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中央からの呼び掛け

 海岸で繰り広げられた乙女のトキメキや、魔王の嫉妬が起こる少し前の事。


 ランドール家のハウスキーパーことカナリアは、自身がランドール家に仕えて以来、最大の危機となるこの事態を、自身の持つハウスキーパーとしての権限、コネ、財力、とあらゆる方面、四方八方へと手を尽くし乗り切るべく奮闘している最中であった。


 カナリアの朝は早い。

 ランドール家現当主、シスネ・ランドールからハウスキーパーとして任命されたカナリア■■(ピーー)歳は、前当主であったシスネの祖母の代から、長くランドール家に仕える古株であった。

 古株といっても平均年齢の低い今の使用人達と比べたら、という前置きがつく。かつては、■■(ピーー)歳のカナリアより古い使用人はたくさん居た。


 だが、今はいない。

 シスネが当主の座を勝ち得た際に、祖母の息が色濃くまとわりつく古株達を排除し、体制を全て一新したからである。

 それは彼女なりの意思表明。

 与えられる物ではなく、自分の力で成した物、そして得た者だけでランドールを支えていくという決意の代弁であった。


 今いる使用人達はまだ10歳になったばかりであったシスネが、幼少期からの教育面も視野に入れ、小さな頃から使用人としてじわりじわりと雇い入れた者達ばかりである。

 そうする事で、自身の理想とする『部下』を作り上げる事が出来ると考えての事だった。


 そうして形となったのが、徹底的に鍛え上げられ、絶対的な忠誠心を備えた『カラス』であり、『ハト』であった。


 とはいえ、シスネはランドール家の跡取りとして有能ではあっても、有能な教育者ではない。適材適所。教育するにもそれに相応しい経験者は必要である。

 そこで白羽の矢が立ったのが、前当主当時から優秀な使用人として、シスネを含め周囲に才覚を見いだされていたカナリアと、クローリという使用人の二名である。


 カナリアは『ハト』の教育係として、

 クローリは、その圧倒的な戦闘技能を見込まれて『カラス』の指南役へと収まった。



 そうやって出来上がったランドール家の新体制であるが、実は現在のランドール家に仕える使用人のほぼ全員が女性である。


 シスネが、あえてそうした。

 忠誠心とは怖い物で、それは雑な言い方をすれば『好意』に他ならない。


 自分がランドールを治めるに辺り、使用人達には絶対的な忠誠心が必要だと、シスネは考えていた。

 ランドール家を絶対に裏切らず、ランドール家の為なら喜んで命を差し出す。そういう者達がシスネの理想には必要不可欠であった。


 徹底した教育によって、洗脳的に植え付けられた忠誠心。―――自己犠牲を厭わない無償の愛。


 ここで一度再確認するが、現ランドール家当主、シスネ・ランドールは齢19という若さをもった絶世の美女である。愛嬌もなく、表情こそ乏しいものの、それを差し引いて余りある美貌の持ち主だ。

 3つ下の妹、フォルテ・ランドールも、性格こそ真逆と言っていい程に違うが、その美貌は姉に負けずとも劣らない。


 その美貌は、『悪魔は醜い』という固定観念と、ランドール家が外から受ける『悪魔の末裔』という差別意識、その2つの人の意識を念頭に置いた、数百年という歴史の中でランドール家によって作られた美貌である。

 色白の透き通る様な肌も、漆黒をイメージさせる悪魔を意識してのもの。一目でそれとは分からない、悪魔とはかけ離れた容姿。


 しかしながら、そんなランドール家の代々に渡る生物的本能すらも知性と理性で凌駕した肉体改造であっても、その耳だけはどうする事も出来なかった。

 まるで呪いの様に、ランドール家の耳はそのまま受け継がれ続けた。


 そんな呪われた美貌のランドール家であるが、やはり美女は美女。

 主に対して、洗脳的に盲目的に好意を植え付けられた使用人の中に、万が一にも間違いを犯す者がいないとも限らない。無償の愛に対価を求める。或いは、無償がいき過ぎる。

 本能―――欲は、一度タガが外れると理性など簡単に吹き飛ばしてしまう。

 それこそ、悪魔が耳もとで囁く。

 甘い言葉で誘惑する。


 ―――その行いこそが正しいのだと。


 そんな理由であって、ランドール家の使用人はほぼ女性なのである。



 さて、ではそれで果たして解決であろうか?


