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小さな世界

「こら!」


「アイタッ!?」


 目を瞑っていたシスネの耳にそんな場違いな声が届いた。

 なんだ? とシスネが目を開けると、頭を押さえた魔王がまず視界に映り、次に、そんな魔王の隣で怒った顔をして『チョップ』を形作った腕を掲げる少女の姿が目に入ってきた。


「なにやってんの!? どういう事をしたらこんな大勢の人が血の涙を流すなんて事態を作れるの!? 今、かなり引いてるよ?」


「我が君、ご無事で何より」


「お陰様で! じゃなくって。それはそれ。どういう状況なのこれ?」


「畏れながら申し上げますと、畏れ多くも我が君に不敬を働き、あまつさえ我が君を利用しようとした不埒な輩を処刑するところにございます」


「しないでください」


「ですが――」


「やめなさい」


 ミキサンが何か言おうとする機先を制して、シンジュがピシャリと言う。


「仰せのままに、我が君」


 ミキサンが恭しく頭を垂れて、シンジュに返事をした。

 それを認めてから、シンジュはひとつ大きなため息をつく。


「街中の暴れっぷりもヤバかったけど、邪神降臨と言わんばかりのさっきの光景もヤバかったなぁ。――夢に見そう」


 百人もの人間が、目から血を流して平伏する光景。それは、シンジュが夢に見そう、と愚痴を溢す程に異様で不気味な光景であった。

 思わず邪教の誕生かと勘ぐった。魔王を崇拝する黒い宗教。

 ミキサンならば、ミキサンだったら、ミキサンだからこそ、本気で作ってしまいそうな怖さがある。


「悪夢は睡眠の妨げになり、ついては健康に影響を及ぼしかねません。ご自愛くださいませ」


「誰のせいよ?」


「……申し訳ありません。――どうぞ踏んでくださいまし」


「踏まないけど?」


「そう仰らず、わたくしへの戒めにどうか踏んでくださいませ」


「踏まない」


「先っちょだけ! 先っちょだけでも!」


「言い方!!? 誤解を招くからソレ! もうその話は良いから、この人達の事解放してあげて。ね?」


「畏れながら申し上げますが、いま拘束を解くと我が君に害を為すやもしれないと、そう具申します。御覧ください、あの血走った眼を」


「血の涙は君のせいだよね?」


「申し訳ありません。どうぞ」「踏まないよ?」


 何故かガックリと肩を落としたミキサン。ミキサンは肩を落としたまま指をパチンと鳴らして、鳥達にかけていた拘束を解いた。


 途端に、周囲の鳥達は力無く崩れ落ち、しかしそれは一瞬で、鳥達は落ちていた武器を素早く掴み、ぎらつく殺気を放った。


「やめなさい!」


 声を荒げる事の少ないシスネが珍しく声を張り上げた。


 その一声で、手にした武器を再び地面へと置いて、鳥達はシスネへ向けて膝をついた。今度は自分達の意思で。


「負けた上に、命まで助けられたのです。恥を晒さないでください」


 淡々とした口調で言い含めるシスネ。

 そんなシスネに、シンジュがホッと胸を撫で下ろした。ミキサンは不服そうにしているが、シンジュが側にいる事もあって何も口には出さなかった。


 ――沈黙。


 その空気に耐えかねたのか、ばつの悪そうな顔をしたシンジュが、「あー……」と頬をかきながら周囲を軽く見渡した。


「とりあえず、ここじゃなんだから、何処か落ち着けるところで話でもしよっか?」


「……分かりました」


「よかった。――じゃあえ~っと……、あ、ごめん。その前に……」


 そう言ってシンジュが遠く、ランドール家のある丘と街を結ぶ坂道の方へと顔を向け、それから「あれもおたくの関係者? あの子凄い怖い顔して追っかけて来るんだけど」と、指を指した。


 シスネがそちらを見ると坂を駆け上がってこちらへと猛進してくる赤い炎が視界に収まった。


 シスネはそれを視認した直後、鉄の表情を頑なに守るシスネらしからぬ微笑みを見せて、しかしやはり直ぐに鉄の仮面を被り直し、無感情な声で「……良かった」と、ポツリと溢した。


