住めば辺境
自分達の目的である【虹色冠羽】を求めて、ギアス高原にまで足を伸ばしたヒロとハロ。
そこまでは良かったのだが、着いた先のそこで問題が起きた。
いざ虹色冠羽を求めてロック鳥の巣へと赴くと、事もあろうに肝心のオスの頭に虹色の冠が見当たらなかったのである。
虹色の冠は、群れのボスの証として輝く羽であり、群れのボスにしか生えていないものである。
今年は何故かロック鳥の群れの数が激減しており、二人が調べた限りこの近辺にはひとつしかハーレムが存在しなかった。
つまり、貴重な一枚だったのである。
そんな貴重な一枚が、あるべきはずのボスの頭に無い。
ヒロはおおいに落胆した。
これを逃すとボスの冠羽が生えるまで、或いは遥か遠い別の地まで行かねばならない。
肩を落として落胆するヒロに、やれやれと小さく肩をすくめるハロ。――と、ハロが呆れたのも束の間、ヒロが糸人形の様に突然顔を上げた。
「どうかした?」
尋ねたハロに、遠くを観察する様にして一点を見つめ始めたヒロが、手の仕草だけでハロを制した。
「……この先の上空に誰かいるみたいだ」
一点を見つめたままヒロが告げる。
「この先って……。この辺は冒険者もあんまり寄り付かない場所よ? まして空ってなると、目立つからロック鳥に襲われかねないし……。確かなの?」
「……魔力探知に引っ掛かった。二人……だな」
「冒険者かしら? 場所柄、それも中々の上級者って事になるのかな?」
「さっき鳥共が妙に騒がしかったろ? こいつらが虹色冠羽取ってった可能性は?」
「え~? どーだろ~? 絶対無いとは言えないけど、可能性は低いんじゃない?」
「確かめてみよう」
「良いけど……。仮にそうだったとして、どうするつもり? 冒険者なら何か目的があっての事だろうから、そう簡単に譲ってはくれないと思うけど……」
「そこは交渉次第だろ。金で解決出来るなら多少高額でも構わない」
「まあ……、そうと決まった訳でもないし……。確かめるだけ確かめてみる?」
「ああ」
小さき頷くと、ヒロは素早く大沼蛙を呼び出した。
そうして、呼び出した蛙の口に手を入れ、すぐに引き抜く。
引き抜いたヒロの手には一本の棒切れが握られていて、それは途切れる事なく蛙の口へと繋がっていた。
ヒロは棒切れを握ったまま、なおもズルズルと蛙の口に繋がるそれを引っ張り出す。
そうやって現れたのは、一本の箒であった。
ヒロは箒を水平に持つと、握っていた手を離す。すると、箒は地面に落ちる事なく、そのままの位置でプカプカと宙に浮かんだ。
「行くぞ」
ヒロは、浮かぶ箒の上に器用に立つと、ハロに声を掛けた。
ハロは特に返事も返さず、ヒロの肩――定位置に収まった。
そうして、ヒロは謎の二人組の元へと箒で空を駆けた。
☆
「ん?」
シンジュを背中に、ランドールを目指していたミキサンが、ふいにそんな声を発した。
「どうかした?」
「……何か――いえ、誰かがこちらに向かって来ますわ。それもかなりのスピードで」
「ランドールに向かう冒険者かな?」
「だと良いのですけど……」
ランドールと自分達が、向かって来る何かの真っ直ぐ進行方向にある為、何かがどちらを目的としているのか判別がつかなかった。
ただ、仮にランドールだとしても、このまま変にかち合って面倒になるのもゴメンだと、そうミキサンは考え、高原と山脈の境目に位置するその場所の地上に降りて、何かをやり過ごそうと考えた。
「降りますわよ」
「え? あ、うん」
告げて、ミキサンがゆっくりと降下し始め――
「厄介ですわね」と口にした。
こちらの降下に合わせて、向こうも緩やかに降下し始めている。つまりは、何かの目的は自分達という事。
速度からしてかなりの実力者と思われた。
「どうやら、わたくし達に用事があるようですわ」
地面に足が着くのに合わせてミキサンは言った。
ミキサンの顔に緊張や不安といったものは見られない。代わりに、ひどく鬱陶しそうな表情をして、顔を少し上にあげて遠くを見ていた。
まだ距離があるらしく、気配こそ把握出来てはいるもののミキサンの暴視をもってしても、何かの正体を確認する事は出来なかった。
「私達に?」
ミキサンの言葉に疑問符を頭の上に浮かべた後、シンジュは「ん~」と呟きながら、神眼を発動させ、ミキサンが向ける視線の先を同じようにして眺めた。
女神の加護を巡るランドール家との騒動から約3ヶ月。
ミキサンがランドール家に受け入れられた事を境に、二人はシンジュのギルド職員としての仕事の合間を見ては、ランドールの外で冒険者紛いのモンスター討伐やアイテム採取を楽しんでいた。
シンジュの持つ『女神の加護』、その幸運のおこぼれ(というと言い方が悪いが)に授かりたいランドール家としては、あまり街の外にふらふらと出歩かれるのも困りものであったが、「ずっとギルドの仕事だけでは、我が君は飽きて出ていってしまいますわよ」というミキサンの一言が後押しとなって、シンジュはある程度自由に動き回れる許可をシスネから得た。
