上質な肉は高い
「この肉、少し火を通し過ぎではありませんこと?」
皿に盛られた肉をナイフで切り分けながら、ミキサンがそう文句をつけた。
「それ以上……。ううん、そうだね」
何かを途中で言いかけて、シンジュはそれを口にする事を止めた。
口には出さなかったが、魔王の眼前に置かれた皿に目をやりながら心の中で思う。
表面をほんの少し焼いただけの――どう見てもレアステーキであるそれに対して「火を通し過ぎ」だと言うならば、それはもうただ切って皿に置いただけの生肉では無いのかな? と。
そうして、今度は自分の皿の上の肉へと視線を移す。
自分は血(実際は水にたんぱく質が溶け出した物で血ではない)の滴る様な肉があまり好きでは無い為、十分に火を通してもらっている。
元々、肉というのがそんなに好きでも無かった。
これを注文したのも「本日のオススメランチ」だったからであり、まさかランチを頼んだら、肉の塊と大きな鉄板を持ったシェフがやって来るとは思ってもいなくて、渋々、仕方無く、と言った感じだった。
シェフがわざわざ自分達のテーブルにまで出て来ているのに今更いらないとも言えず、流されるままに肉の焼き具合を答え、流れる様に目の前でシェフの調理が始まってしまった。
でも、いざ食べてみると肉に対する評価が格段に上昇する事となった。
唇で切れる程に柔らかくて凄く美味しい。口の中に含むと噛む前に溶けてしまう。
こんなお肉は元の世界でも食べた覚えがないというのに、こんなに美味しいお肉を、まさか真っ昼間から食べられるなんて……。しかも、タダなんです、このお肉。異世界万歳と両手を挙げて祝福してあげたい――そんな気分。
◇
とにかく料理が美味しいという理由でここ連日昼食はこの店で取っているが、実は一度もお金を払った事が無い。美味しくて無料。来ない理由が無い。
この店を除くと、ブラッドさん達やレンフィールドさん達と行った店にしか行った事が無いのでハッキリと断言は出来ないのだが、店の佇まい、内装、サービスのどれを取ってもこの店は頭ひとつ、――いや、みっつは抜きん出ている気がする。
絶対高い店だ。でもタダだ。異世界万歳。
この店、昼は自由制で、夜は予約制であるらしくて、その為、まだ夜には来た事がない。まあ流石に昼も夜もタダ飯を食いに来るのは気が引けるので予約はしないと思う。……たぶん。
ただ、美味しい割には私達以外の客を見た事が無い。貸し切った覚えも無いけれど貸し切りだ。
高過ぎるからなんだろうか?
メニュー表を見ても値段が書かれていないので高いのか良く分からない。支払いをした事も無いし……。
何故タダなのか。
店の人が言うには、街を救ってくれたお礼、なんだとか。
私はその事を覚えていないし、話を聞く限り頑張ったのはミキサンの方なので実感も沸かず、私はミキサンに便乗してタダ飯を食らう意地汚い友人というポジションでしか自分を見れない。
その事を非常に申し訳なく思いつつも、しかし、ミキサンに誘われるとホイホイ付いて来てしまう。
おお、人の欲とはなんと深い事か。悪魔より悪魔らしい。切って皿に乗せただけの生肉は食べないけど……。
そんな風にして、肉の塊を次々と口に放り込んでは、私はその罪深さに涎が――心を痛めるのでした。
私が皿の上のお肉をあっという間に平らげて、締めのフルーツシャーベットを食べている頃だった。
この店に通い始めてから初めて私達以外の客が店に訪れた。
「お、やっぱりここだったな」
「やっほー」
「こんにちは」
そう言って、各々好きなスタイルで気さくに話し掛けて来た客は、ブラッドさんにトエルさん、そしてイーリーさんの三人であった。
「こんにちは」と、笑顔で返す。でもシャーベットは離さない。私と離れたくないんだってさ。と、シャーベットに責任転嫁するのが意地汚い私。
「皆さんも今日はここでお昼ですか?」
「ああ、まあね。同席良いかい?」
ブラッドさんが尋ねて来たので快くどうぞと返す。
そうして、私とミキサンの二人だけで占領していた無駄に大きなテーブルに、新たに三人が加わった。それでもまだ半分はスペースがある。