「知り合い?」


 シンジュが尋ねる。


「妹です」


「あ、そうなんだ」


 何処かホッとした様な表情のシンジュ。

 それを見たシスネが「あなたは……」と口にして、一度止めて、「話は私の屋敷でも?」とシンジュに問い掛けた。


 それを横目で見ていたシンジュが、ちょっとだけ不思議そうな顔をして、「じゃあそれで」と言って、二人でこちらへと走って来るフォルテの揺れる赤毛を眺めた。


 ゼェゼェと息を荒くしたフォルテはシンジュの前まで来ると、膝に手をついて呼吸を整え、それから顔を上げキッとシンジュを睨みつけた。


「お前、ふざけんな! 何の為に私があそこにいたと」「フォルテ」


 シンジュに悪態をつくフォルテの言葉を、シスネが遮る。


 それだけでフォルテは静かになって――なり過ぎて、一瞬だけシスネの顔を見た後、ばつが悪そうにシスネから視線をそらした。

 見るからに意気消沈したフォルテ。


「ごめんなさい。鐘を守れなかった。折角姉さんが任せてくれたのに」


「確かに守れとは言いましたが――いえ、過ぎた事です。彼女達の力を読み誤った私の責任です。あなたが気にする必要はありません」


「……でも」


 自身の失態を口にしようと続けるフォルテの肩にシスネが優しく手を置いた。


 いまだ少し上下する肩。時計塔からここまで脇目も振らずに走って来たせいか、触れたフォルテの肩はいつもより温かかった。

 それが余計に生きているという実感をシスネに与える。安心出来る。



 シスネは、自身の持つ魔法・理想郷(ユートピア)を発動する前に、ファルテに、時計塔にある鐘の守りにつく様にと、カナリアを通して伝えていた。

 

 ここランドールで行使された理想郷(ユートピア)の媒体となったのは、鐘――ではなく、正確には鐘の『旋律』であった。


 魔法の媒体となるのは、目に見える物に限った事ではない。

 ()()()()()()()()()()()、と認識出来、且つ、ランドール全体をカバー出来るモノでさえあればいい。

 ランドール街全体の模型、ランドールを描いた地図、ランドールの街全体に響き渡る音色、などである。


 そして、脱出は不可能。壊れた物はたちまちに直り、死者すらも甦るという一見無敵にも思える理想郷(ユートピア)だが、完璧な魔法など神技(オリジナル)を除けば、世界には存在しない。

 無敵に思える理想郷(ユートピア)にも『弱点』と呼べるものが存在する。


 それは、媒体となった物は無敵にはならない、というたったひとつの制約。魔法の穴。

 媒体も夢の中にある限り何度でも甦る。

 甦るのだが、破壊され、媒体としての(てい)を失ったその一瞬だけ、魔力の供給が途切れ、魔法自体が瓦解する。

 そこに、甦るのに死ぬ、という矛盾が生まれる。


 その唯一ともいえる弱点は、圧倒的破壊者の前ではあまりに無防備過ぎた。

 もしも、魔王が媒体の存在に気付いたならば、必ずそれを破壊しに来るだろう。たとえ媒体がなんであるのか気付かずとも、その強大な大破壊をもってすれば、ランドールの街ごと媒体を破壊する事も可能性としては十分に考えられた。


 破壊を具現化した様な存在のその行動を止められるものではない。

 ならばと、シスネは媒体の存在を夢の中に引き込む事を放棄した。夢の外へと追いやった。

 もちろん、通常ならばそんな事は出来ない。

 それは媒体の存在を失うのと同義であるからだ。


 だからこそ、シスネはそこを逆手に取った。魔法の穴が弱点ならば、それを埋めるべくルールの穴をついた。

 シスネは、破壊される物であるならば、形無き物、消滅する事を前提とした破壊出来ぬ物を媒体にしてしまえば良いと考えたのだ。


 それが、鐘の音であり、旋律であった。

 ランドールを象徴する大きな鐘から街全体へと響き渡る、ランドールの日常の始まりを告げる鐘の旋律。


 音とは振動であり、旋律とは音の連なりである。

 ドレミファソラシド。大きく分けて、ドから始まりドで終わる八音。

 極端な話。

 この一連の音を奏でる時、最初のドを鳴らし、次のレを鳴らした時には最初のドは消滅してしまう。

 しかし、その消滅の連鎖こそが旋律である。


 あるのだが、夢の世界、理想郷(ユートピア)の中において、それは違った動きを見せる。

 理想郷(ユートピア)の中では、例え媒体であろうと『糸』をつけたものであれば甦る。

 消滅したはずの『ド』の音が甦るのだ。


 鐘が『カラン』と音を奏でた時、『ン』が消滅する前に甦った『カ』の音が鳴る。そうしてまた、『カラン』と音を奏でる。

 夢の世界でそれを永遠と繰り返す。


 そういう風にシスネは仕向けた。

 そうやって消滅せず、破壊される事の無い媒体を作り出したのだ。


 しかし、誤算もあった。

 元々形の無い『旋律』に魔法を維持するだけの魔力供給の役割を付与する事が出来なかった。消滅した音は、再び甦っても何故か『魔力を付与する前の状態に戻ってしまった』からだ。

