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夢の街

「随分余裕ですことね?」


 先程会った時と全く変わらない同じ場所で、戦況を見守っていたシスネに向けられたミキサンの言葉。


 ミキサンの姿を認めたシスネは、隣にいたカナリアを手の仕草だけで下がらせ、十分にカナリアが離れたところで口を開いた。


「あれだけの力があっても魔王には届きませんか」


 たいして残念そうな素振りも見せず、淡々とした口調でシスネは言う。それは、それだけ自信があるという裏返しでもあった。

 シスネの言葉が続く。


「彼女がここに現れないところを見るに、殺したのではなく、気絶か、或いは眠らせたか。――方法はともかく、殺す事以外の何かで彼女を無力化した、という事でしょうか?」


「もはや隠す気もありませんのね」


 シスネは「元々、」と口にしてからようやくミキサンへと視線を移した。揺ぎのない強い眼差しに、ミキサンが不快感を覚える。


「始めから隠す必要も無かったのです。少なくとも、あなたにこの魔法は破れない。破れるはずがない」


「……全くもってその通りで、反論する気にもなりませんわね」


 言葉とは裏腹に、少し険しい顔をしたミキサンが吐き捨てる。


「私の魔法、――『理想郷(ユートピア)』についてはどこまで気付いたのでしょう? 今後の参考に是非、魔王であるあなたの意見を訊いてみたい」


 表情を崩す事なく言ったシスネに、ミキサンが不敵に笑い、口を開く。


「よござんす。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 少しの間のあと、ミキサンは自身の立てた推測を説明し始めた。


「まず、この魔法、『理想郷(ユートピア)』がどういったモノなのか……。わたくしなりの考えを述べますわ。簡潔に言えば、この魔法は、ランドールの街を夢の街にしてしまう魔法――と言ったところでしょうか?」


 シスネは無表情のまま、肯定も否定もせず、静かに魔王の言葉に耳を傾けた。


「夢の街――そう、まさに夢。理想郷。そこでは時の流れは存在せず、自分の思うがまま。何が壊れる事も、誰が死ぬ事もない永遠の楽園。壊れた物はたちまちのうちに元の姿へと変わり、死者すらも生き返る。

 気付いたきっかけはあの女性――カラスと呼ばれ、果敢にもわたくしに戦いを挑んで来た集団の中の一人。その女性の顔を見た時に気付きましたの。――()()()()()()()()()()()()()()と」


「……やはりそこですか」


 ふーと、息を吐くシスネ。


「ええ、まさにそこですわ。あの者は、あなたが魔法を使った直後にあの店の前でわたくしが顔を突き刺して殺した女性で間違いありませんでしたわ。あの時も、顔に刃を差し込んだせいで顔を覆う布が落ちてしまいましたの。だからこそ気がつけた。それが無ければ気付かなかった可能性もありますから、それについては幸運だったと言わざるを得ませんわ」


 シスネは変わらず肯定も否定もしなかったが、調子づいたミキサンの言葉は更に続く。


「夜の闇に紛れるならばともかく、真っ昼間から全身黒ずくめで妙な格好だとは思いましたが、『カラス』と呼称されている名前に合わせているのかと……。最初はそう思っていましたわ。

 まさか本当の狙いが、わたくしに顔を見られないためだったとは……。殺したはずの者が何度もわたくしの前に現れれば、すぐに気付かれてしまいますものね?

 774万人などと大ボラを吹いたのは、数の違和感を減らしたかった為かしら?」


 まるで挑発するようにミキサンが鼻を鳴らしたが、シスネは意に介さず、無表情を維持し続けた。


「そしてあの爆発もそう。あれは死体を残さない為の自爆。死んでも生き返るという利点は、街に死体の山を築かないという事でもある。殺したはずの死体が街に無ければ当然わたくしは怪しみますもの。だから、あなた方は徹底して死体の処理を優先させた。それこそ、倒れる仲間を自分達で突き殺し、欠片も残らぬよう爆破してしまう程に」


 それで一度喋るのを止めて、魔王がクックッと嗤う。


「死という概念の無い世界。そこに生きる者達はまさに死を恐れない無敵の軍隊。いくらでも使い捨ての道具の様な雑な扱いが出来て当たり前でしたわね。一人の力は小さくとも、時の止まった夢の中。時間は無限。兵も無限。

 ――ここに来る前、試しに街の外へと赴いてみようかと思いましたが、街の外周に近付くにつれ、壁が遠ざかり、行けども行けども壁にたどり着かない。出口までの道乗りさえ無限。つまりは脱出も不可能。