「なんか場違いな気がしないでもない」
席に着くなりトエルさんが感心する様な顔つきで店を見渡しながらそうボヤいた。
その言葉に、心の中だけで同意する。私も初めて来た時にそう思った。
「確かにね。酒場の匂いが染みついちゃってる冒険者の身としてはね」
と、トエルさんの言葉に、私だけでなくイーリーさんも同調する。
そこで、あれ? と思う。
「お二人はここ初めてなんですか? 私はブラッドさんにこの店をオススメされたので、お二人も知っているのかと」
私の疑問に答えたのはブラッドさんだった。
ブラッドさんは、顎から生えた短い髭を少しだけ撫でた後、
「ああ、二人は初めてだな。俺は食べ歩きが好きだから1人で何度かあるが」
「へー、食べ歩きですか。ブラッドさんらしい趣味ですね」
以前にブラッド達三人に連れられていった店の様子を思う出しながらそう言った。
あの健啖な食べっぷりならば、ブラッドさんが食べ歩きが趣味だとしても違和感が無かった。ぐわわ~といった感じで肉を口に放り込んで、でもそれが全然下品に見えない食べ方をする人。
「趣味って程大層なもんじゃないさ。冒険者やってると、次はいつ上手いもんを食えるか分からないからな。生きてる内に旨いもんたらふく食っとこうと思って……。ただそれだけだよ」
「うんうん」
「先の事考えてせこせこ貯蓄しても、死んだら意味が無いんですもの。パーと使ってしまえば良いのよ」
ブラッドさんの言葉に、トエルさんが腕組みして頷き、イーリーさんが散財を肯定した。
そういうものだろうか? と、シャーベット用のスプーンを口に咥えたまま考える。
貯蓄大好きな父親の影響か、イマイチピンと来ない。
――ブドウかな? 氷の中に果肉が隠れてた。おいし。
すぐに思考が散見する私。
「まぁ、自分の稼ぎは自分の好きな事に使えって事だな。と言っても、一応パーティーが冒険者を続けられる程度の貯蓄は報酬から毎回少しずつ分けて置いてあるけどな」
「え? そうなの?」と、トエルさん。
「あんた……、自分の壊れた装備代や必要な道具代が何処から出てると思ってたわけ?」
「……ブラッドのヘソクリ」
「馬鹿じゃないの? しかもヘソクリだと思っててブラッドに甘んじてんじゃないわよ」
「だって! 本当にそう思ってたんだよ! ――でも、そうか……だからブラッドは装備代渡そうとしても受け取らなかったのか……」
「パーティー組んだ最初に言ったはずなんだがな……。まさか覚えてなかったとは」
そう言ってブラッドさんは大きく口を開けて笑った。
丁度そこに、三人分の肉の塊を乗せた皿を持ったウェイターが現れ、テーブルへと皿を並べ始めた。
私達の時とは違い既に火が入れられている。毎回目の前でデモンストレーションを行う訳でも無いのかな?
「おっと、大きな声で笑う店でも無かったな」
そう言って笑うのを止めた後、ブラッドさんが食べ始め、他の二人も続く。
「うまっ」と肉を口に入れる度に呟くトエルさんが妙に印象的な食事風景であった。
昼休みの終わりまでまだ時間はあったけど、デザートも食べ終わり、人の食事風景を見ていてもしょうがないし、失礼だと思ったので一言言ってギルドに戻ろうかと思った時、皿の上の肉を半分程食べたブラッドさんが言葉を掛けてきた。
その言葉の先は、私ではなく、静かに私達の話を聞いていたミキサンに向けられていた。
「ミキサン……だったかな?」
「……なにかしら?」
「ちょっと聞いて置きたい事があったんだけど……、良いかい?」
「どうぞ」、とやや気だるげにミキサンが返す。
少しだけ間を空いてから、
「ミキサンは、いつまでこの街にいるつもりなんだい?」
「愚問ですわね。シンジュの隣がわたくしのいるべき場所。お分かり?」
「ふむ……。ミキサンは本当にシンジュを主と崇めているのだね」
ブラッドさんの言葉にミキサンは表情を変えなかった。
でも、ちょっと引っ掛かる物を感じたのか、そういう時の顔をしているのが私には分かった。何故分かったかと聞かれても私にも答えようがない。――仲良しだから?
