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父と娘の異世界生活。――たとえ悪魔と呼ばれても  作者: 佐々木弁当
十一章【姉と妹、そして弟】後半
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豊穣祭、二日目後半・半袖半ズボン

「……って! え!? なんだ体が!? 」


「縮んだ……のか? ――いや、ケレスが若くなってるところを見るに若返ったのか……」


 ジュイスとケレスが互いの体を確認しあいながら驚きの声を上げた。


「耳をしっかり塞いで! 歌を聞くな!」


 そんな二人に向かって、少女の怒号にも近い声が飛んだ。

 少女らしからぬ迫力に満ちた声に、二人が慌てて両手を自身の耳に押し当てた。


「若返り? じゃあやっぱりあの若いあんちゃんはさっきのおっさんか。で、その隣が相方のあんちゃん。――って事は……」


 ハジメは背丈と同じ程の剣を腰に下げる少女に視線を向けた。

 妙な顔付きで自分を見るメアリーと視線があった。

 

「あれがメア……。隊長さんか」


 視線を合わせたままボソリと呟いたハジメの声は、耳を塞ぐその場の者達には聞こえなかった。

 メアリーがハッとする。

 その様子に、――なんだ? とハジメが疑問を口に出すより早く、両手で耳を塞いでいたはずのメアリーが片方の手を素早く唇に当てた。

 メアリーの口元に宛がわれた人差し指に、詰めるようにハジメが口をつぐむ。


 ――喋るなって事か?


 ハジメにはなにやらメアリーが少し慌てているように見えた。

 だからか、ハジメは隠密行動中のように息を殺し、身動ぎもせず、視線だけを這わせて周囲を見渡した。

 道端のど真ん中の開けた場所にいるのでそれにあまり意味は無い。周囲から姿は丸見え。

 ハジメはそこでようやく、メアリーだけでなくケレスとジュイスも自身の方を見て、妙な顔をしている事に気が付いた。


 ハジメは嫌な予感を覚えつつ、――俺、またなんかやっちゃいました? とでも言いたげに苦笑いを浮かべ、自身の体に目を向けた。


「……わーぉ。ここだけ世紀末……」


 愚痴のように溢した。

 あくまでハジメのイメージとしての世紀末ではあるが、服の袖が肩まで破け、サイズの伴わない胸板辺りの布地がピチピチしていた。履いていたズボンも破けており、一体誰に考慮しているのか短パンのようになってしまっている。

 子供用の服を大人が無理矢理に着た末路などこんなモノである。


 しかしながら実際はそんな衣服の感想など他の三人には二の次で、三人の関心事はハジメが大人になっている点にあった。

 知ったハジメの顔と現在の顔。見比べれば「なるほど。面影がある」と感じられる。そんな容姿をしていたため三人にもこの人物がハジメだと、薄々ながら理解出来た。


 ただ疑問なのは、他の者が若返る中、何故ハジメだけが()()()()()()()という事。


 稀な体験ではあったものの、魔法によって自身が若返ってしまったのだという事を、魔法の正体を知っていたメアリーだけでなくケレスやジュイスも理解し、この突然に起こった不可思議な出来事、状況を把握しようとしていた。

 そんな三人にも、ハジメだけが年を取った理由が不思議であった。


 ジュイスが自身と他二人を見渡しながら思考する。


 ――見た目や背格好から察するに15歳前後若返ったようだ……。

 ――この女が耳を塞げと忠告したお陰か、若返る直前に聴こえて来ていた『歌声』は、今は聞こえて来ない。

 ――しかし、その歌は今もまだ続いているのだろう。

 ――一瞬だが、こちらに背を向けたまま少年――今はオッサンだが――に、耳を塞ぐのを止めて何か手で指示を出した女が、先程よりもまた更に若くなっている。いまや二桁に満たない年齢ではないだろうか。その事から、やはり歌はまだ続いているのだろうと予想出来る。

 ――対処が分からずあのまま聞き続けていたら、服だけを残して消えた子供達と同様、若返り過ぎて消えていた事だろう。


 そこまで考え、ジュイスは僅かに寒気を覚えた。


 ――それはつまり、死ぬ事と同じじゃあないのか?

 ――1日に二度も死にかけるとは……。つくづくランドールというのは恐ろしいところだ。


 嫌な汗を流しつつ、ジュイスが小さく苦笑した。

 そんなジュイスの不安をよそに、はからずもこの場で一番年上に昇格したハジメが、手の平を閉じては開いたり体を見渡したりして調子を確めていた。

 耳を塞いでいる様子もないのに、若返る気配がない。

 そのため、「もしかしてもう歌は聞こえて来ていないのか」と、ジュイスが耳を塞いだまま尋ねた。

 ハジメはすぐに腕で✕を作り、まだ聞こえていると示し返した。

 耳から離しかけた手をジュイスが少し慌てて留め置く。

 それからすぐに疑問を浮かべる。


 ――聞こえているならどうして目の前の男は若返らない――と。


 ジュイスが訝しげな目で観察している間、ハジメはキョロキョロと辺りを見回していた。

 どうやら歌の出所を探っているらしかった。


 ハジメは、今の自分に魔法の影響が無い理由こそ分からなかった。

 しかし、歌声を聞いた者を若返らせる栄光の詩(ビフォータイム)が効かなかったわけではないという事には気付いていた。魔法の知識に乏しいゆえ、名前までは知らなかったがそういう魔法なんだろうと予想した。