 ――そうなると、あとは時間をかけてゆっくりとわたくしが疲弊するのを待つだけ。あの駄馬の時といい、あなた方は何かと疲弊させるのがお好きな様で」


 最後にクスクスと笑ったミキサンがそこまで一気に話し、ここでようやくシスネが口を開いた。


「よくカラスの顔ひとつでそこまでたどり着いたものです」


 感心する様なシスネの言葉。されどやはり顔には鉄仮面。種が割れようと戦略が露呈しようと、シスネには微塵の揺らぎもなかった。

「ですが」とシスネが言葉を続ける。


「それが分かったとして、あなたに何が出来るのでしょう? 結局、あなたはこの魔法を破る事は出来ない。そんな事は不可能なのですから」


 不可能だと自信を見せたシスネの言葉に、ミキサンが歯を見せて笑う。嗤う。


「いいえ。破る事自体は可能ですわ」


「どうやって?」


「それはまだ言えませんわ。対策を取られては困りますもの―――ですが、破れます。あなた自身が、それを証明しているではありませんこと?」


 ミキサンの言葉に、鉄仮面を貫いていたシスネの眉が僅かに揺れた。


「破れる根拠――それはあなたが、女神の加護を必要としているから――ですわ」


 嗤う。


「そもそも、必要ないのです。破れない代物ならば女神の加護など。――ですが! あなたは求めた! 女神の加護を! 数百年もの長きに渡りこの街を護り続けた最強の盾を!

 それはつまり、理想郷(ユートピア)だけでは防げない何かがあるという事!

 ――違いまして?」


「…………ひとつ勘違いしていますね」


「勘違いぃ!? ならば聞きましょう。何故女神の加護が必要なのか!? この破れないはずの魔法をもってして、あなたは何に怖がっているんですの!?」


 意趣返しとでも言いたげに強い口調で問い詰めるミキサンから視線を外し、シスネは遠く――ランドールの街を見る。眺める。何処からか聴こえてくる鐘の音が、庭に柔く広がっていた。

 その音に耳を傾けながら、シスネはまるでランドールの街にでも語り掛けるかの様にポツリポツリと呟いた。


「女神の加護を必要としているのは事実ですが、――それは街の繁栄に必要だからです。女神の加護あってのランドールであり、それが正しい姿だから必要なのです。あなたは知らないでしょうが、アレはその昔、かつて居たランドール家の始祖が、女神より授かった大切なモノです」


「わたくしは手に入れた経緯が聞きたいわけではありませんの」


「……経緯の話などしているつもりはありません。大切なモノ。だから取り戻す。それだけです」


「意味が分かりませんわね。そもそも、先程自分で女神の加護はランドールの繁栄に必要なモノだと、そう言ったではありませんこと?」


「必要です。加護によってこの街は守られてきたのですから、それを否定するつもりはありません。――ですが、それはあくまでも副産物でしかない。必要なのはアレが手元にあるという事実。安心感。それが大切な事であり――」「もう結構」


 シスネの言葉をミキサンが遮る。


「あなたの与太話に付き合うつもりなど毛頭ありませんので」


「……きっと――きっとあなたには一生分からない話なのでしょう」


 シスネは静かに目を瞑り、ずっと眺めていた街から顔を外すと、ミキサンを見た。


「今、完全に以前と同じでは無いとはいえ、加護は私の手の内にあります。ランドールの一員となった彼女さえランドールに留まってくれれば、いずれは加護を以前と同じ形に収める事も出来るでしょう。

 魔王、あなたは負けたのです。彼女という主を私に奪われたその瞬間に、既に勝敗はついていたのです」


「負けた覚えなどありませんことよ?」


「ではどうします? あなたにはどうあっても『理想郷(ユートピア)』は破れない。既に詰んでいるのです、あなたは。ここからどうやって、盤上をひっくり返すというのでしょう? そんな事は不可能です。どう足掻こうと、これがあなたの運命だったのです」


 シスネの言葉を耳にしたミキサンが、深く深くため息をつく。


「くだらない。実にくだらない」


 ひどくうんざりした様にミキサンは吐き捨てた。


「これはルールの定められた駒遊びではない。どれだけ追い込まれようと、必ず打ち破れる。かつて、絶望のドン底から這い上がった魔法の始祖がそうであった様に、この世に覆せない運命など存在しない!! ――ランドールの小娘。貴様はそんな事も忘れてしまったのか?」