その際にシスネから以下の事は守る様にと堅く言い含められている。
ひとつ、ランドールの外に出る時は、必ず前もって連絡を入れる事。
ふたつ、行き先と目的は明確にする事。
みっつ、夜までには帰る事。
よっつ、ランドール家のお願いは出来るだけ協力する事。
以上の4つを守る様にと、お願いされた。
当のシンジュ本人は、このシスネからのお願いを「なんだ、楽勝じゃん」と二つ返事で了承した。
シンジュがこの4つのお願いを、えらく簡単に了承したのには理由があった。
――よっつ目はともかく、先のみっつ目は、普段、家でパパにうるさく言われているレベルの事であった事。
父と子、二人だけの父子家庭。鍵っ子だったシンジュは、出掛ける時は必ずパパにメールで、「行き先と目的、誰と会って、何時に帰る」という内容を毎回律儀に送って、言い付けを守っていた。
学問に関しては、さほど教育熱心という訳でもなく、好きな事
を好きにやらせてくれるパパであったが、小学生ならばいざ知らず、心配性のパパは中学になってもその辺りにうるさかった。
そんな訳で、スマホという文明の利器が無い事は多少面倒ではあったが、シンジュにとってシスネのお願いは大した事でもなかったのだ。
それに加えて、街の外へと赴く許可が得られたのは大きい。
と言うのも、シンジュはこの「街の外に行く」という事に関して、妙な勘違いをしていた。
その勘違いとは、「街の外に出れるのは冒険者か商人だけ」という勝手な思い込みである。
何故そんな思い込みをしていたのか、シンジュ本人も頭を捻っていたが、考えればそれは可笑しな事だとすぐに分かったはずである。
でも何故か、シンジュはそう思い込んでいたのだ。
そんなシンジュとは反対に、友人であり、配下であり、シンジュの良き理解者であるミキサンは、当初、シスネからのそのお願いに難色を示した。
なぜ、先の戦いの勝者である自分達がそんな制約を受けなければいけないのか、と。
戦争――というのは大袈裟であるが、命懸けの決闘とも言える先の戦いに勝利したのはシンジュ達側である。
であるならば、要求や、我を通すべきは自分達側であり、敗者はそれに従うのが本来あるべき形だとミキサンは思っていた。
だというのに、蓋を開けてみれば、何故かこちらが折れる様な形に収まってしまっている。
「納得出来ませんわ!!」
思わずそう叫ばずにはいられない程、ミキサンはそれに不条理を感じた。
「まあまあ、ミキサン、良いじゃない~」
のほほ~~んとした表情と軽~~い態度のシンジュからの説得。
「何故そんなに簡単に受け入れますの!?」
「いや~、そりゃあ――ねぇ?」
シンジュ曰く、
覚えてないので事の大事が良く分からない、との事であった。
「だからと言って、そんなに簡単に受け入れる人がありまして!?」
ヒステリック気味にキィキィ叫ぶミキサンに、のほほんとしたシンジュの説得は続く。
「ミキサンがランドールに受け入れられたんでしょ? 私はそれで十分だよ~」
それでミキサンは何も言えなくなった。
受け入れる。
言葉にすればそれだけの事であるが、魔王を受け入れる、というのはランドール家にとって、とても大きな決断であった。
ランドール家と悪魔の因縁。それだけでもランドール家には受け入れがたい事であるが、それ以上に問題となるのは王国の中央や周辺領地など、それらとランドールとの関係性を大きく変えかねない事態を招きかねないからである。
そもそも、辺境ランドールというのは外の人々に良く思われてはいない。
ランドール家にしても同様に外を良くは思っていない。その為、住民レベルの交流はあれど、ランドール家と外との交流自体がほとんどない。
王国の枠組みの中にある以上、最低限の外交的やり取りはあるものの、それもほぼ形骸化している。
例外的に、たまに訪れる冒険者達や商人達を通して、情報や物の流れこそあるものの、それすらランドール家の実施する審査を通って、ようやく街へとやって来る程だ。
表面上、ランドールは王国の中の一領地となっているが、そのランドールの立場はランドール家の長年に渡る外交交渉、対外政策の賜物だといってもいい。ランドール家は長い時間をかけた努力によって、自分達、そしてランドールを王国の自治区として認めさせたのだ。
加えて、『女神の加護』という最大の切り札にして最強の盾が、ただの一領地に過ぎない辺境の街を王国と肩を並べる程の経済力にまで育み、如何なる軍事的危機すらも跳ね返す強運を呼び込み、守ってきた。
そうして、独立自治大国と比喩される王国領辺境ランドールが出来上がったのである。
しかし、それはあくまで表面上の話。
王家、並びに有力者達は、今も虎視眈々とランドールの地を手中に収めんと狙っている。
彼らがランドールを狙う理由。
