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豊穣祭、二日目・先制攻撃

 ランドールの街に一際大きな鐘の音が響いたのは、斜めに傾いた太陽によってようやく大地が温かみを覚えた頃であった。


 戦いの始まりを告げる高らかな音色は、ランドールの人々に少しの緊張と大きな興奮を呼び起こす旋律として十分な音量と絢爛さを備えていた。


「さぁ、いよいよ始まりました第一回ランドール領豊穣祭花の日大戦! どうでもいいけど長いです。 まずは各チームの本陣の様子を大型モニターに映しつつ、解説を――」


 実況を務めるパッセルがそこまで口にし、広場中央に投影されていた映像が切り替わった直後であった。


 その時、観衆の見守る映像にはフォルテが率いる赤チームの全景がやや上空から見下ろすような形で映し出されていたのだが、突然、映る映像の中に大量の雨が降り注いだ。

 晴れ渡る様な青空。広場はおろか、ランドールの何処にも雨など降ってはいない。しかし、映像にはいくつものバケツを一斉にひっくり返した様な、或いは滝に頭でも突っ込んだかのような雨が確かに映り込んでいた。


 それは赤チームだけでなく、シスネの青チーム本陣も同様であった。


「こ、これはどうした事でしょう! 一体何が起こったのかぁ!? 突然の雨が二つのチームに襲いかかったぁ!」


 えらく調子の乗ったパッセルのアナウンスと、観衆達のどよめきが広場に満ちた。

 その一方で、

 映像の中の参加者達は、白色の液体を全身から滴らせ、阿鼻叫喚と云った様子でパニック気味に周囲を見渡していた。

 シスネとフォルテの両陣営は、開始早々に本陣上空から降り注いだ爆撃によって、脱落者を量産する結果となった。


「白いペイント、という事は、これは白チームの仕業という事でしょうか?」


 映像に目をやりながら、パッセルは隣の解説席に座っていたミキサンに問い掛けた。


「そのようですわね。先程の様子を見るに、どうやら各チームに300個配布されていた手投げ式の球を使ったのでしょう」


「なるほど、あの球ですか。しかし、白チームは子供ばかりですが、開始早々にあんな真似が出来るモノでしょうか? 白本陣から両本陣まで結構な距離がありますが、移動するにも早過ぎでは?」


「簡単な事ですわ。おそらく、投げたのでしょう」


「投げた? 白本陣から敵本陣にですか? そんな事が可能なんですか?」


「可能だったからこそ、この大打撃だったのでしょう」


「う~ん、にわかには信じられません。映像を見るにひとつふたつでなく、おそらくそれぞれ百単位の水球が投げ込まれていたようですが、あそこからピンポイントに、しかもまとめて投げて命中させるのは至難の技のようにも思えます。ランドールは規模こそ小さな街ですが、背の高い建物も多いですし、相手の姿を視認出来る様な距離でもありません」


「ラッキーパンチはシンジュの十八番ですもの。大体の方向が当っていれば、ラッキーで、まぁそういう事もあるのでしょう。恐ろしいまでの強運、そして強肩ですわね」


「それを為せるだけの身体能力と、運を味方に付けたシンジュ様ならではの大胆不敵な攻撃だったわけですね。被弾した参加者達がガックリと肩を落として続々と退場して行きますね」


「だいぶ減りましたわね。映像だけで音はありませんが、モブ共の嘆きが聞こえて来る様ですわ」


 投影された映像を眺めながら、ケケッと愉快そうに魔王は笑った。





「これは流石に予想外でした」


 死屍累々たる有り様となった自陣を見渡しながら、シスネはポツリと溢した。その口振りが、まるで他人事のように素っ気ない。しかし、いつもの事。

 そのシスネの周囲の地面はカラカラに乾いており、濡れた形跡はない。

 

