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悪魔とランドール・Ⅱ

「その運が良くなるっていうのは具体的にはどういう?」


 俺の質問に、言葉を探しあぐねているのかシスネが少し考え込む。

 ややおいて、


「今言いましたが、具体的にどう、と例をあげて加護の明確な形を、確信をもって説明するのは難しいです。――女神の加護とは、『逆境であればある程、幸運を呼び込むもの』というのがランドール家の解釈です」


「幸運を呼び込む……」


 なんだろう……。身につけたら運がアップ、仕事も順調、金運も良くなり可愛い彼女も出来ました。みたいな怪しげなパワーアイテムの様に聞こえる。

 幽霊のくせに、そういった物を信じない俺としては、いっきに胡散臭くなった気さえしてくる。


 いまいち釈然とせず、俺が少し怪訝な顔をしていると、シスネが「例えば……」と口にした。


「先程結界の話をしました。それが比喩だとも……。加護には、モンスターを遮る壁のような結界を生み出しその侵入を防ぐような力はありません。ですが、何らかの幸運を呼び込む事でモンスターをランドールの中に入れる事を防ぎます。極端な話であれば、モンスターの気が変わった、とか、興味が無くなった、などです」


「あ~、――事故にあったけど偶然助かった……みたいな話ですか?」


「端的に言えば……。その偶然を、必然として呼び込み、身を守るのが女神の加護の本質です。敵から放たれた矢は()()()当たらない。突き出された槍は()()()折れてしまう。俗世的なモノで言えば、富を失ったものが、偶然大金を拾う。――それが女神の加護です」


「……なるほど。幸運を呼び込むか……」


 加護自体が直接何をどうするという事ではなく、運を呼び込む事で間接的に脅威を退ける。そういうものであるらしい。

 それは確かに、何処までが必然で、何処までが偶然なのか、その線引きは難しい様に思う。


「逆境であればある程、その力は強まります。過去、ランドール家を悪魔の末裔と信じる周辺の領主によって、ランドールは幾度も戦火に見舞われかけました」


「かけました、って事は、私が聞いてる通り、争いは無かったって事ですね?」


「ありません。ただの一度も……。そういった話は持ち上がれど、ランドールに攻め入る前にその話自体が瓦解、或いは頓挫します。理由は様々で、直前に領地内で暴動が起こったり、領主が病で倒れたり……」


「それは……凄いな。それが女神の加護の力か……」


「そうであるかもしれませんし、偶々そうなっただけかもしれません。本当に偶然なのか、加護によって必然として生み出された偶然なのか……、それを確かめるすべがありませんから」


「……でも、シスネ……さんは、それが加護の恩恵だと考えているんですよね?」


「そうです。確証は無くても、確信はしています。理由を尋ねられても答えようがありませんが、私達のランドールは、そのお陰で厳しい世界を生き抜いて来れたのです」


 本当にそれが女神の加護の恩恵だと信じて疑わないのだろう。躊躇いのないシスネの言葉。

 もっとも、この目の前の女性は表情の変化がほとんど無いので、感情の度合いひどく分かりにくい。


 しかしながら、シスネはその無表情な鉄仮面の下に、ランドールの街、そこに住む住民達への深い愛情を持っているのだという事が、彼女の言葉の節々から見てとれる。

 彼女は本当にこの街が――ランドールという場所が好きで、大切にしたいのだろう。


 だが、その思いが強すぎるからこそ、彼女はランドール以外を受け入れない。理由さえあれば、それを排除する方向へと傾倒しやすくなっていると感じる。排他的に。閉鎖的に。


「女神の加護なんですが……、やっぱり必要……ですよね?」


「いまだ続く外から向けられる敵意の中をランドールが生き抜く為には、加護は必要なものなのです。加護は脅威を退ける過程で、ランドールに様々な恩恵ももたらして来ました。その恩恵によってこれだけ大きくなったランドールであれば、生きていくだけならば自分達だけでやっていく事は出来るでしょう。ですが――」


「外の事情がそうはさせてくれない……」


「そうです」


「そりゃあ、まあ死活問題だし、必要だよなぁ……。方法があるのなら渡すのは構わないけれど……」


「今のところ、私達もそれについては分かっていません。魔王を討つことが出来たならば或いは――と思ったのですが」


「加護を取り戻したいってのは分かったけど……、そこでなんで魔王を討つ討たないの話になるんだ?」


「それは……」


 シスネは表情にこそ出さなかったが、答えに言い淀んだ。


 ――なんだ? 何か言いにくい事があるのか?


