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悪魔を信用してはいけません

「どういたします?」


 ミキサンから私に向けられた問い掛け。

 この、どういたします? は、私の醜態の目撃者である屋根裏の住人トテトテさんを「亡き者にして証拠隠滅を謀りますか?」という主旨の問い掛けでは勿論なくて、契約をどうするか? という質問。

 だと、思うけれど、ミキサンの事なので証拠隠滅もさもありなんと思えてしまう。恐ろしい子である。


 誤解、齟齬、認識違いが無い様に『契約』という単語を言葉に混ぜて返す。


「うん……。契約するのは全然構わないんだけど、ただ―――」


「トテトテ! この鈍間! 何度も言わせるんじゃありませんことよ! 時間は有限ですの! さっさと契約に移りなさいな!」


 さっき言いそびれた『重要そう、且つ、私には解決出来なさそう』な懸念をもう一回口にしようとして、もう一回ミキサンにその言葉を遮られた。


 私の間が悪いのか、それともミキサンの間が悪いのか……。言いたい事も言えないこんな世の中。


「へい!」


 床にぶっ倒れていたトテトテさんが機敏に体勢を整え、ミキサンに応じる。


 トテトテさんは、さっきから何度も魔王に頬をぶたれているが堪えた様子もない。打たれ強い悪魔であるらしい。


 快活にミキサンに返事をしたトテトテさんは、「あの……」という私の言葉を無視して、広いリビングの床にササッと魔方陣を展開した。


 シンプルな様で幾何学的で複雑な魔方陣は、2メートル程の赤い円で、床からちょっとだけ浮いた状態で展開されている。

 人生初となる魔方陣の目撃に、「おぉ……」と感嘆して、言いたい事も言う前に頭から抜け落として魔方陣を眺める。


 それからトテトテさんは、なんでも無い事の様な顔をして魔方陣の中心まで入ると、一体何処から取り出したのか、小さな家を取り出した。

 

 その、人形遊びに使うオモチャみたいな小さな家は、自宅と全く同じ外観をしていて、それで、それがこの家の模型なんだと知る。




「このちっこい家に手を置いてくだせぇ。見れば分かると思いやすが、こいつはこの家を型どった魔具でして、契約するにはこいつに手を置いて、それで魔方陣が青く光ったら契約完了でさぁ」


 トテトテさんが「どうぞ」とばかりに模型を手で示したので、魔方陣の中心までおっかなびっくりで歩む。ドキドキしたけど魔方陣からは何の感触も得られなかった。ホログラムの中にでも居る様な感覚。

 中心に来ると家の模型の屋根にちょこんと手を置いた。こちらはちゃんと感触があった。


 数秒のち、トテトテさんの言う通り赤い光で描かれていた魔方陣が青い光へと変化した。


「これで契約完了でさぁ」


「思ってたよりあっさり終わるんですね」


「まあ、このちっこい方の家に家主さんの事を覚えさせるだけでやんすから。そいで、これは大事な事なんで言っておきやすが、このちっこい家が時々の住み処(ザ・ベストハウス)の媒体になりやす」


「媒体?」


「へぃ。家はあくまで家でやんすからね。こういう家だったり剣だったりに魔法を使わせようと思ったら、必ずこういった特殊な媒体が必要になるんでやんす」


 うんうんと興味深げに頷くと、ちょっと得意気な顔をしたトテトテさんが続ける。


「分かりやすい例だと魔法剣なんかでやんすかね? ああいうのは剣の材料に魔石なんかを最初から塗り込んでありやすから剣自体が媒体になりやすが、この家みたいにでっけぇもんの建材に魔石を入れてたらかなりの量が必要になりやすし、かなりお金がかかりやす」


「魔石って高そうなイメージです」


「魔石もピンキリでやんすが、質の良い物は当然高いでやんす。このちっこい家は最上級の魔石を使ってやすから、見掛けによらずかなり高価な代物でやんす。くれぐれも取り扱いには注意してくだせぇ」


 そんな事を言いつつ、模型を酷く乱暴に放り投げて来るトテトテさん。


「わっ、わっ!」


 放物線を描いて、私の少し手前で失速し始めたそれを、おっかなびっくりでなんとか伸ばした手の中に収める。


「まあ落とした位じゃ壊れないでやんす」と、ケヒケヒ笑ってトテトテさん。いじわるさん。


「で、媒体の話に戻りやすが、時々の住み処(ザ・ベストハウス)の様に家全体に魔法の力を与えるには、魔石を建材に混ぜるよりも、それを模した物を作って紐付けをしてやるんす。そうする事で、家と媒体に繋がりが出来やす。そのちっこい家はおっきい家と同義なんでやんす」


「……う……ん?」


「分かりやすく言いやすと、例えばそのちっこい家を姐さんが踏む潰したとしやす。―――例えでやんす。姐さん、にじり寄るの待って欲しいでやんす」


 トテトテさんが、右手首を軽く捻りながら足を進めるミキサンを手で制す。


「このちっこい家を潰すと、紐付けされてるおっきい家も潰れるんでやんす。逆も然り、でやんす」


「あー、なんとなく分かりました。―――一心同体的な?」


「媒体全部がそうって訳でも無いんでやんすが、少なくともこの家に関してはそんな感じでやんすね。このちっこい家はおっきい家の心臓で、血で、肉でやんす。そんな訳で、くれぐれも取り扱いには注意してくだせぇ」


