孫の工作は最高級の箒
「なんだったんだろうさっきの?」
ミキサンの背中にピタリと張り付いたままのシンジュがそう溢す。その表情からはあまり緊張感は見られない。
「さぁ? 盗賊か何かではなくて?」
「盗賊か~。やっぱりランドールの外だとそういうのもいるんだね」
適当に答えたミキサンの言葉を真に受けて、背中のシンジュが「む~」と唸りながら考え耽ってしまった事に、ミキサンは小さく苦笑する。
そして、先程の狙撃について考える。
――少なくとも、そこらの盗賊が出来る様な事ではなかった。
自分では気配さえハッキリと確認出来ない程の距離から放たれた一撃。
(わたくしだけだったならば、頭を撃ち抜かれていましたわね)
ミキサンがヒロの必殺とも呼べる一発を避けられたのは偶然――ではなく、ヤバいヤバいと発したシンジュが、身をていして助けてくれたからに他ならない。
放たれた時点で、ミキサン一人ではどうにも出来なかった。
――腑甲斐無い。
表には出さなかったものの、ミキサンの心中は穏やかではなかった。守る為に側にいるはずが、守られる側になってしまった事に憤りを感じていた。
(過ぎた事ですわね……)
ミキサンはそう自分に言い聞かせ、次を見据える為に考える。
相手の正体が不明である以上、また狙われる可能性は十分にある。
大切なのは、その時にどうするかである。
ミラージュを駆使し、シンジュと自分、二人分の気配を殺しつつ、ランドールの街を目指す。そうしながらミキサンは、来るべき時に備えての思考に耽った。
しばらくして。
遠くに街の姿を認めたミキサンは、ゆっくりと高度を下げ始める。
そうして、街の真上に来ると、適当に開けた場所を見繕い、街へと降り立った。
街に入った二人の姿に、近くにいた住民達の視線が集まる。
空から人がやって来た。
その事自体は、この世界では特に珍しくもない日常の風景。
上を見上げれば、ミキサン以外にも空を飛んで移動する魔法使いの姿を時折見つける事が出来た。ある者は馬車で、またある者は小型の舟で。各々が好きなスタイルで飛んでいる。その大概は冒険者か商人である。
ランドールという街は、街を出るのは自由だが、入るとなるとかなり厳しい検閲を受ける。それはランドール生まれか否かは考慮されない厳しいもの。
万が一、知らずにランドールの制空権内に侵入しようものなら、たちまちの内に、黒い『カラス』に取り囲まれてしまう。抵抗しようものなら即拘束。最悪、その場で切り伏せられる。
有事の際はその限りではないものの、平時は冒険者だろうと商人だろうと、毎回街に入る時にはこの厳しい検閲が厳守で、それが非常に面倒くさく、時間も取られる。ランドールの冒険者が、街の外で仕事をしたがらない理由の大部分がこの検閲のせいであった。
例えば、依頼で薬草をちょっと取りに行くだけでも検閲。
弱いモンスターの大して珍しくもない素材を手に入れるだけでも検閲である。
ハッキリいって、仕事よりも検閲にかかる時間の方が遥かに長い。
そういう理由で、冒険者が仕事をしたがらないのも当然といえた。だからランドールギルドはいつまで経っても落ちこぼれギルドなのだ。
ランドールギルドの責任者レンフィールドが、先のモンスター襲来以降、弛みきった冒険者達の意識改革にと、冒険者への検閲を緩くする様にとランドール家に嘆願しているのだが、元々ランドール家に良く思われていない王国管轄のギルドの待遇は依然として変わらない。
ランドールギルドが落ちこぼれギルドから卒業する道のりはまだまだ険しいようである。
そんな厳しい検問にあって、シンジュとミキサンはフリーパスの権利を得ていた。
この権利は、ランドールの長にしてランドール家当主、シスネ・ランドール直々に交付された大変貴重な権利である。
レンフィールドが喉から手が出る程欲しがるそれを、冒険者でもない二人が持っているのだ。一人はただのギルド職員。もう一人に至っては、配下という名のただのニートである。ランドール家に使える召使い達と違い、ミキサンに給料の様なものが出ている訳ではないのだ。
