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父と娘の異世界生活。――たとえ悪魔と呼ばれても  作者: 佐々木弁当
十一章【姉と妹、そして弟】後半
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豊穣祭・二日目後半、寝ない子おばけと怪物Ⅱ

「ボンヤリするなっ!」


 双頭の狼から逃げつつ手を広げたケレスが、惚ける様に立ち止まっていた子供達に向けて叱咤した。


「メアリー!」


 それを視界の端に収めながらハジメがその名を口にした。

 最後尾で、狼の最も近くにいた護衛の名である。

 言ってから、ハジメはしまったと顔を僅かにしかめ、一回目――と頭の中でカウントを取った。


「了解した。――それと、あと二回だよ」


 メアリーは了承しつつ、自身でも制御の効かぬ魔法への注意を返す。

 一本前に歩み出ると、剣を鞘から引き抜く。

 そうして、此方を睨み、唸り声を上げる狼と対峙した。


「おいで、オルトロス」


 挑発するようにメアリーが言うと、オルトロスは二つの口を大きく開けて眠たげな目をした敵に向かって飛びかかった。

 ギラリと伸びた犬歯は、メアリーの持つ剣と同じ程の長さを有し、尖り、鋭い。

 足から生える爪は、まるで鎌であった。

 それらを武器に、一足跳びでメアリーへと迫るオルトロス。


「名前を知られている時点で、君は私とまともにやり合う事も出来ないんだよ」


 メアリーは全く慌てた様子も無く、変わらぬ眠たげな眼でオルトロスを見続けた。

 それだけ。

 避けるでも受けるでも無くただそれだけで、飛びかかったオルトロスの体は急速に勢いを失い、メアリーの目と鼻の先でパタリと倒れた。

 その姿はメアリーに向けて頭を下げ、平伏している様に見えた。

 ハジメが、出来の悪いスローモーションの合成映像でも見せられた気分になっていると、メアリーはゆったりとした歩調で眠りこけるオルトロスの顔の前に立った。


「良い夢を」


 眠る子供にでも語りかけるようにメアリーは言うと、二度、剣を振るった。

 双頭の首がそれぞれ体から切り離され、ゴトリと地面に転がり、染み出るように血だまりが広がった。

 メアリーは、倒れるオルトロスの体を一瞥し死んだ事を確認すると、踵を返して子供達の方に顔を向けた。

 そうして、もう大丈夫だとでも言う様にニコリと小さく微笑みを浮かべた。


「うわあぁぁあ!」


「殺されるー!」


「喰われるぞ!」


 メアリーとオルトロスの様子の一部始終を見ていた子供達が、突然の雷に打たれたかの如く、再び叫び声を出しながら必死にメアリーとの距離を取り始めた。

 先入観とは恐ろしいもので、ニコリと微笑んだその顔が、子供達には不敵、且つ邪悪に笑ったように見えたらしかった。

 盾にでもするように全員がハジメの背後に身を隠す。流石に数十人を隠せるほどにハジメの体格は立派ではないのでがっつりとハミ出ているが、気分的に安心なのだろう。


「がびーん」


 流石に今のは好感度が少しは上がっただろうと期待していたメアリーは、当てが外れて地味にショックを受けた。

 メアリーの好感度などには微塵も興味の無かったハジメは、肩を落として項垂れる殿を一瞥した後、子供達とは違った意味で口をあんぐりと開けてメアリーを見ていた男二人に声を掛けた。


「大丈夫?」


 下から覗き込むように掛けたハジメの声で、呆けていたケレスがハッとした顔をする。


「あ、あぁ……」


「二人があまりにも普通にお別れするもんで、てっきりあれくらいのモンスターなら対処出来るものだと思ってたよ。ごめんね?」


「な、なんで、街中にモンスターが?」


「これがランドールの普通なのか?」


「まさか。どうしてこうなってるのか、俺が聞きたいよ」


 そう言って小さくカラカラと笑ったハジメに、ケレスが渋面を作った。

 ケレスが少年を観察する。

 ――普通じゃない。異常事態。

 ――だが、そのわりに随分落ち着いている。危機感をまるで感じられない。

 少年はこちらに声を掛けた後、後ろの子供達へと向き直り、気遣いの言葉を掛けている。


 それからケレスはハジメから視線を外して、少し離れたところにいた女に目を向けた。

 女は何やらいじけた様子で地面をザリザリと弄んでいた。

 見ている気配に気づいたのか、地面に八つ当たりしていた女がケレスに顔を向けた。やや慌てて逸らす。

 ケレスの視線にさほど興味も無かったのか、或いはこちらを向く事で自然に視界に入ってしまう子供達の姿にげんなりしたのか、女はすぐに視線を地面に落として、いじけりを再開させた。


