親方さん
「おはようございます!」
「おはよう」
朝。
待ち合わせ場所であるギルド前でイーリーさんと挨拶を交わす。
今日のイーリーさんは、見慣れたいつもの白いローブの冒険者スタイルではなく、その細く長い脚が強調される様な黒のパンツに、薄水色をしたブラウスを着ている。素直に大人っぽいとそう思う。
私はと言うと、アイさんから譲り受けたお古の可愛いワンピース。
そうして、それを颯爽と着こなして、いざ繰り出すはランドールの商店通り。
つまり買い物だ!
今日は1日お休みを貰っている。時間はたっぷりある。
ランドールに来てから初めての買い物らしい買い物に自然と笑顔になる。
ここに来てからの私というのはギルドか自宅か高級料理店かの、いずれかにばかり出向いていて、他の場所には寄り付きもしない。
別にそれで困らないというのも理由にあった。夜ご飯はアイさんのお世話になっているし、朝は冒険者さんが毎日の様にくれる何かをつまんでいる。確実に、私のいまの立場は餌付けされる雛の様なものに成り下がっているのだが、元々押しに弱いので、断れず、着実に雛としての生活が固まりつつある。
しかし、当然ながらそれらは皆様のご厚意であって私を悪い様にしようとしている訳ではない。そう考えると、私はなんだかんだ大事にされている様な気がして来て、少し嬉しくなる。
近所の子供にお菓子を与えるおじちゃん達のご厚意で、私はスクスクと、少し甘やかされて成長するのだ。
「まずは服よね?」
「はい。服と雑貨と……。あと、武具屋にも行ってみたいです」
言うとちょっと困った顔をされた。
武具屋に行きたいのは、勿論冒険者としての知見を得る為であるのだが、あわよくば自分の装備というものを整えておきたい。
今の私、ギルド職員には必要無いものだが、先日のモンスター襲撃の事もあるし、無くて困るよりはあった方が良いと思う。
ただ、私が冒険者への憧れをチラつかせると、さっきのイーリーさんの様に大人はみんな困った様な顔をする。
特に女性陣がである。
イーリーさんは自身が冒険者という事もあって、どちらかと言えば私の冒険者への道について賛成派だったのだが、冒険者にはあと一年はなれないと分かった途端、やや反対派よりになった。気がする。
ハッキリとそう言われたわけではないが、あまり話を広げようとしない辺り、たぶんそうなんだろうと思う。
男の人達は「冒険者なんてやめとけ」とハッキリ口にする。
口にはするが、私の周りの大人は冒険者ばかりなので、説得力に欠けるとでも思っているのか、そこまで強くは言って来ない。
強く言って来るのはアイさんだけ。
一年後、私が冒険者になる為に越えなければいけない一番の壁はきっとあの人だろう。
ランドールの街で、私が冒険者になるのに賛成なのは、私の少し後ろを退屈そうに歩くミキサンだけである。
もっとも、この子の場合は私が何になりたいと言っても賛成してくれるので、賛成はすれども、成れなかったら成れなかったで構わない位に思っていそうである。
と、なると、実質的にランドールでの賛成派は居ないという事になる。
所詮、餌付けされるだけの雛のポジションな私なのだ。
やはり……。
私の冒険者への道がこんなに遠いのは、異世界小説に出て来る様なテンプレ展開を逃したせいだろうか?
例えばこうだ。
冒険者になりたいとギルドに行ったら、周りの冒険者に馬鹿にされる。
そこでちょっと揉めて、ギルドマスターなんかか出て来るのだ。
そうして、「なら、特別に俺が実力を見てやろう」みたいな話になって、私がギルドマスターを完封。周囲に「とんでもねぇ新人が現れやがった……」と恐れられ、晴れて冒険者になるのである。
ランクは「実力は分かったが、いきなりSランクは与えられん」
みたいな事を言われて、Cランクくらいに収まる。
ふむ、素晴らしい。
そんな展開は私には無かったけれど。
無いものを待っていても仕方ない、出番は自分で作るものだ。と、意気込んでデーモン退治に赴くも、それも失敗した。
ミキサンとこうして友達になれたので、それは結果的に失敗して良かったと言えなくもないが、誰にも手に負えない様な強いモンスターを討伐して皆様の度肝を抜くという、またとないチャンスを逃してしまった。
どうして上手くいかないのだろう?
どうやったらフィクションの主人公達の様にスムーズに事を運べるのだろう?
