肩たたき権
今日もランドールギルドでは、いつもの様にあまりやる気の無い冒険者達で賑わいを見せていた。
依頼を受ける訳でも無いのにギルドに溜まるのがランドールの冒険者達である。
「おはようございます」
「おはよう」
ギルドにある受付カウンター内へ入ったシンジュがいつもの様にアイと挨拶を交わす。
その後シンジュは、抱える箒を邪魔にならない様に隅の壁へと立て掛けて、アイへと話し掛けた。
「ここに来る途中でレンフィールドさんに会ったんですが、聞きましたか?」
「ああ、視察の話? 抜き打ちの特別視察なんてレンフィールドさんが脅すから、こっちも身構えちゃうじゃない。ねぇ?」
「ほんとですよね」
二人でそんな会話をしながらも、アイは慣れた手付きで業務を始めた。追い掛けるように、シンジュも仕事を始め、受付が開くのを待っていた一番乗りの冒険者から差し出された依頼書に、ペタンと承認の判子を押した。
「オルムさん、最近良く討伐依頼受けられますね?」
依頼書の半割りを返しながら、シンジュが冒険者―――オルムに話し掛ける。
「最近になって、ようやくモンスターがこの辺りに戻って来たんだ」
「あ、そうなんですか? じゃあ今は遠くまで探しに行ったりはしてないんですか?」
「ああ。ほら、うちのパーティーは討伐メインだろ? 採取ばかりは嫌だってディオ達が言うからさ、しばらく休んでた仕事をぼちぼち再開したって訳。近場で済む内に稼いでおかないとな」
「ディオさん、探し物苦手だって言ったましたもんね」
「がさつなんだよアイツは。目的の物が足元にあっても気付かない奴だからな」
「あはっ。だから地面の穴にも気付かないんですね」
「そうそう、毎回一回は転けるし、糞も踏むぞ」
「え~……。それは聞きたくなかったな~。それ私が床の掃除するんですよ~」
「あっはっはっは、そうだったな。靴の裏洗ってから入らせる様にするよ。―――それじゃあ、ぼちぼち行ってくるか」
言うとオルムは書類を手に持ったまま、じゃあとシンジュに挨拶した。
「はい。お気をつけて」
シンジュも笑顔でオルムを見送った。
「それが、彼女がオルムを見た最後だった」
突然、届いた声にシンジュがちょっと怒った顔をして、カウンターから身を乗り出し、声の主へ向けて抗議した。
「ちょっとリコフさん! 縁起でもない事言わないでくださいよ!」
ぶーぶーと頬を膨らませるシンジュに、リコフが笑う。
それに釣られて、周囲で見ていた冒険者達も笑う。
ちょっとムッとした様子で頬を膨らませたまま、シンジュはカウンターの引き出しから数枚の新しい依頼書を取り出し、それを持ってクエストボードの前まで足を進めた。
期限が近い物を大人の目線辺りに適当にバラれて貼ってゆく。
それが終わると「ん~」と目一杯手をのばした上の方に残りの期限の遠い依頼書を貼り付けた。
それからクルリと勢い良く振り返り、リコフ達『万年D』メンバーの座る机に体を向けた。
「リコフさん、お仕事ですよ」
「今日は気分じゃねぇなぁ」
「そう言うと思って今日は特別な依頼を用意しておきました!」
にっしっしっ、っとシンジュが歯を見せて笑う。
「はぁ?」
「見て下さいこの依頼!」
バシン、とクエストボードを叩いたシンジュが一枚の依頼書を手で示す。貼り付きが悪かったのか叩いた振動でさっき上の方に貼った依頼書が一枚落ちた。
何事もないかの様な顔をしてシンジュはそれを拾い直すと、もう一度、今度はさっきよりも優しくペタンとボードを叩いた。
「見て下さいこの依頼!」
決め台詞とでもいうようにシンジュが二度目となる台詞を吐くと、ボードの直ぐ側に居た冒険者の一人が、「どれどれ?」と言って、示された依頼書に目を落とす。
「……薬草10束の採取? 普通だな」
「おいおい、それの何処が特別な依頼なんだ?」
冒険者から失笑とも取れる言葉が飛ぶ。
腕組みをしたシンジュは気にするでもなく、「ふっふっふっ」と笑う。
「依頼者と報酬を見て下さい。特別です。ええ、特別ですとも」
あまりに自信たっぷりなシンジュの様子に、怪訝な顔を見せつつも側の冒険者は再度、依頼書を覗き―――
「依頼者はシンジュちゃんじゃないか?」
「そうです! 私です!」
「報酬は…………肩叩き?」