 チラリと見た女は、もともと眠たげだった眼に少しやさぐれが加わってえらく細目になってしまっていた。

 細目はともかくあの華奢な細腕で……。なるほど。これだけ強い守り手が一緒なら――と、ケレスはそう納得した。


 全員の無事を確認し終えたハジメが歩みを再開させようと号令をかける。


「大丈夫だね!? じゃあ、出ぱ――」


 その言葉が途中で止まった。

 みなが怪訝な顔をハジメに向ける。

 ハジメは少しだけ眉根を下げると、何かを探るようにやや上空を見上げた


「……歌?」


 ポソリと呟く。

 何処からか歌声が聞こえてきていた。

 それは小さな音で、なんと言っているのかは分からなかった。

 曲調の付いた音の連なりでどうにか歌――女性の歌声だという事が分かる程度。

 子供達にも聞こえているらしく、歌の出所を探ろうと辺りをキョロキョロと見渡したり、耳を澄まして歌詞を聞き取ろうとしていた。


「誰か知らんが、目立つだろ……」


 現在の街には、何処からともなく現れたモンスターが彷徨いている。

 ――あれでは自分を見付けてくれと言ってる様なもんじゃないか……。

 ――いや……。もしかしたら、自分達はここだというシスネ達からの合図なのかも……。

 そう考え、ハジメが方角を知ろうと耳を澄ませた。


 その矢先。

 すぐ近くでパサッと小さな布切れが落ちるような音がした。


「ん?」


 その音に、ハジメは一旦歌から意識を外してそちらに目をやった。

 視線の先には五才くらいの男の子がいた。

 男の子はダボダボの服を着ていて、その足元には衣服本来の役目を放棄し、足首から下だけを申し訳程度に隠すズボンがあった。


「あれ?」


 サイズ合ってなさすぎだろ――と思った後、ふと小さな違和感を覚えた。


「誰だこの子? こんな子いたかな?」


 名前までは知らずとも流石に一緒に行動していたのだ。こんな目立つ格好の子がいて気付かないはずがない。

 見覚えのない子供はその子だけではなく、その子の周囲にいる子にも、ハジメは見覚えがなかった。

 何故かどの子もサイズの合っていないダボったい服を身に付けている。

 どころか、何故か服だけが地面にポツンと落ちているのも見受けられた。


「いや……、なんだ……」


 その中の一人の少女を見た時に、ハジメは引っ掛かりを覚えた。

 淡い水色の服を着た女の子だが、やはりこちらもサイズが合っておらず、肩から服がズリ落ちていた。

 ただ、ハジメはその服には見覚えがあった。

 少し前、モテ期の全盛期を向かえていたハジメと無理矢理に腕を組んでいた少女――『今日のこの服の色はシスネ様と合わせてあるんだ』――腕を組みながら、少女は確かにそう言っていたのをハジメは思い出す。


「耳を塞いでっ!」


 突然、誰かに大声でそう言われ、ハジメはわけも分からず反射的に手で耳を塞いだ。

 それから声のした方を見る。

 同じ様に耳を塞いで立つ若い男と、少年、その隣に背格好に似つかわしくない剣を腰に下げた少女が一人。

 少年と少女に見覚えはなかったが、男には見覚えがあった。


 ――たしか、ケレスだっけ?

 でもなんか違うな――若く見える……。


 ケレスの顔を見ながらボンヤリしていると、パサッと再び音がした。

 見ると、さっきまでいた子供達が一人も居なくなってしまっていた。

 服だけが、地面に置き去りにされている。


「嘘だろ……。全員消えちまったぞ……」


 愕然と残った衣服を見つめたまま、ハジメが呟いた。

 チッと少女が舌を打った。

 それから忌々しそうに呟いた。


栄光の詩(ビフォータイム)か」

4月のコロナショックの反動が今頃来てます。

更新遅くて申し訳ないです。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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