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豊穣祭、二日目・開幕前Ⅱ



 開始の時刻が差し迫った頃。

 ランドールの街にポーンと無機質なアナウンス音が流れた。


「皆様、大変長らくお待たせしました。まもなく『第一回ランドール領豊穣祭花の日大戦』が開始致します。

 と、その前に、事前に告知がされておりましたルールについて、再度簡単に説明させていただきます」


 パッセルはそこで一旦言葉を止め一呼吸置くと、淡々と説明を始めた。


「ルールは簡単。お手持ちの武器を使って相手チームのリーダーを仕留めるか、最終的に残っているチームメンバーの数が多いチームの勝利となります。リーダーがやられた時点で敗北となりますので、ご注意ください。

 武器の中身はそれぞれのチーム色に合わせた液体ペイント弾になっております。ヒット判定は体に直撃した場合のみ有効です。

 また、各チーム本陣内において、事前に手投げ式のペイント球300個を配布しておりますので有効にご活用ください。

 公共物等の街中にある道具の使用も許可しております。ただし、相手を直接傷つける行為は禁止です。発覚次第失格、退場となります。

 指定を受けた建物以外に入る事は禁止となっています。また、指定建物内でのヒットは無効ですが、建物内に30分以上留まると失格となります。こちらもご注意ください。

 最後に、特別ルールとしまして、12歳以下はイベント終了一時間前まで無敵仕様となります。また自由に魔法の使用も許可しております。思う存分暴れ回ってください。しかしながら、魔法で直接相手に怪我をさせたら失格です。使用の際は十分注意してください。ルールの説明は以上になります。不明な点はお近くの係員(ハト)にお尋ねください」


 説明を終えるとブツリと音を立ててアナウンスの音が切れた。


 フヨフヨと宙に浮かんだ水晶から発せられていたパッセルの声をぼんやりと眺めながら聞いていたシンジュであったが、「おーい、その特別ルールって俺も適用なのかー?」という誰かの声を耳にし、水晶から目を外した。

 そうして向けた先で、本陣の中で係員として配置されていたハトのミナと何かを話し込む一人の少年の姿を見付けた。

 黒髪のその少年に、シンジュが小さな首を傾げた。


 ――誰だろう? あんな子ランドールにいたっけな?

 でも、何処かで見た事あるような……。


 見覚えがあった気もするが、しかし、何時、何処で見たのかをハッキリとは思い出せずにいた。

 まぁランドールにも子供は結構いる。その全員が顔見知りってわけでもないし――と、何処で見たかについて、シンジュはそれ以上深く考えなかった。


 豊穣祭一日目であった昨日の騒ぎを知っている者達は、詳しく素性は知らずともハジメの存在自体は把握していた。

 しかし、レディパンプキンによって赤ん坊に変えられ、その後、パパによってハジメへと姿を変えていたシンジュはハジメを知らなかった。

 突然お腹が大きくなって気絶して、シンジュが気付いた時には翌朝で、変身騒ぎも既に終息した後であった。どうやって解決したのかさえ、シンジュはミキサンに教えられた程度にしか知らない。


 ミキサンの悪知恵によってシンジュとハジメの体は切り離され、昨日は一つだった存在が、今日には二つになっていた。

 それゆえにシンジュはハジメとは初対面なのである。

 まさかその正体は、自分の腹に入っていた赤子が紆余曲折を経て誕生した存在などと知る由もなかった。



「シンジュ? どうかしたの?」


 呼び掛けられ、少し慌てて視線を少年から外した。


「なんでもないよ」


 小さく笑って、声の主――ヨビに応じる。

 それからまた盗み見るように少年にチラリと視線を向けた。

 知らない子だけど、何故だか妙に気になった。

 

 何やら少しがっかりしたように肩を落とす少年の後ろ姿が視界に収まった。

 と、少年が唐突に踵を返して振り返った。

 一瞬目が合った気がして、慌てて視線を反らした。


 そのまま他所を向いて知らんぷりを決め込んでいたが、視界の外から少年がこちらに近付いて来る気配がして、心の中で慌てる。

 ――じろじろ見てるのがバレた!?

