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常識じゃん?

「じゃじゃーん! 見て見てトテトテさん!」


 シドの店から帰ってくるなり、シンジュはキッチンで夕飯の支度をしていたトテトテに向けて、ズズイと箒を自慢気に見せびらかした。


「なんでやんすかその無駄に豪華な箒は?」


 胸に花柄のエプロンをつけるという、字面にすると普通だが、常識的に見ると異様な格好をした悪魔トテトテが尋ねた。


 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ふふんと小粋に鼻を鳴らし、シンジュが胸を張る。


「私専用の飛行用魔具です!」


「……はぁ。小舟型とかなら分かりやすが、そんな細いと落っこちちまいそうでさぁ。――なんで箒なんでやんすか?」


 トテトテが尋ねると、帰ってそうそうリビングで紅茶を飲もうと準備していたミキサンが、カップを手にしたまま手を止めて、よくぞ聞いてくれましたと二人のやり取りを注視した。


 ミキサンは、必要なアイテムまでシンジュと共にランドールの外に取りに行ったり、シドの店にも一緒に寄った、しかしながら、『何故箒なのか』を聞けずにいた。

 シンジュは、飛行用魔具が箒である事に並々ならぬこだわりがあるらしく、それはもう楽しそうに箒の事をミキサンに語って聞かせた。

 聞かせたのだが、それは箒の見た目であったり、自身が空を飛ぶ事への憧れだったり、「言うこと聞かなかったら燃やしちゃうんだ」(この子は、なぜ苦労して作った物を燃やしますの?)といった事を語っただけで、肝心の『何故箒なのか』については一言も触れなかった。

 聞くタイミングを逃したミキサンは、それ以来、何故か聞いてはいけない様な気がしていたのだ。

 聞けないけれど気にはなる。


 そんな訳で、あっさりとその言葉を口にしたトテトテをミキサンは密かに心の中で「でかした」と褒めた。



「え? だって空を飛ぶなら箒でしょ? 常識じゃん」


 吐き出されたシンジュの言葉に、一体何処の常識なのかと、ミキサンだけでなくトテトテも思った。

 二人の知識の中に、少なくとも箒で空を飛ぶという常識などは頭を搾ってみても出ては来なかった。


「名前はなんにしよっかな~。悩むな~。箒だからほう助? それとも、虹色の羽からとってレインちゃん? お洒落に英語でブルームントなんてのも捨てがたいよね~」


 シンジュが箒を胸に抱きながら身をよじる。愛しくて仕方ないといった様子。


 名前まで……。この子は時々分からない、そんな感想を抱きながら、止まっていた手を動かしてミキサンは紅茶の準備を再開させた。あえて聞こえなかったかの様に振る舞った。


「まあ、家主さんが良いならあっしは何も言いやせんが……。それより、夕飯がもう少しで出来やすんで」


「はーい」


 返事を元気良く返し、シンジュは箒を抱えたままパタパタと自分の部屋へと入っていった。


 トテトテはシンジュの部屋の扉が閉まった事を確認すると、赴ろにミキサンへと顔を向けた。


「常識なんでやんすか?」


「……知りませんわ」


 ミキサンは静かにそう告げて、湯気の昇る紅茶をすすった。





 意外な才能というものを隠し持っている人は、得てして驚きをもって評価を上げるものである。

 それは例えば、大人しい性格の者が隠し持っていた歌声であったり、粗暴だと思わている者が実は色彩豊かな絵を描いたりといった事だ。


 知らないだけで、忙しい日々に追われ埋もれているだけで、案外そういった者は身近にいて、ふとした切っ掛けでそれを見た時、見せた時、少しの尊敬と小さな驚きを伴い人間関係の構築に一役買う橋渡しとなるのである。



「ごちそうさまでした。今日のご飯もとても美味しかったです、トテトテさん」


 皿に盛られた料理を綺麗に食べ終え、満足そうな表情のシンジュがそう言ってトテトテを褒めた。


「お粗末様でやんした」


 トテトテも満更でもない様子でペコリと小さく頭を下げた。


 悪魔が美味しい料理を振る舞うという、聞く人が聞けば「それ、太らせて食べる気だよ」と言い出しかねない様な光景。

 この3ヶ月。もはやこれがこの家の当たり前になっていた。


 当たり前――つまりは「常識じゃん?」である。

 悪魔が居候している環境など普通ではないし、当たり前でもない。他に言わせればそんな状況は非常識である。

 しかし、この家ではそれが当たり前の常識。

 常識とは得てしてそんな物である。


 トテトテが料理を作り始めたそもそもの切っ掛けは、「魔力の節約」というもので、誰かの為というよりは自分の為に始めた事であった。


 時々の住み処(ザ・ベストハウス)という、家に関する事なら一日三回、どんな事でも解決してしまうという便利な魔法がシンジュ達の住む屋敷には掛けられている。

 この魔法は本当に家の事ならば何でも解決してくれるらしく、例えば、ミキサンが張り飛ばしたトテトテが勢い余って家具を壊した時も、いつの間にか壊れた家具が元通りに戻っていたし、片付けられない女・異世界代表と呼び声高いシンジュの部屋がごちゃごちゃと散らかり始め、流石にそろそろ片付けないと、と思っていたら、いつの間にか部屋が綺麗に片付けられていたりする。

