魔導の申し子
三章です
厚い黒雲に覆われた城がある。
天空に浮かぶその城は魔王の居城。
しかし、それも今や遠い過去の事。
城の主であった魔王は遥か昔にこの世から消え、風の向くまま気の向くままに空を流れる城だけが残った。
その城の中。
大きな城の中で、最も広い玉座の間の中心に胡座をかいて座る一人の青年の姿があった。
青年の名は、ヒロ。
歳は17。黒髪で整った顔立ちをした極普通の青年。青年か少年か、と問われると難しいところ。大人と子供の境目の微妙なお年頃。
その実、魔道の申し子と呼ばれる程に卓越した魔法の才に秀で、頭角を現し始めてから僅か一年で、数々の儀式をこなし、北の大陸に棲む上位の竜アイスドラゴンに打ち勝ってしまう程の実力者。
胡座をかいて座るヒロの傍らでは、時折キラキラと輝く小さな妖精の姿。
その小さなお供だけを連れ、旅に出てから一年でヒロは、名実共に最強の称号であるSSランクの座に登り詰めた。既に魔導の申し子という二つ名で名の知れたヒロではあるが、アイスドラゴンの討伐という偉業を成した事でその名は止まる事を知らず、大陸全土に知れ渡る事になる。
しかし、当のヒロ本人はそんな二つ名などには全く興味が無い様子。二つ名だろうが悪名だろうが、もはや自分には不要なモノである、という意識がヒロにはあった。ゆえに興味が無いのである。
今現在、彼の興味は自身の目の前、玉座の間の床に置かれた一冊の本に釘付けであった。
小さく唸りながらヒロは本をペラペラと捲って流し見る。
「なぁ、ハロ。もしかして、これを全部やって初めて1つの儀式って事かな?」
少し納得がないかないとでも言いたげな顔つきで本を捲りつつ、傍らの妖精ハロに尋ねる様にヒロが口を開いた。
「……たぶん」
自信無さげな顔をしたハロがヒロの問い掛けに答えた。
「まさかここに来て、最後の最後にこんな面倒くさそうな儀式が用意されているとは……」
ヒロが落胆し、大きな溜め息をつく。
「一年でここまで来れたんだから、ヒロなら楽勝だよ」
そう言ってハロが肩を落とすヒロを慰めた。
「そうだな……。なんだかんだでここまで来たんだしな」
「そうそう、前向き前向き。 ―――それにさ」
ハロはやや顔を赤らめて、モジモジと照れた様な仕草をしながらヒロを見た。
「しばらくは、また二人で冒険出来るし……」
尻すぼみになりつつも、ハロがそう言葉にしてはにかんだ。
ヒロは少しだけキョトンとした表情を見せた後、小さく頬笑む。
「確かに、また冒険の日々だな。俺達の冒険はこれからだ、ってやつ?」
「だよねだよね!」
「おう。けどまぁ、だったらあの涙涙のお別れはなんだったんだって話だけどな」
ヒロが笑う。
「泣いてないし! ちょっと疲れて目が痛かったの! 目にゴミが入ったの!」
顔を真っ赤にしたハロがヒロの言葉に憤る。
異世界からやって来たヒロ。そんなヒロとひょんな事から知り合ったハロ。
この一年。ずっと二人で旅をしてきた。
楽しい事もあった。辛い事もあった。沢山の思い出と一緒にかけがえのない絆が出来た。
上位竜アイスドラゴンを倒し、これでお別れのはずだったヒロとハロ。
ヒロの旅の目的はドラゴンを倒す事ではなかった。
勿論、ヒロとてこの異世界が平和になる為ならば、自身の出来る事をしようという気持ちはあったし、とある神殿の巫女の啓示で判明した帰還方法が脅威の討伐が関係しているらしいというのもある。しかし、それはヒロの目的ではなく、過程でしかない。
ヒロの目的は元の世界への帰還。
それは旅の最初からハロも理解していた。覚悟もしていた。それでも、ヒロの力になろうと旅に同行したのだが、いざその時になると、上位竜を倒した喜びと、別れなければいけない寂しさが同時に訪れ、ハロは泣いた。ポロポロ泣いた。
しかし、二人の冒険の終着点であったはずのそれは、終着点どころか通過点でしか無かった様だ。
脅威の討伐という命懸けの一大イベント。
てっきりヒロもハロも、上位竜を討伐すれば帰れるものだと思っていた。だからこそ、上位竜を倒した後に、「これでお別れだな」なんて事を言って別れを惜しんだのだ。
だと言うのに、突き付けられたのは実際はまだ冒険が続くという現実。
