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護身用

 雰囲気に呑まれたのか静かになった店の中。


 その少し重苦しい空気の中で、「おう、嬢ちゃん」と、それを払拭する様に親方さんが快活な声をあげた。


「はい」


「嬢ちゃんは、手持ちの武器は一本も持ってないのか?」


「はい。出来たらここで買おうかと思ってたんですが、思っていたよりずっと高くって……」


 そう答えると、親方さんは腕を組んで何かを思案する様に「ふむ」と小さく唸った。

 少しして、親方さんは、「少し待ってろ」と言い残してカウンターを離れ、そのまま奥へと入っていってしまった。


 棚の兜の値段を横目に見て、「高いなぁ」とぼんやりと思いながら大人しく待っていると、親方さんはすぐに戻って来た。


「嬢ちゃん、ちょっと来な」


「……はい」


 こいこいと、大きな豆をくっ付けた手で私を手招きする親方さんの側へと歩み寄る。

 ぶっきらぼうなその顔に、なんだか親方さんがちょっと怒っている様に見えて少しだけ緊張した。


「こいつを持っていけ」


 と、手を差し出して来る親方さん。

 緊張していたせいか反射的に手が伸びてしまい、そんな自分を、手癖の悪い子みたいで恥ずかしい、と思う間もなく、私の手の平に平べったい何かが置かれた。


 皮のケースに刃を包んだナイフだった。


「護身用だ。―――いいか? あくまで護身用だ。武器じゃねぇ。……言ってる意味は分かるな?」


 強い口調で、『護身用』を強調して言ってくる親方さん。

 自分では大人に半分だけ身を置いているつもりだけど、周りから見ればまだまだ子供に見えるのだろう。

 親方さんは、そんな子供な私が、ナイフとはいえ刃物を持つ事に抵抗があるのかもしれない。ナイフどころか一丁前に剣を買おうとしてた私ですが……。


「……はい。―――あの、でも私お金が」


 懸念を口にする。

 剣よりずっと小さいナイフではあるが、(予想よりも遥かに)お値段以上なのが異世界の武具であると学んだばかりな私なのです。

 雑貨屋で買った包丁は普通の値段だったのに武器になると値段が跳ね上がる。料理用と戦う用の違いはあれど、同じ刃物なのに値段の付け方の違いが良く分からない。―――切れ味?


 そんな事を考えながら親方さんの顔を見上げていると、親方さんは少し気不味そうに頭を小さく掻いて言う。


「……知り合った記念。……来店記念。 ―――まあなんでもいい。嬢ちゃんに譲ってやるから大事に持っとけ。最近は、この街も何かと物騒だからな」


「……ありがとう……ございます」


 ナイフを貰った嬉しさと、高価な物を貰っていいものかという遠慮が混ざって、ちょっと変なお礼になる。


「おう。―――護身用だぞ?」


 三度念を押される。

 慌てて、分かった、と頷きだけで返した。

 そうしたら、親方さんが歯を見せて笑って、私の頭を撫でてくれた。

 ゴツゴツした大きな手の感触がした。固いけど柔らかくって、荒いけど優しい手。


 そうして、親方さんに護身用のナイフを貰った私は、帰り際にもう一度お礼を言って店を後にした。


 去り際、親方さんが大きな声で、「イーリー!」と、私達の一番後ろにいて、店を出ようとする直前のイーリーさんの名を呼んだ。

 イーリーさんは、「分かってるわよ」と、返して店の扉を閉めた。


 名前を呼んで、返事を返しただけのやり取り。


 今のやり取りはどういう意味なんだろう?

 大人は時々、こうやって子供には分からないやり取りをする事がある。

 とても大事なものが見えるようで見えない。そんな風。

 大人に近付けば、こういうやり取りの意味も自然と分かって来る様になると思っていたが、14歳になってもまだ良く分からない。

 だから私は、14歳はまだ子供なんだろうと、ちょっと残念に思った。



 こうして、私のランドール買い物巡りの1日は終わったのである。あっという間の1日だった。久しぶりにお洒落して、美味しい物も食べて、欲しい物もいっぱい買って、沢山お喋りした。

 とても楽しい1日だった。


 そう言えば、すっかり忘れていたけど、大量の荷物運びを命じられたトエルさんは、大量の荷物と一緒に自宅の門の前で座って待っていた。

 そりゃあ当然、鍵が無いから中には入れないよね。

 勝手に門を入ると防犯魔法でビリビリだし。


 待ちぼうけを食らってなお、荷物をほっぽり出さないトエルさんは偉いと思った。

 イーリーさんが怖いだけかもしれない。

 そうも思ったけれど、トエルさんは責任感がある人だという事にして置こうと思う。そうじゃないとトエルさんが報われないような気がしたから。


「不憫な……」


 ミキサンの呟きは聞こえなかったふりをした。






 シンジュ達が店を出た後、カウンターの中に置かれた椅子に深く体を預け、店の店主、兼ランドールの鍛冶職人を束ねる親方シドは大きな溜息をついた。


 シドはしばらく椅子の上で気疲れした体を休めた後、ふいに立ち上がり、武器棚へと歩み寄る。

 