 異性を求めるのは本能だろう。生き物はみな、子を産まねば種として存在し続ける事は出来ない。

 知性無き獣であったならば、同性は何も問題など無かったかもしれない。

 勿論、知性無き獣じみた使用人などシスネは求めていない。むしろ、完全さを求めるシスネならば、それらは排除される対象であっただろう。

 だが、知性のある獣ほど厄介なものもない。偽り、隠し、チャンスとあらば、油断するその後ろから牙を剥く。


 ―――例えばである。


 今朝、今日も今日とて、(立場を利用して堂々と)侵入せしめたシスネの寝室で、主の寝顔をたっぷりと鑑賞し、今日の仕事への意欲と気力を思う存分蓄えてから、ようやく眠るシスネを起こした女性。名をカナリアという。

 これがカナリアという女性の日課であった。


 眠りから覚醒したシスネが、ベッドの上でゆっくりと上半身を起こした事を認めると、カナリアは()()()()()()微笑みを作って、()()()()()()()()()()()、口を開いた。


「おはようございます、シスネ様」


「おはよう」


 なんてことない朝のやり取り。

 そこだけ見れば、どこにでもある光景。

 主の寝顔をじっくりと惚ける様に眺め悦に入る、などという異常な場面を切り抜き破り捨てた光景であるならば、至って正常である。


 異常というのは、―――目に見えなければ、不具合が無ければ、誰にも気付かれなければ、―――それは正常となんら変わらないのである。


 もっとも、シスネはカナリアの異常な行動の数々は把握していた。

 カナリアがそれを隠そうともしないからである。

 最初の頃こそ、「奉仕」という大義名分を掲げて、着替えに風呂にと、やたらとスキンシップをしてくるカナリアに怪訝な気持ちを抱いたが、それでも「まあそんなものか」と納得した。生まれも育ちも根っからのお姫様であるシスネには、その辺りの一般的な常識がやや不足していたゆえ、シスネはそれが普通なんだろうと思い込んだ。

 ゆえに、まだ幼かった頃のシスネは、「私はランドール家に仕える者ですから奉仕するのは当然の役目である」というカナリアの言葉を真に受けた。


 そんなシスネが「ちょっとこれは違うのではないか?」と思い始めたのは、カナリアが記録玉と呼ばれる『過去の風景を残しておける』魔具に残した、シスネの成長記録なる物を所有していた事が最初であった。


 シスネが15を迎えた日、祝いにと「見てください」と楽しそうにカナリアが記録玉を持ってきた。

 幼少時代から、つい昨日に至るまでのシスネの日常を記録したソレ。

 そんな記録があった事自体は許容出来た。


 だが、シスネはその魔具から投影される映像に頭を傾げた。

 何故か隠し撮りだったのである。シスネの視線が記録玉の方に向けられている様子がない事から、シスネはそう判断した。

 当然だとも思った。

 自分は今までカナリアがそんなものを残している場面など一度たりとて見た事はない。


 隠すという行為は、基本的には『公になると具合が悪い』から隠すのである。そこに誰それが傷つくからといった理由や、物事の善し悪しは含まない。


 決定的だったのは、カナリアがこっそり持っていた『妹フォルテの部屋に仕掛けた記録玉』の存在であった。


 カナリアは、シスネによるランドール家への絶対的忠誠心育成を受けていない。

 それを施す立場である。洗脳教育におけるシスネの共犯者という立ち位置。


 ゆえに、洗脳教育を受けていないカナリアの離反を危惧したシスネが問い質すと、カナリアは悪びれもせず、―――むしろ楽しそうに「バレてしまいましたか」とクスクス笑った後、シスネに向けて「一緒に見ますぅ?」と持ち掛けてきた。


