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豊穣祭、一日目・ⅩⅩⅤ



「あ……あれ? 戻って……なん……」


 シスネに名前を言い当てられた事が予想外であったのか、いまやシンジュの姿から本来の姿へと戻ったレディパンプキンが口をあんぐりと開けて固まっていた。


「なんで分かったか――ですか? いくつかありますが、そうですね、まず、シンジュは私の事をシスネ様とは呼びませんし、私達は猫の事など知りません」


 淡々とした様子でシスネが告げると、レディパンプキンが自身の失敗に気付いのか泣きそうな顔を作った。

 実際レディパンプキンは失敗した。

 シンジュはシスネの事をシスネ様とは呼ばないし、猫の話などシスネ達は知らない。そんな報告は上がって来ていない。頭に描いた骸骨(チェンジチェンジ)によってカラスの隊長であるメアリーが猫になった事など、メアリー本人と魔法の使用者であるレディパンプキンしか知らない話である。初耳。

 自身の失言に気付いたレディパンプキンの顔が悔しそうに歪む。


「そ、それだけで……」


 混乱の続くレディパンプキンは、少し掠れた声でそう口にするのがやっとであった。

 返す姫の顔は無表情で、その言葉はどこまでも淡々としていた。


「他にもありますよ。たとえば、ミキサンがシンジュの変化を解こうとした際、あなたは腹の子が消える事を理由に必死に止めようとしました。少し変だとは思いました。心構えもなく、突然腹に赤子が出来てから僅かな間に、ああもハッキリと愛着や母性が生まれるものかと……。

 それでもまぁ、そういうものかと――これが母性本能なのかとあの時は納得しましたが、しかし、アレはそうではなかった。

 あなたがミキサンを止めたのは、真名を指摘されても元に戻らないと知っていたからです。シンジュ本人では無いのですから、当然ですね。名前を告げられても変化しなければ、シンジュに化けた別人だと露呈してしまいます。だからあなたは母性に託つけてミキサンを止めたのです」


 シスネが言い終わるの待って、ミキサンがクックッと可笑しそうに笑い声を漏らした。


「他にもあなたの失敗は沢山ありますわよ? 屋敷に住む事こそ許容していますが、スライム嫌いのシンジュが頭にスライムを乗せて料理をするなど有り得ませんし――」


 ミキサンはそこで一旦言葉を区切り、それから自身の目を指で示した。


「カナリアの名を調べる際、わたくしがあなたにお願いしたシンジュの特殊なスキルは、使うと瞳の色が変化しますのよ? 調べが足りませんわね」


 そう言って、魔王がニヤリと口角を上げた。

 その魔王の顔を見て、レディパンプキンが気付いたようにハッとした。


「まさか、わたしが瞳の事を知らないと分かっててわざと……」


 やっと気付いたのかと、魔王が酷薄に笑う。


「ええ、その通りですわ。あの場面で、カナリアの正体を暴けと促せば、あなたは自分の正体がバレぬよう、カナリアをレディパンプキンにしたてあげるだろうと踏んでいました。偽のレディパンプキンをでっち上げる絶好のチャンスでもありましたし、必ずそうするだろうと。――こちらの思惑通り、あなたは自分から自身の名を口にし、まんまとわたくし達に名を教えてしまったのですわ」


 地面に落ちた三日月のように、口元を弓形に曲げた魔王がケケと笑い声を溢した。

 


「いつから……わたしが偽物だと気付いてた?」


「わたくしは最初から――と言いたいところですが、途中からですわね。小さなミスこそありましたが、どれも気のせいや勘違いで済ませられる程度のモノでしたわ。

 しかし、あなたはひとつだけ大きなミスを犯した」


 ミキサンは組んでいた両腕を崩し、立てた人差し指をレディパンプキンへと突き付けた。

 不快だったのか、レディパンプキンが険しい顔をして額にシワを作った。

 挑発でもする様に問う。


「大きなミス!?」


「そう。致命的なミスですわ。――あなたがシンジュに化けたのは、教会にシンジュがやって来た後ですわよね?

