おそらく使用人達は、シスネの為なら喜んで死ぬだろう。シスネが死ねといえば二つ返事で死ぬ事も厭わない。それは事実の様に思う。

 しかし、肝心のシスネはそれをおそらく口にはしない。

 つまるところ、彼女は優しいのだ。

 優し過ぎる。

 ともすれば、シスネは自分よりも使用人達を選びかねない優しさがある。


 主として、それが正しい形なのか俺には分からないが、人としてはきっと正しい事なのかもしれない。

 人形の様な外側を持つこの女性は、実はその内面は誰よりも優しい。


 幼少期よりシスネと長く時間を共にした使用人達ならば、そんなシスネの内面を知っているのかもしれない。

 そんなシスネだからこそ、命を捨てても守る価値がある。そんな主人の為ならば、きっと命を賭けても惜しくは無いのだろう。

 彼女らのやり取りを見て、俺はそんな風に思った。



「で、いつまでそうしてる気よ!」


 侵入者にどう対処するか、という方針が定まった途端、パッセルが憤怒の表情でシスネにすがり付くミナへとズンズン歩み寄った。

 パッセルはミナの側まで来ると、その耳を勢いよく指でつまみ、腕力にモノをいわせて思いきり引っ張った。


「痛い痛い! 痛いんですけど私!? ミナさん痛いんですけど!?」


 痛いと叫ぶ声を無視し、引き摺るようにミナを引っ張ってゆくパッセル。皆さん痛いと言うが俺は痛くも痒くもない。


 そのままミナの耳を引っ張りながら「私だって我慢してるのに、なんであんただけ」と小言を添えて、パッセルは部屋の扉を開けて出ていってしまった。


 クローリは、止めるでもなくシスネとその一部始終を眺めた後、


「じゃあアタシも。今日は扉の傍にいるから、何かあったら呼んで頂戴。―――おやすみなさいシスネ様」


 そう言葉を残してクローリも部屋を後にした。



 次期王妃を迎える部屋だけあってこの部屋は個人が使うには広い。そんなシスネを残して誰も居なくなった部屋は、さっきよりずっと広く見えた。


 一人になったシスネは、ベッドの端にちょこんと腰かけた先程までと変わらない状態で、しばらく何事かを考えている様だったが、突然右側にポテンと倒れ、ベッドの上で横になった。


 ちょっと意外だった。


 いつもの凛としたシスネがあまりしそうにない動きだと思った。物思いに耽る女子高生辺りが制服のまましそうな、ちょっとだらしない格好。

 別にやっては駄目という事でもないが、普段のシスネからはあまり想像も出来ない。


 そうしてシスネは、ベッドに横になったまま目を瞑り、ピクリとも動かなかった。

 あまりに動かないものだから、死んだんじゃないかと慌てる。

 スライムのままポヨンとジャンプして顔の前に着地。


 俺の着地とほぼ同時。パチッと音が聞こえてきそうな程の勢いでシスネの瞼が開いた。


 ビビった。

 人形みたいだと思っていたら、本当に人形のように動かなくなって、かと思えば魂宿りましたと言わんばかりの覚醒。ホラー映画でも見ている様な気分だった。


 長旅の疲れと、それを癒す間もなく強制参加のパーティー、肉体的にも精神的にも疲れただけだったのだろう。

 

 女子にビビったなどと悟られてはカッコ悪い。

 シスネの生存確認が済んだところで、―――むしろ睡眠の邪魔をした気もするので、スゴスゴぷよぷよと退散する事にした。


 そうしてモゾモゾとベッドを這い、端から飛び降り―――ようとしたところを捕獲された。柔らかいシスネの手の感触がスライムの体に伝わってくる。

 捕獲されたと言うが、シスネの腕の動きは非常にゆっくりした動作だったので俺が自分から捕まった節さえある。セクハラ的な何か。

 スライムの体はひんやり冷たいのだが、この場面でシスネの手を避ける方が冷たいよね?

 言い訳じゃないよ?


 シスネは片手から、包み込む様に両手に優しく持ち変えると、小さなスライムを引き寄せて胸に抱いた。


 いや……、なんというか……。

 恥ずかしいので離して欲しいけど離して欲しいくないみたいな? 

 抱き枕、或いはぬいぐるみにでもなったような、分相応ながら主役に抜擢された気分。


 シスネはそのまましばらく、無言でスライムを抱き締め続けた。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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