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豊穣祭、二日目・要塞Ⅱ

「仕方ない。出し惜しみして負けるのも嫌だしね。それになんか違うのが出ちゃいかねないみたいだし、それは流石に黒歴史だよね」


 まるで自身に覚えがあるかの様に染々と言ったハジメは、ポンと隣にいたシンジュの肩を叩いた。


「チートさん、ここはひとつヨロシク」


 状況を打破する為にハジメが選択したのは、白チーム最強の駒シンジュの戦線への投入であった。

 ニカッとハジメが歯を見せて笑うと、吊られてシンジュがへらっと笑った。

 それからシンジュはトンと自身の胸を叩いた。


「任せてよ!」


「うん、任せる」


 ハジメはクスリと笑うと持っていた銃を手の中でクルリと回し、シンジュへと差し出した。


「餞別。二丁持ちが駄目ってルールは無いからね」


 差し出された銃とハジメを交互に見て、シンジュが小さく頷く。

 そうして受け取ろうとした時に、ヨビが横から声を掛けた。


「それなら僕のを使って! 僕が持ってても多分使わなさそうだから。良いよね? ハジメ」


「ん? ああ、まあ……。そうだな。うちのチームの場合、大将自ら前線出なきゃいけない状況ってもうそれほぼ詰んでるだろうからな」


「良かった。しれーかんのお許しが出たよ」


 嬉しそうに言って、ヨビが自らの武器を両手でもってシンジュに差し出した。


「ありがと、ヨビ」


 礼を述べてからそれを受け取る。

 そうして両手に銃を持ったシンジュは、その場で二度屈伸をして調子を確かめた。 


「よしっ! んじゃまぁ、行ってきます」


「まだ序盤だからね。無茶はしなくて良いからな」


「うん、ドジって撃たれないよう気を付ける」


 シンジュがへらっと笑って返す。

 まぁドジっても幸運が助けてくれるだろう――なんて事を思いながら、シンジュは膝を曲げ、一際深く身を屈めた。


 そこから一気に子供()どころか建物の屋根すら飛び越える程のしなやかな跳躍。

 トタンと小気味良い靴音を慣らして、輪の外に降り立つ。

 シンジュは着地したと思った直後には、既に大地を蹴り、真っ直ぐ駆けていた。

 向かったのは子供達が引き返して来た街道。そこを真っ直ぐ駆ける。

 走るシンジュに狙いを定め、建物の陰に潜んでいた者達からいくつもの発砲があった。

 自身目掛けて飛んで来る水の弾を見、シンジュはニッと不敵に笑うと、更に速度を上げた。

 シンジュは冷静に、目前に迫る液状の弾丸を観察した。

 放たれた弾丸は全部で13。

 一見すると、正面に体を潜り込ませるスペースはない。

 しかし、それはあくまで正面から見た場合。

 実際には、弾丸と弾丸の間には前後に大きな隙間がある。

 一瞬でそれを見て取ると、シンジュは目測で、しかし正確に次々と放たれる弾と弾の隙間を縫う様に駆けていった。


 そうして通りを駆け抜け、ひとつ目の路地を過ぎ、二つ目に差し掛かった。

 そこで地面に僅かな砂埃だけを残して、フッとシンジュの姿が消えた。

 突然姿を見失った事に、撃っていた者達が驚く。


「消えたぞ!?」


「何処行った!?」


 居所を探ろうと周囲で声を出し合う。

 返答は直ぐにあった。

 路地裏に身を潜めていた男の後ろから。


「後ろだったりします」


 男が振り向くより早く、バチャっと背中に冷たい水のかかる感触。

 