 タイミング的に、おそらくわたくしが教会に来る直前。赤子に腹を蹴られて気絶したシンジュが教会の長椅子に寝かされている時に、その場に居た者達がシンジュから目を離したタイミングがあったのでしょう。そのタイミングで、あなたはシンジュと入れ替わった――ですわよね?」


 得意気に語る魔王の態度に、レディパンプキンは眉根にシワを寄せたままチッと小さく舌を打った。

 魔王の推測は正しい。まさにそのタイミングで、レディパンプキンによる成り代わりが行われた。


 腹が突然大きくなったシンジュは、気絶したまま教会へとやって来た。

 そうして気絶するシンジュを寝かせ、シスネがチェリージャンとプヨプヨに心構えの話をしている時。

 シンジュ達と共にやって来た五匹のスライム、その内の一匹に化けてやって来たレディパンプキンは、シスネ達が話し込んでいる隙を見て、自身とシンジュの姿を入れ換えた。

 それは迅速、かつ誰にも気付れずにスムーズに行われた。

 椅子の背もたれがシスネ達の視線を遮る壁になっており、隠れて事を為すには丁度良かった。


 レディパンプキンはまずシンジュに掛かっていた『妊娠している自分』という魔法を解いた。


 頭に描いた骸骨(チェンジチェンジ)は変化に長けた魔法ではあるが、いくつかの制約がある。

 そのひとつは、頭に描いた骸骨(チェンジチェンジ)は、効果の重ね掛けが出来ないという事。

 一人につき一回。変化中は別の何かにはなれない。

 赤毛になったシスネが自力では元の薄青の髪へと戻せずパッセルに解除を頼んだのも、この制約に引っ掛かったため。

 そのため、頭に描いた骸骨(チェンジチェンジ)で再度シンジュの姿を変化させるには一度シンジュの変化を解除する必要があった。


 そうしてシンジュの変化を解いたレディパンプキンは、次に自身の体をスライムから元の姿へと戻した。

 そののち、レディパンプキンは気絶しているシンジュを赤子の姿へと変え、それと同時に自身をシンジュの姿へと変化させた。

 そして最後に、赤子になったシンジュを自身の腹の中へと隠した。


 そうやって入れ替わり作業を終わらせたレディパンプキンは、腹の大きなシンジュの姿をしたまま、教会にやって来たミキサンの前に何食わぬ顔で現れたのである。


 そこまではレディパンプキンの思惑通りであった。

 シンジュの腹が大きくなった事を見て、咄嗟に思い付いた策ではあったが、上手くいった。

 ここからどうやって、魔王や姫君達、街を悪戯のズンドコに落としてやろうかと心の中でほくそ笑んでいた。


 しかし、物事はそこから思わぬ方向へと突き進む事になった。

 レディパンプキンだけでなく、ミキサンやシスネすら全く予期していなかった予想外の出来事が起きた。


 腹に隠していたはずの赤子――シンジュが、急に暴れ出し、事もあろうに本当に産まれてしまったのである。

 自分が偽物のシンジュだとバレぬ様に腹の中に隠しはしたが、レディパンプキンは赤子を産ませる予定ではなかった。隠すために腹に仕込んでいるのだから、当然とも言えた。

 しかし赤子はレディパンプキンの意思に反し、自力で腹の中から飛び出し、しかも急成長を見せた。

 これにはかなり慌てた。