それをおくびに出さずに、ミキサンは話を続ける。
「当然ですわね。それで? わたくしがこの街に居ては何か不都合な事でも?」
「いや、そういう意味で質問した訳じゃない。ただ、ミキサンがシンジュの傍にいるつもりなら、俺から話を通しても良いかと思ってね」
「話?」
僅かに眉根を上げて問い掛けるミキサンを横目に、ブラッドさんは私へと顔を向けてきた。
「シンジュはまだ寝床をギルドの世話になっているんだろ?」
「はい。空き部屋をお借りしてます」
「ミキサンは?」
「同じ部屋ですわ」
「そうだとは思ってたが……。狭くないか?」
「狭いですわね。元々1人用の小さな部屋ですもの」そう言ってからミキサンは私に横目を向ける。
続けて、「わたくしは、部屋の外、何処かその辺の廊下でも道端でも良いと言ったのですが、シンジュが絶対駄目だと言うものですから」
「駄目。ミキサンってば、ただでさえ可愛い幼女なのに、そんな幼女が廊下で寝るなんて。衛生上良くないよ」
すぐさまそれに反論する。
「別に病気になんてなりません事よ。風邪を引く悪魔など聞いた事もありませんわ」
「健康は勿論だけど、私の心の衛生上良くないの。美少女がそんな家なき子みたいな生活」
私のやや諌めの入った言葉にミキサンは、やれやれとブラッドさんに向けて肩を竦めた。
「ご覧の通りですわ」
「まあ、シンジュの言ってる事ももっともだとは思うがね。確かに、中身をともかくとしても、こんな小さな子供が廊下でうずくまって寝ているのを見たら誰だって良心が痛む」
「ブラッドさんもそう思いますよね。近くに二人でも大丈夫な空き部屋があったら良かったんですけど……。ずっと宿に泊まる訳にもいかないし」
「ランドールじゃ難しいだろうな。ここは色々と特殊な土地柄だ。ランドールに住みたいって奴は結構いるんだが、辺境ゆえか、他所から移住を希望をする者が住み着きにくい」
「いやだいやだ。人間はこれだから……。前時代的で排他的な街など、成長進化進歩繁栄の足枷にしかなりませんわ」
「概ね同意見だが、ここはその排他的思考ゆえ繁栄してきた街だからな。だから特殊なんだ」
「でも、そうやって下手に成果を出しているせいか、今更そんな考え方を出来る人なんて私達みたいな他所を知る冒険者くらいのものよね」
ブラッドさんの言葉にイーリーさんが続けた。
イーリーさんの顔は少し諦めにも似た空気をまとって見えた。
「レンフィールドさんも似た様な事を言ってました。自分はランドールの生まれだけど、ギルド長をやってるせいであまり快く思われてないって」
ふむ、とブラッドが肘をテーブルについて組んだ両の手に顎を乗せた。
「ギルドは王国の管轄だからな。この街では唯一ランドール家の枠組みの外にある組織なんだ。だからギルド、ひいてはそれに関わる職員や冒険者をランドール家は好意的には見ていない」
「建物もボロボロですもんね」
「そうだろ?」
私が言うとブラッドさんが自傷気味に笑った。
ランドールの街は何処もしっかり整えられていて綺麗な街並みを有している。
行った事は無いけれど、イメージとして「嗚呼、美しきパリよ!」と称え、小躍りしてしまいそうな位に綺麗だ。
そんな中にあって、ギルドの建物だけはボロボロだ。