 可能だったのは消滅前の『最初の音に魔力を付与する事』だけ。

 その為、結局のところ、その供給元として定期的に鐘を鳴らす必要があった。新たな魔力を夢の中に送り込む必要があった。


 魔力自体は、ランドール住民一人一人から抽出した魔力を用いられている。

 そんな魔力の源となるランドール住民は、永遠の夢の中。

 そこから魔力を無尽蔵に吐き出し、鐘に送り込む。

 そして鐘は歌い、魔力を音に乗せて夢の中へと届ける。

 それは魔力の永久機関。


 幸いな事に夢の外から中に送り込むのは容易かった。

 寝ていてもうっすらと意識の外から音が聞こえる様に、鳴らした鐘の音を夢のランドールへと届けられた。



 シスネとしては、それは自身の思い描く完全な形とは言えなかったが、少なくとも夢の中に鐘を置く必要が無くなった事で、理想郷(ユートピア)()()無敵の魔法となった。鐘を破壊される心配が無くなったのだから――。


 夢と現実という2つの()()()を渡る力を持っている者がいようなど、シスネの想像を越えていたのである。


 シンジュが『異界渡り』という異能を持ってさえいなければ、破れる事などあるはずもなかった。

 『異界渡り』という魔法は、“異世界へと渡る”という儀式を経て得られる魔法である。

 いくらシスネといえど、そんな魔法は聞いた事すらなかった。だから、そんな魔法があるなどとは想像だにしなかったのだ。


 結局、『異界渡り』によって夢の中から現実へと渡ったシンジュに鐘が破壊され、それにより魔力の供給が途絶え、結果として理想郷(ユートピア)は終わりを迎えた。

 結果だけみればシンジュは、ミキサンが予想し、提示した『媒体の破壊』ではなく、鐘を破壊した事による『魔力の供給遮断』という形でこの魔法を打ち破った事になる。

 


 シスネは思う。

 ファルテには「『万が一』を想定して」、と言い含め鐘の守りにつかせたが、言ったシスネは()()()()()()()()()()()()()()

 

 シスネがファルテを鐘の守りにつかせたのは、単に鐘の傍が最も安全だと思ったからである。

 魔王の力は未知。

 シスネは最悪の場合、永遠と魔王を夢の中に閉じ込めておくつもりであった。

 それがランドール家の役目であると考えていた。


 夢の世界。

 いつまでも終わらないその中に、シスネは妹を置いて置きたくなかった。

 勿論それはファルテの身を案じての事であり、ランドール家の存続の為に必要だと考えての事だった。


 ファルテさえいればランドール家は再び立ち上がる。必ず復興を遂げる。

 自己評価の低いファルテであったが、シスネはファルテをそう高く評価している。


 感情の希薄な自分には無い熱量を持つ妹。

 まだ経験が浅く、失敗する事も多いが、いずれ必ずや成長し化けると確信していた。



「フォルテ、顔を上げなさい。そんな顔をしていては、『屋根裏のネズミ』が逃げてしまいますよ」


「『屋根裏のネズミ』が逃げてしまうの?」


「そう……。スタコラトテトテ、屋根裏ネズミのお引っ越し」


 いつも落ち着き払った口調のシスネの口から紡ぎ出される唄う様な、愉しげな声色をした言の葉。


「それは大変。私達のお家が潰れちゃう」


 返すフォルテの言葉も何処か子供染みた雰囲気であった。


 小さい頃、まだ健在だった母から語り聞いた伽噺。

 そんな、二人にだけ分かる、二人にしか分からない冗談を言って、ランドールの姉妹は屈託なく笑いあった。

 訝しみ、不思議そうにする周囲の目など無いかの様に。


 シスネとファルテ。姉妹二人だけの世界が確かにそこにあった。

 夢でも幻でもない、小さな小さな二人だけの世界。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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