 しかも、シンジュが使い易い様な配置という行き届いた配慮までこなす。


 目には見えない完璧な家政婦でもいるかの様な手際。それが時々の住み処(ザ・ベストハウス)なのである。


 一日三回という制約はあるものの、必ず毎日三回何かしなければならないという訳でもなく、何も無い日は家も何もしない。かといって今日の回数を明日に持ち越す訳ではない。

 何が必要で、何をするのかは屋敷が自分で判断を下す。まるで意思ある者の様に。

 しかし、家には家なりの優先順位という物があるらしく、契約者たる家主の望みが優先される傾向にある。


 家主であるシンジュが「ご飯が食べたいな」と思えば温かなご飯をパッと出して、テーブルに並べる事は可能だ。


 可能なのだが、これは当然魔法の力によるものであるからして、使えば家に蓄えられてある魔力を消費する。消費すればそのうちに魔力が無くなり、魔法が使えなくなる。

 そうならない様に毎月、家主であるシンジュの『魔力の半分』を家に注入する、というのが本来の契約であるのだが、肝心のその家主には全く魔力がない。空っぽ。


 ゼロの半分はやっぱりゼロなので、そうなると家の魔力はそうそうに枯渇してしまう。

 そうならない様に管理するのがトテトテの仕事であり、召喚された際にトテトテが交わした悪魔の契約でもある。

 ようするに、足りない分はトテトテのポケットマネーならぬ、ポケット魔力で補う事になる。


 だが如何せん、シンジュとミキサンの家への酷使ぶりが凄まじかった。


 彼女達は、その悪魔的思考で一日三回という制約を拡大解釈し、有効に活用するにはどうするべきかを真剣に話し合った。

 言ってみれば、楽をするために努力するという矛盾のような話し合い。


 そうして彼女達の導き出した答えは「尺度の幅を広げる」という無駄遣い甚だしいものであった。


 例えば、朝に「ご飯が食べたい」と願うと、魔法によってパッと朝ご飯が出てくる。これで一回。

 昼に願えばお昼ご飯が出てくる。これで二回。

 当然、夕飯も願って三回。これで弾切れ。


 しかし彼女達はこの願いを「朝、昼、夕ご飯が食べたい」と細かく注文する事で攻略した。

 律儀にも家は、朝は朝、昼は昼、夕は夕と、決められた時間に決められた事をしてくれ、おまけに一回としてカウントされた。


 ちょっと悪知恵の働く子供が「お願いを十回にしてください」とお願いする様な屁理屈じみた要求であったが、ミキサンの誰に向けたのかも定かではない「燃やしますわよ」という脅し文句を受けて――か、どうかは分からないが、家はあっさりとその屁理屈を飲んだ。


 他にも、「部屋の掃除」というお願いを、「敷地全部を綺麗に」という願いに変えた事で、家だけでなく庭まで全て綺麗に整えられた。床には埃ひとつ落ちていないし、窓もピカピカ、花壇の水やりまで終わっているという徹底ぶり。これらをまとめて行って、一回である。


 獲得の為の儀式においても、使用においても、魔法というのは思わず呆れてしまうようなルールの穴がある。

 ちょっと悪知恵を働かせれば魔法というのは如何様にもその穴を突く事が出来るし、逆にその穴を埋めるべく知恵を働かせる事も出来る。

 そういう概念の元に魔法というのは存在するらしかった。


 

 満足の行く結果にしたり顔でほくそ笑むシンジュとミキサンだったが、この馬車馬のごとき家の酷使ぶりに待ったを掛けたのが、家の管理者にして魔力の供給者トテトテであった。