 棚の前まで来ると、シドは懐へと手を入れ、中から薄い板の束を取り出した。

 それを、1枚1枚慣れた手付きで棚に置かれた値札の板と交換してゆく。


 正規の値段の書かれた板と取り替えてゆく―――。


 小さな溜息混じりに、板に書かれた値段を一瞥してシドは思う。


 ―――こんな馬鹿げた値段で誰が買うものか……。


 そうして、しばらく感じたイライラを払拭するかの様に武器棚の板を正規の物と交換する作業に取り組む。

 大した手間でも無いせいか、イライラは収まる気配もない。

 武器の値札の交換作業し終え、次は防具の方、と移動しようとした時に、店の扉が開いた。


「今日はもう終わりだ。悪いが―――」


 言い終わる前に、入って来た人物へと目をやったシドの言葉が止まる。


 シドは、入って来た人物を見るなり不快な表情を浮かべ、その人物に向けて大きく舌打ちをする。

 不愉快だという、自身の感情を隠す素振りも見せない。むしろ見せつけてさえいる。


「いま一番見たくねぇ顔だな。―――なんの用だ?」


 シドがぶっきらぼうに問う。

 シドの言葉の先には一人の女性が佇んでいた。

 その女性の格好は、上から下まで、まるでカラスの様に真っ黒であった。


「彼女に武具を渡す事は禁じたはずですよ?」


「……武器じゃねぇ。護身用だ」


「それは使い方の問題であって、ナイフも立派な武器です」


「……護身用だと言っただろ? あの嬢ちゃんは自分からは使わねぇよ。あのナイフは、あくまで自分の身を守る時の手段として渡したんだ」


 シドが言うと、女性は僅かに眉根を寄せて、小さく溜息をついた。

 女性のその様子に、そっぽを向いたままのシドがざまぁみろとばかりに鼻で笑う。


 しばらく、居心地の悪い空気の中で過ごした後、シドが口を開く。


「あの嬢ちゃんが何をしたってんだ……」


 ひとり言の様に呟いたシドに、女性は「……なにも」と静かに返す。

 それから少し間を空けて、


「ランドールを守る為です。あなたも、言われた事はキチンと守ってください」


「……ランドール『家』を、だろ?」


 憤慨する様にそう悪態をつくシド。


「ランドールの『街』を、です。勘違いしませんよう」


 ふん、と鼻を鳴らして返すシド。

 それからシドは組んでいた腕をほどくと、中断していた値札の交換作業を再開させた。

 コトリコトリと親方が値札を取り変える小さな音だけが響く店の中。作業をしつつ、少し考えてから女性の方を向く事なくシドが告げる。


「……心配しなくても、あの嬢ちゃんはしばらくここには来ねぇだろうよ。―――こんな馬鹿高い店、誰が好き好んで来るってんだ」


 付け足された最後の言葉は愚痴に近かった。


 実はランドールには、武具屋はこの店一軒しかない。

 冒険者同様、女神の加護という力に守られるランドールにとって武具はそれほどに需要のある物ではないからだ。


 だからと言って、この店の物が低品質という訳でもない。

 むしろ、北の山から取れる良質な鉄のお陰で材料の質としては最高。

 加えて、鍛冶に並々ならぬ熱意を持ったシドの、勤勉さと努力によって、ランドールの武具は王国の中央と見比べても遜色ない品々となっている。


 自分の仕事、店に大きな自信と誇りがあるシド。

 だからこそ、自分の店は自分で守ると、あのモンスター共の襲来にさえ頑として店を離れなかった自分が、いくらランドール家の指示とはいえ、この偽の値札を掲げた事に強い憤りを覚える。


 武器一本の金で、()()の値段の武具が買い占められる程の金額。


(命を預かる物だからな。それが妥当な値段だ)

 まるで、世間知らずを騙くらかして暴利を貪る詐欺師か悪徳商人の様な台詞。


 自分の言った事を思い返し、シドはハラワタが煮えくり返る程の憤りに身を焦がす。

 頭を撫でてやった時の少し恥ずかそうにした少女の屈託の無い笑顔を思い浮かべ、己を力の限り殴りつけたくなる程の自己嫌悪に良心を引き裂かれる。


 ―――どの口でほざきやがるんだ。

 ―――全く馬鹿にしてやがる。


 交換作業を止め、手に持った値札を見ながら怒りの言葉を胸の内だけであげるシド。口には出さずとも、纏った空気だけで女性をそう威圧してみせる。


 シドの怒気に、―――これ以上は火に油かと、女性はそれ以上何を言う事もなく、ただ静かに踵を返し、店の扉を開けた。


「おい」


 静かに店を出ていこうとする女性の背中に、少し喉の調子を荒くしたシドの声が掛かる。

 女性は背中を向けたまま、「何でしょう?」と返す。


「しつこい様だが、あのナイフは『護身用』として渡したんだ。無理矢理取り上げる様な真似をするんじゃねぇぞ」


「……私には約束しかねます。―――が、シスネ様にはその様にお伝えだけしておきます」


「……おう」


 一応の納得はしてくれたらしいシドの返事を認めると、女性は店を去っていった。

 扉から覗き見た外は、夜の(とばり)が降り始め、黒い女性の姿をその黒に溶け込ませる。


 女性が十分離れたであろう頃、再び一人になった店の中で、シドは深い深い息を吐き出して、止まっていた値札の交換をまた再開させた。


 元々武具屋という品数の少ない形態もあり、やりかけだった値札の交換はすぐに終わった。

 まるで何事も無かったかの様に、店は元の姿へと戻った。


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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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