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父と娘の異世界生活。――たとえ悪魔と呼ばれても  作者: 佐々木弁当
十一章【姉と妹、そして弟】後半
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豊穣祭、二日目後半・黒い魔力

 フォルテと別れたシスネは、カナリアに手を引かれ、屋敷の裏手に回り込む様な形で足を進めていた。

 下手に近付いて動く屋敷に踏み潰されては堪らないというのも理由のひとつ。

 それとは別に、シスネがそちらへ向かうように指定したからだ。


「もう……そろそろのはずですが……」


 肩で息をしつつ、シスネがそう口にした。

 カナリアが先を見るように目を細める。

 視界に映り込む街の様相には特に変わったモノはない。

 もっとも、屋敷が蹴飛ばしたのか、或いはあの黒い触手が殴ったのか、理由はともかく所々の建物が強い力で破壊された様な痕を除けば――特に何もない。


 周囲を目で探っていたカナリアが、見当たりません――と口にしようとした時だった。

 突然、地震のような揺れが二人を襲った。

 真下から突き上げてくる大きな衝撃に、二人の体がふらつく。

 咄嗟に、カナリアは走りに走って揺れが無くとも倒れそうだったシスネの体を支えた。


「シスネ様」


「大丈夫です」


 そう言葉を交わし、互いの無事を確認しあう。

 と、直後に二人が揃って顔を同じ方に向けた。


「うめき声……?」


 かすかに聞こえた音の正体に、カナリアがそう言った。

 その問い掛けを振り切るようにシスネは自分を支えるカナリアの腕を剥がして音の方へと駆け出した。


「お、お待ちを!」


 カナリアが慌てて追い掛けた。

 シスネを追うそれはごく短い時間で、10メートルほど進んだところでシスネが足を止めた事によりすぐに追い付く事が出来た。

 建物の脇を抜けたすぐのところにシスネはいた。

 その横顔は、ひどく驚いているようだった。


「シスネ様一体何が――」


 シスネの隣まで走り寄ったカナリアは、同じ方角を見て言葉を止めた。

 二人から少し離れたところ。

 そこに、地面に這いつくばるような形で身を悶えさせるシンジュの姿があった。

 シンジュの周囲には破壊された建物の瓦礫が散乱しており、彼女の真下の地面が大きく陥没していた。

 へこんだ地面の勾配を、シンジュがほふく前進のように登っている。その動きは亀にも劣るほどゆっくりとしていた。

 たが二人の目には、それが異様に見えた。

 周囲の建物を破壊し、地面を陥没させるような事態に中心にいたせいか、シンジュの服は少し離れた二人からも分かるほどにボロボロに破れ、土にまみれている。

 苦しいのか、時折大きく咳込み、えづいている。

 土をかきむしるように爪を突き立て、ギリギリと歯を食い縛りながら必死の形相で登るシンジュの姿は、さながら蟻地獄から決死の脱出を試みるアリのようだった。


「シンジュ!」


 声を掛け、シスネが駆け寄ろうとしたが、それをすぐさまカナリアが止めた。


「なぜ止めるのです!?」


「あのシンジュ様をアレだけ傷つけられる存在が潜んでいるかも知れないのです。行かせられません」


「そんな不確かな心配をしている場合ですか!?」


「お願いです。我慢してください」


 行かせまいとシスネの腕を掴むカナリアの手に力がこもる。

 実際、何が起きたかなど二人には分からない。

 分かるのは、単純な力押しならば魔王すらも凌駕する人間をあそこまで痛めつける何かが起きたという事。

 彼女以外の人間だったならば、即死していたっておかしくない何か。


「カナリア!」


 シスネがいまにも食って掛かりそうな様子で大声を上げる。

 その声に気付いたのか、一心不乱に穴を這い出そうとしていたシンジュが僅かに顔を二人の方に向けた。

 振り向いたその顔は少し困ったような表情をしていた。

 それを目にし、シスネの胸がズキリと痛む。

 見ているなら助けろと、そう言われているような気がした。それが、狼に裂かれた腕の傷よりずっと痛かった。


 しかし、二人を見たシンジュの反応はそんなシスネの胸の痛みとは反対のものだった。

 シンジュは二人を認識した後、何かを伝えようと唇を微かに動かした。

 だがあまりに小さな声であったため、肝心の二人には届かなかった。

 自身でも声が出ていない事を分かったらしく、シンジュは口を動かす事を諦め、代わりに首の動作と僅かに掲げた左腕で「来るな」という仕草を二人に送って来た。


 シスネが眉間に皺を寄せて、足を踏み出そうとしたが、それを越える力でカナリアが引っ張った。


「もう少し離れましょう。お気持ちは理解出来ますが、助けを求めるずこちらを遠ざけようとしている以上、あそこに行くのは――」