「知った様な口を……」


 誰もが口を揃えて無表情の鉄仮面と評するシスネの表情が険しく歪んだ。

 眉間に皺を寄せ、怒りを顕にする。ハッキリと感情をその顔に浮き上がらせた。


「あらあらあら、作り物かと思っていましたがそんな顔も出来るのですわね」


 指摘され、そこで初めて自分が感情を表に出している事に気付いたのか、シスネは一度長い深呼吸をする。

 そうして、息を吐き終わる頃には、シスネの表情はいつもの人形の様な冷淡な顔に戻っていた。


「……口ではなんとでも言えます」


「ええ、その通り。口を動かすだけならば赤ん坊でも出来ますわ。ですが、策の提言となると知恵のある者にしか出来ませんことよ」


「よほど、自分のその策とやらに自信があるようですね」


「当然ですわ。神が奇跡という名の理不尽を押し付けるならば、悪魔はそれを知恵で上回り、打ち破る。そして、嗤うのです」


 ニヤリとミキサンが不敵に嗤う。


「この魔法を破るのは実に簡単。媒体の破壊。これだけですわ」


 シスネは何も答えない。


「魔法の発動にはいくつかの手順が存在します。もっとも多用されるのが、自らを媒体とした魔法の行使。魔力を使って念じて発動する、もっとも単純明解なやり方」


「これがひとつ目」と、ミキサンが指を一本立てる。次いで「ふたつ目」と二本目の指を立てた。


「魔具などを介在した『紐付け』による魔法の行使。――例えば、()()()()()()()()()()()()()。そういった時に用いる方法ですわね。

 その場合、必要な物は、魔法を与える家と、その家だと認識出来る何か……つまり媒体が必要となってきますわ。紐付け出来る何かですわね。それは例えば、家の模型であったり、絵であったり。見取り図でも可能ですし、認識さえきちんと出来るならば単純に『何処其処の家』という指定した場所の文字でも可能ですわ。――今回、あなたが使ったのはこの2つ目の手順を用いた魔法。――ですわよね?」


 シスネは何も答えない。


「話をランドールに戻しますわ。――とにかく、あなたのこの魔法に必要な物は3つ。ひとつ目は、魔法の土台となるランドールの街。ふたつ目は、ランドールだと認識出来る媒体。そして、魔法を維持するだけの魔力。――ここまではよろしくて?」


「まるで無知に説明する様な物言いですね」


「ここでは時間は無限なのでしょう? もう少しだけ付き合って頂きますわ」


 ミキサンがクスクスと笑う。


「あなたの魔法を打ち破るのは簡単。今あげた3つの内、どれかひとつでも取り除いてしまえば、魔法としての(てい)を為せず、夢の街は終わりを迎える――と、そういう簡単な話ですわ」


「……あなたにそれが出来ると?」


 いまだ余裕を崩さないシスネ。

 シスネは確信を持って、今回の行動を起こしている。

 一度、魔法を発動さえしてしまえば、中からは絶対に破る事など出来ない。それは例え圧倒的な魔力を持つ魔王であってもである。


「街を破壊する。――これは物理的には可能ですが、夢の街、あなたが思うままの街である以上、例え破壊してもすぐに修復されてしまう。実質的に街の破壊は不可能。魔力の供給源である、糸のついたランドール住民も同様の理由で殺す事が出来ず、魔力の供給を断つ事は叶わない――では」


 勿体ぶる様に言ってミキサンが笑う。


「消去法で、媒体となる物を破壊するという手段」


「愚かな。今自分で言ったではありませんか、()()()()()()()()()()()()と」


 言ったシスネの言葉にミキサンの笑顔がグニャリと歪む。

 その顔に、シスネは何とも言えない悪寒の様なモノが背中に這うのを感じた。


「いいえ、違いますわ。それこそがあなたが女神の加護を必要とした理由に他ならない。それは――その媒体は()()()()()()()夢の街では媒体の役目を果たす事が出来ない。ゆえに、それは夢の街の外、時を正しく刻む夢の外側に存在する必要がある代物なのです。ですから、外にあるが為に無防備である媒体を守る力が必要だった。その守る力が加護。女神より授かりし奇跡の力」


 ミキサンの表情が歪んだ笑顔から一変して、やや険しいものになる。


「結論を述べますわ。媒体は、夢の外にあり、正しく時を刻み、ランドールだと認識でき、かつランドールの街全体をカバー出来る物、ですわ――ここまで言えば、媒体が何か分かりますわよね?」


 シスネは吟味するかの様にゆっくりと目を瞑る。

 そのまま長い沈黙が流れた後、シスネがまたゆっくりと目を開けた。

 鐘は未だに街に鳴り続けている。

 ランドールの朝を告げる象徴の鐘の音。


「……私は、少しあなたを――魔王を侮っていたのかもしれません。絶対的な優位の中、驕りの様なモノがあったのでしょう。まさかそれに気付くとは思ってもいませんでした」


 それでもシスネの表情は変わらない。


「しかし、あなたはそれをどうやって破壊するつもりなのです? あなたが自分で確かめた様に、一度夢の街に取り込まれた者が外に出る事は叶わない。外に出られない以上、例えそれが分かったところで――」


 淡々と話すシスネの頭上で、パキリと甲高い音が鳴り響く。


 ハッとした表情でシスネが上を見上げたその直後、ランドールの空が音を立てて弾けて割れた。

 それは夢の終わりを告げる、耳をつんざく様な破裂音であった。


 街が今、目を覚ます。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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