 急成長も慌てる原因ではあったが、それ以上にレディパンプキンを慌てさせたのは、何故か成長したシンジュは女の子ではなく男の子になってしまっていた事だ。

 頭に描いた骸骨(チェンジチェンジ)で変化したのかとも思ったが、すぐにその考えを打ち消した。


 何故なら、頭に描いた骸骨(チェンジチェンジ)は、変化の重ね掛けが出来ない。()()()()()()()()()。そういう制約。

 赤子に変化中のシンジュは他の何かにはなれない。

 であるはずなのに、性別が変化してしまっている。


 何故そんな事になったのか、レディパンプキンは理由こそ分からなかった。しかし、この予想外の存在であるハジメを危険と判断した。

 そのため自身の正体についてボロが出る前に、ハジメをシスネと引き離す対策を取った。

 産まれたばかりの子供だからと母性を前面に押し出したそれらしい理由を作り、何かあれば自分が協力する、と。

 そうやって警戒すべき危険(シスネ)から、イレギュラーな危険(ハジメ)を遠ざけた。


 今後の事を踏まえたレディパンプキンのその判断は正しかっただろう。

 あの場で出来る対策としては、間違ってはいなかった。


 だが、ハジメが産まれた時点でその対策は手遅れであった。

 その時には既に、ミキサンとシスネに今目の前にいるシンジュが本物ではないと露見してしまっていた。


 ハジメが産まれるまで、女神の加護は僅かではあるが確かにシンジュからその気配を感じ取れた。

 その気配は、シンジュの姿をしたレディパンプキンから放たれる気配ではなく、その腹にいる胎児となったシンジュから放たれていたものだが、体の内にあった為、シスネとミキサンの二人は、目の前のシンジュが偽物だとは全く思っていなかった。


 しかし、ハジメが外に飛び出した途端、シンジュの中から加護の気配が消失した。

 腹の中にいた加護の所有者が居なくなれば、当然、加護の気配も消える事になる。


 シンジュとパパは、女神の加護を分け合っている状態にある。

 そのため普段のシンジュからは、加護の気配の半分が、うっすらと感じ取れる。

 しかしその気配が強くなる瞬間というのがある。

 その瞬間とは、シンジュが憑依状態へと移行した時である。

 半分づつだった気配が、ひとつになり、強くなる。

 産まれたハジメは、まさにその強い加護の気配を有していた。

 そこから導き出される結論はひとつ。

 ハジメの肉体はシンジュの変化した姿であり、そこに憑依が為されたという一本しかない道を辿った先の答え。


 加護の気配を感じられないレディパンプキンがそれを知る方法は無かったが、ハジメが外に飛び出し、偽のシンジュから離れた事で、ミキサンとシスネには目の前のシンジュが本物ではないとバレてしまった。


 ハジメの誕生を許してしまった事。

 それがレディパンプキンの犯した大きなミスであった。



「あなたがシンジュに化けている事は分かっていましたが、あなたの名前だけが分かりませんでした。仮に名前の分からぬままあなたを捕らえようとして万が一にも取り逃がす事があれば、あなたは誰かに化けた上で警戒して表に出て来なくなる可能性があった。それゆえ、捕らえるにもあなたの名前を知る必要があったのです。それでひと芝居打った――というところです」