恥ずかしい。二人で感動と哀悲をたっぷりぶつけあったあれはなんだったのか。その気不味さといったら筆舌に尽くしがたいものがある。
ヒロは、照れ隠しでぽかぽかとヒロの身体を叩くハロに優しい目を向け小さく笑った後、「さて、ハロくん」と口を開く。
それでハロは叩くのをやめて、聞く態勢へと意識を移す。
「ちょっとこの儀式について、今後についてを話し合う」
ヒロがそう言うと、ハロが得意気に胸を張った。
「ふふ~ん。このハロ様に任せなさい! ホント、ヒロは私が居ないとろくにアイデアのひとつも出さないんだから」
「頼りにしてますハロ様」
冗談めかしたやり取りをして二人で笑い合う。
ひとしきり笑った後、ハロは床に広げたままの本の前にふわりと降り立った。
「さっきヒロも言ってたけど、私もこの本に書かれてる条件のひとつひとつが、帰還魔法を得る為の儀式の条件ってのは正しいと思う」
「ふむ……。その根拠は?」
「え~っと」
と、唸りつつ、ハロが本のページをパラパラと捲っていく。
「あった」
しばらく本を捲っていたハロが、とあるページで捲る手を止めた。
ヒロがそのページに視線を落とし、書かれている内容を読み上げる。
「ん~っと、……妖精との契約を結ぶ、か?」
「うん」
「あれ? この条件だと、俺って既にハロと契約結んでるから達成してるって事で良いのかな?」
「多分ね。これのひとつ前のページに戻るんだけど」
よいしょと小さく言って、ハロが自身の身長よりも大きな本のページを全身を使ってひとつ戻す。
「ほら、こっちのページ見て何か気付かない?」
ハロに問われて、ふむ、と本を眺めたヒロがすぐに二つの違いに気付いた。
「……文字が白くない」
「その通り! ―――多分ね、これって未達成のモノは灰色で書かれてて、達成すると白くなるんだと思う」
「なるほど……。」
ハロが頷いた事を認めて、ヒロは本を一度閉じ、それから直ぐに表紙を開く。
本の1ページ目。ふと、目についた目次に「あっ」と二人が同時に声をあげた。
二人が気付いたもの。それは、目次部分には1から100までの数字が書かれていて、その内の66という数字だけが白い文字で書かれているという事であった。
「この数字って、さっきの妖精との契約ページの右上にあった数字と同じだよな?」
「リンクしてるみたいね。分かりやすくて便利じゃない」
「だな」
少しだけ本の事が分かり、ニヤリと二人で笑う。些細な事であるが二人して何処か得意気である。
「一応確認の為に適当なの試してみたら?」
「そうだな」
それから、ヒロは目次のページから1枚捲り、右上にNo.1と書かれたページを開いた。
そのページを流し見ていたヒロの目に、【クロミズオオトカゲの尻尾を口にする】と灰色の文字で書かれているのが目に止まった。
「これを食えって事だよな?」
「多分ね」
「ちょっと嫌なんだけど?」
「わがまま言わない」
へーへーと渋々ながら返事をして、ヒロはすぐさま空間拡張魔法を行使。するとヒロの目の前に、音もなく茶色の蛙が現れた。
空間拡張魔法【大沼蛙の腹袋】。
これは大沼蛙という体長30センチ程の魔法生物の腹の中にある亜空間内に所持品を保管しておく事の出来る冒険者必須の魔法である。
所持品の保管スペースとも言える亜空間の広さは蛙の腹袋に依存し、腹袋の広さは飼い主の魔力に依存する。その為、人によりスペースの広さはまちまちであるが、魔導の申し子の二つ名を持つヒロのその広さたるや、家が一軒まるごと入る程に広い。
更に大きく出来そうではあったが、今でも最大キャパシティの3分の1程しか使っていないので必要性を感じず、それゆえ、ヒロはこれ以上の拡張を施そうとは思わなかった。
ヒロは無遠慮にその蛙の口に手を突っ込むと、すぐに引き抜いた。
その手には10センチ程の長さをし、からっからに干からびた黒水大トカゲの尻尾の先端がしっかり握られている。
臭い。
拡張空間から取り出した途端、辺りに生ゴミの様なニオイが充満した。
「……これを食えってのか?」
ゴミでも摘まむ様に目の高さまで持ち上げたソレを、嫌悪を隠そうともしない表情でヒロが愚痴る。
「気合いよ、気合い」
痙攣でもしているかの様に、口の端をピクピクさせた半笑いのハロの口から放り出されたまるで心のこもっていない応援の言葉。