「軽く五十はやられちゃったわね……。どうします姫様?」


 隣に立っていたクローリが問うた。

 手投げ式の球――スライムで作られた水風船。正確にどれくらいの数が投げ込まれたのかは分からない。100は越えていただろう爆弾の雨は、四、五秒ほど続いた。

 それが攻撃の為された時間として長いのか短いのかもシスネには分からなかったが、しかし酷い有り様だと辺りを見渡しながら嘆息をついた。

 服に白い染みを作った者達が、もう出番は終わりかとガックリと肩を落としながら陣地を離れて行く様子は、亡者の行進のようであった。


「最初は様子見にと守りに徹するつもりでしたが、後手に回ると後々遣りづらくなりそうですね。ここまで大胆不敵に攻撃を仕掛けて来るとなると、次は子供達が大挙して攻めて来るやも」


「特別ルールで無敵なのよね? おチビちゃん達」


「はい。ルールによって作られた不死身の軍隊です。ルール上、討たれた場合は一度自陣に戻ってからのリスタートにはなりますが、きっと何度でも攻めて来ますよ」


「なら」


「掻き乱しましょう。こちらから攻めれば、肉壁になってでもヨビを守らざるを得ませんから」


「フォルテ様はどう出るかしら?」


「あの子の性格を考えるならば、やられたらやり返すでしょうが……。三つ巴というのは、中々厄介なモノですね。下手に攻めればその隙を突かれかねない」


「戦争はズルい方が勝つのよ」


 クローリの言葉にふふっとシスネが小さく笑う。いつか自分がミナに言った言葉だ。


「向こうが不死者を駒として使うなら、こちらも不死者を出そうと思いますが、どう考えます?」


「撹乱目的なら良いと思うわ。無茶をして、仮にやられてもまた復活出来るし」


 クローリの同調にシスネが頷く。

 それから自陣に目を向け、視線の先にいた青チーム唯一の特別ルール適用者を呼びつけた。


「リナ、こっちへ」


 呼ばれたリナが少し慌ててシスネの元へと駆け寄った。


「さっきはありがとう。お陰で濡れずに済みました」


「いえ……。ごめんなさい、もっと広い範囲をカバー出来たら良かったのに……」


 申し訳なさそうにリナが謝罪の言葉を口にした。

 空爆の直後。

 リナはほぼ反射的に風魔法を行使し、シスネの上空に風の膜を作った。

 そのお陰でシスネのところにはひとつとして球は落ちていない。

 その反面、生み出された気流によって落下位置の変わった球達は、参加者達の密集するところへと飛んでいってしまった。

 開始早々に起こった突然の攻撃。経験不足。こればかりは致し方ない。


 リナはさっきまでその事を気にして参加者達に謝って回っていたが、もともとシスネを守るというのが開始前に与えられたリナの役目だった。

 大精霊の加護を受け将来を約束された子供とは思えない魔法使いとしての才覚と、特別ルールによる無敵効果。守るには最適な人材として、クローリから指名を受けた。

 そういう事もあり、謝りに言ったら逆に「良くやった」と誉められて、リナはちょっと困ったりした。


「私の護衛をお願いしていましたが、お役目変更です」


「変更ですか?」


「はい。リナ、あなたにはこれからカラスの何人かと共に白陣地への突貫をして貰います」


 その言葉にリナがやや面食らう。

 シスネの口調は冷めていても、言ってる事は結構大胆な事のようにリナには思えた。

 それからリナは背後に顔を向けた。

 少し離れたところにランドール家の屋敷で見掛けた事のある顔ブレが数人、こちらを見ている事に気付いた。

 服こそいつもの黒服ではなくラフな格好をしているが、それがカラスだと直ぐに分かった。


 ――この人達と一緒に行けって事?