 確かに一回は一回である。

 だが、効能や規模、範囲が大きくなればそれに応じて消費する魔力も大きくなる。この調子ではとても半月も持たないと、トテトテは二人の説得を試みた。


 返って来たのは冷たい目をしたミキサンからの熱いビンタだった。


 しかし、このままでは月に三回は魔力を補充しないといけなくなる。それをするのはトテトテだ。

 食い下がるトテトテは、「炊事洗濯掃除はあっしがしやす」と申し出て、それを条件にようやく魔力の無駄遣いを止めさせる事が出来た。

 そんな事をするくらいなら魔力を補充した方が楽そうだし、時間も取られないと思うのだが、トテトテにとってはそうではないらしい。


 そうして始まったトテトテの家政婦生活。

 ここでトテトテの意外な才能が発揮された。


 隅々まで行き届いた掃除に、ふんわり柔らか仕上げのお洗濯、美味しく色彩も豊かでバランスの良い料理の数々。

 まさに秀逸な家政婦といった家事の才能を発揮したトテトテであった。


「あなた……、本当に悪魔でして?」


「いやいや、姐さん程じゃありやせんよ。あっしはあくまで悪魔でやんすから」


「でもほんとに凄いよ! トテトテさんの意外な才能だね! 顔に似合わずマメだし!」


「顔に似合わずは余計な気もしやすが……。お役に立ててなによりでやんす」


「トテトテさんは家事完璧だし、実はミキサンも一通り出来るし、ほんとに二人とも凄いな~」


 感心する様に言ってから、シンジュが何やらハッとした顔をしてあからさまに表情を雲らせて、「……私だけ役立たずですいません」と落ち込んだ。


「別に何もしなくても問題ありませんわ。わたくし達は使われる側。使う側であるのですからドンと構えて口だけ出せば良いのです」


「そうでやんす。それに家主さんはこの家の大黒柱でやんすから」


 この家の家計を支えているのはシンジュ一人である。

 ただ、実際のところ、この家に住むかぎり別に働かずとも生きていける。家に魔力さえ注げば生活に必要な物が揃ってしまうのだ。

 加えて、シンジュには『女神の加護』という幸運を呼び込む力がある。

 かつてのランドールがそうであった様に、万事がシンジュを中心に回る。

 下手をすれば駄目人間製造スキルになりかねないのが女神の加護というものである。



「いや~、でもそれって人としてどうなのかな~って……」


 悪魔ですら家事をこなしているというのに……。

 ボソリと呟いたシンジュに、ミキサンとトテトテは顔を見合せ小さく肩をすくめた。


 それから、シンジュは気を取り直した様にパッと顔を上げ、「そういうのってどこで教えて貰うの?」と二人に尋ねた。


 ミキサンは、自身は応えずトテトテに向けて顎で示す。

 それを受け、トテトテは小さく頷くとシンジュの問い掛けに答える。


「あっしはずっとこの家の屋根裏で見て覚えやした」


「屋根裏で?」


「そうでやんす。この家が元々ランドール家の別宅だったのは知ってますでやんしょ? という事は、住む人間は当然ランドール家の人間でやんす。ランドール家の人間ともなれば、家事はぜーんぶ使用人任せ。屋敷仕えの使用人っていやぁその辺はプロ中のプロ。その使用人達を300年近く屋根裏で見て来たでやんすから、まあ出来て当たり前ってワケでやんす」


「なるほど」


 トテトテの話に納得顔を見せたシンジュだったが、ふと何かに気付いた様な素振りを見せた。


「私、小さい頃からパパの家事を見て来たけど全然出来ないよ?」


「それはホントに見てただけだからかと……。見て覚える、っていう、まあ心構えの問題でやんすね」


「……なるほど」


 言われてみれば、確かに見てるだけだった。たまに手伝ってと言われて手伝うくらい。雨が降って来そうだから洗濯物を取り込んでおいてとか、お風呂のお湯を溜めておいてとか……。


「あれ? 私って実は凄い親不幸なのでは?」


 父一人、子一人。これと言って自ら進んで手伝う事もせず、家事一切を全てパパ任せ。

 だけに留まらず、自分の部屋ですらろくに片付けられず、それすらもパパに押し付ける。揚げ句、機嫌が悪い時には、勝手に部屋に入るなと文句を垂れる始末。

 未成年という衣を纏ったただの我が儘なスネ(かじ)りである。


「もしかしなくても親不幸だった!」


 頭を抱えて、一人で悩み、一人で落ち込んで、一人で嘆くシンジュに、少し呆れつつもミキサンが言葉をかけた。


「それだけ大事にされていたという証拠ですわ。蝶よ花よと、それこそ姫君のように」


「そ、そうかな~。なんか違うような」


 あまり納得していなそうなシンジュにミキサンはクスリと笑って、「それより、明日は朝から飛行訓練をするのではなくて?」と話を変えた。


「あ、そうだった! 今日は早く寝なきゃ!」


「風呂の準備ならもう出来てやすよ」


「流石トテトテさん! 悪魔で執事だねぇ!」


 なんて事を笑って言って、パタパタと忙しなくシンジュはリビングを後にした。



「一人で賑やかな方でやんす」


 そんなシンジュの姿を眺めつつトテトテがボソリと呟く。


「元気なのは良い事ですわ」


「まあ静かなよりは……。けど、あの様子じゃあ今夜は興奮して寝れそうにありやせんし、あっしの子守唄でも聞かせやしょうかね?」


「あまり甘やかすと叱られましてよ」


「……誰にでやんす?」


「さあ……? 誰なのでしょうね……」


 自問する様にミキサンが呟く。

 はてなとトテトテが首を傾げた。


 それから、少し空気を変えるようにミキサンが得意気な顔をしてトテトテを見る。


「ところで、魔導式小型航空木一號(いちごう)なんてどうかしら?」


「魔導――えっ? なんの話でやんす?」


「箒の名前に決まっているではありませんか?」


 馬鹿な質問を――と、何処か誇らしげに言ったミキサンに、トテトテは呆れた様に首を振った後、これ以上付き合ってられないとテーブルの上の食器を片付け始めた。


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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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