――くそ……。他人事だと思って……。
ヒロは大きく息を吐いて気合いを入れると、堅く目を瞑り、そうして、干物化された尻尾を口へと放り込んだ。
一度だけ強く噛む。
「まっずぅ」
一口噛んだ途端に口の中に苦味が広がり、ヒロは露骨に顔をしかめた。
「あっははははっ!」
そんなヒロの様子に、ハロが器用に空中で転げ回りながら、腹を抱えて笑った。
ヒロは、そんなハロを忌ま忌ましそうに一瞥すると、こっそりと指先で小さく切り分けておいた尻尾の欠片を、大口を開けて笑うハロの口の中へと落とした。
突然口の中に飛び込んで来た異物の気配に、ハロの笑い声がピタリと止んだ。
直後、
「苦ぃぃぃぃぃい! まっずぅぅぅぅう!」
この世の終わりとばかりに絶叫するハロ。
ハロの様子にヒロが歯を見せて笑い、笑った途端に忘れていた尻尾の苦味が口中に押し寄せた。
しばらく二人で、嗚咽混じりに苦い不味いと仲良く叫び合い、床を転げ回った。
世界を絶望に染め上げた魔王の城の中で、違った意味で絶望を味わう事になった二人がそこにいた。
「あんた、私を殺す気?」
ひとしきり床をのたうち回った後、ハロは、ヒロから手渡された水筒の水をがぶ飲みした後で、ありったけの怒気をはらんでヒロへと悪態をついた。その巻き舌で吐き出された言葉がハロの怒りの大きさを代弁する様である。
「仲間だろ? 苦しい時こそ分かち合おうぜ」
土気色をした顔のヒロが、良い台詞みたいに吐く。
「私関係ないじゃん! ただの嫌がらせじゃん!」
ハロはぷりぷりと怒りつつ、「まだ口が痺れてる気がする」と小さく一人言を述べ、また水をがぶがぶ飲んだ。
そんなハロの一人言に、確かに、と自身も水筒を傾けながらのヒロが心の中で同意する。
強烈な味であった。
こんな不味い物がこの世の中にあったのかと、そう思わせるだけの破壊力を秘めていた。数度だけ咀嚼し、無理矢理に飲み込んでからだいぶ時間が経った今でも、口の中に苦味、痺れ、生臭さが僅かに残っている。
「見ろ、ハロ。文字通り苦痛を味わったかいはあったみたいだ」
ヒロの言葉でぶつぶつと小言を止めたハロが、本へと目を向ける。
開いてあった1ページ目。【クロミズオオトカゲの尻尾を口にする】という文字が、いつの間にか灰色から白色へと変化していた。
それを認めた後、確認の為にヒロが目次のページを開くと、やはり先程までは灰色であった筈の目次に並ぶ数字のうち、1の文字が白色へと変わっていた。
「間違いないみたいね」
「ああ。複数の儀式をする儀式で得られる魔法なんて聞いた事もないが、やる事は決まったな」
ハロの言葉に、二人は顔を見合わせて頷き合った。
100の儀式を終えたその時こそ、ようやく手に入る。
ヒロの目的。元の世界に帰還する為の魔法。
古の神々の魔法【異界渡り】が――
「とりあえず1は終わったし、このまま順番にこなすの?」
ハロが今後どう動くべきかを問うてきた。
「う~ん。そうだなぁ……」
本を手に取りパラパラと捲くりながら思考する。
この世界の魔法、そして儀式について考える。
魔法といえば、元いた世界では物語や映画、ゲームなんかで見られる架空の力。
しかし、異世界へと飛ばされた今の俺には現実のモノとして確かに存在すると認識出来る。
魔法は生まれ持った魔法の才と一定以上の魔力さえあれば誰でも使用する事が出来る代物である。
ただ、ゲームの様にレベル上げて覚えたり、魔法陣を描いて使用したりはしないのがこの世界と架空の世界との違いとしてあげられる。
魔法を使う方法。
それは儀式を行う事。
その儀式を達成すれば、魔法を覚え、一度覚えてしまえば後は頭で念じるだけで行使出来る。複雑な呪文も陣も必要ない。
この世界に来て以来、俺も色々な儀式を行った。
ただ、この世界に来て1年という期間もあってか、俺は時間の掛かる魔法の習得は見送っている。
簡単に言うと、【○○を二年間身につけろ】とか、そういう長期間の時間縛りがある儀式。
条件が厳しい程、魔法の効果や性能も高いのだが、二年はちょっと長い。俺は早く元の世界に帰りたいのだ。
何故か? と問われると自分でも良く分からなかったりする。何故だか無性に帰りたいのだ。ホームシック?