 その辺の冒険者よりずっと優秀ゆえ、頼りにはなるだろうが自分が足を引っ張ってしまいそうだと、並ぶ顔を見ながらリナは若干気後れする。

 いや、まあ自分は無敵だから突撃を敢行し玉砕してもチームにダメージは無いのだが……。

 そんな言い訳みたいな心の保険をかけてから、リナは顔をシスネへと戻す。


「けど、向こうも無敵だから意味ないんじゃ……」


「倒す必要はありません。何度も断続的に繰り返し、また攻めて来るかも、守りを固めた方が良いかも――そんな風に思わせてくれるだけで、こちらに向かう波は小さくなります」


「はぁ……」


「なので、出来るだけ派手に暴れて来てください。この策は、危機感を覚えさせられる程度の実力があり、ルール上無敵なあなたが最適です。討たれ、リスタートでこちらに戻って来る際に、また来る――なんて言葉を残すのも有効かもしれませんね」


 リナは直ぐに返事はせず、少しだけ何事かを思案してから、


「分かりました。上手くやれるかは分かりませんが、なんとかやってみます」


 リナはそう応じ、シスネにペコリと小さく頭を下げると踵を返し、やや離れたところに待機していたカラスの数人と共に陣地を後にした。


 離れていくリナの背中を見送った後、クローリは無表情で前を見ていたシスネに話し掛けた。


「前に森で、あの子がイーリーに揉まれてるのを見た事があるけど、将来が楽しみな子よね」


「……そうですね」


「今からでも遅くないし、本格的に鍛えてみたらどうかしら? あの子ならカラスのトップだって狙えるかもしれないわよ?」


 クローリがそんな事を提案してみたが、シスネは前を見据えたままであった。

 シスネのそんな態度に、何か不都合があるのかしらと、クローリが僅かに首を傾げた。

 そんなクローリの心を読んだかのように、シスネは依然として前を見据えつつ口を開いた。


「実は今日、お忍びでガウリィ・アダムガーデン侯爵と侯爵夫人がランドールに来ています」


「アダムガーデンってあの? 過去に三人も賢者を輩出した名家よね?」


「はい。リナの祖父母に当たる方々です」


「……なるほど」


 ポツリと意味ありげにクローリが呟く。


「アダムガーデン家自体は子に譲り、侯爵は既に隠居の身ですが、やはりその影響力は大きいモノです。そんな侯爵夫妻がこの悪魔の地にわざわざ足を踏み入れたのには、それなりの覚悟と想いがあるのでしょう」


 シスネはそこで一旦言葉を止めて、二呼吸ほど間を置いた。

 それから小さく息を吐いた。


「近い内に向こうからランドール家に接触してくると思いますが、出来るだけ彼女には、ランドールにはいてもランドール家と深く関わりはない、という印象を与えておいた方が良いのではないかと思います」


「……どうするかはあの子が決める事よ?」


「それは勿論そうだと思いますが、選択肢は多いに越した事はありません」


 クローリが嘆息をつく。

 呆れたとでも言いたげな顔であった。


「本人に才覚もあって、血筋も良い。使いどころはいくらでもあるのだから、こっちに取り込んでしまえば良いじゃないの」


 ランドールに偏見もなく、かつ有能な人材をみすみす手離すかもしれない。それは非常にもったいない。

 クローリの云わんとしている事が分からないわけではないが、シスネはその若木が育つところがわざわざランドールでなくとも良いと思っている。

 それらが将来立派に成長し、実りを付けた時、その実りのほんの少しがランドールに転がって来てさえくれれば良い。

 ランドールに足りなかったのは、きっとそういう外の空気を吸い、外の土壌で育ちながら、ランドールに実りをもたらして来れる者。きっとそういう者が足りなかったのだと、最近シスネは思うようになった。

 フォルテがそういう道を歩もうとしているからと云うのも理由にあった。ランドールが外から受ける逆風はシスネが当主だった頃と比べたら驚くほど緩やかになった。

 それも理由のひとつ。

 もうひとつは、

 自身の先代である祖母が、時々そんな事を口にしていたから。


 シスネが僅かに目を細め、ふふっと小さく声を出して笑うと、クローリが些か不思議そうなシスネに顔を向けた。


「身内で楽しくも幸せですが……。いい加減、ランドールの民も親離れをすべき時です」

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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