「分かっています……。分かって……」


 本人が拒む以上、いま助けに行くのは逆に余計な負担をかける結果にきっとなるのだろう。

 この場に姿は無いが、傑物をあそこまで苦しめる敵が居た場合、シスネは邪魔にしかならない。

 頭でそれを理解していても、妹よりも年下の、顔のせいか実際より幼く見える少女が目の前で苦しみ、這いつくばっているのに、手を貸してやる事も出来ない。

 下唇を噛み、後ろ髪を引かれる思いでシスネは下がった。

 数歩距離を取った時だった。


「ああああぁぁ……ッ!」


 シンジュが突然の絶叫と共に体を頭を抱え、電撃でも浴びたように体を反り返らせた。

 バランスの悪い穴の傾斜部にいたシンジュがのたうち回りながらゴロゴロと穴の底に落ちていく。

 底についてなお、激しく体を転がす。

 必死に痛みから逃れようとする。

 


「一体……何が起こっているのです……ッ。何かに攻撃されているのですか!?」


「分かりませんわ。攻撃されている様には見えませんでしたが……」


「しかし、現にああして――」


 カナリアの背中がゾクリと震えた。

 シスネが最後まで言い切る前に、素早く動いたカナリアにシスネは抱き抱えられていた。

 カナリアはシスネを抱えたまま、穴から大きく距離を取った。

 それに少し遅れて、黒い魔力の放出が起きた。同時にさっきまで二人が立っていた地面が爆散した。


「あらあらあら、どうやら怪力化け物少女は魔力も化け物だったようで」


 頬に冷や汗を流しながら、カナリアがたったいま新しく出来たばかりのクレーターを見つめる。

 気付くのが遅れたらと思い、また冷や汗を流す。

 新たな破壊の痕跡はシンジュのいる場所から上向き45度くらいで斜めに開いていて、シスネ達のいる場所からも穴の底にいるシンジュの姿が遠目ながら視認出来た。

 そうして、その件の破壊を起こした張本人からは、黒色をした魔力が大きく噴き出し、穴の底から天に向かって揺らめいていた。


「あり得ません……」


 シンジュの姿を見たシスネがポツリと独り言のように溢した。


「はい?」


「彼女は……、シンジュは魔力を持っていないはずなんです」


「と、言いますと?」


「言葉通りです。以前に、本人が私にそう告げてきました。自分は魔力を一切持っていないと。だから魔法はひとつだって使えないと。念の為にカラスにも調べさせましたが、確かに持っていないという報告を受けています」


「ブラフ、という事は?」


 カナリアの言葉にシスネが少し考える。

 ややして、小さく首を振った。


「……少なくとも、私の知る彼女はそういう駆け引きをするタイプではありません。彼女は常日頃から活躍の場を欲しています。なかなか上手くいっていないようですが……。そんな彼女が、あれだけの魔力を人目から隠そうとするとは考えにくい。あれだけの……、私も不得意なので正確に彼女の魔力がどれだけかは判断出来ませんが――。ああもハッキリ目に見えるだけの魔力を持っていれば、たとえただのひとつも魔法が使えずとも、力を露見させるだけで目立つには十分なはずです」


「まぁ……仰る通りかと。しかも、どうやらあの力をコントロール出来ていない様子。隠すのは無理でありましょうねぇ」


 無残に破壊され今にも崩れそうな周囲の建物を見渡しながら、カナリアが嘆息するように吐き出した。

 この場から見える破壊の全ては、おそらくシンジュの魔力暴走によるものだとカナリアは結論づけた。

 あくまで破壊の理由が判明しただけで、どうしてそういう事態になっているのかは、流石に判断が難しい。


「たとえば……、魔力が突然目覚めた――というような事はあり得るものですか? それで暴走してしまった。そういう可能性です」


「魔力とはぁ、誰しもが生まれながらに持っているものです。全く無いというのも、突然目覚めるというのも、カナリアめは聞いた事がありません」


 そこでもう一度爆発が起きた。

 ズズンと大地が揺れる。


「とにかくもう少し離れましょう。巻き込まれてしまいますわぁ」


 そう言い、踵を返す。

 それからチラリと横目でシンジュを見た。

 ――まぁもっとも、あれだけの魔力が完全に暴走したら街ごと吹き飛んでしまいそうですが……。

 

 どうやら今はシンジュがどうにか抑え込もうとしているらしい。

 しかし、それも彼女の気力が続くまで。

 さながら、いつ爆発するとも知れない時限爆弾。

 心の中でそうならない事を祈りながら、カナリアはシスネを抱えたまま屋敷を目指した。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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