そんな寂しがり屋な俺が一番最初におこなった儀式があった。
おこなったというより、知らず知らず勝手に条件を達成したのだが……。
儀式名【異界渡り】。
それが、俺が一番最初におこなった儀式。
そして、三ヶ月程前に失ってしまった魔法でもある。
何故無くなってしまったのかは分からない。気付いた時にはスキル欄から無くなっていた。
【異界渡り】は世界を渡る為の大魔法で、それを最初から持っていた俺は、「これさえあればいつでも元の世界に帰れる」と高を括っていた。
なので、折角だから少し異世界というものを経験してから帰ろう、とそう思っていた。
しかし、それが後悔の元。
三ヶ月前に起きた突然の【異界渡り】の消失。俺はおおいに慌てた。
元の世界に帰る手段を失ってしまったのだから……。
それからである、俺が魔法【異界渡り】を求めて、ハロと共に旅に出たのは。
【異界渡り】の獲得条件は分かっているものの、『異界を渡る』などという条件はあまりに非現実的過ぎた。それはこのファンタジー溢れる魔法の世界であってもだ。
俺は元の世界に帰還する為、どうにかして別の方法で【異界渡り】、或いはそれに相当する『世界を渡る為の魔法』を獲得出来ないかと考え、旅に出たのだ。
そうして旅の中で、俺はようやく目的の儀式を見つけた。
それが、おそらく達成条件難易度はSS難度に相当すると思われる【100の儀式】である。
今日、俺はようやくスタートラインに立ったのだ。
【異界渡り】を失った事は俺にとって人生最悪の出来事であったが、マイナスな事ばかりでも無かった。
魔法には獲得した後に『破棄』と呼ばれる特殊な使い方がある。
それは文字通り、『魔法を破棄する』というもの。
勿論、ただ破棄するだけではなく、破棄には『ボーナスの獲得』という特典が付与されている。
破棄した魔法の獲得難易度やLVにもよるが、ステータスにボーナスを割り振る事が出来るのだ。
この破棄ボーナスは、意図的に失った訳ではない【異界渡り】にも適用されていた。
【異界渡り】という超難易度の魔法を破棄した事による破棄ボーナスは膨大で、元々、人よりも魔法の才に秀でていた俺だが、これにより、この世界に魔導の申し子が爆誕したわけである。
まぁ、いくらぶっちぎりの魔法適性や魔力量があっても、それだけでは魔法は使えない。使うには儀式が必要な為だ。
この世界に来た当初、
訳も分からず、気付いたら異世界に迷い混んでいた俺は、迷い混んだ直後は丸腰であった。武器など持っている訳がない。勿論魔法だって使えなかったし、使えないどころか魔法の存在すらその時は知らなかった。
俺はただただ一人、森の中で途方に暮れた。
そんな俺を助けてくれたのが、誰であろうハロであった。
ハロは命の恩人であり、今では大事なパートナー。
ハロが居てこそ今の俺があると言ってもいい。
「なに? 私の顔見てニヤニヤして」
ハロがやや訝しげな顔をして言った。
いや……。俺としてはニヤニヤしてるつもりはなく、優しく微笑んでたつもりだったんだけど……。まぁいいか。
「本見ながら考えてみたんだけど、時間縛りがある儀式をおこないつつ、採取系をして行こうかなって思ったんだけど……。どう思う?」
「ヒロが良いと思うなら良いんじゃない? 効率厨っぽいヒロらしくて」
「効率厨って……。否定はしないけど。でさ、サッと読んだ感じだと、流石は古の魔法とでもいうべきか、採取系でも結構面倒な感じなんだよね」
「……そうね。特にこの辺。【聖者の霊薬を飲む】って儀式。これなんて材料集めるのも骨よね。御丁寧に材料と調合法まで書いてあるけど、その材料を集めるのが大変ね」
「だよな。材料として書かれてる月光花の花弁なんて、年に一回しかチャンスないしな。今年逃したら来年まで待つ事になるから、こういうのは優先して採っておきたいよな」
ヒロの言葉にハロが頷く。
