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父と娘の異世界生活。――たとえ悪魔と呼ばれても  作者: 佐々木弁当
十一章【姉と妹、そして弟】後半
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豊穣祭・二日目後半、親不幸者め



 手近な物が無かったので、布を被せる事を諦め、ソッと触れた指先で彼女の目蓋を撫でるように閉じた。


 映画なんかで良く目にしたこの行為は、死後硬直だかで眼が閉じなくなるのを防ぐためだと聞いた事がある。

 開きっぱなしだと苦し気に見えるのだそうで、残された者達の精神衛生上あまり宜しくないのだとか。


 この女性が何処の誰かなんて俺は知らないし、当然会った事もない。

 なんなら現在ランドールを揺るがす騒動の大元で、こちらから見れば敵である――らしい。

 ただ、俺の顔を見た途端、何故か微かに微笑んで涙を一筋流した彼女のために、そうしなければいけないような気になった。どうしてそう思ったのか、自分でも理由はよく分からない。


 女性の傍で屈めていた体を起こし、立ち上がる。

 それから、さて……っと、気持ちを切り替えて後ろを振り向く。


 なにやらえらい事になっている我が娘の姿が、嫌でも目についた。

 容姿自体は差程に変わっていない。強いて挙げれば、目ん玉にあるはずの白と黒の二色カラーが消えてしまって、どす黒いという表現が頭にくっつく赤色の目がギラギラと輝いている。

 なにをそんなに力む事があるのか、全身の血管を浮き上がらせているのもマイナスポイントだ。

 黒いオーラをユラユラと燻らせ「私は悪役です」と自己主張して止めないところに至っては、全く以て可愛くない。


「ガァアアァァッ!」


 そんな感想を抱いているとシンジュが突然に雄叫びを上げた。

 同時に揺らめいていたオーラが弾けたように広がる。

 あ、これ駄目なやつだ――と、直感する。

 その俺の直感は正しく、シンジュを中心に地面に亀裂が走り、それが瞬く間に四方八方に伸びる。

 亀裂以外には特に見えないが、襲来するだろう衝撃に備えて反射的に頭を守るように身構えた。

 はっきり言って、身構えたところで意味があるとも思えなかった。

 ただのおじさんと化した現在の俺が、そんな事くらいで死なない理由も見当たらないからである。スライムにすら負けそうなのが社畜染みたおじさんなのだ。


 案の定というか予想通りというか、猛烈な勢いで襲って来た衝撃派に体が吹き飛ばされる。

 どれくらい飛んだかは分からないが、体をしこたま打ち付け、全身が悲鳴を上げた。


「死ぬ。これは死ねる」


 ズキズキを通り越してガンガン痛む体を無理矢理起こしながらぼやく。

 あっという間に満身創痍。

 熱を持った頭に違和感を覚え、押さえるように手で触れる。

 ヌルリと生温かい感触があった。

 確かめるようにベッタリと血のついた手の平を一瞥してから、もう一度血のにじむ額に手をやって拭う。

 それは、気合いを入れ直すための儀式的な行為に近かった。


 それから改めてシンジュに視線を向け直す。

 自我を完全に失ってしまっているらしい娘は、今なお禍々しいオーラを発していた。

 先程までと違うのは、ところどころの皮膚が裂け、肌や服をじんわりと赤く染めているという点。

 たぶん、体が強すぎる魔力の負荷に耐えられていないのだろう。魔法関係の知識に乏しい俺が見ても分かる。完全にキャパオーバー。

 こうして観察している間にも、シンジュの身体には新しい傷が増えていく。


「これは本格的にマズイんじゃないか……」


 そうは思うが、今の俺には何の力もない。魔法どころか魔力があるのかさえ怪しい。

 だからと言って、何も出来ないわけじゃない。手はある。

 ただ、上手くいくかは分からない。

 失敗したら死ぬ。成功しても死ぬ。

 どうせ死ぬなら迷う必要もないだろ――と、誰かが聞いたら笑うかもしれないが、覚悟の問題なのだ。

 死ぬと分かっていてその一歩目を踏み出すのはかなり勇気がいる。


 ――と、まぁ人間らしく葛藤なんてするフリをしてはみたものの、実のところそんなに迷ってもいない。

 今現在こうして動いちゃいるが、もともと死人である。

 一度、死を体験するとその辺りの耐性でも出来るのか、わりと平気だ。初体験だと不安になったりするあれやこれやも、経験しちゃえば「なんだ簡単じゃん?」と余裕が出て来るのは良くある事。