 どうしよう……。


「ヨビ君、ちょっといい?」


 シンジュの傍までやって来た少年は、どぎまぎするシンジュを飛び越して、隣にいたヨビへと声を掛けた。

 ホッとしつつ、自意識過剰だった自分にちょっと恥ずかしくなる。


「な~に?」


「大したことじゃないんだけど、12歳以下は無敵って特別ルールなんだけど、いま確認したらやっぱり俺は適用外らしいんだよね」


 言い、――いちおう12歳なんだけどなぁ、と少年が愚痴のように溢した。


「そうなんだ? うん! わかった!」


「リーダーだし、一応言っといた方が良いかと思って」


「う~ん」


 少年の言葉にヨビが腕を組んで悩む素振りをみせた。


「どうかした?」


「えっとね、僕はリーダーになっちゃったんだけど、作戦?とかそういうの上手く出来ないから、どうしようかなって」


「あー……。まぁ、作戦って言ってもなぁ……」


 少年は小さく頬をかいて、その場で一度背後を振り返った。

 シンジュとヨビもそちらに顔を向ける。

 ヨビの元に集まった参加者は五十名ほど。

 あの演説の事を考えれば良く集まった方だったが、問題はその全てが子供だという事。数からして、今回このイベントに参加した子供のほとんどがここにいる。

 つまり、最年長は14歳であるヨビとシンジュという、子供のみで構成されるのが白チームの実状であった。

 もともとの花の日に行わなれていた「子供の戦場」という考え方が、ヨビという大将を核にしてそのまま引き継がれたのだろう。

 ゆえに、フォルテ率いる赤チームが「打倒シスネ・ランドール」に燃える一方で、「打倒大人」を掲げるちびっ子五十人が、ヨビの下へと集結したのである。


 冒険者やカラスなど戦闘のプロも多く混じるこの戦いで、子供のみの白チームは数でも力でも戦力的な意味で圧倒的に不利であった。

 ただ、そんな不利な状況の中にあっても、集まった子供達の顔はどれも愉しげであった。自信に溢れ、負けるなど微塵にも思っていないような。

 その自信に根拠なんてモノはない。

 強いて根拠を上げるならば、無邪気さゆえ。


 そんな子供達の姿を視界に収めつつ、シンジュが――確かになぁ――との感想を抱く。

 やる気はあるだろう。

 自信もあるだろう。

 しかし、協調性と実行力が足りないこの小さな兵士達に、ああだこうだと複雑な策を授けても思ったように事は運べないだろう。

 理解は出来るだろう。やってもくれるだろう。

 ただ、経験不足で上手く出来ないだけ。

 黒髪の少年もどうやらそこを心配しているらしい。


 シンジュはそこまで考えて――どっちにしたって、わたしもヨビも作戦なんて呼べるほど大層な事は思い付かないからな~、と、五十歩百歩な自分に自嘲気味に笑った。


「まぁ、でも考え方次第かな?」


 ふと、少年がそんな事を呟いた。


「考え方?」


 ヨビが尋ねると、少年は子供達に向けていた体をまたヨビの方へと向け直し、それから頷いた。


「何か良い作戦でも思いついたの?」


 二人のやり取りを傍で聞いていただけのシンジュが、初めて口を開き、尋ねた。

 すると、やや無機質に感じていた少年の表情が劇的に変化した。

 上から引っ張ったかのように口の両端を上げ、ニッと歯を見せた満面の笑み。

 凄い悪戯でも思い付いたような、そんな顔だった。

 その表情に、シンジュは妙な既視感を覚えた。


 ――なんだろう?

 やっぱり何処かで見た事がある気がする。

 けれどやっぱり何処で見たのかが思い出せない。


 そんな事を考えるシンジュを脇に置き、少年はヨビと短いやり取りを交わした後、大きく息を吸い込んだ。

 叫んだ。


「おーしっ! 全員集合ー!」


 掲げた両手を大きく振る少年に、視線が集まる。

 なんだなんだと集まる子供達に向け、「円になれ。丸く丸く、輪っか」と指示を出す少年。

 仕切り始めた少年に子供達は怪訝な顔を向けていたが、やがて、やや歪ながらも人の輪が出来た。


「よしっ、集まったな。じゃあ今から、打倒大人に向けた作戦会議を始める。子供だからって油断してる大人達をギャフンと言わせてやろうぜっ!」


 そう言って、少年はまた無邪気にも悪どい顔付きで笑った。

 少年の宣言を聞いた直後こそキョトンとしていた子供達であったが、

 ――大人をギャフンと言わせる……。

 なんて楽しそうな事だろう!

 なんと素敵な事だろう!


 体の内からなんだか熱くなって来る。

 ワクワクが湧き水の如く湧いて来る。

 ウズウズと力が体の底から盛り上がって来る。

 

 しかし、叫ぶ者はいなかった。

 はしゃぐ者もいなかった。

 次々に溢れてくるエネルギーを使うのさえ、もったいないとでも云うように、静かに、熱を体の深くに溜め込んだ。

 地下深くに眠るマグマの様に、捩れに捩れた活断層のように、静かに、ひっそりと、その巨大なエネルギーを抑え込んだ。


 子供達は話し合ってそんな事をしているわけではない。

 全員がそういう雰囲気を感じ取り、ほぼ無意識でそうしていた。

 それもこれも、何故か仕切り始めた見ず知らずの少年が、そんな雰囲気を醸し出していたせいだ。

 みんなで体を寄せ合い、輪になり、ひそひそと声を殺して話し合う様は、まるで重鎮達が裏から国でも動かそうかという極秘会議のような、そういう雰囲気だった。


 長い間、そうしていた。

 何者も寄せ付けぬ異様なオーラを放つ塊となった子供達。

 その塊からやや離れたところに、この場で唯一の大人――ミナはいた。

 彼女は参加者としてではなく、街の至るところに点在する審判のような立場で此処にいる。


 ――な、なにごと……?


 塊に顔を向けていたミナは、なんだか良く分からない、しかし子供らしからぬ雰囲気に寒気を覚え、ブルリと震えた。

ゴールデンウィーク中という事で投稿しましたが、次話投稿までは少し間が空きます。

また、次回からは隔日更新に戻ります。

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ミキサン
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