冒険者が告げた途端、シンジュがあからさまに大袈裟なリアクションで、「キタァーー!!」と両の手に握り拳を作る。
「いや―――何が?」誰かが言った。
シンジュはキリッとした顔を作り、当然だとばかりに言う。
「肩叩きですよ! 私が! 美少女の私の! 今日はミキサンが居ないので特別です! 今日限定ですよ! 早い者勝ちです!」
「誰が喜ぶんだよ!?」
リコフが叫ぶ。
「何を馬鹿な。私ですよ? 私が肩を叩いて癒してあげようとしているのですよ? これ以上何を望むんですか?」
「いらねーよ!」
冒険者達の声がハモる。
シンジュはムッと眉根を寄せて「パパなら絶対喜ぶのに」と、ボソボソと呟く様に言った。
それから気を取り直したのか、開き直ったのか、
「仕方ありませんね。なら、今だけこっちの―――この依頼書もセットでお付けします」と、シンジュはさっき自分でボードから落とした依頼書を掲げた。
「セットでお得、みたいな言い方してるが、仕事増えてんじゃねぇか」
当然の様なツッコミが入る。
「はぁ、しょうがないなぁ。じゃあ、この2つをこなしたら私とアイさん、どちらか好きな方に肩を揉んで貰えるというのでどうです?」
「待った」
「「「乗った!!」」」
アイと周囲の冒険者達(若い男ばかり)の一部が同時に声をあげた。
「ちょっと。私はOKなんて出してないわよ」
「異議あり! なんで私の時と全然反応が違うんですか!? 絶対おかしいです!」
「おい! その依頼書寄越せ!」
「駄目だ! 早い者勝ちだ!」
「私はOKしてないってば!」
「なんで私の時と反応が違うんですか!?」
「寄越せって!」
「ダーメーだ!」
「ミキ嬢の肩叩きは無いのか?」
「はぁぁあ? ミキサンが良くて、私の何が不満なんですか?」
「ミキ嬢のなら俺も参加する」
「『負け犬』共めっ!」
「私はOKしてないってばぁ!」
ギルドはあっという間に大混乱へと陥った。
「おっほん!」
喧騒の中で、一際大きくわざとらしい咳払いがして、途端にギルドの中がシーンと静まりかえった。
全員が魔法にでも掛かった様にピタリと静止している。
「……お、おかえりなさい、レンフィールドさん」
真っ先に口を開いたのはアイであった。
そのアイの言葉が合図だったかの様に、ボードの前からサーと人が居なくなり、ひきつった顔をしたシンジュだけが残された。
レンフィールドは大きなため息をついた後、「シンジュ――それとアイも」と職員二人の名を呼んで、ちょいちょいと指を動かしながら、カウンターの中へと入った。
シンジュがレンフィールドに続いてカウンターへと入る。
妙に空気がピリピリしている様な気がして、シンジュは居たたまれない気持ちになった。
その空気の出所は、職員二人と、その正面、ギルド長レンフィールドが並ぶギルドカウンターの奥の辺り。
いつもは三人しかいないその場所に、今日は見知らぬ顔が一つ増えていた。
「えー、今朝話した様に、こちらがギルド本部から来てくださった特別視察官のビリー・ポッターさんだ」
「ぶっ」
「……どうかしたかシンジュ?」
「いえ、なんでもありません。続けてください」
思わず吹き出してしまったシンジュが、慌てたように取り繕ろった。
レンフィールドは訝しげな顔をしながらも話を再開させたが、シンジュの耳にその言葉はほとんど入って来なかった。
シンジュの興味の全ては、レンフィールドのお堅い話なんかではなく、目の前の人物――本部から直々に視察やって来たというビリー・ポッター唯一人に注がれていた。
20代とおぼしきビリーを最初に目にした時、シンジュは、ファンタジー映画の主人公ハリーが来た、と驚いた。
まず、その容姿。
眼鏡をかけたビリーの容姿は、まさに映画のそれだった。
容姿だけでなく、杖の様な小さな棒と分厚い本を持つその格好も似ている。異世界の人間が映画の主人公を知っている訳がないと思いつつ、それでも、意識してるんじゃないか? と思わずにいられない程、ビリーはハリーだった。
似てるなぁと、その顔をまじまじと見つめていたらレンフィールドから「ビリー・ポッターだ」と告げられ、それで思わず吹き出してしまった。
(惜しい! ニアピン! ニアピンだよビリーさん!)