 ―――ようするに開き直ったのだ。


 それ以降、後は芋づる式にカナリアの性的嗜好が次々に明るみになった。

 と言うよりも、隠さなくなった。

 開き直ったカナリアには、もはや怖い者など無いかの様に。



 異常というのは、―――目に見えていても、誰もが気付いていても、―――不具合が無ければ問題ない。


 カナリアという女性の異常性に気付いた後も、特に何の処分もせず(姉妹の寝室に設置されていた記録玉は没収したが)、シスネはカナリアを手元に置き続けた。

 それは、趣味嗜好に難があろうと、カナリア程の優秀な人材など稀有であり、そこにさえ目を瞑れば、気付かないフリをしてしまえば、非常に役に立つ部下である事の証明でもあった。


 勿論、それは信頼に裏打ちされた忠誠心という前提あってのものだ。

 その忠誠心がちょっと―――だいぶ、湾曲しているだけだ。


 問題が無い訳でもない。

 そんな歪んだ主人への愛を持つカナリアが使用人教育という立場にある事が問題である、

 異常な忠誠心を持ったカナリアに教育された使用人達もまた、異常な忠誠心を持つに至った。


 幼少の頃より洗脳的に植え付けられたソレはもはや修正など出来ず、程度はあれど、使用人全員がそんな感じになった。


 使用人達の持つシスネとフォルテへの忠誠心。

 ―――と言えば聞こえは良いが、その実、『ぞっこんラブ』である。

 この時ばかりは流石のシスネも、女性ばかりで構成しておいた事は実に正しい選択だったと、自画自賛した。

 もっとも、女性だから安全という訳では無いのだけれど……。シスネの気持ちの問題である。



 とまあ、思わぬところでシスネの悩みを増やしたカナリアではあるが、

 そんなカナリアだからこそ彼女のその忠誠心は本物で、シスネとフォルテの為ならばどんな事でも平然とやる。

 如何に汚れた仕事であったとしても、二人に有益だと判断すれば一切の躊躇はしない。

 必要とあらば人前でどんな道化でも演じ、かつて主と戴いた者や共に働いた同僚達さえ手にかけられるし、ランドールの街でさえ簡単にコマに出来る。


 良くも悪くもカナリアは、ランドール家の()()に仕える者であって、ランドールに仕える者ではない。街が二人の重荷にしかならなくなれば、彼女は簡単に街を切り捨てる事も厭わないだろう。


 ―――それこそ、主が何より欲する女神の加護という目に見えない物を見つける為ならば、悪魔の手さえ彼女は平然と握る。


 たとえ主からの指示が無くとも、必要とあらばカナリアはそうする人間であった。


 カナリアは主の不興を恐れない。

 たとえその行いで自身がランドール家から追放されようとも、姉妹二人から蛇蝎のごとく嫌われようと構わないと考えていた。

 それが二人に必要だと思うからこそ、恐れず、躊躇がない。

 全ては愛しき主の為。



 そんな『主命(あるじいのち)』なカナリアを大層慌てさせたのが、数十分前にシスネからもたらされた一つの報告であった。



 自身の私室へとカナリアを呼び出したシスネは、彼女に告げた。


「2日後、ランドールを離れ王国へと向かいます」


「私は同意しかねます」


 開口一番にそう告げられひどく狼狽したカナリアだったが、それを表情に出す暇さえなく、直ぐさまに反対した。


「私が決めた事です。2日後までに出発の手筈を整えておいてください」


 有無も言わさぬ主の言葉。

 それでもカナリアは引かない。


「何故急にそうお決めになられたのですか?」


 カナリアの問い掛けに、シスネはカナリアの顔から視線を外し、机の隅に置かれた水晶玉へと目をやった。

 そうして一拍置いてから、


「先程、中央より直接連絡がありました。新たなランドール領主となった私と、国王が是非一度会って話がしたいと」


「そんなものは建前でしょうに」


「わかっています」


 シスネはそう言って、一度小さく息を吐いた。


 シスネが正式にランドールの領主となったのは2年前である。当然、王国もそれを把握しているし、認めている。

 会うならばその時にでも会っているはずであるが、外を嫌うシスネはそれらを全て断って来た。

 断る理由は何でも良かった。それについてはもっともらしい事を言えば、向こうもすんなり了承し、特にそれについて言及もして来なかった。

 ―――何故か?