 やる気も十分なのか、両足が武者震いしてやがるぜ。


 そんな感じで誰宛かも分からない良いわけがましい強がりを頭の中で唱えていると、シンジュが唐突に上空へと飛び上がった。


 血だらけの満身創痍な見た目に反してまあ元気な事で。

 少し慌てる。


 流石に空なんて飛ばれたら今の俺では追い掛ける手段がない。

 空を飛んでいる事自体は良いのだが、見失うのが不味い。

 素人目に見てもそう長くはないだろう状態なのが分かる。以前の家出の時とは状況が違う。悠長に行方を探している暇があるはずもない。


 飛び去ろうとするシンジュの姿をしっかり視界に捉えたまま、後を追い掛ける体勢に入る。

 ただ、飛んでいるせいか、或いはただでさえ運動不足気味だった体な上に幽霊生活が板に付いてきていた俺の足は、思いの外動かない。あっという間に引き離された。

 それでも何とか食らい付こうと、もつれる足を懸命に動かす。


 そのかいあってか、数分と持たず早々に悲鳴を上げ始めた足でどうにかこうにか徐々に追い付き始めた。

 いやほんと。不思議な事に追い付いたのだ。客観的に見て別に早くもない速力だと思うが、指くらいの大きさで遠ぼんやりとしていたシンジュの姿が次第に明確に見えて来て、しまいにはほぼ真下を走るという自分でもびっくりの追い上げをみせた。

 シンジュは依然として飛び進んでいるし、速度を落とした様子もない。


 不可思議だが、何にせよ見失わずに済んだので、俺の秘めたパワーが土壇場で開花したとか、そういう事で納得しておきたい。

 もしかしたら、とっても頼りにしている暴君様がなんらかの魔法でも使ってくれたのかもしれない。

 もっとも、肝心の姿は無い。

 先程の女性が魔法の使用者だとすれば、広場に展開されていた黒いドームは既に消失しているはずである。

 ミキサンならば脱出後は真っ先にこちらにやって来そうだと思っていたが、どうもその予想は外れたらしかった。

 ミキサンは頼りになるけど、だからって子供にばかり頼るってのもマズイのである。大人として。


「やぁやぁ、そこのお嬢さん! 随分とまぁお洒落に着飾っちゃってるが、これから何処かにお出掛けかな!?」


 気を引くため、そう声を張り上げた。台詞だけ聞くと怪しい人に聞こえなくもない。

 しかし、声掛け案件まがいの行動は功を奏したようで、シンジュがこちらに顔を向けた。

 本来ならば死んだはずの父親と数ヶ月ぶりの再会を果たした感動的な場面だが、暴走して意思のない娘はこれっぽっちの嬉し涙すら流す気配がない。

 むしろ先ほど間近で見た時よりも衣服を染める赤色が広がっていた。


「頼れるお父さんなら、ここで回復魔法のひとつやふたつを使って怪我なんかササッと治しちゃうんだろうけどなぁ……。生憎と、俺は頼れないお父さんだからなぁ」


 死に体のシンジュを視界に収めながら愚痴のように溢すと、シンジュがフッと視界から消えた。

 今度は慌てなかった。

 本当に消えたわけじゃなく、単に見えなかっただけだろう。


「けどまぁ……」


 案の定、文字通り目にも止まらぬ速さで動いたシンジュが、俺の目と鼻の先に現れた。

 足を前後に開いて、黒いオーラを纏うその右腕を振りかぶっている。


「お前のために死んでやる事くらいは出来るぞ」


 そんな台詞を吐いた俺の胸をシンジュの腕が貫いた。

 そうして、痛いと叫ぶ間もなく俺は死んだ。

ようやくコロナショックが落ち着いてきました

自分を社畜だと思った事はないですが、気持ちはちょっとわかった

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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