 ニヤニヤと笑う魔王と、無表情に淡々とした様子のシスネ。

 ギリとレディパンプキンが歯を鳴らす。

 態度こそ対照的に、しかしこちらに顔を向ける二人に無性に腹が立って来た。


「馬鹿にしてっ……ッ」


 怒りを露にしたレディパンプキンは、後方へのステップで魔王から距離を取ると両腕を大仰に広げた。


「お前ら全員、モンスターになっちゃえっ!」


 レディパンプキンがその場にいた者達の誰の耳にも届く大きな声で叫んだ。言って、ニヤリと笑う。

 しかし、その笑みはすぐに消え、代わりに険しい表情が浮き出て来た。


「な、なんでっ!? どうして変化しないのッ!?」


 変わらず同じ姿で自身を囲むカラス達を素早く見渡しながら、疑問の声を上げる。


「言ったはずです」


 淡々としたシスネの声が響き、レディパンプキンがそちらに顔を向けた。


「あなたの名前だけが分からなかった――と。――トルチェ」


 シスネが周囲に散見する黒服達の中から、カラスの一員で最年少のトルチェを選び、自身の隣へと呼びつけた。

 そうして隣に立ったトルチェに向け、シスネはその耳元で囁くようにトルチェとは別の名を口にした。

 その小さな声で、シスネが何と言ったのかレディパンプキンには分からなかった。

 しかし、何をしたのかは直ぐに理解出来た。


 シスネの隣に立っていたはずのトルチェは淡い光に包まれたと思った次の瞬間には姿を消した。

 そうやって姿を消した少女のいた場所には、足下に一匹のスライムの姿。


 そのスライムの姿を目にしたレディパンプキンは、慌てた様にまた周囲のカラスを見渡した。

 後ろに灯りを置いた逆しまの光景でカラス達の表情こそ見えなかったが、その姿を僅かに目を細めて見つめる。

 そうして気付いた。

 周囲のカラス達から自身の魔法の気配が漂っていた。


「まさか、こいつら全部!?」


「はい。全て、スライムが化けたカラス達です」


 シスネがそう口にすると、足下にいたスライムがポヨンと人型のプヨプヨになった。


「大変だったよ~。一匹一匹に意識移してさ、カラスのだれだれになれ~って変身するの」


 悪戯そうに笑って言ったプヨプヨは、目を瞑り、その姿をまたトルチェへと変化させた。

 姿も思考もトルチェと全く同じになったスライムが、シスネに頭を下げてから一歩身を引いた。

 シスネは小さく頷き、それからレディパンプキンに向けて言った。


「この魔法は、確かに頭に描いた姿になる魔法です。ただ、それは私達だからそうだという話なのではないかと予想もしていました。魔法の使用者であるあなたならば、任意に他人の体を変化させられるのではないかと。

 わざわざプヨプヨに頼みスライム達の姿を変えておいたのは、念のための保険のようなものでしたが、正解でしたね。

 自分で体験したので、あなたのこの魔法が変化中から更に変化する事が出来ないのは分かっていましたから、こういう形で対策を取りましたが、対策を取った時はまだただの予想に過ぎませんでした。しかし、あなたがカナリアの姿を任意に変えた時に、任意での変化が出来ると確信しました」


 この場の誰もが舞台裏を知っていた。

 レディパンプキンひとりを除いて。


「さて、もういいかしら?」


 小首をコテンと傾げた魔王が尋ねた。

 笑みの浮かぶ年相応の可愛らしい仕草ではあったが、その眼が笑っていない事に、向けられた小悪魔レディパンプキンが「ひぃ」と小さな悲鳴を上げた。


 もともと他者を傷付けるつもりで魔法を使ったわけでもないレディパンプキンには、もはや策など残っていなかった。

 カラス達をモンスターに変え、その混乱に乗じて逃げようと考えていた最後の悪あがきとも云える奥の手まで見抜かれ、封じられ、かと言って、魔王を前に据え、周囲を取り囲まれたこの状況を打破する手などあるはずもない。


 シスネの言葉が頭を過る。

 ――殺されるッ!


 命運尽きたと泣きベソをかく小悪魔に告げられた「もういいか?」という魔王の言葉は、どこまでも優しく、恐怖を覚えた。


「悪戯なのでしょう? そう怯えずとも殺したりはしませんわ。あなたの魔法が解除されては困りますから」


 魔王がニコリと微笑めば、小悪魔がブルリと震えた。

 震える小悪魔から顔を外し、ミキサンは横目をシスネに向けた。

 その視線に、シスネは仕方ないと諦める様な小さな溜め息をついた。


「街に迷惑だけは掛けないよう、()()()()()()()()()()


 それだけ告げてシスネは踵を返した。

 カラス達を引き連れて離れていくその後ろ姿を見送りながら、――どうやら思いの外怒っているらしい――と、シスネの心情を察し、魔王がヒヒッと声を出して笑った。


 こうして、レディパンプキンの悪戯騒動は幕を閉じたのであった。

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ミキサン
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素晴らしい考察が書かれた超ファンタジー(頭が)
考える我が輩
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