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色付き始めた物

 床で眠るアイをほったらかしに、ミキサンはギルドの外へと出た。床で寝るには少々肌寒い時期ではあるが、アイが風邪を引きこうがミキサンには知ったことではない。


 出ると同時にまずミラージュを解除し、間髪入れずに魔力を解放する。そうしてそのまま、我ここにありとばかりに、威風堂々と通りを歩く。ゆっくりと。


 十歩も歩かぬ内に、瞬く間にカラス達がミキサンの周囲を囲む様に集まり始めた。


「あらあらあら、流石は蛆虫生まれの小蝿育ち。随分鼻が効きますことね」


 笑うでも怒るでもなく、周囲のカラスはただ静かに、その顔を黒い布で隠してミキサンを見ていた。


(さて……。まずはこの蛆虫共が一体何処から沸いて来るのかを探りませんと……。それと同時進行で――)


 ミキサンは少しの溜めの後、


絶対魔王主義(ヒザマズケ)


 威圧的に吐き出されたミキサンの言葉に、周辺のカラス達の体に激しい負荷がかかり、カラス達はそのままなんの抵抗も出来ず地面に這いつくばった。


 これによりカラスは、体を動かす事はおろか、内にある魔力のコントロールさえも乱されてしまう。ランドール家万歳と狂気を孕んでの自爆が出来なくなってしまったのだ。


 その状態のまま、ミキサンは最も近くに居たカラスに歩み寄るとその体に触れた。正確には、地面に擦りつける様に下げた頭をその小さな足の裏で踏みつけにした。

 後頭部を踏みつけたまま、ミキサンは暴視を展開、直接触れている事で見えるカラスの内側にまで魔力を伸ばし、件の糸に触れる。


 そうして、糸の解除を試み――


(……駄目ですわね。――結びつきが強すぎる。無理に解除しようとするとおそらく死ぬか……、良くて廃人。特殊な契約による呪いの様なものでしょうが、解呪の不得手なわたくしでは手に余る)


 逡巡し、ミキサンが小さくタメ息をつく。


「やはり、あの小娘をどうにかする必要がありますわね」


 うんざりそうな顔をしたミキサンがそう口にした矢先、ミキサンの絶対魔王主義によって地面に縫い付けられていたはずのカラス達が、一様にピクリと反応した。


 そのカラス達の様子に、ミキサンが反応し、周囲に目を向ける。


「主を愚弄され、わたくしの拘束に僅かでも抵抗出来たというのは、見上げた忠誠心ですことと誉めて差し上げますわ。ですが――っ!」


 言い終わる前に、ミキサンの言葉を遮る様にして足に痛みが走った。


 頭を踏みつけられたままのカラスが、いつの間にか抜いた短刀をミキサンの左足ふくらはぎを突き刺していた。突き抜けた刃が外側から内側へ、ミキサンの赤い血を纏わせて怪しげに光っている。


「こ、の、……ッ!」


 シンジュの配下となって以来、初めての痛みらしい痛み。ミキサンにふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 精神生命体のミキサンに通常武器による攻撃は通用しない。

 しかし、先程のカラスの一撃は確かにミキサンへとダメージを与えた。


 間髪入れずに懐からナイフを取り出して切りつけてくるカラスの顎を爪先で蹴りあげる。

 骨の砕けた音がして、カラスはその身を宙へと投げ出した。


 そのカラスと入れ替わる様に、数人のカラス達が上空からミキサンを強襲する。


(この者達に自力で解ける技量などないはず――それに先程の短刀。あれもこれも、あの小娘の使った魔法の特性でしょうか?)


 ミキサンは慌てる事なく、


「馬鹿めっ! 空中では身動きが取れまい! ――ですわよ? 水刃(ウォーターカット)・乱」


 ミキサンから放たれた無数の小さな水の刃が、空中にいたカラス達の体を切り刻んでいく。

 と、同時にいくつもの爆発。

 ()()()()と予測でもしていたのか、カラスが身を刻まれてなお自爆したのだ。


「ちっ」


 爆風の中、自身が死ぬ事を前提としたカラス達の行動に、思わずミキサンが舌打ちする。

 そして、カラスの自爆による爆発が少しだけ熱く、痛い事にイラ立ちを覚える。


(先程はなんともなかった……。ですが、今はわたくしに効き始めている――同じ事の様に見えて少しずつ手を加え、わたくしへの有効打を模索している?)