それは、「掘れば金山、植えれば豊作、湛える水は良薬なりし桃源郷」と吟遊詩人の唄になる程、ランドールは豊かな土地だからである。
些か大袈裟にも聞こえるが、実際、比喩でもなんでもなく、ランドールは本当にそういう土地なのである。
まるで大陸中の資源がランドールに集中していているのではないかと錯覚する程に、ランドールの土地は肥えていた。
そんな奇跡の土地だからこそ現在の繁栄がある。
有力者達にとってはランドールを手に入れる事は、富を得る為の一番の近道にしか映っていない。
まさに一攫千金の土地。
そんな、ただ欲に眩む有力者達とは違い、庶民的な感情ではランドールはまた違った見え方をする。
戦に、税に、貧困に病。
それらの不満、不安を抱える外の庶民にとって、豊かな土地に住む、というそれが余計にランドールへの嫉妬となってランドールを見る目を曇らせている。
しかも、それが悪魔の末裔が支配する土地というのだから、庶民達の王国に対する不満は積み上がる一方であった。
悪魔の末裔が支配する土地ランドール。
それだけでも戦争を仕掛ける大義名分となりえる。宗教を強く信仰する一部の過激派などは、戦争ではなく聖戦であると声高に叫ぶ者達もいる程だ。
しかし、そんな民衆達の不満の中にあっても王家や有力者達の腰は重い。
悪魔からの土地の奪還――というもっともらしい理由付けこそ簡単であるが、いざ攻めるとなると悉く上手くいかない。
それは、ランドールが女神の加護という盾を得て以来、ずっとそうであった。
過去、何度もランドールへの進行は試みられている。
だが、その度にそのどれもが、偶然とも言える不運によって何度も立ち消えた。
ランドールへ挙兵すべしと強弁した将軍は病に倒れた。
その富を独占しようとした有力貴族は、市民による暴動によってその座を追われた。
悪魔の末裔を駆逐し、神の偉大さを知らしめんとした教皇は、突然崩落した天井に押し潰されて死んだ。
そうやって偶然の不幸によって命を落とした指導者達は数知れない。
それはどこまでが偶然だったのか、誰にも分からない。
しかし、不運な死を遂げる人のあまりの多さに、いつしか有力者達の間で、それは「ランドールの呪い」だと囁かれる様になった。
そうして、今ではランドールへの武力行使を口にする者はいない。
そんな事を言えば、不運な死を遂げかねないと、有力者の誰もが理解していたからだ。
そんなランドールに魔王が受け入れられた。
もしも、王国側にそんな話が伝わった場合、その暗黙の内に築かれていた関係性が瓦解しかねい事態に発展する可能性があった。
何故か?
いまだランドールを悪と見なす声が多い中で、それでも表面上とはいえ両者が関係性を保っているのは、『ランドール側からこちらに攻める事はない』という一種の安心感の様なもので成り立っているからである。
いくら豊かなランドールとはいえ、経済力はあれど王国に攻めいる程の武力は無い。簡単に押し返されてしまう。
女神の加護という最強の盾は持てど、王国を脅かす程の矛を持っていないのが辺境ランドールである。
だが、そんなランドールに圧倒的な破壊者、魔王が加わった。
この奇跡と魔法の世界において、圧倒的な力を持つ者は万の軍隊にも匹敵する脅威である。
実際、ランドール家の始祖であり、魔法の始祖でもある初代ランドールは、たった一人で王国や教会の兵を相手にランドールを守り続けてきた。
魔王がランドールに受け入れられるという事は、盾しか持たなかったランドールが矛を手に入れた事に他ならない。
万が一、これが王国側に知られれば、今までの関係性は崩れさる。
ランドール側からこちらに攻める事はない、という暗黙の内に築かれた安心が瓦解する。
何故なら、人は弱い生き物である。
簡単に不安に押し潰される。
不安にかられた人々から、悪魔が動く前に潰すべきだという声が上がる事は容易に想像出来た。
今はまだ、加護を失った事も、魔王が加わった事も、ランドール家によって外には秘匿されているが、それもいつまで隠し通せるものか分からない。
魔王を受け入れるというのは、ランドールにとってそれだけ大きなリスクなのである。
そんな事とはシンジュが分かっているはずもなく、彼女は街の外への外出許可を得て、ご満悦。
そうして、そんな経緯を経て、シンジュはこうしてミキサンと二人で冒険者の真似事に興じていたのである。
しばらく、二人で遠くの気配に目をやって――数秒後、
「あっ! ヤバいヤバい!」慌てた様子でシンジュが叫んだ。
「なんですの?」
ミキサンが尋ねた直後、高原上空からシンジュ達二人に向けて、まるでレーザー光線の様な一本の閃光が放たれた。
それは超高速の煌めきで、光ったと思う間もなく、高原に生い茂る草花と山脈の硬い岩肌を巻き込んで大爆発を起こした。
山脈の肌で反響したのか、爆発音がやけに大きく周囲に轟いた。