チートとは一体なんだったのか? 謎は深まるばかりだ。
私が、一目置かれるどころか可愛がられる一方で、私なんかよりもずっとちっちゃくて可愛いミキサンは、ランドールの人々に恐れられている。
魔王という肩書きは勿論だが、「負け犬」と顔に刻まれた冒険者達を時折、街で見掛ける。それを目にする度に街の人々はきっとこう思うのだ。「魔王は強い」、と。
凄い宣伝効果だ。冒険者兼歩く看板。
そんな訳で、ミキサンはランドールにおいて最強の名を欲しいままにしている。
ミキサンが街を歩けば、誰もが目をそらし、道が割れ、こそこそと隠れる。
羨ましい。出来る事なら代わって貰いたい。と、その光景を目にする度に雛な私は思うわけです。
そして、服屋についてからはこうも思ったわけです。
どえりゃーめんこいなこの子、と。
誰がなんてのは言わずとも察して頂きたい。ミキサンがに決まってます。
いかにも『魔王』と言った感じの黒を基調としたややゴスロリの入った普段着のミキサンも可愛いんだけれど、淡い紅色のワンピースや晴天の如き空澄色をしたボーイッシュスタイル、白のトップスに黒のスカートで決めたおすましコーデもめちゃんこ似合う。似合うし可愛い。可愛いし愛しい。私とイーリーさんの着せ替え人形にされ、その表情がもの凄く不機嫌なところすらも可愛い。
服屋に着くなり、興味が全く無いのか完全に観戦モードを決め込んだミキサン。しかし、そうは問屋が卸ささない。こんな金髪美少女が一丁羅をずっと着続けるなど勿体ない。強引に着せ替え人形の刑である。
「次はこれいっとく!?」
「良いですね! お嬢様っぽいです!」
「その上なら、こっちと合わせるのが良いんじゃないでしょうか?」
キャッキャッとはしゃぐ私とイーリーさん。と、店員さん。
店員さんは若い女性の方で、最初、私達が店にやって来た時は、青い顔してびくびくとカウンターの端に立っていただけだった(それをいい事に試着しまくっていた)のだが、時間と共にその態度は軟化していって、五着目をミキサンに着せた頃には率先してミキサンのお洋服選びの輪に加わっていた。
そんな三人に、溜息とも嘆息ともつかない息を吐いて、ミキサンはひたすらこの拷問に耐えている様子であった。
「有意義な買い物でしたね」
「ええ、とっても」
店を出て、パンパンになった買い物用の袋を肩から提げた私が言うと、隣で清々しい表情をしたイーリーさんが同調する。
ミキサンはげんなりしている。慣れない買い物で疲れたのだろう。きっと。
束の間?(結局、小さな店に二時間近くいた)の買い物を楽しんだ後は、(何故か)もうお昼だったのでお昼ご飯を食べて、その後は雑貨屋を巡り必要そうな物を買った。お鍋とか食器とかそういうの。
二日前に引っ越したばかりの自宅には、既に一通りの家具は揃っていた。前の方がそのままにしてあったのを、遠慮なく使わせて頂いている。
人が使った家具はちょっと……。と、そういうのを気にする人もいるらしいが、私は全然気にしない。気にしないというか、買い換えるのが勿体ない位に上等な家具であり、大事に使っていたのか中古とは思えない程の美品なので、そもそも買い換えるという選択肢などあるはずもなかった。
あれと同じレベルを揃えようと思ったら、ただのギルド職員に過ぎない私の年収ではきっと足りない。
足りないのは私の遠慮か、給金か。
まあそんな事はどうでも良くて、勿体ないの精神は異世界の中でも変わらないのである。
服屋さんで大量の服―――ミキサンのものばかりで、私のものはちょっとだけ―――を買い込んで、雑貨屋を巡り、私達三人の両手では足りてなくなった頃、まるでタイミングを図った様に私達の元にやって来たのはトエルさんであった。
「時間通りね」
やって来たトエルさんを見るなりそう言ったイーリーさんは、有無も言わさぬ早業で大量の荷物を全てトエルさんに押し付けて、笑顔で「じゃ、よろしく!」と、それだけ言って私とミキサンを連れて買い物を続行した。
目を丸くしたトエルさんは、大量の荷物を前に途方に暮れながら、去っていく私達の背中を静かに(呆然と)眺めて見送った。
それは、合流してから僅か1、2分の出来事であった。
「不憫ね」
背後のトエルさんを一瞥したミキサンの、その小さな呟きが街のざわめきに溶けていった。
それから、少し色の付き始めた昼過ぎ。
私の希望していた武具屋へと行った。
外から見た感じでは小ぢんまりとした店だったのだが、店の中は意外と広く、奥に縦長、といった造りになっていた。
鉄っぽい匂いと、それに混じって少しだけ焦げ臭い様な匂い。
左右それぞれに棚があって、左の棚には鎧とか兜なんかが飾られていて、反対側には武器が陳列していた。
「いらっしゃい」
「こんにちは、親方」
「うちには来ねぇんじゃねえかと思ってたがな」
そう言ってニヤリと笑ったのは、店の扉から真っ直ぐ正面にあるカウンターにいた筋肉質な大きな体をした男の人だった。
歳はレンフィールドさんと同じくらい。50前後。堀の深い皺が2、3本刻まれたその顔は、いかにも職人といった風。
イーリーさんが親方と呼んだ事から店の偉い人かもしれない。
「おう、嬢ちゃん。小汚ねぇとこだが、まあじっくり見てくといい」
ぼんやりしていると親方さんが声を掛けてくれた。
「ありがとうございます」
応じてから、親方さんの視線にちょっとだけ緊張している気持ちを、背筋を伸ばして何でもない風に装いつつ、どれどれ、っと右棚に近付いて、棚の上の剣に目をやる。
ロングソードかな? 少し長い。そのすぐ手前のショートソードと比べると形状は同じだけど刃渡りが20㎝くらい長い。もしも私が使うとしたら短い方。それでも刃渡りが60㎝くらいあって私が振り回すには長過ぎるように思える。
もう少し短い物はないかと、視線を棚に這わせて、ふと値札とおぼしき小さな板が視界を通り過ぎた。
あれ? と思って、視線をもう一度板に戻す。お値段を見る。
頭の中で、下から、いち、じゅう、ひゃく……と数えて、ちょっと目がふわふわして来たので、一度目を擦って、もう一度数え直す。
――――――高っ!!?