月光花は、年に一度。月の極大期の日に一夜だけ咲く花である。超レアなお宝。手に入れるには、時期を絶対逃せないものだ。
「ただ……。ちょっと気になる事もあるんだよな」
「気になる事? もしかしてさっきの?」
「ああ。お前も新しく習得したんだろ?」
「ええ、覚えたわ。 ―――状態魔法・悪食吐息。儀式内容は【クロミズオオトカゲの捕食】」
「コレってどういう魔法なんだ?」
「使ってみれば分かるんじゃないかしら?」
ハロが悪戯そうに笑って、悪食吐息の使用を促してきた。
「やだよ。名前で何となく想像つくから」
眉をひそめたヒロが、悪食吐息の使用を渋る。
その様子がおかしかったのか、ハロがクスクスと笑う。
「悪食吐息。自分の周囲に獣の嫌がる悪臭を放つ魔法。主に視覚、嗅覚、味覚に作用する。だってさ」
ハロの説明に「だと思ったよ」と小さく肩をすくめたヒロ。
それから、先程の地獄を思い出す。
想像を絶するニオイ、味。
あんなものを再現する魔法など、考えただけでも背筋が震え、鳥肌が立つ。恐ろしい魔法を覚えてしまったものだ。
この世界においての魔法の習得は、儀式の完了と共に即終了し使える様になる。
それはどんな魔法であっても変わらない。
そして、魔法の習得は、通常であれば儀式の内容と共に効果も知るのが一般的。
何故なら、魔法の習得に関しては、本で学んだり、既に習得している者から儀式の手順を聞いて覚えるというのが普通だからである。だから、その魔法がどういう効果のモノか、というのは習得前から把握している。
しかし、今回の様に、偶然の行動が儀式の条件と重なり、偶然魔法を覚える。という事が無い訳でもない。むしろ、新魔法などは色々と試して、その色々試した何かが、偶然に儀式の条件であった時、世の中に新たな魔法が生まれるのである。新魔法はそうやって、研究、開発する。
ただ、新魔法の習得について問題となるのは、その効果が不明なところ。どんな魔法か使ってみなければ分からない、という点にある。
偶然習得した魔法を安易に使用した結果、大事故に繋がる、という事も少なくない。儀式の条件が厳しい程、その危険性も上がる。
そこで重宝されるのが鑑定眼という魔法。
これは自分が習得している魔法の効果や、儀式内容を調べる事が出来る魔法であり、新魔法研究、開発を生業とする者にとっては必須魔法とも言える。
習得条件は【モノマネウサギの涙を一滴、自らの眼にさす】というモノ。さほど難しい儀式でもないし、必要アイテムであるモノマネウサギの涙も街の魔法ショップで購入出来る。ただしお値段はお高め。
しかし、難しい魔法でも無いゆえか、自分の習得している魔法にしか効果がない。また、知らない魔法を習得したという状況でも無い限り、あまり出番もない。
先にも述べたが、普通は効果を知った上で魔法を習得するからだ。
これは魔法に限った話ではなく、例えば料理の練習をするとして、どんな料理が出来るかも分からず闇雲に練習する奴はいないという話だ。
さて、このあまり出番の無い鑑定眼であるが、この魔法の上位互換と言える魔法が存在する。
魔法名・妖精心眼と呼ばれる魔法がそれである。
鑑定眼が自分の魔法限定であるのに対し、
妖精心眼は他者の魔法を読み解く事が出来る。
誰がどんな魔法を持ち、それがどんな効果の魔法で、どのような儀式で習得出来るのか。それらが全て把握出来るのが妖精心眼。
そんな妖精心眼の習得難易度は激高。
何故なら、儀式の条件が【妖精として生を受ける】という種族差別も甚だしいモノであるからだ。
つまりは、妖精以外は習得出来ない魔法である。同時に、妖精ならば誰でも持っている魔法とも言える。
ちなみにヒロは妖精心眼を習得していない。どころか、鑑定眼すら持ってない。
ハロがいるので覚える必要が無い。
必要の無いものを、魔法ショップに高い金払ってまで覚えようとは思わないのがヒロである。