ミキサンがヒモかどうかはともかく。
魔法という奇跡で空を飛ぶ者も珍しくないそんな日常の中にあって、二人が目立つ理由。それは、その肩に担ぐ虹色冠羽のせいに他ならなかった。
道ゆく人々は、少女が歩く度に背後でふわふわと揺れるそれが何かは判らなかった。難易度Sのレアアイテムである虹色冠羽は、一般の人々がそうそう目にする機会のないシロモノであったからである。
目利きや知識のある者ならば、シンジュの担ぐそれの正体に気付けたかもしれないが、生憎とこの場にそういった者は居ない様子であった。
ただ、虹色冠羽はロック鳥から引き抜いた今も、引き抜く前と変わらず淡く輝き虹色の光を放っていた。
その輝きは、正体こそ何んであるか分からずとも、住民達の目を引くには十分過ぎる程の個性を持って揺れていた。
そんな住民達の視線は何処吹く風。シンジュは特に気にするでもなく街を歩いていく。
ただその澄まし顔は上っ面だけで、内心はガハハと高笑いしているのが、隣を歩くミキサンにはすぐに分かった。
ミキサンはランドールに来てすぐに顔も名前も売れたが、ランドール家との一悶着があって以降、それが更に高まり、シンジュとミキサンの二人は、名前、顔共にランドールでは知らない人は居ないと言われる程、有名になった。
ミキサンは別に有名になりたい訳ではなかったので、何処かに出歩く度にチラチラと見てくる(見てくるだけで話掛けては来ない。ミキサンが怖いから)その事について「見世物ではない」と、やや不満を持っていた。
たいして、シンジュは有名人になれたのが嬉しくてしょうがなかった。
少なくともランドールの中では、有名になったからどうこうという事もなかったが、『有名になる事』自体がシンジュにとっては価値のある事だったのだ。そこには「後々の事を考えて」といった打算も計算もない。
もはや、異世界小説の主人公に憧れる少女の末期といえる。
二人はしばらく周囲の視線を集めながら歩き、5分程で目的の店に辿り着いた。
二人が立つのは、『シドの店』と書かれたそれだけでは何の店かも全く分からない看板のかかる店の前。
シンジュは少しだけ店の外観を眺めてから、店の扉を開いた。カランと何度か扉の上部に取り付けられたベルが鳴る。
シンジュは、肩に担ぐ羽が傷つかない様に気を付けながら扉を潜ると、店の奥にあるカウンターへと向かった。
丁度シンジュがカウンターへと辿り着いた頃になって、カウンターの奥の扉から店員が顔を出した。
「いらっしゃい」
カウンターへと歩を進めながら店員がシンジュへと声を掛けた。
店員は30代くらいの男性であった。
「親方さんはいますか?」
シンジュが尋ねると店員は、小さく頷き、それから奥に顔を向けて「親方ー! お客さんですよー!」と大きな声で言った。
しばらく待っていると、店の奥から「うるせぇな、ベル鳴らせっていつも言ってんだろ」と不機嫌そうな強面の男性が現れた。
「こんにちは、親方さん」
「おう、嬢ちゃんか」
シンジュを認めた途端に表情が緩んだのは、親方ことランドール鍛冶職人を束ねるシド。
シドはシンジュに気付き、それからすぐにその肩に担ぐ物にも気付いた。
「早かったな」と、シドはニカリと歯を見せて笑った。
「お願いします!」
誉められた様で少し嬉しくなったシンジュは、ニコニコと微笑みを浮かべて、肩に担いでいた羽をカウンターへフワリと置いた。長過ぎる羽はカウンターには収まりきらず、両端がカウンターから溢れていた。
そんな些細な事など気にしないニッコニコのシンジュは、「これを箒にしてください」と口にした。
「これで箒なんて作るんですか!?」
虹色に輝く羽を驚いた表情で見て、そんな声をあげたのは店員の方であった。
「らしいぞ」と、シドが笑う。
「まあ、何にするかは自由なんですが、虹色冠羽なんて良品、久し振りに見たな」
羽の柔らかさを楽しむ様に撫でた店員がうっとりとした表情で告げる。
「箒はやっぱり駄目ですか?」
店員の感想に、シンジュが少し困った様に尋ねた。