「嘘だろ……。いつの間に……」


 驚愕の表情でポツリと男が言って後ろを振り向いた時には、既にシンジュの姿はそこにはなかった。

 一番たくさん、一番しつこく撃って来た男を仕留めた後、シンジュは路地裏の壁を三角跳びの要領で駆け上がり建物の屋上に出た。


「あ」

「あ」


 屋上まで飛び上がり、ガチャと音を奏でてレンガ屋根の上に降り立つなり、そこにいた男と目があった。屋根の上から狙撃していた男だった。

 シンジュとの距離は二メートルも無かった。

 互いに間抜けな声を出し合った後、反射的に相手へと向けて同時に銃を構えた。

 先に撃ったのは男の方だった。

 着地したままの低い体勢であったシンジュは、体勢が悪く、撃てば相討ちになるかと思いあえて撃たなかった。

 避ける事を優先して、素早く身体を横に傾け、傾斜のついた屋根を転がる様にして弾を躱した。

 コロコロと数度転がったところで屋根の切れ目はすぐに現れた。


「あっ! おい! 落ちるぞっ!」


 シンジュが屋根の上から空中に放り出された事に、男は撃つのも忘れて思わず身を乗り出してシンジュに手を伸ばした。


「心配ありがと」


 シンジュは空中で逆さまになったままニコリと笑い、落ちそうになっている自分を助けようとした優しい男に向け、無慈悲にも銃の引き金を引いた。


 弾は呆け顔の男の胸に当たったが、男はそれに構わず屋根の端まで駆け寄ると、慌てて少女の落ちていった先を見た。

 空中で器用に身を翻した少女は、地面に着地するとまた元気良く通りを走り始めた。


 迎撃の為か隠れるのを止めた数人の敵が、少女の走る先を塞ぐ様に立っていた。

 しかし構わず、少女は真っ直ぐ駆けてゆく。

 駆ける少女の腕が小刻みに揺れ、その度に同僚達の悲鳴が上がった。

 少女は飛び来る弾丸をしなやかな柳の枝のように避け、風に揺れ踊る案山子の如き不規則な動きで腕を振り、銃の引き金を引いた。


 仲間達を一人、また一人と確実に仕留めながら離れていく少女。それを上からしばらく眺め、男が大きな溜め息をついた。


「とんでもない女の子がいたもんだ……」





『ラッシュ! ラッシュ! ラッシュっ! 白チームの最強カードを担うシンジュ様の退く事を知らぬ怒涛の前進! 十八――十九――あっという間に二十人撃破! まさに最強に相応しい素晴らしい動きです!』


 興奮した様子で実況を送るパッセルと、溜め息のような感嘆が広場には広がっていた。

 食い入るように見つめる住民達の視線の先では、凄まじい速度で通りを駆けながら戦場のプロ達を撃ち倒していくシンジュの姿がモニターに映し出されている。


 シンジュは強いらしい――というのは、ランドールに流れる噂として知れ渡っている。

 しかし、それがどの程度の実力かと問われると、強いの程度に極端な差があった。

 冒険者になりたい彼女は既に新人冒険者くらいには強いらしいというものから、Bランクのモンスターなら単独で勝てる実力らしいというものや、果ては魔王ミキサンに素手で勝てるそうだと云ったものまで。とにかく色々な噂があったが、噂の域を出る事はなかった。


 これまでにシンジュがランドールの中で本気で戦ったのは一度だけ。

 しかし、その際に起きた建物などへの被害は、全てミキサンの仕業という事になっていた。

 誰もがそれに疑いを持たなかったのは、ミキサンが魔王然とする力を隠そうとしない事と、公式な発表では無かったがランドール家がその様に扱ったためである。


 それはミキサンとランドール家によって意図的にもたらされた勘違いであるが、それを望んだのは他ならぬシンジュ本人(ただし中身が違う)。

 しかし、隠したいはずの事柄も、中身が変われば意見も変わる。


 シンジュは目立ちたいのである。

 一方で、余計な事に巻き込まれぬよう、その保護者は隠したいのである。

 体はひとつ。されど意見は二つ。そんな二律背反の奇妙なアンバランスさが、真意を得ない噂となって広がった。


 だからか、シンジュの実力を過小評価していた人々は、シンジュが建物のドアを素手でもぎ取り、拳ひとつで粉々にするところを目撃して、「ええ?」と仰天の声を上げた。

 声こそ出さなかったが、周囲の者達も同じ様相で驚いていた。


 最初、見ていた誰もが少女らしからぬ怪力でドアをバラバラにしたシンジュの行動、その光景にのみ驚いた。

 なんのために人様の家のドアを野いちごでも摘むようにもぎ取り、薄い氷を割るかのように破壊したのか、そこに疑問を持たなかった。


 バラバラになったドア――だった物は、シンジュの進撃を阻もうと通りの先で待ち受けていた数人の男達と、シンジュの丁度中間地点に降った。

 ドアひとつ分。欠片のひとつひとつは、子供の握り拳よりも小さかったが、決して多い数ではなかった。

 目眩ましとまではいかず、障害物としても心許ない。


 だが男達の放った弾丸はその全てが降り注ぐ木片に阻まれ、距離を詰めるために駆けて来たシンジュに届かなかった。

 木片の雨が、まるで一枚の堅牢な盾のように少女を弾丸から守る。


「オイ! なんで当たらないんだよ!」


「知るかよっ!?」


「どんな()()だよっ!? 有り得ないぞ!」



 計十発撃った内の一発や二発なら、偶然そういう事もあるだろう。

 しかしそれが全てとなると、もはや木片を狙って撃ったのではないかと疑いたくなる。

 そうして、男達の弾丸を全て受け止めたにも関わらず、少女の両手から放たれたモノは当然の様に雨をすり抜け、躍起になって乱発する男達を穿った。


 最後の一欠片が石畳をコツンと叩いた時には、その場に生き残っていたのは少女ひとりであった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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