「ずっと持ってないと駄目ですか?」


「そんな事は無いでやんすよ。普段は家の安全な所にでも置いといてくだせぇ。あっしが持ってても良いでやんすが」


「あ、じゃあお願いします」


「―――え? 良いんでやんすか?」


「え? はい。やっぱり迷惑ですかね? すいません、図々しくて」


「違うんでやす。別に迷惑って訳では……。―――しつこい様でやんすが、それはこの家の心臓で血で肉でやんす。大事な物なんでやんす。あっしは悪魔でやんすから、あんまり簡単に信用するのもどうかと思いやして」


「……はぁ」


 気の抜けた返事を返すと、何故かトテトテさんに苦笑いされてしまった。

 寝ぼけてこれを破壊しかねない私が持つより、今まで大事に保管していたトテトテさんが持っていた方がずっと安心だと思うけど……。やはり預かる者の責任もあるし迷惑だろうか……。


「トテトテ」


 私が苦笑いするトテトテさんとにらめっこをしていると、ミキサンが口を開いた。


「我が君は、あなたを信用して、それを預けると言っているのです。それに何か不服でもありますの?」


「いえ! 滅相もない! ―――ただ、あっしは契約を受けた家憑きの悪魔でやんすから、家主さんを騙そうとかそういう事はしやせんが、悪魔をあんまり信用しない方が良いでやんすよ?」


「はい、気をつけます」


 私が素直にそう言うと、トテトテさんはやっぱり苦い顔で笑った。

 それからトテトテさんは、ポリポリと頬を掻いて「本当に変わった方でやんすね」と小さく呟いた。


 そんなトテトテさんの様子に、私は何だかちょっと可笑しくなって、小さく笑うと「じゃあ、お願いします」と模型をトテトテさんへと差し出した。


「……たしかに受け取りやした。あっしが大事に持っておきやす」


 トテトテさんは私の手から模型を受け取ると、それを抱き締めるかの様に自身の胸元に寄せて、目を落とす。


 そこで、ふと何かに気付いたのか「あれ?」と声を出した。


「魔力の注入に失敗していたみたいでやんすね。媒体の魔力が空でやんす。すいやせんが、もう一度これに触って魔力を注いでくだせぇ。触れれば勝手に注入されるはずなんでやんすが、なんせ200年ぶりでやすから、ちょっと調子悪いのかもしれやせん」


 そうトテトテさんに言われ、魔方陣の登場ですっかり忘れていた、重要そうで自分では解決出来なさそうな懸念を思い出した。


 トテトテさん、と名を呼んでから、


「すいません。言いそびれてましたが、私は魔力という物を全く持って無くて……」


 三度目にしてようやくその事を口に出来た。

 本当は、最初にトテトテさんから説明を受けた段階でその事を伝えたかったが、なんかタイミングが悪くて……。


「家主さん、魔力の半分ともなれば流石に倦怠感を感じるモノだとあっしも重々承知しておりやすが、これは時々の住み処(ザ・ベストハウス)を発動するのに必要な事なんでやんすよ? 不足分があったりや、万一の事態にはあっしが立て替えもしやすが……。―――契約はキチンと履行していただかねぇと」


 少しだけ諌める様な口調でトテトテさんが言って、手の平に乗せた模型を差し出してくる。


 トテトテさんの言っている事は勿論分かるんだけど、無いモノは無い。無い袖は振れないのだ。


 トテトテさんの手の平に乗せたまま、私は模型に手を乗せて、触れれば勝手に注入されるらしいのでそのまま待つ。


「あれ?」


 しばらくして、トテトテさんが不思議そうな顔をして首を傾げた。


「……家主さん……まさか本当に……」


「無いんです……。本当に」


 私が申し訳なさそうに言うと、トテトテさんはこの世の終わりみたいな顔をして大層驚いた。


「だ……騙したでやんすね!」


 トテトテさんは大きく頭を振ってミキサンの方に顔を向けると、そう抗議の声をあげた。


「騙すなど、人聞き―――もとい、悪魔聞きの悪い。ちゃんと確認しなかったあなたのミスですわ。大体、何の裏付けも取らず悪魔を簡単に信用する方がどうかしていますわよ」


 さっきトテトテさんが私に言った事と同じような事をトテトテさんに言う悪魔王ミキサン。

 ほくそ笑んでいるので絶対に分かっててやったに違いない。確信犯。


 流石のトテトテさんも今回は引かなかった。

 が、更に食い下がろうとするトテトテさんが口を開きかけた丁度その時、

 ランドールの街に鐘が鳴る。

 1日の始まりを告げる鐘の音。

 朝の柔らかい空気も、抗議の喧騒も、街の全部を呑み込んでしまうゆったりと、それでいて胸の底に響く様な絢爛な音色。


「とにかく、もう契約は為されたのです。―――トテトテ、家の管理は任せましてよ?」


 鐘の音が小さくなって消えていく中、ミキサンがトテトテさんに言い含める。


「……………………悪魔でやんす」


「知ってますわ?」


 悪女の様にオーホッホッホッと笑うミキサン。そんなミキサンにトテトテさんはガックリと肩を落とした。


 私から魔力を取れなかった場合、家に掛けられた魔法・時々の住み処(ザ・ベストハウス)はトテトテさんの魔力を代用して行われる。

 本来ならば、契約者であるはずの私が支払うべき対価。

 けれど蓋を開けてみれば、私は所有権だけを得て、対価をトテトテさんに丸投げという結果になってしまった。


「トテトテさん……。なんかごめんなさい」


「……いいんでやんす。家主さんは悪く無いでやんすよ。―――あぁ……やっぱり屋根裏から出て来るんじゃなかった……」


 最後は呟きに近い小声で言ったトテトテさん。


 そんな落ち込むトテトテさんを残して、「じゃあ、私は仕事に行きますので……」と、告げて、私達は自宅を後にした。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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