「問題ねぇよ。物が物なんでちょいと値が張るが……」
言って、親方が店員の脇を小突く。
店員は少し慌てた様に、手元に紙を置くと、サラサラと何かを紙に書いて、それからシンジュに見える様に仕立てに必要な金額が書かれた紙を差し出した。
「大丈夫です」
ホッとした様子でシンジュが首肯く。
そんなシンジュの様子に、緊張が少しほぐれたのか店員もつられてホッとする。仮にも客商売をする者が、お客相手に緊張するのもどうかと、シドは心の中で苦笑したが、そう緊張せざるを得ない程、目の前の羽から放たれる雰囲気はただならないものだった。
加えて、難易度Sのレアアイテムであるソレを持ち込んだのが、14歳の少女であるという事がそれに拍車をかけた。
「時間はどのくらいかかりますか?」
「……そうだな」と、一度顎を撫でてシドが考える。
「物自体は直ぐに出来るんだが、魔力の馴染み具合を見なきゃいけねぇから――まあ3日ってとこだな」
「わっ、意外と早いですね」
そう言ったシンジュの顔は、好奇心を乗せた無邪気な笑顔。思わず、シドだけでなく隣の店員もつられて頬が緩くなった。
「らしくねぇな」と、自身の緩んだ顔に苦笑しつつ、シドは確認の為に尋ねた。
「作るのは、こいつを使った『空飛ぶ箒』で良いんだな?」
「はい!」元気の良い返事がかえってくる。
「これだけ上質な素材だ。さぞ良い魔具が出来るだろう。――まあ期待して、良い子で待ってろ」
「はい!」
「他に何も無ければ、このまま作り始めるが……」
「う~ん、大丈夫だと……」
と、言いかけて、シンジュが「あっ」と呟いた。
それから、ちょっと言いづらそうな顔を作ってシドの顔を見て、「親方さんの許可が貰えるなら、あれで作って欲しいな~、なんて……」と、自身の後方、武器棚の方を指さした。
シンジュの指が示すその先。
武器棚のある壁に一本の古びた木の棒が飾られていた。
「アレの分のお金もちゃんと払います」
「ずっと売れ残ってる在庫みてぇなもんだから、別に代金はいらねぇが……。――アレでか?」
険しい顔をしたシドが聞き直す。
「駄目ですかね?」
怒られるとでも思ったのか、やや体を縮こまらせたシンジュが問うと、シドが小さな溜め息をついた。
「オススメはしねぇな。――前にも言ったが、ありゃ曰く付きのシロモンだ」
口調はそのまま、しかし雰囲気だけがガラリと変わったシドにシンジュがややたじろいだ。
「持ち主に不運を呼ぶ……ですよね?」
「そうだ」
「なら丁度良いかな~、なんて思っちゃったりして」
「あ? 不運でなんで丁度良いなんて事になるんだ?」
「いや、まあ……色々と」
深くは話しづらいのか、小さく笑って誤魔化そうとするシンジュの様子に、シドはまた嘆息し、小さく頭をかいた。
「しつこいが、オススメはしねぇぞ? けどまあ、所詮はそういう噂があるってだけで確証がある訳じゃねぇから、作ってやらない事もないが――」
そこでシドは一度話を切り、腕を組んで小さく唸った。
少し間を空けた後、
「そうだな。とりあえず、アレを使わずに出来上がったもんを見て、それでしばらく様子を見てからでも遅くないんじゃねえか? それが納得いく品じゃなかったら、改めてアレを使って作り直してやる。箒の先っちょ取り替えるだけだ、そう難しいこっちゃねぇ。金も取らねぇ。それでどうだ?」
シンジュは少しだけ逡巡する素振りを見せてから、「分かりました。そうします」と頷いた。
「おう。良い子だ」
そう言って、険しかった表情を柔らかいものに一変させたシドがシンジュの頭を撫でた。
「それじゃ決まりだな? 他にはねぇな?」
「はい! 宜しくお願いします!」
シドにそう言って、シンジュとミキサンは店を後にした。
二人が居なくなった店の中。
「前から言おうと思ってたけど、親方、あの子に甘いですよ?」
「……うるせぇな。無駄口叩く暇があったらとっととそいつを作業場に運べ」
へーへーと悪戯っぽく溢した店員は羽を担ぎあげると、そのまま羽を持って奥に引っ込んでいった。