 ミキサンが気配探知の索敵範囲を数倍に広げ、ランドールの街の三分の一程を意識下に収める。

 広げつつ、いまだわらわらと周囲に群がるカラスをジロリと一瞥する。


(見られているなら何処かに解析に長けた観測者がいるはずですが、少なくとも探知の中にそんな気配はない。余程の遠方か、それとも……)


 思考するミキサンの耳に鈍い音が届けられた。

 そちらを横目に見ると、ミキサンから少し離れた場所にカラスが一人、足をあらぬ方向に曲げて倒れ伏していた。


「忘れていましたわ。この短刀を御返し致しませんと」


 ミキサンが左足に刺さったままであった短刀を引き抜く。途端に脚からドロリと赤が零れ出す。


 しかし、そんな怪我など最初から無かった様な、普段と変わらない調子の足取りをして、ミキサンは倒れるカラスへと近付いていった。


 ミキサンはカラスのすぐ傍まで来ると、その髪を無遠慮に鷲掴みにし、その顔を強引に上げさせる。地面への落下時か、或いは顎の骨を砕かれた時か、受けた衝撃で緩んでいたカラスの顔を覆っていた黒い布がハラリと落ちた。


「あら? 随分とお若い女性でしたのね。まああなたがどんな方であろうと、この痛みは万倍にして御返ししてあげます事よ」


 女性のカラスの顔を眺めながら、うっとりとした表情で吐き出す。笑っていても、女性に自爆されない様に魔力を乱す事も怠らない――そこで、ふと気がついた。


「あなた……、何処かでお会いしまして?」


 ミキサンが怪訝な顔をして尋ねた。

 その女性の顔に見覚えがあった。

 あったが、どこで見たのかをハッキリと思い出せない。


 だが、会った事があるのは事実だと、その劇的に変化した女性の驚き顔を見て、ミキサンは悟る。


 ――何処で?


「はな……、せ!」


 女性がミキサンを睨み付ける。


「あなた方はお喋りも出来ない人形かと思っていましたけど、ちゃんと言葉が通じそうで安心しましたわ。砕けた顎でのお喋りはお辛いでしょうが、――あなたは楽には殺しませんことよ。あなたには聞きたい事がありますので」


「殺せ!」


 血の混じった唾を飛ばして女性が叫び声をあげた。


 それを合図にしたかの様に、周囲にいた別のカラス達が一斉にミキサンへと襲いかかった。


「自殺志願者ばかりで嫌になりますわね――炎燼舞風(サークルノヴァ)


 襲いかかるカラス達に侮蔑の色を含んだ言葉を投げつけ、魔法を展開する。

 ミキサンを中心に広がった灰は、周囲のカラス達の体に纏わりつき、爆ぜる。

 小さな灰の小さな爆発は、連鎖的に広がり一瞬の内に大きな爆発となって、建物のいくつかと、ミキサンの周囲に居たカラスを爆散させた。街に轟音が響き渡る。


 それでその場のカラスは、ミキサンの目の前に倒れる女性以外は死亡したが、()()()()()()()()()()()のがランドールのカラスである。


 カラスは、死ぬ直前に、各々の持つ武器を力任せに投げつけた。

 幾多の剣や短刀、ナイフ、槍が小さな少女に降り注ぐ。

 しかし、強大な力を持つ魔王に、そんな物は当たらない。傷のひとつも付ける事は叶わない。

 油断もあったとはいえ、魔王に一撃を与えた先程の攻撃は、ただ魔王の機嫌を悪くしただけであった。

 降る剣も、短刀も、ナイフも、槍も、魔王の体に触れる事なく、そこに見えない壁でもあるかの様にピタリと動きを止める。

 触れられる事を拒絶する。


 圧倒的強者に虫けらの針など届きはしないのだ。――魔王という強者には。


「……あら? とんだとばっちりですわね」


 足元に転がる女性を見て、ミキサンがぼやく。


 女性の体には、今のカラス達の攻撃の巻き添えを受けたとおぼしき槍が、背中から胸にかけて深々と突き立っていた。

 それをミキサンが視認した直後、槍が輝き女性の体諸ともに爆発した。

 後には塵も残らない程の爆発。


 されど、どんなに威力があろうと、傍に居た魔王にやはり傷は無かった。人の力では到底対処のしようがない怪物はただ静かに佇むのみ。


 土煙が収まると、中から小さな魔王の姿が浮かび上がってきた。

 脚の怪我を除けば、今の一連の攻撃で受けた怪我などひとつも無い。しかし、そんな魔王の表情は何処か険しい。

 自分以外の居なくなったその場所で、ミキサンは思考を巡らせる。


 そして、ふと――


(まさか……今のは巻き添えではない? 故意に狙った? たまたま爆発する様に細工された槍だった可能性もある。それがたまたま傍に居た者に当たった可能性も――。しかし――)


 ミキサンの顔がぐにゃりと歪む。


「証拠の隠滅をはかりましたわね」


 それはつまり、ミキサンに見られたくない何かが、あの女性には在ったという事。

 何処かで見た覚えのある顔。

 それを指摘した直後に見せた女性の驚いた様子。


(「殺せ」と言ったのはわたくしに向けたものではなく、他のカラスに向けられた一言でしたのね。――しかし、それが分かったところで)


 既に女性は死んでしまっている。爆発し、周囲に肉の一欠片さえ残ってはいない。

 ()()()()