大きさこそ周囲の建物より大きいが、木造の簡素な建物で、最近はミキサンが暴れる度に何処かがギシギシと鳴っている。それで崩れないかが心配になったりする。
心配なら止めろ、と言われそうなのでその心配を口には出していないけど……。
「ま、そういう理由だから、この街に居を構えるならランドール家に認めて貰う必要がある訳だ。この街にとって自分が有益であり、役に立つ人間だという事をな」
身振り手振りを交えて、やや仰々しくブラッドさんが言う。
「そうなんですか……。私もギルド職員だから、あんまり良い顔をされてないのかもですね」
「不敬ですわね。ランドール家だか何だか知りませんが、わたくしがこの後すぐにでも出向いて『調教』致しましょう」
「やめて」
「ですが、どちらが上か、誰が飼い主であるのか……。犬にはしっかり躾ておきませんと」
「いや、本当にやめて」
諌めると、とてもションボリとした顔をされてしまった。預けを言い渡された子犬の様。可愛い。
「君の場合はそうでもない」
私とミキサンのやり取りを見守った後、ブラッドさんが話を戻した。
ブラッドさんの言葉に、項垂れていた頭をピョコンと上げて反応するミキサン。どえら可愛い。
ミキサンを愛でている時では無いので、ブラッドさんへと視線を移す。
「……そうなんですか?」
「街を救ったじゃないか? 君は、ランドールにとって十分有益だ」
「でも覚えてませんし……。それに実際にモンスターを退治したのはミキサンですから」
「わたくしの功績のその全ては主の功績ですのよ?」
「やめてよミキサン、そうやって私を変に持ち上げるの……」
私が不満を言ってテーブルに突っ伏すと、それが可笑しかったのかブラッドさんが声を出して笑った。良く笑う人。
少し笑った後、ブラッドさんが言う。
「それで、話を最初に戻すんだが……。どうだろう? 今の部屋が狭いならば、引っ越してみないか?」
「でも、空き部屋が……。いえ、それ以前に私そんなにお金持ってませんし」
ギルドから前借りする形で給金を貰ってはいるが、しれている。
一応それは当面の生活費として借りた物であるが、今のところそのお金に手をつけた事はない。
何故ならタダだから。
この店に限った話ではなく、私の行く先々その全ての店で支払いという事をした事がない。
資金に乏しい私としては、ビバ異世界! と、嬉しい事この上ないのだが、冷静になるとやっぱり非常に申し訳なくなってくる。
そんな訳で、もしかしたら部屋もタダなんじゃ……、と心の中で思っていたりするのだが、流石に額が大きそうで不安しかない。まあそれ以前に、レンフィールドさんが言うには空き部屋が無いらしいのだけど……。
街をシラミ潰しに探せばひと部屋位はあるかもしれないけど、あんまり職場であるギルドから遠過ぎるのも、朝に弱い私としては考え物である。
「奪えば宜しいのではありません?」
ミキサンが、その可愛い顔の顔色も変えずに可愛い声で物騒な提案をしてきた。恐ろしい子。でも可愛い。
「その功績とやらが、チャラになった挙げ句、お釣りが返って来そうな斬新な提案だね」
「畏れ入ります」
私が言うと、嬉しそうに微笑んだミキサンが座ったままその小さな頭をチョコンと下げた。
誉めてないよ?