ハロ様々と言えるだろう。
「で? 悪食吐息に関係する気になる事って?」
ハロの問い掛けに、ヒロは小さく頷くと、手元にある本の2ページ目を開いてハロへと向けた。
そこには灰色の文字で【キンググリズリーの涙を混ぜたお湯に30分漬かる】と記されていた。
「これが気になる事?」
「ああ」
「良く分かんないけど」
頬に手をあてたハロが、う~んと本を見ながら考え込む。
キンググリズリー。体長十メートルを越えるかなり大型の熊。
縄張り意識が強く、縄張りへと侵入してきた者を容赦なく襲いかかって来る気性の荒い性格をしている。
「って感じの獣よね?」
確認するかの様にハロが言う。
「そう。巨大な体躯と気性の荒さでクラスAに分類されるモンスター。まぁ、俺なら倒すだけなら訳はないが……、涙を手に入れるとなると難しいんじゃないかと思う。頬っぺたつねって泣いてくれるなら幾らでもつねるんだけどな」
やや間を開けた後、「あっ」とハロが何かに気付いた表情を浮かべる。
「……だから悪食吐息なのか」
「そういう事」
ハロの言葉にヒロがニヤリと笑う。
「悪食吐息の効果は視覚に作用する。ようするにこれって、目に染みるって解釈よね? 悪食吐息を使って涙を手に入れろ。つまりはそういう事ね」
「多分な。 ――で、そうなるとだ。もしかしたらこの本に書かれてる儀式は1から順番にやって行くのが正しいのかもしれない。
涙入りの水に漬かるってのも、悪食吐息使用後って考えれば、気持ちは判らなくもないし」
「ふふ、体中にニオイがこびりつきそうだもんね」
愉快そうにハロが笑う。
あれだけの強烈なニオイを全身で浴びたら、風呂に入りたいと思うのが心情だろう。
「まぁ、偶然って可能性もあるけど、他のページも見る限り、順にこなすってのが正攻法である可能性は高い、と俺は思う」
「そうよね。皆が皆、ヒロみたいにデタラメな強さってわけでもないんだから、正攻法があっても不思議じゃない気はするかしら。でも、それはあくまでヒロ以外なら、って話でもない?」
「どうだろうな……。俺が心配してるのは難易度の高さというより、もしかしたら正攻法の手順じゃないとクリア出来ない儀式があるんじゃないか? って事」
「正攻法じゃないとクリア出来ない儀式か……。可能性はありそうね。 ―――でも、No.66をクリアしちゃってる時点で今更じゃない?」
「だよな。俺もそう思う。まあこなして置いて損は無いんじゃないか? なにより正攻法だと時間がかかるし、月光花なんかの採取が特殊なアイテムの関係上、それに間に合わせようとするとかなり無理しないといけなくなる」
「そうよね。月光花の開花なんてひと月切ってるし。それ逃すと来年だもんね」
「ああ。 ―――って事で。ちょっと気になる事もあるけど、最初の案通り、時間縛りのある儀式をしながら採取系って感じが良いと思うんだ」
「いいわ。それで行きましょう。――と、なると最初は?」
「こいつだ」
言って、ヒロが本の目次を指さした。
「虹色冠羽か……。ちょうど繁殖期だし好都合ね。ここから一番近くってなると……ギアナ高原かしら? 確か辺境ランドールの辺り」
そこで、「あ、ランドールといえば」とハロが何かを思い出した様な顔をして、床に置かれた儀式本を捲った。
「ほら、これ」
ハロの示したページをヒロが覗き込む。
「儀式No.42、鳳凰石ランドールの入手」と、開いたページを示しながらハロ。
「鳳凰石ランドール?」
「辺境ランドールで取れる良質な魔石の中でも特に力の強い石らしくてね。たしか、今は街を治めるランドールの領主が持ってたと思うわ。ま、ランドールの秘宝ってとこね」
「なるほど。ランドールに行くならコイツもついでに狙っておくか」
二人が頷き合う。
こうして、ヒロとハロの元の世界へと帰還する為の100の儀式が始まった。