などと思いながら、シンジュが笑いを堪えていると、レンフィールドに促されたビリーが挨拶を始めた。
「はじめまして、いまご紹介に預かりましたビリー・ポッターです。視察と聞いて緊張しているかもしれませんが、視察と言っても形式的なものです。あまり堅くならず、どうぞいつも通りにしてください」
「普通だ」
「……何か?」
「あ、いえ、すいません」
シンジュは思わず心の声が出てしまい、ビリーに怪訝な顔をされる。
「じゃあ、ビリーさん。とりあえずは、奥の部屋へ。二人はいつも通りに仕事に取り掛かってくれ」
「「はい」」
いつも通りを妙に強調したレンフィールドの言葉。
シンジュとアイの返事を認めた後、レンフィールドはビリーを伴い、ギルド長室へと引っ込んだ。
奥の部屋への扉が閉まり、そこからたっぷり間を空けて、残った二人が、同時にふぅと小さく息を吐いた。
「怒られるかと思いました」
「ほんとにね」ははっとアイが笑う。
「意外と若い人でしたね」
「ね。思ってたより物腰も柔らかそうだったし。―――外からランドールに来るお偉いさんって、大抵キツイ人ばっかりなの」
「そうなんですか?」
シンジュが問うと、アイは内緒話でもするかの様に自らの顔をシンジュに寄せた。
「ほら、ランドールって外の人からの評判良くないじゃない? 偉い人ほどランドールを毛嫌いしてるから、どうしてもそうなっちゃうのよ」
「あー、なるほど。なら、あの人はアタリ……ですかね?」
「なら良いんだけどね」
悪戯そうに笑って、アイは止まっていた業務を再開させた。
怖いハリーはあんまり見たくないなぁ、なんて事を思いつつ、シンジュもいつも通りを意識して仕事に取り掛かる。
しばらく、朝の受付をこなしていると、「あ、そうだ。忘れてた」と、シンジュの後ろで書類の山とにらめっこをしていたアイが呟いた。
「シンジュ、ちょっとちょっと」
紙山の向こうから顔を出して、アイがちょいちょいと手招きする。
「はい」
受付を一旦離れ、アイの机へ。
シンジュが傍に来ると、アイは紙の山からひとつの紙束を引っ張り出して、それをシンジュへと手渡した。
「なんです?」
「手配書」
「手配書?」
「そ。なんかここ最近、その手配書の男がランドール周辺を彷徨いてるらしいの」
「へー。……悪人なんですか?」
「さぁ?」
「え? 手配書ですよね?」
さぁ、って……。
「手配書には違いないんだけど、ギルドからの正式な手配書じゃなくて、ランドール家からの手配書。なんでもこの男、一度目は身分を偽って、二度目は空からランドールに不法に入ろうとしたらしくて、それでランドール家がカンカンなの」
「あー、不法侵入……。ただでさえ外から来た人に厳しい街ですもんね」
アイが小さく頷く。
「特に街への侵入者にはかなり厳しいわよ。で、一応、まだ街には入ってないとは思うけど、念の為これを冒険者に渡しておいてって頼まれてたのをすっかり忘れていたわ。冒険者なら街の外にも出向くから、見掛けるかも知れないでしょ?」
「あー、それで冒険者―――これ、捕まえたりしたら賞金とか出るんですか?」
「それが出ないのよ~。あくまでランドールに住む者の義務って形。ケチよね~」
「まあ、……ははっ」
決まりが悪そうにシンジュが愛想笑いを浮かべた。
賞金が出ない手配書などケチと言われても仕方ないとは思うのだが、シンジュはランドール家に家から何からタダで提供されている手前、アイの言葉に同意しづらかった。
「まぁ賞金は出ないけど、とりあえず形だけでも協力しとかないとね」
「そうですね」
「それを依頼で街の外に出る冒険者に配っておいてもらえる? あと、表の目立つところにも一枚貼っておいてくれるかしら?」
「分かりました」
頷き、再び受付へと戻るものの、朝一の冒険者はほとんど捌けてしまった後で、いま建物の中にいるのは、リコフ達を含めた一部の暇そうな冒険者だけである。
この人達は何をするでもなくずっとギルドにいる。ギルドを長時間の居座りOKな喫茶店か何かと勘違いしているんじゃないかとシンジュは思っていた。
仕方ないと、シンジュは手配書を一枚掴むとカウンターを離れ、そのまま建物の外へと向かった。
そうして、目立つところ―――ギルドの扉の直ぐ横の壁にそれをペタリと貼り付けた。
ここならばすぐ目につくだろう。
手配書を貼り終えて、シンジュが建物の中に戻ろうして、ふと横を見ると、真っ黒な服を着た女性がギルドの前で立ち尽くしていた。
女性の服装から、ランドール家に仕える『カラス』だとすぐに分かった。
―――こんなところで何をしてるんだろう?
ちょっと疑問に思って、シンジュは何とはなしに女性に声を掛けた。
「おはようございます」
女性は目だけをこちらに向けて、シンジュを見た。
「ああ、君か。おはよう」
特に面識がある訳ではなかったが、シンジュ達とランドール家の先のいざこざで、ランドール家の関係者でシンジュの顔を知らぬ者など居なかった。
「どうされたんですか? ギルドに何かご用でも?」
「いや、そういう訳ではないが……仕事だ。人を待っている」
「……なんなら私が呼んできましょうか?」
「それには及ばない。ここで立っているのが仕事だからな」
「はあ……」
立っているのが仕事と言われ、シンジュが不思議そうな顔をする。
異世界には色々な仕事があるものだと、そんな事を思いながら建物の中へと戻った。