「汚点なのですわ」


 静かに俺とシスネのやり取りを聞いていたはずのミキサンがここにきて口を挟んできた。


「汚点?」ミキサンに尋ねる。


「ええ。先ほど、その小娘が言った悪魔とランドール家の関係性。嘘という訳では無いので特に訂正もしませんでしたが、あの話が全てという訳では無いのです。ランドール家にとっては汚点である為、あえてそこを省いて話したのでしょう」


「その汚点とやらと、魔王討つことが加護を得る事に繋がるって話は関係あるのか?」


「そこまでは……。ですが、少なくともその小娘は関係があると思っているのでしょう。実際、わたくしに戦いを挑んだのでありますから」


 言って、ミキサンがシスネを一瞥し、つられて俺もそちらへと顔を向けた。

 俺とミキサン、二人の視線を受けて、シスネは観念した様に小さく息を吐いた。

 それから、たっぷりと間を空けて、ようやく口を開く。



「恥です」


「……恥?」


「そうです。ランドール一族の恥。そして、犯した罪でもあります」


 シスネはそこで一度言葉を区切り、重苦しそうに続きを口にした。


「ランドール家の始祖であり、魔法の始祖でもある初代ランドールは、その奇跡をもって、一族全員を教会という檻から解き放ちました。そうしてたどり着いた安寧の地。そこまでは順調だったそうです。――問題が起きたのは、その後。辺境の地へと逃れた一族ですが、教会からの追っ手はその後も止む事なく続きました。その全てを、初代ランドールはその御業をもって一人戦い続け、退けたそうです」


「よっぽど強かったんですね、その初代ランドールは」


「魔法の始祖である彼女には、それまでの武器も戦略も、常識すら通じませんでした。当時は、魔法というものを彼女しか持っていなかったのですから。無敵を誇ったそうです」


 ――確かに。

 魔法というのは人の力では到底出来ない様な事を平然とやってのける力がある。両者の戦いを例えるなら、中世の人が、戦車か戦闘機にでも戦いを挑む様なもの。一筋縄ではいかなかった事だろう。


「無敵なら問題ってなんです?」


「……問題は、それだけの力を初代ランドールしか持っていなかった事にあります。一族は初代ランドールによって守られていました。――では、もしも、彼女がいなくなったら? いくら強い初代ランドールとて不死身ではありません。例え負ける事が無くとも、人である以上いつかは終わりを迎えます」


「そうか……。いつかは寿命で初代ランドールは死んで、そうすると一族を守る人が居なくなってしまうんですね?」


「そうです。一族の中でもその事を不安視する声が上がったのでしょう。それは仕方のない事なのかもしれません。やがてその不安は膨らみ、結果として、一族の中から裏切り者を出す事となります」


「裏切り者……」


「裏切り者は、自らの保身の為に、一族の半分と、魔法という奇跡の技術、この2つを教会に売ったのです。――先程、私は教会が魔法によって一族を真似た悪魔を生み出したと言いました。しかしそれは、なんのことはない、裏切り者が魔法という技術を教会に売り渡したから、再び奴隷となった一族を魔法の実験台として生贄にしたからです」


 そこで一旦シスネは口を閉じて、いつの間にかやや熱の籠った口調を正す様に小さく息をついた。


「ランドール家が何故悪魔に執着するのか……。それは、悪魔という存在の誕生に一族が関わっているからです。世界に定着した悪魔は、この数百年で何千、何万という人々を絶望の谷へと突き落として来ました。それは一族の背負った業です。だから、一族が――ランドール家が討たねばならないのです」


「あ~……。まあ分からなくはないけど……。その相手が魔王ときたら、悪魔の親玉みたいなものだし余計に、だよね……」


「……初代ランドールが女神から加護を授かったのは、世界に原初の魔王が現れた時だと伝えられています。その加護と、自身の持つ奇跡の2つを使った初代ランドールは魔王を退けました」


「あっ、だから」


「はい。だから、魔王を討つのです。魔法が儀式という()()()()()()()()()得られる様に、同じ状況を作り出す事で加護が戻るのでは? と、そう考えました」