 

 理由は明白。

 本音では来て欲しくないからである。

 ランドール家という家は、外では悪魔の末裔として悪名を轟かせている。

 手を出そうものなら不運で死ぬ、と付け加えられた上で。


 王国は、そんな呪われた領主を中央に招くなど全く考えてはいなかった。言葉ひとつで事が済むならそうして事を終わらせる。

 ランドールと王国は、互いに互いを恐れるからこそ、表面上では関係を結び取り繕い合っているに過ぎない。

 しかし、辺境とはいえ一応は王国に属する土地の領主、しかも中央と双璧を為す程の経済力のある領地の領主であるから、催事など、何らかの大きな時事がある時には声を掛けない訳にもいかない。

 だから、時々このように義務的に招待される。


 シスネはその中央からの呼び掛けに一度たりとてそれに応じた事はない。

 行きたくない者と、来て欲しくない者の本音が暗黙の内に見事に合致し、こんにちに至っているのだ。


 今まではそうやって来た。

 これからもそうやっていくはずだった。



「気付いたのでしょうか?」


 険しい表情のカナリアが言った。


「……そうで無ければわざわざ王の名を出して厳命だとまで言いませんでしょう。―――丁度良いとまで言われました」


 表情こそ変わらないものの、少し愉快そうな声色を混ぜてシスネが言った。


「丁度良い?」


「王国の者が今そちらに居るはずだから、それと共に来い、と」


「……ギルドの監査ですか。―――なるほど、丁度良い、ですわね」


 忌ま忌ましいとばかりにカナリアが吐き出した。


「ただの監査ではないだろうとは思っていましたが、まさか直接迎えを寄越すとは思っていませんでしたね」


「どうあっても中央に越させる腹積もりであるのですねぇ」


「その様です。どうやってその情報を知り得たかも気になりますが、中央がそれを知っている以上、私は行かねばなりません」


「ここを欲しがっている連中は沢山おりますわ。仮にシスネ様が中央の言いなりになって出迎こうと、ランドールが戦火に飲まれるのは時間の問題かと」


「そうならない為に出迎くのです。まだランドールが戦火に飲まれると決まった訳ではありません。回避出来る可能性があるならば、私は行きます。勝算が無い訳でもありません」


「確実で無い以上、シスネ様を中央には行かせられません」


「……前に言ったはずです。こうなった場合、ようこそ如何に関わらず私は中央に行くと」


 淡々としたシスネの口調。

 不安など尾首にも見せない彼女ならば、小さな勝算さえも確実に物にし、本当にそれをやってのけるかもしれない。

 しかし、かもしれないで自身の主を死地に向かわせるなどあってはならない。

 カナリアにとってシスネ、そしてフォルテは自分の全てである。

 3ヶ月前と同じ鉄を踏む訳にはいかない。

 かと言って、カナリアが何を言ったところでシスネが意見を変える事などないというのはカナリアも理解している。

 表情よりも更に固いのがシスネの意思であるとカナリアは知っている。


 カナリアがシスネの為ならば自分の命など惜しくはない様に、シスネもまた、ランドールの為、そこに住まう者達の為ならば命などは惜しくない程にランドールという街を愛しているのだ。


 カナリアには、それが到底理解出来ない。

 特定の誰かではなく、街などというものに命懸けになれるシスネの心うちが。

 いざともなれば―――


「余計な事はしないでくださいね」


 手足を折って、監禁してでもシスネの中央行きを阻止してやろうかと頭に描いたカナリアの考えを読んだかの様に、シスネが告げた。


 シスネはカナリアが裏でこそこそと何かをしている事には気付いていた。その何かの中身まで把握していたわけではないが、ただ、ランドールに不利益となるようなものでは無いようだったので、静観するに留め置いていた。


 カナリアは優秀な部下である。

 と同時に、それは敵に回すと厄介であるという事でもある。

 それを知っているゆえ、シスネはあえて先に釘を刺したのだ。


「分かりましたわぁ」


 言われたカナリアは、少しも躊躇せず頭を下げて受け入れる。


「カナリア。これはお願いではなく命令です。―――余計な事はしないでください」

 

 ハッキリとシスネは命令だと口にし、再度言い含めた。

 

 カナリアは頭を下げたまま、静かにそれを受け入れた。


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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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