「――ああ、そういう事ですの……」


 そう呟き、ミキサンは微笑んだ。不気味にぐにゃりと魔王は笑った。





「おそらく、気付いたのでしょう。そうであるなら――来ますよ、ここに」


 ランドール家の広大な敷地内にある庭の一角。

 丘の上にあるこの場所は、風の向きによって漂う空気が違う顔を覗かせる。

 西から風が吹けば、塩気を含んだ潮風が。

 東から吹けば、緑生い茂る木々のにおい。

 南からならば、澄んだ湖の水を空気に溶かした様な風

 北からならば、低地よりも冷たい空気が庭を包む。

 海、森、湖、山とそれぞれの四方に囲まれる辺境ランドールだからこそ味わう事の出来る独特の空気感がそこにはあった。


 そんな庭で、真新しい小さなテーブルを囲んで座っていたシスネが、丘の上から街を見下ろしながら、そんな言葉を口にした。


「どう致しますぅ?」


 淡々と言葉にするシスネとは正反対に、間延びした声のカナリアが応える。


「どうもしません。全てのカラスを使ったとしても止められるものではないでしょう、アレは」


「774万人いれば止まるかもしれませんよ?」


 自分で言ってカナリアがクスクスと笑う。


「そうかもしれませんね」


 ――本当にそれだけの数が居るならば。

 続く言葉をシスネは口にしなかった。


 最初にそれを言ったのはシスネであるが、彼女は冗談のつもりでそれを口にした訳ではなく、あくまで比喩的に言っただけである。

 それを信じる者など居る訳はないとシスネも理解していた。

 774万人――それは、ランドールを含めたこの大陸に住む王国の民の数と同じ。

 ただそれだけの数字であり、特に理由も無く口から出てきた数字であるが――


「774万人も使用人がいるんですか?」


 すっごい、と呟いて、真新しいテーブルを挟んだシスネの反対側でお菓子をパクついていたシンジュが尋ねてきた。


「いましたわ。信じる人」


 カナリアがおかしそうにシンジュを見て笑う。

 シンジュは何故笑われたのか分かっていないらしく、口をモグモグと動かしながら首を僅かに傾げた。


「それよりも」


 別に話を逸らしたかった訳でもないが、二人に付き合ってられないとシスネが話を切り替える。


「予想通りならば、もうすぐここに魔王が来ますが―――勝てますか?」


 シスネが静かな口調でシンジュに問うた。

 シンジュは口の中の菓子をごくりと飲み込むと、目を瞑り、頭の中にその顔を思い浮かべてから答えを口にした。


「……どうだろう? ミキサン強いから」


「知っています。我がランドール家の矛たるカラスをもってしても、アレにはまるで歯が立ちませんでした」


「あの人達ってそんなに強いんですか?」


「あなた基準ならば、弱い、のでしょうが、世間一般から見れば、強い、です。各人がAランク相当以上の実力を持っていますし、日々のたゆまぬ努力、訓練により、集団での戦闘も申し分ない。数こそ()()()ですが、決して王国の騎士にも引けをとらない精鋭中の精鋭です。中でも、カラスのトップである隊長ともなれば、王国ならば英雄と呼ばれてもおかしくない実力の持ち主です」


「この街ではレンフィールドさんが一番強いのかと思ってました」(レベルも50あるし……)


「冒険者ならばそうでしょう――いえ、そうでした。怪我を理由に既に引退していますから。それでも、例え彼が現役であっても、精々カラスの若鳥程度の実力、といったところでしょう」


「ほえー……。カラス凄いな~」


 自身の実力を知った上での感心なのか皮肉なのか、どちらとも言えない表情をしてシンジュが溢す。


「先程も言いましたが、そんなカラスでさえ魔王には手も足も出ませんでした。だからこそ、あなたに頼むです。我がランドールの一員として」


「はい! なんとか頑張ってみます! ―――ミキサンとは友達だけど……、シスネ様の頼みだもん! しょうがないよね! 頑張ります、ランドールの一員として」


 笑顔でそう口にしたシンジュに、シスネの良心が僅かに揺らぐ。

 しかし、それを表には出さない。シスネの強い決意が揺らぐ程でもない。


 ――しょうがない。

 ――そう、しょうがないのだ。

 アレが魔王で、私がランドールだから。それは仕方がない事なのだ。


 シスネは自分にそう言い聞かせた。



 今日のランドールは、北からの風。やや湿った冷気を含んでいるそれが、ランドールをいつもより少しだけ冷やしていた。


 陽光が照らす暖かなランドール家の広い庭に、北風の運ぶ冷気よりも冷たい空気が訪れたのは、シンジュが「腹拵え」と称して四つ目になる菓子の包みを開けた時であった。


「御迎えに上がりましたわ、我が君」


 庭の上空。

 最凶が、最凶らしからぬ口調と微笑みを湛えて、そう告げた。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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