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負け犬共が、夢の跡

 ランドールで起きた大厄災の日から10日が経過していた。


 街の存亡に関わる大きな出来事であったはずのソレではあるが、今はあの騒ぎなど無かったかの様に平穏を取り戻している。


 と言うのも、モンスターの大規模(正確な数は不明)な進行があったはずの街の被害が、モンスターの規模に比べて極めて低かったお陰である。

 人的被害で言えば、怪我人こそ多いが死者は冒険者が7人。

 建物などへの被害は、大通りに面した一部の住宅街の一角が全壊しているのだが、街全体の大きさを鑑ればそれは軽微な物であった。

 住民達は、まるでとても大きな刃物で切れた様に、見事に真っ二つに切り裂かれた建物を見て、「これが……魔王か……」とその力に畏怖を抱いたりしたが、実はそれが、魔王ではなくその友人(主とは思われていないらしい)の手による物だとは露程にも思っていなかった。


 もっとも、魔王は魔王で、その幼い容姿のせいで実力をかなり過小評価されており、中には「あんな幼女なら勝てるんじゃないか?」と勘違いした冒険者の一部が、場所を問わず連日連夜挑んで来る、という状況に陥っていた。


 当然、その全ては勘違いであり、瞬きする間に返り討ちにあうのだが、挑んだ冒険者のただの一人も死んだりはしなかった。


 これは、「殺しちゃ駄目」と主によって厳命されているからこそであり、魔王も律儀にそれを遵守している。


 しかし、殺されなかった事を良いことに同じ相手が何度も挑んで来るのが魔王には鬱陶しくてしょうがなかった。何度殺してやろうかと思ったか分からない。

 悪い事に、戦っても命までは取られない、という話が冒険者達の間に広がり、腕試し気分で挑戦してくる者まで出る始末。

 ―――ああ、皆殺しにしてやりたい―――。と、魔王の不満は募るばかり。


 しかし、主の命に逆らう訳にもいかない。

 物理完全耐性を持っていても胃に穴が開いてしまいそうな程にストレスを感じる魔王。

 そんなストレスを取り払うべく、魔王が極悪な笑顔を浮かべて取った行動は、「ようは殺さずに心をへし折れば良いんですわね」という残虐非道な仕打ち。


 それがどんな仕打ちなのか。

 今まさに、ギルドの中に備え付けられたテーブルで優雅に紅茶を啜る魔王に対して、畏れ多くも挑んで来た冒険者を例に見てみよう。


 彼はまず、どう見ても幼女にしか見えない魔王の容姿を馬鹿にした後、―――否、それを言い終わる前に魔王の軽いジャブ(一般的にはとても重い)でボコボコにされて、床に転がされる。

 それは一瞬過ぎて描写もままならない。文字通り、()()()()()()


 次いで彼は、魔王によって公衆の面前で着ている全ての身ぐるみを剥がされる。

 この時彼は、顔中をボコボコにされ、鼻血と鼻水、そして涎と涙と汗、おおよそ顔から出るであろう汁の全てを溢れさせて半死半生の体ではあるが、それでも意識はあった。そういう風に殴られた。

 その上で彼は、魔王のスキル【絶対魔王主義(跪け)】によって、その身動きを完全に阻害されており、指一本自力では動かせなくされている。彼にはもはや抵抗する体力も気力も、すべすらも無い。


 満面の笑みで成人男性の衣服を剥いでいく魔王のその様は、蝶の羽根をむしりとる無邪気な子供の様であった。


 魔王の手によってあられもない姿にされた後は、魔王直々の【調教】が始まる。


 描写する事も憚られるそれをタップリと味わった後、最後に冒険者は、その顔に「負け犬」という呪印を施される。これはただ文字を刻むだけの呪いであるが、そこらの魔法使いでは到底解呪出来ない印であった。


 蛮勇を持って魔王に挑んだ者の果ては、一生消える事の無い「負け犬」の烙印。


 こうやって着実に魔王の奴隷が増えていった。

 と言っても、これはあくまで表面上の物であって本気で奴隷にした訳ではない。魔王の目的は、自分を嘗めて挑んで来る鬱陶しい冒険者への牽制が目的であり、配下を得るのが目的ではない。


 ないのだが、一部の冒険者はその圧倒的な調教に心が折られる云々を通り越して魔王に心酔した。蔑まれては喜び、踏まれては悦に入るという特殊な性癖を開花させ、魔王の意図とは関係なしに魔王の下僕となった。


 当の魔王はそんな事態になっているなどとは全く思ってもいないのだが……。



 ランドールの街に、「負け犬」と顔に刻んだ20人程の冒険者達で結成された被害者の会という新しい組織体が立ち上がった頃。


(同時期に、魔王様に踏まれ隊が結成され、事ある毎に両者は対立。謝罪を要求、主張する側と、御褒美なのだから感謝すべきと主張する側とで真っ向から意見が割れ、骨肉の争いを繰り広げるのだが、それはまた別の話)