「や、実はその引っ越し先について俺にアテがあってね。金の心配もいらない。俺から話を通せばそこは大丈夫だと思う。勿論、シンジュさえ良ければだけど……。どうだ?」
「え? でも、そんなの悪いと言うか……」
どうすべきかと困ったシンジュが、助けを求める様にミキサンへと顔を向ける。
「わたくしはどちらでも構いません事よ? まあ、二人で寝るには狭いあのベッドで、二人で密着して眠り、寝返り、或いは無意識にわたくしを抱き締める我が君と過ごすあの部屋も気に入ってはいますが」
「ミキサン柔らかいし抱き心地良いからつい、ね」
へへっ、と頭を掻いて笑っておいた。
一人っ子なので感覚は分からないが、可愛い妹が出来た様で思わず抱き締めたくなるのだ。可愛いミキサンが悪い。だから、仕方のない事なのだ。
私以外には悪辣だけど……。顔に「負け犬」と刻むくらいに……。
でもその悪辣さが私への好意をより強調させていて私の姉心を大層くすぐる。他者には平気で噛みつく子犬が、私にだけは甘えてくる。その優越感たるやなんと甘美な事か……。
私はとても幸せだ。
「仲が良いのは良い事だ。残念ながら今よりは広い部屋になるだろうから、密着頻度は下がるかもしれんが……。ただ、別に広い部屋に引っ越したからといって一緒に寝てはいけないというものでも無いだろ?」
「ごもっとも」
「それもそっか。ずっとあの部屋に居るつもりは無かったし、それならお言葉に甘えようかな?」
顔を見合せた私とミキサンが頷きあう。
こうして、私の引っ越しが決まったのである。
☆
詳細が決まったら知らせる。と、だけ伝えてシンジュ達とは店で別れた。
昼休みの終わりに店に戻ろうとするシンジュに、ギルドの小用を頼んだトエルとイーリーの二人もつけた。
客は自分一人だけになった広い店内で、ブラッドは話に力を入れるあまり半分程残ったままになっていた食事を再開させた。
既に冷えてしまった肉を残念に思いつつ、口に放り込む。
(やはり良い肉は違うな……)
と、冷えてもなお柔らかい肉の感触を舌で味わいながら思う。
ブラッドが普段口にする事のない上質な肉の味をゆっくり堪能していると、店の奥から先程のウェイターやシェフとは違う、上品なスーツを身に着けた女性が姿を現した。
「や♪」
ナイフを片手に持ったまま、現れた女性へ親しげに声をかけるブラッド。
「初めて来たけど、無茶苦茶美味いなこの店」
「当然です。あなたが今食べている料理は、この店の通常のメニューでは無く、普段お嬢様方が食べている物と同じ物ですから」
「はー、通りで……。姫君達はいつもこんな美味いもん食ってるのか」
感心するように言ったブラッドに、女性はニコリともせず直立不動でテーブルの側に立っている。
その様子に、少し嫌味に聞こえたかと慌てたブラッドは、すぐに話題を変えた。
「さっきの話、聞いてたろ? 用意はよろしく!」
片手を上げ、後はそっちに丸投げだと笑うブラッドに、女性が小さく嘆息をつく。
「やり方は任せると言いましたが、あんな約束を勝手にされるのは困るのですよ、ブラッド」
「堅い事言うなよ。とにかく頼んだよ?」
「……分かりました。私からシスネ様に話を通しておきましょう」
女性の返答に満足そうに頷くブラッド。
―――カモがえっちらおっちらネギを背負って出向いたのだ、せめて鍋くらいはそっちで用意して貰わないとな。
そんな事を思っていたブラッドの前に、女性が懐から取り出した紙切れを一枚、テーブルにソッと置いた。
「……なんだ?」
と、テーブルに置かれた紙切れを手に取り、そこに書かれている文字を見、―――たちまちブラッドの顔が青くなった
「おまっ! これっ!?」
「……ここはあなたの家ではありません。うちの店の料理を食べたなら、その代金を払わねばならない。――当然でしょう?」
涼しい顔をしてさらりと言ってのける女性に、思わずテーブルを叩く様にして立ち上ったブラッドが食い下がる。店内に、ガチャリと食器同士がぶつかる音が響いた。
「こんな高い料理の代金! しかも三人分なんか払えるかよ! 必要経費だろ!」
「必要あろうとなかろうと、経費を出す約束までした覚えはありません。――この街でそれなりに顔の利くオリオンのリーダーともあろう人が、まさか食い逃げなんて情けない真似、しないでくださいね?」
「クッ! ―――――――――――――――報酬から、……引いといてくれ」
苦渋の決断でもするかの様に険しい表情をしたブラッドが、喉の奥からそう絞り出した。
そして、ブラッドがそう言った途端、今の今まで無愛想だった女性は、満面の営業スマイルを顔に張り付け、腰を曲げ、頭を下げて、言う。
「またのご来店、お待ちしております」
「二度と来ねぇよ!!」