え? 武器ってこんなに高い物なの? ランドールに来て二週間余り、タダで飲み食いしてお金という物を殆ど使った事が無い私でも、いい加減異世界の物価というものがどれ位なのか分かる様になって来たのだが、この剣の値札は目玉が飛び出るくらい高い。ある意味目玉商品。
私のお給料の一年分、―――いや、もっとある。
ただのショートソードが、だ。
「命を預かる物だからな。それが妥当な値段だ」
値札とにらめっこをしていた私に向けて、親方さんがそう声を掛けてきた。
話の中身から察するに、目玉が飛び出していたのがバレたらしい。
「こんなに高い物なんですね。ちょっと甘く見てました」
素直にそう告げる。
何故か少し苦い顔をされた。
親方さんは少し苦い顔をした後、目だけを横にギョロリと動かし、非難する様な目をカウンターの側に居たイーリーさんに向けた。
それで、イーリーさんは小さく降参のポーズを無言で作った。
―――今のはどういうやり取りだったんだろう? 冷やかしへの非難? ―――ありそうだ。
ありそうだけど、折角来たので私としてもう少し見ていたい。
「あの、お金が足りないので買うのはまた今度にしますが……、もう少し見ていっても良いですか?」
見栄を張っても仕方がないので、そう申し出ると、「好きなだけ見ていきな」と、親方さんが笑顔で応じてくれた。
親方さんは、笑うと口元と目元の皺が一層深くなる。けど嫌いじゃない皺。優しそうな印象を受ける皺。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから再度棚に視線を戻して、並べられた剣や立て掛けられた槍をじっくり鑑賞していく。
鈍い銀色と光沢のある銀色に目移りしながら、少しの間そうしていた。
どのくらいそうしていたのか分からないけど、武器の棚を見終わって、左の棚の重そうな鎧を眺めながら、どうやって着るんだろう? と考えている時だった。
「そいつは売りもんじゃねぇぞ」
と、親方さんの声。
私に言ったのかと思って親方さんの方へ顔を向けると、腕を組んだ親方さんは、私ではなく、丁度私の背後の辺り、反対側の武器の棚の前にいたミキサンに顔を向けていた。
私に対して後ろ向きなので分かりにくいが、ミキサンは何やら棚の前で、ジーッと壁に飾られている―――棒?を静かに見つめていた。
「あら、そぅ」
ミキサンはそれだけ言うと、興味を無くしたのか、ゆっくりとした足取りで店の出入口付近で「待ち」の体勢に入った。私待ち。
ちょっと不思議なミキサンの様子に、私はミキサンの見ていた棒に興味が湧いて(さっきは汚い棒とスルーしたけど)、「あれは何ですか?」と尋ねた。
私が見る限り、ただの汚いひのき(かは知らない)の棒である。
尋ねてから、―――神眼があったんだったと思い出して、そうして私が神眼を発動しようかとした時に、私の質問にちょっと困った様子をしていた親方さんが口を開いた。
「ありゃまあ……。いわゆる『曰く付き』ってヤツだ」
「曰く付きですか? ただのきたな……棒に見えますけど」
「あれには元々20㎝くらいの刃がついてたんだが―――ま、槍だな。随分古いもんでな。刃の部分はずっと昔に錆びて崩れちまった」
槍か。だからあんなに長いのか。槍なのは分かったが曰く付きか……。気になる。
気になる、と私の顔に書いてあったのか、少し渋る様に親方さんが話を続ける。
「この槍はな、持ってる奴に不幸を呼ぶ槍だ。まあ迷信なんだろうが、流石に気味が悪いから誰かに売るつもりもないが、かと言って処分するのも呪われちまいそうでな。―――だから、ああやってずっと飾ってあるんだ」
不幸を呼ぶ槍か……。
ありがちだけど、槍の汚なさ―――もとい、古さもあって、曰く付きと言われると妙に納得してしまう雰囲気を、その槍は醸し出していた。
店の空気がちょっとだけ冷たくなった気がした。