「それで戻る保証なんてあるんですか?」


「ありません。可能性の話です」


「……じゃあ、可能性がある限り、今後もミキサンの命を狙うの?」


「わたくしは構いませんわよ? 何度でも叩き潰して」「ミキサンは黙ってなさい」


 ピシャリと言ってミキサンの言葉を遮る。


「加護が大事なのも分かる。ランドールを守らなければっていうその責任感や、罪ほろぼしって気持ちも。……でも、そんな可能性の話だけでミキサンを殺すなんて間違ってる」


「おい!」


 ここまで一度も口を挟む事なくやり取りに耳を傾けていたフォルテが椅子から立ち上がって叫んだ。


「悪魔だぞ!? 一体どれだけの人間が殺されたと思ってる!? そりゃあ外の連中が殺されるのは自業自得かもしんないけど、悪魔なんだぞ!?」


「悪魔だから?」


「殺さなきゃいけないだろ!?」


 フォルテの言葉に俺はは~と深いため息をつく。


「そりゃおかしいだろ?」


「なんでだよ!? 悪魔は破壊者だ! 人に仇をなす忌むべき存在だ!?」


「悪魔は知らないけど、ミキサンは人殺しなんかしないぞ?」


「うちのカラスを殺しまくっただろ!?」


「結果だけ見れば死んでないだろ? それに、それだって正当防衛だ。そっちが殺しに来たから仕方なく、だ。ミキサンは自分から進んで人殺しなんかしない。――だろ?」


 ミキサンは俺の顔を一瞥したあと、


「まあ……我が君に殺すなと言われておりますので……」


「じゃあその前は!? ランドールに襲撃をかけた時!」


「……冒険者を7人ほど」


「ほら見ろ! 殺してんじゃん!?」


「いや、あれは今のミキサンに……魔王になる前の話だし。そもそも、好きで街を襲ったんじゃなく、ランドールに敵対する奴らに召喚されて、仕方なくだよ。悪魔の契約は絶対なんだろ?」


「そんなのは言い訳だろ!? こいつは悪魔なんだから契約だって」「フォルテ」


 シスネが諌める様な口調で妹の名を呼ぶ。


「姉さんだってそう思うだろ!?」


 シスネはそれには答えず、ミキサンを見て、それから俺に顔を向けた。


「つまり、あなたはこう言いたいのですね? 悪魔だからという理由だけで殺すのはおかしい、と」


「まあ……そうなる」


「……作られた経緯はともかく……、今の存在意義として、悪魔は神の敵、そういう立ち位置で世界に存在しています。忌むべきものです。神の敵であるという事は人の敵でもある。それでもあなたは殺すのはおかしいと、そう思っているのですね」


「そう」


 頷く俺から視線を外し、シスネはテーブルへと目を落とした。


「……分からない話ではないのです」


「姉さん!?」


「私達の一族は、ただ耳が長いというだけで迫害を受けました。そんな私達が、ただ悪魔だというだけで彼女を殺すのはおかしな話だと、私も思います。――ですが、それを万人が受け入れられる訳ではありません」


「少なくともランドールの住民は受け入れただろ……お前らを」


 シスネは何も答えない。


「ミキサンも受け入れて欲しい。少なくともミキサンは、理性の無い悪魔やモンスターとは違う。ちゃんと言葉が通じる。ミキサンは人殺しなんかしない。俺……私が絶対にさせない。だから――」


「受け入れろと?」


 言葉にはせず、ただ深い頷きで返した。


 シスネは目を瞑り、長い長い思考に入った。

 しばらく、ランドール家のその一室には何の音もない静かな時間が流れた。


 のち、


「良いでしょう。あなたが責任を取るというのなら、ランドール家は魔王を――ミキサンをランドールの一員として受け入れましょう」


「本当に!? ありがとう!」


「その代わり――」


 と、シスネが口にした時だった。

 視界が一瞬だけぐわんと歪んで、体から感触と呼べるものが無くなった。服の重さとか、重力とか。


「あら? もう時間切れですの?」


 残念そうな声色をしたミキサンの声が、俺のやや下から聞こえてきた。

 そちらに顔を向けると、ミキサンの頭頂部が見えた。


「どういう事?」

「どういう事です?」


 シンジュとシスネがほぼ同時に疑問を問い掛ける。


 広いその部屋の中には、

 ミキサンの言葉の意味が分からず怪訝そう顔をするシスネと、()()()()()()()()全く状況が理解出来ず、ひきつった笑顔を浮かべて顔を青くするシンジュの二人の姿があった。


 そんな両者を視界に収めながら、ミキサンは愉快そうにクスクスと笑った。


これにて二章完結です。

三章は出来上がり次第公開予定。


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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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