店員が奥に引っ込み、一人になったカウンターの中でシドは「……年かな」と呟き、最近妙に丸くなったと自覚する自身の性格についてを思いガリガリと乱暴に頭をかいた。
☆
それから数日後の夕刻。
ギルドでの仕事を終えたシンジュはその足で再び店を訪れ、代金と引き換えに品物を受け取った。
受け取った物に、シンジュはしばし目が釘付けとなる。
目を奪われながら、箒の先端、虹色冠羽を丸筆状に加工され、纏められた部分に触れてみる。
それは、それを持つシンジュの手が透けて見える程に薄く、光沢感と高級感のある虹糸が揺れる度に光をキラキラと反射し神々しいまでに美しく輝いていた。
それに見惚れていたシンジュに向けシドが自慢気に鼻を鳴らした。
それで慌てて箒から視線を外し、「ありがとうございます!」と礼の言葉を述べた。
「どうだ? 中々綺麗なもんだろ?」
「凄く綺麗です! 最高です! 流石親方さんです!」
興奮した様子でやや自分をベタ誉めし過ぎなシンジュに、シドは内心でしめしめと笑う。
これは空を飛べないシンジュが空を飛ぶ為に作った魔具であり、これで床を掃くわけではないらしいのでそうそう汚れる事も無さそうであるが、箒にしておくのは勿体ないと思わずにはいられない程の輝きを放っていた。
丸筆状のハケの部分もさる事ながら、箒というにはやや太過ぎる柄の部分には、ランドールで得られる木材では最高級の素材『真水のポプリ木』という木を使用している。
これはランドールの南にある湖周辺にのみ生えている木で、丈夫で軽く、なにより魔力が馴染みやすいという特性を持っている。
シドは『真水のポプリ木』から削り出したそれを、自ら丁寧に装飾を掘り、柄の中央よりやや筆側、重心の真ん中となるシンジュが『乗る』であろう位置には『乗り』やすい様にと体にフィットするように配慮された加工まで施されている。
ただ、何故箒なのかシドには理解出来なかった。
小舟型のものや馬車などを利用して空を飛ぶ魔具はある。商人などが使っているのを時々見掛ける。
だが、何故わざわざお世辞にも乗るのに適していないと思われる箒なのかと、シドをはじめ、製作に関わった職人全員が首を傾げた。若者の発想は分からないと理解に苦しんだ。
それを作れと依頼されたら作るのが職人であるが、何故箒なのか、その理由はランドール職人の永遠の謎とされた。
そうして理由は分からずとも出来上がった最高の箒。おそらくランドール内外を含め最も高価であろう箒。
それを眺めるシンジュの嬉しそうな(うっとりと頬擦りしている)様子にシドは、「この様子ならアレの事は忘れているだろうな」と心の中でほくそ笑んだ。
客であり依頼者であるシンジュに柄の素材や装飾までは指定されなかったが、されなかった事を良い事に、シドは無償で素材にも装飾にもこだわり抜いて、そのかいあってアレの存在をシンジュの頭の中から忘却の彼方へ追い出す事に成功したのだ。
仕事一筋の独身であったシドの、知られざる意外な子煩悩と、責任感を含ませた世話好きが仲良く手を取りあい、更にそこに元来の職人魂に火が点った結果、不満など何処からも現れないであろう至高の一品が出来上がった。
いくら噂とはいえ不吉な物をシンジュに使わせるつもりなどシドには最初から無かったのである。
シンジュは一通り自分の箒を愛でた後、「また何かあれば宜しくお願いします!」と、ニコヤカに告げて去っていった。
去りゆくシンジュの背中にシドの、「機会がありゃあな」という声が届けられた。
客が居なくなった店の中で、店員の男はチラリと横目でシドを見た。
腕を組んだまま少女の出ていった扉の一点を見つめる自身の師匠シドの横顔が視界に収まる。
その横顔は、いつもの険しい職人気質なオーラ――そんなものなど何処かに飛んでいったらしい、弛く垂れ、目尻に年相応の皺を作った親方の横顔だった。
「やっぱり甘い」
素材に装飾にと、頼まれてもいない部分にまで甲斐甲斐しく世話を焼いたシドを思い返し、店員はそう溢した。
「うるせぇな」
照れ隠しなのか、シドは鬱陶しそうな表情でそう悪態をついた。