 そして、魔法の効果があったからこそ現在の姿がある。

 子供の姿でハジメとして存在する前――

 肉を持たない魂のみの存在になる前――

 死んで異世界に転生する前――

 シンジュの父として生きていた頃の姿。それが現在のハジメの容姿であった。


 なんの手違いか、異世界に袖の破けた服を着て短パンを履く世紀末なおっさんが顕著したのである。


 キョロキョロと周囲を見渡していた世紀末なおじさんだったが、何かを見付けたのかとある方向に顔を向けて動きを止めた。

 メアリーやジュイス達からは丁度建物の死角にあたる場所であったため、ハジメが何を見ているのかは分からなかった。


 ハジメはしばらくそちらを向いたままだったが、表情の変化は多彩であった。

 何かを見付けた直後は「またか」とでも云いたげに億劫な顔をして、次に「やれやれ」と無理矢理にやる気を出すようなやや引き締めた顔をした。しかし、それも束の間。今度は「おや?」と小首を傾げた。何度か疑問符を浮かべた後、みるみる顔が青くなり口元をひきつらせる。

 そうして最後には泣きそうな顔になって、耳を塞ぐ三人には聞こえなかったが何事を叫んだようだった。


 ハジメは叫ぶと同時に体を翻し、不思議そうに彼を見ていた三人に向かって駆け出し始めた。

 とっても慌てた顔をしてハジメが動き出した直後に、建物の1/3程を破壊して先程までハジメの居た場所に躍り出て来たのは、大型の虎の容姿をしたモンスターであった。

 ズズンと僅かに地響きを鳴らし石畳を踏み砕いた虎は、自身ご自慢の爪が避けられた事など気にも留めず、着地するや否や捕食者然たるその鋭い眼光を素早く背中を向けて逃げるハジメへと移した。


 突然現れた大型のモンスターに、ジュイスとケレスは驚愕の表情を浮かべた。

 ハジメは半泣きだ。脇目も振らずに全力で逃げて来る。

 それら三者の反応を、メアリーは眠たげな眼でぼんやりと眺めていた。

 ハジメが何かを叫んでいるようだったが、耳を塞いでいるのでメアリーには何と言っているのか分からなかった。


 メアリーは、しばらくぼんやりとこちらに走って来るハジメを眺め続けた。

 ハジメの背後ではモンスターが今にも飛び掛からんと四肢を踏ん張っている。

 一生懸命走っていたハジメだったのだが、悲しいかなおじさんの宿命とも云える運動不足が祟ったのか、メアリー達の元に辿り付く前に足がもつれ、転びそうになっていた。

 ハジメのバランスが崩れた事を好機と見定めたのか、虎が地面を蹴り、背を向けるハジメにその大きな口を開いた。頭からバリバリいってやろうという意思がビンビンに伝わって来るような、それはもう見事な開口であったという。


 ハジメは半泣きだ。

 その姿は、妙ちきりんな世紀末の格好をした情けない()()()()()()()だった。


 ここに来てようやくにして、メアリーは動いた。

 気付いた。

 今の今まで自分と共に次々と迫り来るモンスター達を蹴散らして子供らを護衛していた者が、怪我をしたわけでもないのにまさかいきなり戦えなくなるとメアリーは思ってもいなかった。

 メアリーは自身の聴覚を()()()()と、腰にさげていた現在の体躯には似つかわしくない剣を素早く抜いた。

 抜くと同時に駆け出し、転ぶか転ばないかという微妙なバランスで走るハジメと瞬時に交差した。

 そうして抜いた剣で一閃。

 虎の両前肢を切り落とす。

 唐突に支えを無くした虎は疾走していた勢いのまま地面に顎と上半身を擦り付ける。

 虎は三度ほど地面を転がりつつも、素早く体勢を立て直す。胸を支えに後ろ足を強く蹴り、体を石畳に擦りつけながらも牙をみせた。目と鼻の先にまで迫っていたハジメの背中に狙いを定める。

 狙った獲物は逃がさない、獣の意地のようだった。


 その首をメアリーが切り落とす。

 そこで虎の意地は終わった。


 虎が絶命した事を確認したのち、メアリーは血のついた刃を懐から取り出した布で丁寧に拭いた。

 綺麗になったそれを鞘に納めたところで、肩で息をしつつも青白い顔でこちらに向かって指を差して何やら抗議の声を上げるハジメに気が付いた。

 その様子に、メアリーは白々しく小首を傾げた。

 助けるのが遅いとか、たぶんそういう事を言っているのだろうと薄々知りながら、メアリーは「聞こえない」と軽く手の仕草だけで示してその場を濁した。


 その時には既に何処からか聞こえていた歌声は街の何処からも聞こえては来なかった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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