 ギルドのカウンター横で難しい顔をして本に目を通す少女がいた。

 少女の名はシンジュ。

 先の大厄災を奇跡の御技で振り払った立役者であるが、本人は勿論、一部を除いたランドールの者達にそんな認識はない。


 シンジュ本人がそう思っていないのは、単に覚えていないので実感としてないから。後から人伝に聞いただけであるので、いまひとつ自覚として持てていない為であった。


 一方、冒険者を含めたランドール住民達はと言うと、こちらには意図的に詳細は伏せられていた。

 詳細を知るのは、直接話を聞いたレンフィールドを含めたごく少数。それ以外の者には、シンジュと魔王の関係は「友達」という事になっている。

 何をどうしたら魔王の友達になれるのかと、住民の誰もが思ったが、それを公の場で口に出す者は居なかった。


 何故なら、そのようにランドールへと公表したのが、現ランドール家当主シスネ・ランドールであった為だ。


 ランドールの住民は、ランドール家に決して逆らおうとはしない。敵に回そうなどと思わない。

 従順に、妄信的に、ランドール家を支持し、崇拝する。

 ランドール家が白と言えば、みなして白と口を揃える。例えそれが黒であったとしても―――。


 まるで絶対君主制国家においての独裁下にあるランドールであるが、住民達はそれに対して不満を持ってはいない。


 ランドールはランドール家あってのもの。

 ランドールは、ランドール家という君主を長く頂きに置いて栄えて来た。


 ランドールの人々の根底にはそういう認識がある。


 ランドールでは、10日前に起こった事態を除けば、こんにちに至るまで争いというモノとは無縁であった。

 それは相手が人であろうとモンスターであろうとだ。

 街の外ならばいざ知らず、街の中においては平和そのもの。

 大きな争いも飢える程の貧困も無い平和な土地。理想郷。


 外から来て初めてランドールを訪れた者はみな、建ち並ぶ大きな建物や綺麗に整備された通り、活気ある人々を目にし、ランドールをこう評する。


「これが本当に辺境か? まるで王国の中心部では無いか」と。

 

 この辺境の土地で、王国と肩を並べるまでに成長したランドール。

 王国に頼る事なく「王国の中にあって独立した国家」とまで評されるランドールの繁栄は、女神の加護、そしてランドール家の舵取りの賜物なのである。


 そんな特殊な土地ランドールだからこそ、普通ならばとても許容出来ない「魔王が友達」という話もまかり通ってしまうのだ。



 そんな「魔王の友達」として、やや奇妙な目で見られるシンジュであるが、現在は来るべき冒険者への道を見据えて世界の万象について勉強中である。


 この勉強の裏には、「冒険者は15歳から」という誰でも知っている様な事を知らなかったという痛恨のミスがあった。少なくとも、大雑把にではあるが、そのミスによりシンジュが思い描く将来設計が一年の遅れを取った。

 知らないと大失敗をする事がある、という事を身をもって学んだのだ。


 普段はギルド職員としての仕事に精を出し、暇を見ては本を読む。

 その苦学生の様な生活は大変であるが、シンジュ本人に言わせれば充実した日常であった。


 冒険者になれない、と押されたくもない太鼓判を押されてしまってからの数日は非常に落ち込んだシンジュだが、ネバーギブアップの精神で持ち直し、今では楽しくギルド職員としての生活を満喫している。




「シンジュ、そろそろお昼ですわよ」


 本を読んでいたシンジュに魔王ミキサンがそう声を掛けた。


「あ、もうそんな時間?」


 読んでいた分厚い本をパタンと閉じて、シンジュがミキサンへと顔を向けた。


 シンジュは、昼休みでもないのに仕事そっちのけで本を読んでいたが、騒ぎで業務が止まっていた為にやる事が無く、だからサボって本を読んでいても誰にも咎められなかった。


 もっとも、騒いで業務を止めていたのはシンジュの友人であるので、周りからすれば、本を読んでないで止めろ、と言いたい気持ちではあったのかもしれない。


「あなた達、わたくし達が戻るまでに、()()、片付けておきなさいね」


 たった今「負け犬」と顔に刻んだばかりの冒険者の額を足で踏みつけながら、魔王は周りの「負け犬」達にそう命じた。

 その言葉を聞いた周囲の反応は様々で、眉を潜める者、視線を反らす者、そして腹を立てる者と、嬉しそうに「はい!」と返事をする者だ。


 前者は「負け犬」の烙印が無い冒険者で、仕事を押し付けられた事による不満からの反応。「なんで俺が……。お前が暴れたせいだろうが」と言った感じである。

 口にするのは怖いので1人としてしないけれど……。


 後者は「負け犬」の烙印を押された冒険者。

 自分から吹っ掛けた喧嘩で魔王に負けた事を逆恨みする者と、負け犬から従順な犬にクラスチェンジした者だ。


「それじゃ、頼みましたわよ?」


 冒険者達に片付けを命じたミキサンは、そのまま何事も無かったかの様な態度で外へと向けて歩き出した。もはや床に転がる駄犬には何の興味も持ち合わせていないのだろう。


「ミキサンちょっと待って~。――――あ、私が帰ってから片付けますから」


 シンジュは、冒険者に申し訳なさそうな表情でそれだけ言って、先々と進むミキサンの後に続いてギルドを出て行った。最近行き着けとなっている食堂のランチを食べる為に。



 二人が去った後のギルドの中、


「とりあえずコイツどうする?」


 素っ裸で倒れる「負け犬」を前にして、誰かが言った。


「この幸せそうな顔は……、お前ら側だな。お前らが介抱してやれ」


 そちら側じゃない「負け犬」が、そちら側の「負け犬」に向けて言葉を投げる。

 汚いモノを曝け出す汚い者を丸投げされた形だが、話を振られたそちら側の「負け犬」の一人は、特に嫌な顔は見せず(ここ数日で見慣れたせいもある)、ふむと深く頷く。


「よし。新しい同志ならばこちらで引き取ろう」


 そんな冒険者のやり取りを眺めながら、小さな溜息と共に、ギルドの受付に立っていたアイが頭が痛いとばかりに力げなく首を何度も横に振った。


 情けない。これが冒険者か―――と。

 次いでアイは、ここ最近、汚いモノを見過ぎたせいで食欲がとんと落ちている自身の体調と、それに続く健康を憂いた。 

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
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